3の27「魔弾と標的」




「何をポエム垂れ流してやがる」



 平然とした様子のイジューに対し、ヨークは眼光を強めた。



「忠告のつもりだが」



「何が忠告だ。


 俺が散々な目に遭ってんのは、


 おまえのせいだろうが」



「恐らく、これでは済まんぞ」



「は?」



「光を放つ善には、


 悪が群がってくるものだ。


 そしてそれは、光を喰らい尽くすまで、終わらない。


 予見しよう。ヨーク=ブラッドロード。


 おまえは大切なモノを失って、死ぬ」



「……そろそろぶん殴って良いか?」



「好きにしろ」



 ヨークは軽く構えた。



 そして、あることを思い出し、言った。



「魔導器外せよ。殴れねえだろうが」



「チッ」



 イジューは舌打ちをした。



 それから指輪を外し、丁寧にポケットにしまった。



「これで良いか?」



「行くぞ」



 ヨークはイジューを殴るため、軽く手に力をこめた。



 本気で殴る気は無い。



 もしそうすれば、イジューは死ぬだろう。



 ヨークには、命まで奪うつもりは無かった。



 とはいえ、何も無しで済ませるつもりも無い。



 ヨークはイジューに向かい、一歩を踏み出した。



 そのとき。



「待って下さい」



 イジューを殴ろうとしたヨークを、ミツキが呼び止めた。



「ミツキ?」



 ヨークは動きを止め、ミツキの方へと向き直った。



「ちょっとそのまま……」



 ミツキはそう言って、ヨークの隣に立った。



 そして、地面から石を拾い上げ、イジューの方へと投げた。



 石は弾かれ、地面へと転がっていった。



 障壁は、健在のようだった。



「……………………」



「……………………」



 ヨークとイジューの間に、静寂の音が流れた。



「さっきの指輪は?」



 ヨークがイジューに尋ねた。



「アレはただの、念話の指輪だ」



「…………」



「分かったか? これが悪だ」



 イジューはあざ笑うように言った。



「それっぽいコト言って、ごまかしてんじゃねえっ!」



「フン」



 イジューは左袖をめくった。



 そこには、真珠で出来た腕輪と、さらにもう一つの腕輪が見えた。



 真珠の色は、ゴールデンパールだった。



 イジューは二つの腕輪を外した。



 そして、地面へと放り投げた。



 地面に転がった腕輪を、イジューは見下ろした。



「ふっ!」



 イジューは、真珠の腕輪に対し、靴底を振り下ろした。



 真珠の腕輪が壊れた。



 繋がりを断たれた真珠粒が、バラバラに散っていった。



「良いのか? 高そうだが」



 唐突なイジューの行いを見て、ヨークはそう尋ねた。



「貰い物でな。


 義理で仕方なくつけていたが、


 悪趣味だと思っていた。


 ずっとこうしてやりたいと、思っていたのさ」



「そうかよ」



 ヨークは再び構えた。



 そのとき。



「…………」



 ミツキはまた、石を拾った。



 そして、イジューに石を投げた。



 石は普通にイジューの頭に当たり、地面に落ちた。



「痛い」



 イジューは、石が当たった部分を撫でた。



 それを見て、ミツキは冷たく言った。



「でしょうね」



「今度こそ行くぞ」



 ヨークはイジューに殴りかかった。



 そして……。



 障壁が発生した。



「なっ!?」



 ヨークの拳が、障壁に弾かれた。



「のわああああああああぁぁあぁぁっ!」



 強く弾かれたヨークは、そのままの勢いで、地面を転がっていった。



「……これは?」



 ミツキはイジューを睨んだ。



「…………」



 イジューは右袖をめくった。



 右の手首に、魔導器らしき腕輪が見えた。



「これが本物の、聖障壁の腕輪だ」



「石が命中したのは?」



「一部の魔導器には、


 一時的に、効果をオフにする機能が有る。


 知らなかったか?」



「勉強になりました。それでですね……」



「うん?」



「パンツ以外ぜんぶ脱げ。殺すぞ」



「アッハイ」




 ……。




 五分後。



「……………………」



 顔をボコボコに腫らしたパンツ一丁の男が、地面に倒れていた。



 その周囲には、衣服や魔導器が散乱していた。



「ふぅ~。スッキリした」



 野蛮な私刑を終えたヨークは、肩をぐるぐると回してみせた。



「…………。


 もう、服を着ても良いか?」



 イジューが上体を起こし、そう尋ねてきた。



「好きにしろ。オッサンのパンツなんか、見たくもねえ」



「だろうな」



 イジューは衣服を着用し始めた。



 下から。



 イジューの下着が見えなくなると、ヨークは口を開いた。



「これに懲りたら、


 リホに近付くんじゃねえぞ」



「……そうさせてもらおう。


 私は彼女に近付かない」



「手下なら近付いて良いとか、


 屁理屈こねんなよ」



「悪党のやり方というものが、


 分かってきたようだな」



「全てに誓え」



「誓おう。私も、私の部下も、


 君たちに危害を加えることは無いと」



「良し」



 イジューの返答に納得したヨークは、ミツキたちに声をかけた。



「それじゃ、帰るか。行くぞ。ミツキ。リホ」



「はい」



「あっ……」



 ヨークは歩きだした。



 ミツキはすぐに、ヨークの後に続いた。



 リホは慌て、二人の後に続いた。



 3人の足は、正門の方へと向かった。



「…………」



 イジューは、上着のポケットに手を入れた。



 そしてそこから、魔弾銃を抜き出した。



 イジューは銃を持ち上げた。



 そして、銃口をヨークの背中に向けた。



 照準が合わさった。



 彼はヨークに聞こえない声で、小さく呟いた。



「悪党は、誓いすら守らんのだ。


 崇拝する神に誓おうが、


 家族、愛する者に誓おうが、


 平気で踏みにじる。


 そんなことも分からんとは……


 なんと……なんと純朴な……」



 イジューの人差し指に、力がこもった。



 引き金が引かれた。



 そして……。



「……………………」



 何も起こらなかった。



 イジューの周囲は、静寂を保っていた。



「安全装置を外すのを、忘れていた。


 命拾いしたな。小僧」



 イジューは魔弾銃を持ったまま、ヨークたちに背を向けた。



 そして、別荘へと入っていった。



 玄関広間へ。



 そこから階段を上り、2階へ。



 そして、左側の廊下の先へと進んだ。



 イジューは書斎に入った。



 そして、黒い文机に備え付けられている、革張りの椅子に腰掛けた。



 イジューは魔弾銃を持ったまま、椅子の背もたれに、体重を預けた。



「まったく……クソみたいな人生だったな」



 イジューは片手で、銃の安全装置を外した。



 そして、自分のこめかみへと、銃口を向けた。



 硬い金属の感触が、イジューの頭に触れた。



「すまなかった。


 ……さよなら。シホ」



 銃声が響いた。



 その音は、玄関広間までは届いたが、ヨークの耳には届かなかった。



 ヨークたちは、銃声には気付かず、別荘の正門を出た。



 そして、その前の通りを、宿屋に向かって歩いていった。




 ……。




「あの……」



 歩きながら、リホが口を開いた。



「リホ?」



 リホは、何か思いつめたような表情をしていた。



「ウチ……スカウトを受けようと思うっス」



「スガタ魔導器工房ですか?」



 ミツキが尋ねた。



「はいっス」



「……どうしてだ?」



 ヨークには、リホの気持ちが分からなかった。



 工房で働くということは、今までの生活を捨てるということだ。



「俺は……楽しかった」



「そうっスね。ウチも楽しかったっス。


 けど、人生は楽しいだけじゃ、


 やって行かれないっスから。


 今までは、ウチには目標が有ったっス。


 会社をクビになったから、


 社長を見返してやろうと思ってたっス。


 けど……社長がぶっ飛ばされるのを見て、


 大方の気は済んだっス。


 だからそろそろ、


 安定した人生を歩もうと思うっス」



「駄目なのか。俺たちと一緒じゃ」



「後ろ盾が欲しいんス。


 ウチは、狙い撃ちにされたっス。


 計算箱のこと、それに、今回のこと。


 ウチがフリーだから、


 後ろ盾が無いから、


 やりたい放題にされたっス。


 もうこりごりっス。ウチは弱いっスから。


 大企業に守られて、


 ぬくぬくと暮らしていきたいっス」



「……そうか」



 ヨークは強い。



 魔石ナイフの助けが有ったとはいえ、リホの奪還は上手くいった。



 だが、誘拐を止めることは出来なかった。



 敵の狙いがリホの命なら、殺されていたかもしれない。



 ただの戦闘能力とは異なる、別種のパワー。



 抑止力。



 縁故や名声によって産み出される力。



 今のヨークには、それが足りなかった。



「ごめんな。守ってやれなくて」



「ブラッドロードは悪くないっス!


 けど……これがきっと最善なんス」



「俺は……」



(おまえが見せてくれる、先の景色が見たかった)



 ヨークはそんな願いを、自分の内に押し留めた。



「残念だけど、それがおまえの意志なら、仕方ねーな」



 リホには、彼女自身の意志が有る。



 それを阻むことは、ヨークには出来なかった。



 今までヨークは、リホの保護者のような立ち位置だった。



 だがそれでも、リホはヨークの人形では無いのだから。



「……はいっス」



「それでは……壮行会でも開きましょうか」



 ミツキがそう言った。



「感謝っス」



 ……その夜。



 飲んで食べての、小さな宴が開かれた。



 食堂での、ささやかな宴だ。



 珍しく、ヨークは深酒をした。



 宴が終わり、3人は寝室へ帰ってきた。



 酒が回ったヨークは、真っ先にベッドに入った。



 そして、すぐに眠ってしまった。



「……………………」



 ヨークはベッドで寝息を立てはじめた。



 その隣のベッドに、ミツキとリホが腰掛けた。



「どうしてですか?」



 ミツキは短く、リホに問いかけた。




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