4の6「サレンと手合わせ」



 絶叫が終わると、クリーンはさらに、叫ぶような調子で言った。



「そんなこと聞いてないのですけど!?」



 彼女の表情には、心の動揺が、ありありと表れていた。



「……でしょうね」



 サレンは、田舎から出てきたという少女に、同情の視線を向けた。



 クリーンを愚か者だと断じるのは簡単だ。



 だが、都会と田舎とでは、どうしても情報に格差が有る。



 サレンには、クリーンの無知を責める気にはなれなかった。



「私、聖女になれないのですか?」



 クリーンは、悲しげにそう言った。



「今のままでは」



 嘘をつくこともできず、サレンは正直に答えた。



「そんな……。


 村の皆、もう私が


 聖女になるものって思っているのです。


 このまま村に帰ったら……


 とっても恥ずかしいのです!」



 クリーンは、真っ赤な顔を、両手で覆った。



「……でしょうね」



「ですけど、


 今のままではということは……。


 がんばったら聖女になれる。


 そういうことですよね?」



「可能性は有ります」



「どうすれば良いのです!?


 教えて欲しいのです!」



 クリーンは、必死な声音でそう尋ねた。



「はい。ですが……


 止めておいた方が、


 あなたの為かもしれませんよ?」



「どうしてなのです?」



「危険な道のりですから」



「聖女になるというのは、


 そんなに危ないことなのですか?」



「はい。


 聖女になるためには、


 聖女の試練を


 受ける必要が有ります」



「試練? それだけですか?」



「簡単ではありませんよ。


 聖女の試練は、


 聖女候補どうしの


 蹴落としあいです。


 候補の中で、


 自分が最も優れている。


 そう証明しなくては、


 聖女に選ばれることはできません。


 試練は苛烈で、


 命を落とす候補すら、


 居るということです」



「命……」



 クリーンの表情が、固くなった。



 たかだか役職のために、命をかける。



 それは、村育ちのクリーンには、過激すぎる話のように思われた。



「聖女を選ぶのに、


 そこまでしないといけないのですか?


 適当に、くじ引きとかで決めては、


 いけないのでしょうか?」



「いけません」



 サレンは、生真面目な表情で、そう答えた。



「ちぇっ。私、


 くじ運は良い方なのですけど。


 ……どうしてもダメですか?」



「どうしてもダメです」



「危ないこと、するのです?」



「聖女の名には、


 それだけの価値が有るいうことです。


 十年に一人の、


 選ばれし役職ですし……。


 王都をラビュリントスの脅威から守る、


 重要な役割ですから」



「ほぇ~」



「それに、聖女になることが出来れば……。


 大神殿から、


 グッズが販売されることになります」



「ほぇ?」



「聖女グッズは、


 おみやげとして大人気。


 王都の経済を支える産業の、


 一つになっています。


 そして、グッズの売り上げの10%は、


 ロイヤリティとして、聖女の取り分になります。


 その収入は、


 孫の孫の代まで遊んでくらせるほどと


 言われています」



「へぇ……。


 ……案外俗っぽいのですね。


 けど、良いですね。


 お金が手に入ったら、


 おばあちゃんに、


 立派な猫を買ってあげるのです」



「試練を受けるおつもりですか?」



「はい」



「過酷な試練ですよ?」



「けど、やってみないと分からないでしょう?」



「それはそうですが……」



 サレンは、クリーンが聖女を目指すことに、乗り気では無い様子だった。



 試練の過酷さの一端を、伝え聞いているのだろう。



「あの、失礼ですが、


 あなたのレベルは?」



「4の賢者です」



「4……」



 クリーンのレベルを聞いたことで、サレンの表情が、険しくなった。



「あなたは?」



「42です」



「えっ。凄い」



「凄くはありません。


 これが普通なのです。


 正規の神殿騎士であれば、


 全員、この程度のレベルは有ります。


 見習いの時期に、


 先輩騎士から、


 パワーレベリングを受けるからです」



「パワー……?」



「レベルが高い人に、


 強い魔獣を倒してもらい、


 そのEXPを吸収することです」



「へぇ~」



「クリーンさんは、


 お一人で王都に参られたのですか?」



「そうですね。途中までは、


 おばあちゃんと一緒だったのですけど」



「強力な守護騎士が


 居るわけでも無い……と」



「守護騎士?」



「試練の間、聖女候補の身を守る、


 言わば用心棒です」



「へぇ」



「……クリーンさん」



「何ですか?」



「手合わせをしましょうか」



「手合わせって……勝負ですか?」



「はい」



「私が勝てば、


 試練を受けるのは、


 諦めていただきます」



「えっ!? 急にどうしたのです!?」



「無謀だからです。


 聖女の試練に参加するのは、


 その日のために、


 腕を磨いてきた者ばかり。


 そんな中に、素人が紛れ込めば、


 本当に命に関わります。


 そんなことになる前に、


 この私の手で、


 手折らせていただきます」



「そうですか……。


 私を、心配してくれているのですね」



「……申し訳有りません」



 サレンは強張った表情で、謝罪をした。



 クリーンの参加を止めるのは、善意の行動ではある。



 だが、人の夢を挫くというのは、心地良いものでは無い。



 彼女は自身の行いを、心苦しく思っているようだった。



「それで、どう勝負するのですか?」



 クリーンは、穏やかにそう尋ねた。



 サレンの行動に対し、負の感情を、抱いていないようだった。



「え……?」



 サレンは意外そうに、クリーンを見た。



「どうしたのです?」



「私と戦うつもりですか?」



「そっちが言ったのでしょう? 勝負しようと」



「それはそうですが……」



 いきなり戦いを挑まれ、こうも平然としていられるものなのか。



 飄々としすぎている。



 サレンは、不思議に思わざるをえなかった。



「やるのですか? やらないのですか?」



 クリーンには、サレンの動揺は分からない。



 急かすように、そう聞いてきた。



「……やりましょう」



 サレンはそう決めた。



 クリーンを止めるということは、理と義によって決めたものだ。



 そうすることが、正しいと思った。



 相手の雰囲気が、妙だからといって、覆す理由は無かった。



 たとえ、クリーンが泣くことになっても、止めたりはしない。



「はい。ルールは?」



「素手での決闘。


 先に倒れた方を、負けとしましょう」



 サレンは腰に、剣を帯びていた。



 一方のクリーンは、武器を所持しているようには、見えなかった。



 サレンだけが、剣を使うというのは、アンフェアだ。



 それに、この決闘の目的は、クリーンを護ることだ。



 ルールは、安全な方が好ましい。



 一応、治癒術を用いれば、多少の刀傷は治せるだろう。



 だが、クリーンの美しい肌を、刃で傷つけたいなどとは、サレンは思わなかった。



「オッケーなのです」



 クリーンはそう言って、肩をぐるぐると回した。



「その鎧は、着たままですか?」



 クリーンがサレンに尋ねた。



 普段着のクリーンに対し、サレンは銀の鎧を、身にまとっている。



「脱ぎましょうか?」



 たしかに、防具を着ていては、卑怯かもしれない。



 サレンはそう考えた。



 だが、クリーンはこう言った。



「そちらが良いのなら、


 べつに構わないのですよ。


 動きにくくはないのかと、


 思っただけなのです」



「動きやすいですよ。これは。


 良い鎧ですから」



「そうなのですね。なら、良いのです」



「…………」



 クリーンの言動に対し、サレンは内心で戸惑っていた。



(レベル4の方に、


 装備の心配をされてしまうとは……。


 私はそんなにも、


 頼りなく見えるのでしょうか……?)



「いつ始めるのですか?」



 サレンが黙っていると、クリーンはそう尋ねてきた。



 それに対し、サレンは堂々と答えた。



「いつでもかかって来て下さい」



「オッケーです。それでは……。


 がんばれ私。


 私は出来る。


 私は強い子」



 クリーンは突然、自身に言い聞かせるように、そう言った。



「あの……?」



 奇妙な言動だった。



 サレンは少し心配になり、クリーンの様子をうかがった。



「気にしないで欲しいのです。


 これはただの……


 おまじないですから」



「……!」



 クリーンの気配が、変質した。



 ただの少女から、得体の知れない怪物のモノへ。



 ぞくりと、サレンの全身が震えた。



「~~~ッ!?」



 サレンの手足が、反射的に動いた。



 眼前の驚異から、身を守ろうとしていた。



 反射的な動きが、100点の結果を出すことは、少ない。



 この場合も、彼女の行動は、大した意味をなさなかった。



 サレンの視界から、クリーンの姿が消えた。



「!!!」



 気がつけばクリーンは、サレンの隣にまで移動していた。



 サレンから見て、左に立ったクリーンは、そのままサレンの右肩をつかんだ。



 そして、力任せに押し倒してきた。



「がっ!」



 技としては、粗末なものだった。



 だが、膂力に差が有りすぎた。



 サレンは立っていられなかった。



 あっという間に体勢を崩し、地面へと倒れていった。



 サレンの鎧が、地面に叩きつけられた。



 背中に、衝撃が走った。



 肺が、酸素を強く吐き出した。



「私の勝ち……ですよね?」



 クリーンは、サレンを見下ろし、そう言った。



 サレンは、クリーンを見上げた。



 逆光。



 クリーンのシルエットが、人では無い何かに見えた。



_____________________________




クリーン=ノンシルド



クラス 賢者 レベル4+232



SP 2303072



______________________________





「あ……。


 聖女……様……?」



 サレンは、打ちのめされた心地になり、そう呟いた。



「…………?


 何を言っているのです?


 頭を打ったのですか?


 ごめんなさいなのです」



「いえ……」



 サレンは上体を起こし、地面に手をついて、立ち上がった。



 そして、体についた土埃を、ぱんぱんと払った。



「特に問題はありません。


 行きましょうか」



「……なんだかジロジロ見られてる気がします」



 クリーンはそう言って、周囲を見た。



「でしょうね」



 人々はいつだって、娯楽に飢えている。



 いきなり喧嘩を始めれば、見られるのは当然だった。



 多くの視線が、二人に向いていた。



 二人は、大神殿に向かって歩きはじめた。



 もう何も起きないと分かると、人々は関心を失っていった。



 サレンは歩きながら言った。



「私の完敗です。その……。


 狐につままれたような気分です。


 あなたは本当に、


 レベル4なのですか……?」



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