3の25「聖障壁殺しとリミッター解除」



「黒蜘蛛。そのナイフに気をつけろ」



 イジューが黒蜘蛛に言った。



「…………」



 黒蜘蛛は何も答えず、ただ杖を握る力を強めた。



「ハッ。コイツがやばいって、


 バレバレじゃねえか」



 ヨークは笑った。



 そして魔石のナイフを構えながら、前に出た。



 ヨークはナイフで軽く牽制しながら、相手の隙を探った。



 ナイフを恐れているのか、黒蜘蛛は、守りに専念してみせた。



 そのおかげで、大きな隙は作らなかった。



 剣の腕は、ヨークの方が上だ。



 それでも徹底して守られると、短剣で崩すのは難しかった。



 頑丈な武具と比べると、魔石は脆い。



 魔石で造ったナイフも、同様のはずだ。



 強引な攻めで、損傷するわけにもいかない。



 じりじりとした時間が続いた。



「ずっと、にらめっこしてるつもりか?」



 ヨークは黒蜘蛛に声をかけた。



「…………」



 黒蜘蛛から、返事は無い。



 二人が対峙してからずっと、黒蜘蛛は無言だった。



 沈黙のまま、睨み合うことになった。



 実を言えば、睨み合いの状況は、ヨークにとっては都合が良かった。



(待っていれば、いつかはミツキが来る。


 今よりも、状況は良くなるはずだ。


 けど……)



「勝ちてえな。おまえに。


 おまえには、クラスもスキルも無い。


 それに俺が負けたら……


 それは俺っていう男が、


 おまえに劣ってるってことだ。


 ……勝ちてえ」



 ヨークは、血の気の多い男子だ。



 勝利への意欲が有った。



 もしミツキに頼っても、負けでは無いのかもしれない。



 だがそれは、勝ちでも無かった。



 ただの妥協だ。



 ヨークは男として、妥協をしたくは無かった。



 自分の実力で、目の前の相手を倒したかった。



 それはどうしようもない、生まれ持っての闘争本能だ。



 雄の本能だ。



 ヨークの全身から、強い闘気が放たれ続けていた。



「…………」



 ヨークの闘志を受けても、黒蜘蛛は揺るがなかった。



 ただ、ヨークの短剣を警戒していた。



 ヨークは言葉を続けた。



「どっちが強いとか、弱いとか……。


 そんなこと、興味ねえか?


 金持ちに雇われてる、おまえには。


 ……けどまあ、行くぜ」



 ヨークは魔剣を地面に向け、内心で呪文を唱えた。



(氷狼……百連)



 次々と、氷の狼が出現した。



 玄関広間を、狼が埋め尽くしていった。



「…………?」



 イジューは、疑問符を浮かべた。



 ヨークの意図が読めなかった。



 これだけの狼を作り出すのは、確かに見事だ。



 だが、どんな呪文だろうが、黒蜘蛛の障壁は、全てを無効化する。



 有効打になるとは思えなかった。



「…………」



 次にヨークは、魔剣の剣先を、黒蜘蛛に向けた。



「樹殺界」



 ヨークは唱えた。



 剣先に、魔法陣が出現した。



 魔法陣からは、樹木が現れた。



 奔放に、膨らみうねり、樹木は黒蜘蛛へと殺到した。



 だがそれらは、黒蜘蛛に近付いた先から、障壁に阻まれて、砕け散っていった。



「…………」



 黒蜘蛛はただ立って、砕ける樹木を眺めていた。



 枝先ひとつ、黒蜘蛛には届かなかった。



 やがて樹木は消えた。



 瞬間。



 樹木の影に潜んでいた氷狼の群れが、黒蜘蛛に奇襲をしかけた。



 黒蜘蛛は、動かなかった。



 何だろうが、違いは無い。



 木でも、氷でも、同じことだ。



 障壁を貫くことなど、出来ない。



 氷狼たちは、黒蜘蛛の本体に届くことなく、障壁の力で砕け散っていった。



 大きな音と共に。



 ヨークの膨大な魔力が、消費されていった。



 辺りに、大量の氷が飛び散った。



 黒蜘蛛の視界が、氷の破片で埋まった。



 そのとき……。



「下がれ!」



 イジューが叫んだ。



 2階のイジューには、戦況が俯瞰出来ていた。



 ヨークの姿が、黒蜘蛛の側面に見えた。



 樹木も、氷の狼も、ただの目くらましに過ぎなかった。



 ヨークは氷の破片に隠れ、気配を消して、黒蜘蛛に忍び寄っていた。



 ヨークは黒蜘蛛を、短剣の間合いに捉えていた。



「シィッ!」



 ヨークは黒蜘蛛の肩を狙い、ナイフを突き込んだ。



「…………」



 黒蜘蛛は、後ろに跳躍した。



 ヨークのナイフは、紙一重で、黒蜘蛛に届かなかった。



 たが、ヨークの手には、何かを裂いた感覚が有った。



(捉えた……!)



「炎矢!」



 ヨークの剣先から、火線が放たれた。



 それは、後退した黒蜘蛛を追った。



 障壁の力は、働かなかった。



 炎の矢は、黒蜘蛛を打った。



 黒蜘蛛の胴体で、爆炎が上がった



 空中に居た黒蜘蛛は、体勢を崩し、右肩から地面へと落ちた。



「捕らえろ!」



 ヨークが、残りの氷狼に命じた。



 狼は、黒蜘蛛にのしかかろうと、飛びかかっていった。



 だが……。



 再び障壁が、狼を阻んだ。



 同時に飛びかかった2体の狼は、以前と同様に、砕け散ってしまった。



(直ったのか。壁が)



 ヨークの短剣は、確かに壁を払った。



 だが、時間さえ有れば、1度無くなった障壁も、復活してしまうらしい。



 黒蜘蛛が、ふらりと立ち上がった。



(どうやら、このナイフが一瞬だけ、


 相手の壁を裂く。


 呪文1発分の、一瞬だ。


 ……十分だ。


 ケンカになるなら、十分だ)



 勝機が見えた。



 そう感じたヨークは、闘志をみなぎらせた。



「どうした。来いよ。続きをやろうぜ」



「…………」



 黒蜘蛛は、杖を片手に、ゆっくりとヨークに近付いた。



 そのとき……。



「ヨーク」



 ふっと。



 ヨークの前に、小さな背中が現れた。



「お待たせしました」



 ミツキは右手を上げた。



 スキルによって、大剣が出現した。



 ミツキの手が、大剣の柄を握った。



 ミツキは片手で巨大な剣を持ち、ヨークへと振り向いた。



「着替えた?」



 別れた時と、ミツキの服装が変わっている。



 ヨークはそれに気がついた。



「ヨーク。デリカシーが無いですよ?」



「えっ?」



「今、傷を治療しますね」



「今、ノーダメージなんだが」



「……? 何を言っているのですか?


 アホなのですか?」



「色々あんだよ。男の子には」



「なるほど?」



 知ったことでは無かった。



 ミツキは剣を持たない方の手で、ヨークの脇腹に触れた。



「あっ……! ノーダメージなのに……!」



「はいはい」



 ミツキの手が、淡く輝いた。



 ヨークの傷が、癒えていった。



 戦況が変わったのを見て、イジューが口を開いた。



「聖騎士が来てしまったか。


 さらには、聖障壁殺しが、


 敵の手の内に有る。


 残念だが、潮時だな」



「ギブアップか?」



 ヨークは2階のイジューを見上げた。



「いや……。


 黒蜘蛛。リミッターを解除しろ」



「リミ……?」



 イジューの言葉は、ヨークには理解ができなかった。



 黒蜘蛛が、こくりと頷いた。



 そして……。





「リミッター解除」





 黒蜘蛛が、初めて言葉を放った。



 高い声だった。



 次の瞬間……。



 室内が、赤い閃光に満たされた。



「…………!?」



 ヨークは思わず、腕で自身の目を覆った。



 やがて、閃光は収まった。



 ヨークは黒蜘蛛を見た。



 黒蜘蛛の鎧、その隙間から、赤い光が漏れ出しているのが見えた。



「何だ……?」



 黒蜘蛛に、何かが起きた。



 それが何なのか、ヨークには予想がつかなかった。



「…………」



 黒蜘蛛の体が、少し前に傾いた。



「ヨーク!」



 ミツキがヨークを突き飛ばした。



「っ!?」



 気付いた時には黒蜘蛛が、ミツキのすぐそばに迫っていた。



 今までよりも、格段に速い。



「…………!」



 ミツキは守りの姿勢を取った。



 黒蜘蛛の杖が、ミツキを襲った。



 ミツキは杖を、大剣で受けようとした。



 杖が、剣の腹を打った。



 そして……。



(剣が……!?)



 頑丈なはずの剣が、杖の圧に負け、折れて砕けた。



「…………」



「が……っ!?」



 続く2撃目が、ミツキの腕をえぐった。



 ミツキの体が宙に浮いた。



 そして、広間の壁へと吹き飛ばされた。



 壁の建材が砕かれた。



 広間に大穴が開いた。



 ミツキは壁向こうの部屋へと、転がり込んていった。



「ミツキ!」



 ヨークは思わず叫んだ。



「う…………」



 ミツキは立ち上がった。



 そして、よろよろと広間に帰還した。



 彼女はスキルを使って、剣を1本取り出した。



 最初の剣よりも小さい。



 予備の剣だった。



 ミツキは剣を片手に、黒蜘蛛に向かっていった。



 黒蜘蛛は即座に、ミツキの間合いに踏み込んだ。



 そして、杖を剣へと叩きつけた。



 2本目の剣は、1本目より脆かった。



 容易く砕かれた。



 ミツキは無防備になった。



 そして、追撃。



 黒蜘蛛の杖が、ミツキの胸を打った。



「はぐ…………っ!」



 ミツキの体が、宙高く打ち上げられた。



 天井すれすれまで飛んだ彼女は、頭から地上へと落下していった。



「っ……!」



 ヨークは駆けた。



 落ちるミツキの体を、ヨークが受け止めた。



「だいじょうぶか? ミツキ」



 ヨークはミツキを抱きかかえたまま、彼女に声をかけた。



「ヨーク……。下ろして……ください……」



 ミツキは深手を隠せない声音で言った。



「私は……まだやれます……」



「うん。分かってる。


 ……けど、暴れたい気分なんだ。


 悪いが、譲ってくれ」



「……はい」



 ミツキはまぶたを閉じた。



 ヨークは抱きかかえたミツキを、部屋の隅に下ろした。



 そして、ポケットに有ったポーションを、彼女の口に流し込んだ。



「…………」



 ミツキの呼吸が、少し穏やかになった。



 それを見ると、ヨークは黒蜘蛛に近付いていった。



「てめぇ……」



 ヨークは黒蜘蛛を、睨みつけた。



 その表情には、明らかな怒りが有った。



 ミツキを痛めつけられたから……。



 それだけでは、無かった。



「力を、隠してたワケだ。


 この俺を、舐めてやがったワケだ」



 ヨークは半分は、自分自身に怒っていた。



 相手の全力を、引き出せなかった自分に。



「…………」



「なあ。


 おまえにそれだけの力が有るなら、


 こっちも手加減は出来ねえ。


 次からの攻撃は、全力で撃つ。


 もし当たれば、


 おまえは死ぬかもしれねえ。


 俺が負けたら、あのオッサンは、


 俺たちを生かしちゃいないだろう。


 つまり、どっちかが死ぬわけだ。


 あの金持ちに、


 いくら貰ってんのか知らねえけどよ……。


 馬鹿馬鹿しいと思わねえか?」



「…………」



 黒蜘蛛は、まっすぐに構えた。



 ヨークの言葉に耳を貸すつもりは、無いようだった。



「そうかよ。


 ……外でやろうぜ。ここは狭い」



 ヨークはミツキを、ちらりと見た。



 ヨークが全力を出せば、ミツキにも危険が及ぶ。



「…………」



 イジューは渋い顔で、ヨークを見ていた。



 外での戦いを、許可するべきなのか。



 それを悩んでいる様子だった。



「心配すんなよ。


 人質が居んのに、逃げたりはしねえ。


 行こうぜ」



「…………」



 ヨークは、壊れた玄関扉に向かった。



 黒蜘蛛も、ヨークの後に続いた。



 イジューはそれを止めなかった。



 ヨークと黒蜘蛛は、外へと出た。



 イジューたちも、それに続いた。



 広い庭で、ヨークと黒蜘蛛は、向かい合った。



「俺はヨーク=ブラッドロードだ。おまえは?」



 ヨークは改めて、黒蜘蛛に名乗りを上げた。



「…………」



 黒蜘蛛は、やはり何も答えなかった。



「……無愛想な奴だな。まあ良い」



 ヨークは魔剣を構えた。



「真剣勝負だ。死んでも恨むなよ」




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