4の3「深層と赤肌の少女」



「同じ狼なのに、おかしいですね」



 滑って落ちる方の狼が、氷の狼を見ながら言った。



「おんぶしてやろうか?」



「はて……」



 ミツキは穏やかに微笑んだ。



 そしてこう言った。



「下心が有るのでは?」



「何をアホなこと言ってんだ。


 そんなもん、


 有るに決まってんだろ」



「はい。


 どうせなら、


 抱っこでお願いします」



「往来なのだが」



 おんぶより抱っこの方が、難度が高い。



 ヨークにはそう思われた。



「どうせ、他の冒険者には


 見切れないでしょう。


 氷狼の速度は」



 ミツキは、見られなければセーフ理論を持ち出した。



「上級者だなお前」



「上級冒険者です」



「来い」



 ヨークは氷狼から下り、ミツキを手招きした。



「はい」



 ミツキはヨークに身を寄せた。



 そのとき……。



「誰か居ないのですか~?」



 二人が居る部屋の入り口に、女の子の姿が見えた。



「っ……」



 ミツキはサッと、ヨークから身を離した。



「あっ……」



 少女は声を上げた。



 ミツキの挙動不審な様子を、彼女はしっかりと見ていた。



 彼女は咎めるような目つきで、二人に近付いてきた。



(赤い女……!?)



 少女を見て、ヨークが驚きを見せた。



 彼女の肌色は、今朝に見たのと同じ、はっきりとした赤色だった。



 それだけでは無い。



 服装や、容姿ですら、眼前の少女は、今朝見た少女にそっくりだった。



 同一人物のように見えた。



(まさか、予知夢か何かだったのか……?)



 ヨークが驚きで固まっていると、少女が口を開いた。



「あなたたち……」



 少女は、睨むような目つきで、じっとヨークを見てきた。



「……何だよ?」



 ヨークは、心中の動揺を隠し、少女に言葉を返した。



「いったい往来で、


 何をしていたのですか?」



「言うほど往来か?」



 ヨークがそう言うと、次にミツキが口を開いた。



「彼女ひょっとして、


 ヨークのお知り合いですか?」



「え? どうしてだ?」



「だって、深層に一人で来るような方ですよ?」



(どういう理屈?)



「マジで知らん。誰だ?」



(……いや、顔だけは見たこと有るけどな)



「まずは自己紹介……。


 そういう事なのですね?


 ならば教えてさしあげるのです」



(知りたいような、知りたくないような……)



「あのですね、私は……。


 迷子の者なのです!」



 赤肌の少女は、堂々とそう主張した。



「なるほど」



 間の抜けた少女の言葉に、ヨークの肩から力が抜けた。



 少なくとも、害のある相手では無さそうだ。



 ヨークは素直に名乗ることに決めた。



「俺はヨーク=ブラッドロードだ」



「ミツキです」



「私はクリーン=ノンシルドなのです」



「そうか」



「そういうわけで、


 とっとと私を、地上へ連れていくのです」



「じゃあな。


 マイゴ=クリーン=ノンシルド」



 ヨークは、クリーンの隣を通り、部屋を出ようとした。



「待つのです。魔族さん」



 クリーンはヨークの袖を、ちまっと掴んだ。



 振りほどけるくらいの、軽い掴み方だった。



 無視して行ってしまうこともできる。



 だが、ヨークは立ち止まった。



 ヨークの背に、クリーンが言葉をかけた。



「私、迷子なのですよ?


 そんな態度を取って、


 良いと思っているのですか?」



 ヨークはクリーンへと振り返った。



「オマエそれが、


 助けを求める側の態度か?」



「困っている人を見たら、


 助けるのが人情では無いでしょうか?


 まあ、あなたは魔族なのですから、


 人の情など無いのかもしれませんが」



「は?」



 傲慢な少女の言葉に、ヨークの表情が固まった。



 クリーンは、それに気付いた様子も無く、さらに言葉を続けた。



「それにですね……。


 私を助けるのは、栄誉なことなのですから、


 喜んで助けるべきだと思うのです」



「何の栄誉だよ……」



「私はですね、聖女になるのですよ」



「聖女……」



「はい」



「って何だったっけ?」



「えっ?」



「えっ?」



 二人は固まってしまった。



 それを見て、ミツキが口を開いた。



「すいません。ウチのヨークは、モノを知らなくて」



「おっ、嫁気取りか?」



「ダメですか?」



「どんどんやれ」



「はい。それで、聖女というのは、


 特別な役割を持った


 神官のことですね」



「役割ってのは?」



「聖なる力で、迷宮を鎮めること。


 そう言われていますね」



「鎮めると、どうなるんだ?」



「大階段から、


 魔獣が溢れてくるのを、


 防ぐのだそうです」



「へぇ。大事な仕事なんだな」



「その通りなのです」



 クリーンは、自慢げにそう言った。



「……こいつがその聖女?」



 ヨークはうさんくさそうに目を細めた。



「何なのですか?」



「弱そう」



「酷いのです!?」



「深層まで来られているのですから、


 実力は有るのでしょう」



「そうなのですよ~。


 魔獣なんか、


 私の拳で一撃なのです」



 そう言うと、クリーンは素手で構えた。



「やあっ! とうっ! えいっ!」



 クリーンは、拳を突き出し、次に、蹴りを出そうとした。



 だが彼女は、床から突き出た鉱石を、蹴りつけてしまった。



 ぐきり。



 嫌な音がした。



「足があああああぁぁぁ!


 私の足があああぁぁぁっ!」



 クリーンは倒れ、地面をゴロゴロとのたうちまわった。



「弱っ」



「治しますか?」



「そうしてやれ」



「風癒」



 ミツキはクリーンに近付き、呪文を唱えた。



 治癒術が発動した。



 クリーンの体が、薄緑の光に包まれた。



 痛みが癒えると、クリーンは立ち上がった。



「はぁ……はぁ……ぜはぁっ……」



 転げ回ったせいか、クリーンの呼吸は荒くなっていた。



 呼吸が落ち着いてくると、彼女はミツキに向き直った。



 そしてお礼を言った。



「ありがとうなのです……。


 卑劣な罠で、


 危うく命を落とすところだったのです……」



「おまえ、本当に強いのか?」



「もちろんなのです。


 ちょっとあの罠岩が、


 めっちゃくちゃ硬かっただけなのです」



「罠岩て……」



 ここは深層だ。



 常人が、立ち入れる領域では無い。



 たった一人で深層に居るからには、なんらかの秀でた能力を、持っているはずだ。



 だがヨークは、クリーンからそれを感じ取ることが、できなかった。



(『戦力評価』)



 クリーンの資質に疑問を持ち、ヨークは内心で、スキル名を唱えた。




______________________________




クリーン=ノンシルド



クラス 賢者 レベル4



スキル 聖域 レベル128


 サブスキル 鼓舞 レベル43



ブラッドラインスキル 不老



SP 2303069



______________________________





(レベル4……?)



 ヨークは内心で困惑した。



 クリーンのクラスレベルは、中級冒険者並ですら無い。



 見習い冒険者のそれだった。



「おまえ弱っ」



 ヨークは思わず、そう口にしてしまった。



「失礼すぎるのです!?」



「レベルが低すぎる」



「いくつなのですか?」



 ミツキがヨークに尋ねた。



「4だって。駆け出しのレベルだ」



「べつに低くなんか無いのです。


 普通なのです。


 むしろ高いのです」



「冒険者じゃないなら、そうかもしれんが……」



「待って下さい。


 レベル4でどうやって、


 深層まで辿り着いたというのですか?」



「ひょっとして、『聖域』ってスキルの力か?」



 スキルで見た情報を元に、ヨークはそう推測した。



「聖女のことは知らないのに、


 私のスキルは分かるのですか?


 というか、どうして私のレベルが……」



「俺は『戦力評価』ってスキルを持ってるんだ。


 これを使うと、


 相手のスキルとか、クラスレベルが分かる」



「えっ? 気持ち悪いのです……」



「え」



「勝手に人のレベルを、


 じろじろ見ないで欲しいのです……」



「置いてくぞコラ」



「うぅ……。やはり魔族は非情なのです……」



「そもそも俺はハーフだ。魔族じゃねえ」



「ハーフ……。


 って何なのですか?」



 クリーンは首を傾げた。



「は?」



 予想もしない質問に、ヨークは固まった。



 ヨークの代わりに、ミツキがクリーンに尋ねた。



「ハーフを知らないのですか?」



「知らないのです。


 私の村には、


 そんなの居なかったのです」



「村。おまえも村民か」



「悪いですか?


 私の村は、良い所なのです」



「差別意識が凄そうですが」



「良いから、教えて欲しいのです。


 ハーフって何なのですか?


 魔族と何が違うのですか?」



 クリーンの疑問に、ミツキが答えた。



「ハーフとは、


 二つの種族から産まれた人のことですよ」



「????」



「たとえば、人族と魔族の間に子が産まれたら、


 その子は人と魔のハーフということになります」



「ふっ……ふふふふふっ」



 ミツキの言葉を受けて、クリーンは笑い出した。



「…………?」



 なぜ彼女は笑うのか。



 ヨークには、理解が出来なかった。



 クリーンは、笑みを浮かべたまま言った。



「そんなこと、


 起きるわけ無いじゃないですか。


 おバカさんなのですか?


 人族は聖なる者。


 魔族は邪なる者なのですから、


 交じり合うわけが無いでしょう?」



 クリーンは堂々と言った。



 彼女の表情には、一片の曇りも無かった。



 彼女の中で、それは、疑いようのない常識のようだった。



「ミツキ……。


 こいつ何言ってるんだ……?」



 ヨークは若干の恐怖を感じながら、ミツキに尋ねた。



「文化が違うということです」



 ミツキは冷めた声で言った。



「…………?」



「住む世界が違うのです。


 無理に交わらない方が良いでしょう」



「よく分からんが……分かった」



 ヨークには、クリーンを理解出来ない。



 どうすれば良いのかも、分からなかった。



 だから素直に、ミツキの言葉に従おうと決めた。



「クリーンさん。


 あなたを地上まで送りましょう」



「やっとその気になったのですね。


 ハーフだとか、


 変なこと言ってないで、


 最初からそう言えば良かったのです」



「ですが。


 ……それきりです。


 私たちには、


 あなたと友好を深める意図は、


 ありません。


 それさえ分かっていただけるなら、


 あなたを無事に送り届けることを、


 約束します」



「はい。もちろん構わないのです。


 私にも、


 魔族と仲良くなるつもりは


 無いのですから」



「ハーフだって……」



「無駄です」



 訂正を望んだヨークの言葉を、ミツキはバッサリと切り捨てた。



「これ以上のやり取りは、


 時間の浪費だと思われます。


 さあ、地上に向かいましょう」



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