4の2「先の目標ととりあえずの目標」




「……………………え?」



 ミツキは心底から、驚いた様子を見せた。



 まさかヨークが、このような言葉を口にするとは。



 一片の予想もしていなかったようだ。



「嫌か?」



 答えを得られなかったヨークは、マジメな顔でそう尋ねた。



 自らの言葉を冗談めかすことなく、真剣に答えを求めた。



 ミツキはヨークの顔を見上げた。



 だが、彼の視線に耐えきれなくなり、結局は俯いてしまった。



「嫌とか嫌じゃないとか、


 そういう話では無くてですね。


 ……不可解です」



 ミツキは、ヨークから顔が見えないように、彼の胸に、顔を押し付けた。



「何がだよ」



「どうしていきなりそんな話を?」



 少し早口に、ミツキは尋ねた。



「唐突です。


 何の伏線もありませんでした」



「伏線は有ったと思うが。昨日とか」



「まさか、責任でも感じていらっしゃるのですか?」



「べつに、責任とかじゃねえよ。


 ……ただ、ラビュリントスが


 終わるかもしれないから」



「から?」



「とりあえず、冒険者は一区切りだろ?」



「それで?」



「男の人生の目標ってのは、


 二つ有るだろ?」



「知りませんけど」



「最近考えた」



「はあ」



「一つは、


 仕事で何か


 大きなことをすること。


 これはほとんど叶った。


 俺は強くなって、


 計算箱を作るのも手伝って、


 こんな深い所までも来た。


 俺の大仕事の終わりは、


 もうすぐそこまで来てる。


 一仕事終えたら、


 もう一つの目標を、果たさないとな」



「それが結婚ですか?」



「違うが」



「はい?」



「男の人生の目標、その2。


 それは、孫の顔を見ることだ」



「…………」



 ミツキは顔を上げた。



 ヨークの端正な顔が、ミツキを見下ろしていた。



 既に成人だが、まだ17歳でもある。



 彼の表情には、無邪気さが残っていた。



「なんとも気長な目標ですね」



「第1の目標が、


 思ったより早く終わりそうなんだ。


 仕方ない」



「目標は、子供の顔を見るというのでは、


 いけないのですか?


 そっちの方であれば、


 数年あれば、叶うような気もしますけど」



「子供は怖いぞ?


 可愛いと思ってたら、


 すぐに反抗期が来て、


 お父さん臭いとか言うんだ」



「らしいですね」



「その点、孫は良い。


 可愛いし、お爺ちゃん臭いとか言わないんだ」



「言うことも有ると思いますけど」



「人の希望を挫くな。


 ……とにかくだ。ミツキ。


 俺と一緒に、


 孫の顔を見ようぜ」



「…………」



「結婚に焦って、


 手近な女で済ませるのは、


 感心しませんよ?」



「いや。べつに普通だろ。


 村の連中なんか、だいたいは、


 家が隣だからとかいう理由で


 結婚していったぜ?」



「はぁ」



 情緒もへったくれも無い村の結婚事情に、ミツキはため息をついた。



「これだから村民は……」



「……嫌なのかよ」



「はい」



 ミツキは頷いた。



「そんな、子作りのついでのようなプロポーズでは、とても。


 私と結婚したいのであれば、


 もっと情熱的に


 愛を囁いて欲しいものですね」



「愛って……どうすんだよ」



 ヨークは、拗ねたような困り顔を見せた。



「それくらい、真実の愛が有れば、


 思い浮かぶものでは無いですかね?」



「真実て」



 ヨークは苦笑した。



「……何か?」



「その言葉には、嫌な思い出しか無い」



「えっ?」



 ヨークは、メイルブーケの事件のことを、思い出していた。



 あの事件では、真実の愛というのは、口実に過ぎなかった。



 隠された目的を果たすため、揉め事を起こすための、口実。



 陰謀の手段だった。



 結果として、マレル家の長子が死んだ。



 他にも大勢が犠牲になったことを、ヨークは知らない。



 ヨークの知る部分だけでも、後味の悪い、嫌な事件だった。



 苦い思い出だ。



 だが、ヨークはたまに、事件関係者のことを思い出した。



 特に、黒い翼の少女のことを。



 ヨークは彼女のことが気になっていた。



 どうして気になるのかは、ヨークにも分からなかった。



 元気にしているのか、ひと目見たい。



 そういう気持ちも有った。



 だが、貴族たちとの絶縁を望んだのは、ヨークの方だ。



 いまさら会いたいとも言えなかった。



 町中で、メイド服を見ると、目を引かれてしまう。



 そしてその背中に、黒い翼が無いか、探してしまっていた。



 だが、それがエルだったことは、1度たりとも無かった。



「そもそも、愛って何だよ?」



「哲学ですか。


 ……3、2、1」



 ミツキは唐突に、カウントダウンを始めた。



「…………?」



 ヨークが戸惑っている内に、カウントは終わった。



「ブーブー。時間切れです。


 愛の告白は、次の機会にどうぞ」



「制限時間短っ」



「恋はスピードが肝心ですよ」



「……まあ良いや。


 なんかキラキラしたの、考えとく」



「キラキラ?」



「ん? 女はキラキラしてるのが好きなんだろ?」



「まあ……そうですかね?」



 ヨークは女性経験が乏しい。



 バニやキュレーとは一緒に居たが、恋バナにはならなかった。



 アネスとも、あまり踏み込んだ話はしなかった。



 マジメに色恋の話をした相手は、デレーナくらいだった。



 なので、ヨークの女性観の何割かは、デレーナによって構築されていた。



「考えとく」



「はい」



「……さて。


 まずは、ラビュリントスの攻略だな」



 攻略が済めば、ミツキと結婚する。



 ヨークの中では、それは確定事項だった。



 今までは、迷宮を踏破したいという気持ちは、それほど強くは無かった。



 ゴールとは、おしまいの合図でもある。



 冒険者としてのゴールを迎えた時、自分はどうしたいのか。



 明確な将来のビジョンが、ヨークの中には無かった。



 リホが新しい道を、示してくれるかもしれない。



 そう考えたことも有った。



 だが、リホは去った。



 ヨークは再び、宙ぶらりんになった。



 そのはずだった。



 だが、ミツキと睦み合うことで、ヨークの中に、はっきりとした気持ちがうまれていた。



 彼女とずっと歩んでいきたい。



 ミツキが居てくれるなら、迷宮はもう、終わらせて良い。



 そう思えた。



「攻略の前に、まずは武器ですよ」



「そうだった」



 探索を再開しなくては。



 ヨークはそう考えた。



 だが、なんとなく名残り惜しくて、ヨークは動けなかった。



 ミツキが腕の中に居る。



 心地良かった。



 ミツキも、ヨークに体重を預けたまま、動けない様子だった。



 ミツキの腕が、強くヨークを抱きしめていた。



「……………………」



「……………………」



 2人は抱き合ったまま、動かなかった。



 段々と、時間だけが経過していった。



「行かないのですか?」



 ヨークをぎゅっと抱きしめたまま、ミツキが尋ねた。



「実はな」



「はい」



「おっぱいが当たっている」



 空気を壊すため、ヨークは冗談を口にした。



「でしょうね」



 ミツキは苦笑して、ヨークを押しのけた。



「あぁ……マイおっぱい……」



「違いますが。


 これは、赤ちゃんの為のモノですよ」



「マジかよ知らなかった」



「ふふっ。一つ賢くなりましたね」



「んで。


 剣の素材は? 足りてる?」



「普通のサイズの剣ならば、


 十分に足りるような気がしますね。


 ですが、大きいのが欲しいので、


 もう少し頑張ってみても、良いかもしれませんね」



「狩るか」



「はい」



 二人は歩き出した。



 ヨークはミツキの右側を歩いた。



 二人の距離は近い。



 手が触れ合いそうな距離だった。



「ところで爺さんや」



「何ですかのう。婆さんや」



「婆さんなどという女子は、存在しません」



「どうしろってんだよ」



「ミセス、マダム、あるいは雌豚とお呼び下さい」



「それで、何ですかのう。雌豚」



「あの、止めてもらえませんか? その呼び方」



「おまえが呼ばせたんだろ!?」



「なんか、思った以上でした」



「そこは我慢しろよ。


 おまえがネタ振ったんだから」



「ままなりませんね」



「んで、結局何なんだよフロイライン」



「手でも繋ぎませんか?」



「ん……」



 ヨークはミツキの手に、左手を伸ばした。



 手を見ずに、感触だけで、相手の手を探った。



 ミツキも同じ風にした。



 ぎこちなく探り合った手が、やがて繋がった。



 ヨークはぎゅっと、ミツキの手を握った。



 柔らかい手だった。



 ミツキも、ヨークの手を握り返してきた。



「……敵出たらどうする?」



「ヨークを抱えながらでも、


 戦えますよ。私は」



「やだよ格好悪い」



 ヨークはその光景を想像し、苦笑してしまった。



 二人はそのまま、迷宮内を探索した。



 戦闘は、ヨークの魔術で済ませることになった。



 魔剣を向け、呪文を唱えれば、魔獣は絶命した。



 現れる魔獣を、瞬殺しながら、目当てのゴーレムを探した。




 ……。




「…………」



 物言わぬ魔獣が、ヨークたちの前に立った。



 何体目かのダークゴーレムが、二人の前に出現していた。



 ヨークは雑に、魔剣をゴーレムに向けた。



「『アイテムドロップ強化』。輝壊」



 ダークゴーレムが、眩しい光に包まれた。



 ゴーレムは、粉々になって崩れ、消滅した。



 ゴーレムが消えた場所に、魔石と金属塊が落ちていた。



 ヨークたちは手を繋いだまま、ドロップアイテムの所へ歩いた。



 ミツキは屈み、ドロップアイテムを回収し、スキルで収納した。



「けっこう集めた気がしますね」



「足りるかな?」



「多分……」



「今日は帰るか」



「はい」



 ヨークはミツキから、手を離した。



「あっ……」



 名残惜しさに、ミツキは声を漏らした。



 ヨークは魔剣を、前方の地面に向けた。



「氷狼」



 二人の前方に、氷の狼が、1体出現した。



 ヨークは軽く跳び、狼の背中に立った。



 こうした方が、ヨークが走るよりも速い。



 これが今の、ヨークの移動手段だった。



「私だけ走るの、


 なんだか理不尽感有りません?」



「おまえ、滑って落ちるじゃん」



「…………」




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