4の7「大神殿と案内」



「えっと……。


 あなたが手加減してくれたわけでは、


 無いのですよね?」



 クリーンは、探るような目つきで、サレンにそう尋ねた。



「断じて」



 サレンはきっぱりと答えた。



「私は本気で、


 あなたを倒すつもりでいました」



「そうですか。


 それでは……ええと。


 私の応援は、凄いのです」



「?」



「さっき、自分で自分を応援したでしょう?


 私があなたに勝てたのは、


 そのおかげだと思うのです」



「……………………。


 はい?」



 クリーンの言葉がいっさい理解できず、サレンは首を傾げた。



 自分の意図が、うまく伝わっていない。



 そう悟ったクリーンは、さらに言葉を続けた。



「スキルですよスキル。


 サブスキルなのです」



「あなたは……レアスキルを


 二つも持っているというのですか?」



 『聖域』は、レアスキルだ。



 王都全体で見れば、所有者が100人を超える程度のモノではある。



 だが、得難いスキルであることは、間違いが無い。



 さらに、サブスキルまで強力なものなのだとしたら……。



 クリーンという少女は、とんでもない天運の持ち主だということになる。



「そうなのでしょうか?」



「何というスキルなのか、


 伺ってもよろしいですか?」



「『鼓舞』なのです」



「…………はい?」



 クリーンのスキルを聞いて、サレンは固まった。



「ですから、『鼓舞』なのですよ。


 難しい言葉なので、


 意味が分からなかったのでしょうか……?」



「いえ。いいえ。いいえ」



 サレンは同じような言葉を、3回くりかえした。



 そしてこう言った。



「特に難しくはありません。


 きちんと学校で、


 教育を受けた者であれば、


 誰でも知っている程度の言葉です。


 そもそも……


 『鼓舞』というのは、


 レアスキルではありません!


 ありふれた、一般的なスキルです!」



「……そうなのですか?」



「『聖域』と、


 『鼓舞』のスキルしか無いのに、


 いったいどうやって……」



「どうなってるのです?」



「…………」



(こっちが聞きたいのですが)



「『鼓舞』が


 レアスキルじゃ無かったなんて、


 ビックリなのです。


 けど、私の応援は凄いって、


 おばあちゃんも言ってましたから。


 やっぱり私が勝てたのは、


 応援の力だと思うのです」



「納得は行きませんが……。


 あなたの力量を、


 見誤っていたことは事実です。


 あなたには、


 たしかな力が有ります。


 大神殿へと、ご案内しましょう」



「ありがとうございますです」



 クリーンは、サレンと並んで、大神殿へと歩いていった。



 二人は、大神殿の正面口へと、近付いていった。



 正面口に、扉は無かった。



 ただ広々とした開口部が、人々を迎え入れていた。



 その開口部の隣に、見習い騎士が立っていた。



「お疲れ様です」



 見張りの神殿騎士が、サレンに挨拶をしてきた。



 サレンとは顔見知りのようだった。



「はい。あなたも」



 サレンは見張りに挨拶を返し、神殿の中へと入っていった。



 入って少し歩くと、広い礼拝堂に出た。



「ここが礼拝堂です」



「綺麗……」



 クリーンは思わず、感嘆の声を漏らした。



 そして立ち止まった。



 礼拝堂の壁面や天井は、緻密な宗教画によって、彩られていた。



 壁画は、魔導器の照明によって、その輝きを増していた。



 側面に並び立つ円柱にも、精緻な細工が為され、その優美さには、一切の手抜きは見られなかった。



 祭壇となるテーブルや、参拝者用の椅子にも、最高級の物が使われていた。



「大陸一の神殿ですからね」



 クリーンは、礼拝堂の様子に見惚れていた。



 だが、サレンは慣れている様子だった。



 特に心を打たれた様子も無い。



 少しだけクリーンに付き合うと、サレンは歩みを再開した。



「……奥へ行きましょう」



 二人は礼拝堂の、奥側に歩いた。



 奥側の壁の両端には、木の扉が設けられていた。



 二人は、左の扉を抜けた。



 通路に出てしばらく歩き、とある部屋の前で、立ち止まった。



 サレンは扉をノックした。



「どうぞ」



 男の声が、ノックに答えた。



 サレンは扉を開けた。



 二人は部屋に入っていった。



「失礼します」



「ああ。サレンか。


 いらっしゃい」



 そこは、個人の執務室だった。



 部屋の奥側に、執務用の机が見えた。



 その奥の椅子に、青髪の男が座っていた。



 クリーンにとっては、初めて見る顔だった。



 彼はヨークの命の恩人。



 ニトロ=バウツマーだ。



 だが、ヨークとの関係など、クリーンは知る由も無い。



 クリーンは、初対面の男を見る目を、ニトロにも向けた。



「何か用事かな?」



 ニトロはクリーンをちらと見て、そう尋ねた。



「お父様。実は……。


 彼女、クリーンさんは、


 聖女になることを望んでいます。


 彼女が聖女候補として、


 正しく教育を受けられるよう、


 便宜を図っていただけませんか?」



「珍しいね。サレン。


 キミが誰かを、


 特別扱いするなんて。


 それに……


 聖女候補を増やすということは、


 君のライバルが


 増えるということだ。


 負けの目を、


 増やしてしまって良いのかな?」



「彼女に……敗れました」



 サレンは自身の敗北を、隠すこと無く口にした。



「へぇ?」



「自分より


 優れていると思う人を、


 試練から引きずりおろすのは、


 正しくありません」



「マジメだな。キミは。


 さて……」



 ニトロはクリーンと視線を合わせた。



「私はニトロ=バウツマー。


 神殿騎士団の団長で、大神官だ」



「クリーン=ノンシルドです。


 聖女になるのです」



 お互いが自己紹介を済ませると、クリーンは疑問を口にした。



「……大神官って、


 神殿の一番偉い人なのですか?」



「はは。まさか」



 ニトロは柔らかく笑った。



「一番偉いのは、神官長だよ。


 私なんか、


 しがない中間管理職だ」



「そうなのですか?」



 二人のやり取りを見て、サレンは申し訳無さそうにしてみせた。



「すいません。


 彼女は遠くの村から来たらしく、


 世間知らずで……」



「私は気にして無いよ。


 だけど……聖女候補になるのには、


 問題が有るかな?」



「えっ?


 私、聖女になれないのですか?


 また?」



「今のままだとね。


 ……聖女に相応しい品格。


 それを持たない女性を、


 候補に推薦するわけにはいかない」



「品格……。


 難しい言葉を使うのですね。


 『鼓舞』より難しいのです」



「鼓舞は


 難しく無いと思うけど……」



「そういえば、そうだったのです。


 けど、私は聖女になりたいのです」



「だったら、相応の教養を、


 身に付けてもらうしかないね」



「つまり?」



「勉強しなさい」



「えっ……。


 とても、とてもハードなのです」



「イージーだよ。


 聖女になることの


 栄誉に比べたら」



「そうなのですか……。


 勉強は苦手ですけど、


 がんばるのです」



「うん。その意気だ。


 文字は読めるかな?」



「読めるのですよ。


 おばあちゃんが、教えてくれたのです。


 おばあちゃんは、


 とっても物知りなのですよ」



「そう」



 ニトロは自身の孫を見るような目で、微笑ましげに笑った。



「それじゃあ君には、


 個別授業を受けてもらうことにしよう」



「良いのですか?」



 サレンがそう尋ねた。



「娘が連れて来た子を、


 このまま放り出したら、


 私は人でなしだよ」



「……ごめんなさい」



「畏まらなくても良いのに。


 もっとお父さんを頼っても


 良いんだぞ?」



「既に、加護を得ました。


 成人ですから」



「マジメだな。サレンは。


 ……クリーンさん。


 今、宿はどうしているのかな?」



「まだ決めていないのです。迷子だったので」



「迷子?」



「王都は、迷いやすいようなのです」



「広くて混雑しているからね。


 ……良かったらキミには、


 大神殿に泊まって欲しい」



「宿代は、いくらになるのでしょうか?」



「それはこちらで負担するよ」



「良いのですか?」



「キミが聖女候補なら、


 当然のことだ。


 優秀な聖女を育てるのは、


 大神殿の重要な責務の


 一つだからね。


 今、大神殿では、


 多くの聖女候補が、


 修行に励んでいる。


 ライバルと、


 顔を合わせておくのも良いだろうね」



「ありがとうなのです」



 クリーンは頭を下げた。



 そのときニトロは、表情を引き締めてこう言った。



「……キミは


 サレンの推薦でここに居る。


 あまり娘の顔に、


 泥を塗るようなことはしないでくれよ」



「気をつけるのです」



「うん。それじゃあ


 大神殿を案内しよう」



 ニトロは椅子から立ち上がった。



 三人は部屋を出た。



 そして、大神殿を歩いて回った。



 図書館や食堂、浴場など。



 ニトロは主要な施設を、クリーンに説明していった。



 あらかたの案内が終わると、クリーンは寝室に案内された。



「ここがキミの部屋だ」



 ニトロを先頭に、三人は、寝室へと入っていった。



「わぁ……」



 その部屋は、一人用だが、広々としていた。



 ただ広いだけでなく、様々な家具が備え付けられていた。



 清掃も行き届いており、清潔感に溢れていた。



 無料で泊まれるとは思えないほど、上等な部屋だった。



 唯一の欠点として、窓が存在しない。



 だが、室内は魔導器で清められ、照らされていた。



 明るく、清浄な空気で満ちていた。



「とっても良い部屋なのです」



 ひとめ見て、クリーンは部屋を気に入ったらしかった。



「気に入ってもらえたのなら、何よりだ。


 隣がサレンの部屋になっている。


 何かあれば、娘を頼って欲しい」



「サレンも大神殿に、泊まっているのですか?」



「はい」



「王都にお家が有るのでは、ないのですか?」



 そのクリーンの疑問には、ニトロが答えた。



「サレンも、聖女候補だからね。


 試練が終わるまでは、


 ここで暮らすことになってるんだ」



「そうなのですね」



「父親としては、


 寂しい限りだけどね。


 ああ……もう娘と一緒に、


 お風呂に入れないなんて……」



「入ってませんからね!?」



 サレンは耳を赤くして、ニトロの言葉を否定した。



「そうなのですか?


 私はおばあちゃんと一緒に、


 お風呂に入っているのです」



「……仲が良いんですね」



「はい。とっても」



 クリーンは、邪気の無い声でそう言った。



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