3の24「負傷と勝機」



「させると思うか?」



 厄介な魔導器を前にしても、ヨークは揺らがなかった。



 その両目には、ギラギラとした戦意が宿っていた。



「おまえに勝ち目は無い」



 イジューは不遜を崩さずに言った。



「二人の天才の、技術の結晶に、


 おまえが勝つ術は、無い」



「そうかよ」



「…………」



 リホは、困り顔でヨークを見た。



 ヨークを心配しているのか。



 それとも、申し訳なく思っているのか。



 ヨークには分からない。



 ヨークはただ、リホに向かって微笑んだ。



「気にすんな。リホ。


 何とかなる。


 何とかなるさ」



「…………」



(さて……)



 ヨークはリホから視線を外した。



 そして、立ち向かうべき黒鎧の姿を見た。



(そうは言ったものの、どうする?


 呪文は消される。


 剣は弾かれる。けど……)



「俺は魔術師だ。


 剣が効かない。


 普通の攻撃じゃ倒せない。


 そんな厄介な敵……。


 そいつらをぶっ倒すのが、


 俺たちの仕事なんだよ」



 ちょっと攻撃が通らない。



 ただそれだけだ。



 その程度では、諦める理由にはならなかった。



 ヨークは全身に、闘志をみなぎらせた。



「やってみるが良い」



 イジューがヨークを見下ろして言った。



「ああ」



 ヨークは声だけでイジューに答えた。



 そして……。



(アイディア、その1)



 ヨークは、剣を鞘に収めた。



「…………?」



 イジューの目が、訝しげに細められた。



 ヨークは腰を低く落とし、構えた。



「メイルブーケ流魔導抜刀……。


 紅蓮」



 ヨークは唱えた。



 魔剣の鞘に、魔術の力が満ちていった。



「それは……」



 イジューの目が、わずかに見開かれた。



「…………」



 ヨークの構えに対し、黒蜘蛛は臆さなかった。



 黒蜘蛛はヨークに、正面から攻撃をしかけていった。



 黒蜘蛛が、杖を振った。



「ッ……!」



 それが振り切られるより先に、ヨークは抜刀した。



 鞘にこめられた力が、紅蓮の輝きが、剣を加速させた。



 高速の斬撃は、少し歪んだ軌道で、黒蜘蛛へと向かった。



「がっ……!」



 ヨークはうめき声を上げた。



 ヨークの剣先に、強い反発力が生じていた。



 ヨークの剣は、持ち主ごと、障壁によって弾き飛ばされた。



 ヨークは勢い良く、後方へと吹き飛んだ。



 そして、地面へと転がった。



「クソ……」



 ヨークは、すぐに立ち上がった。



 目に見えた負傷は、無い様子だった。



 そのとき、イジューが口を開いた。



「メイルブーケの門下だったとは、驚かされたがな。


 だが、聖障壁は、


 メイルブーケの奥義にも勝つようだ」



「うるせえ。


 ……ただの修行不足だよ。


 悪かったな」



(しょせんは真似事だ。


 デレーナの、綺麗な剣には、及ばない)



 一朝一夕の修練。



 魔導抜刀の奥義は、その程度で身につくものでは無い。



 ヨークの魔導抜刀は、剣先がブレていた。



 真の魔導抜刀では無かった。



 ならば、完成された奥義なら、壁を破れたのか。



 未熟なヨークには、分からないことだった。



「何にせよ、切り札は切ってしまったわけだ」



 勝敗は見えた。



 イジューはそう思ったのだろう。



 彼はヨークに向かって、首輪を放り投げた。



 ヨークの前方に、金属の首輪が転がった。



「あ?」



 ヨークはイジューを睨んだ。



「おとなしく、その首輪を嵌めるなら、


 ミラストックと一緒に


 飼ってやっても良い」



「そうかよ」



 ヨークは首輪を蹴り飛ばした。



 思い切り、強く。



 首輪は壁面に、深く突き刺さった。



「む……」



 イジューの眉が、ひそめられた。



 そのときヨークは、人差し指を、さりげなくイジューへと向けた。



(炎矢)



 ヨークは内心で、呪文を唱えた。



 指先から、火線が放たれた。



 炎はイジューに向かっていった。



 だが……。



「無駄だ」



 炎はイジューの直前で、消失した。



 まるで黒蜘蛛が、呪文をかき消した時のように。



「悪いが、魔導器は二つ有ってな。


 黒蜘蛛と同じ物を、


 この私も身につけている」



「チッ……」



(アイディアその2もダメかよ)



「…………」



 話が終わったのを見て、黒蜘蛛が戦いを再開した。



 黒蜘蛛は上段から、杖を勢い良く振り下ろした。



「それなら……!」



 ヨークは黒蜘蛛の一撃を、横へと避けた。



 杖を振り切ったことで、黒蜘蛛に隙が出来た。



 ヨークはその隙を活かして、2階へと跳んだ。



「む……!?」 



 イジューが驚きの声を漏らした。



 ヨークは、イジューの側面に着地していた。



 剣が届く距離だ。



 だが、どうせ攻撃しても、魔導器に防がれてしまう。



 ヨークはイジューを無視し、リホの前に立った。



 そしてリホの腰を抱き、体を持ち上げた。



「わっ!?」



 リホはヨークに、小脇に抱えられた状態になった。



「俺の目当ては、最初からコイツだ。悪いな」



 ヨークはリホを抱えたまま、階段に向かった。



 そのまま駆け下りる。



 階段の下側に、黒蜘蛛の姿が見えた。



「…………」



 黒蜘蛛が、杖での突きを放ってきた。



「っと」



 ヨークは剣を上手く使い、杖を受け流した。



 そして、階段側面から、1階へと飛び降りた。



「じゃあな」



 ヨークは2階のイジューへと、勝ち誇った笑みを向けた。



 そのとき……。



「ぐっ……!?」



 脇腹に、激痛が走った。



 ヨークは膝をついた。



 リホがヨークから、離れていった。



 ヨークはリホを見た。



 リホの手に、血塗れのナイフが握られていた。



「リ……ホ……」



(首輪の力か……)



 リホが裏切るはずが無い。



 そう信じているヨークは、即座に事情を察してみせた。



(俺がリホに近付いたら、


 攻撃するように仕込んでたんだ)



 奴隷の首輪が有れば、なんだって命令出来る。



 仲間を攻撃させることも、たやすいはずだった。



「あ……あぁ……」



 リホは呻いた。



 望まぬ行為に、彼女の目尻が濡れていた。



「読めていた」



 イジューが言った。



 その視線は、相変わらずヨークを見下ろしていた。



「ミラストックは、


 おまえの事を良く見ていた。


 戦いで敵わないとなれば、


 そうするだろうと理解していた。


 だから、あらかじめ罠を仕込んでおいた。


 予想を寸分違わなかったな。


 ミラストックの瞳は、


 確かにおまえを捉えていたというわけだ」



「……陰湿な野郎だ」



「平凡な人間なのでな。私は。


 天才に勝とうと思えば、


 搦め手にも頼らねばならん」



「天才で良かったぜ。


 小汚ねえ真似しなくても、


 正面からテメーを


 ぶっ飛ばせるんだからな」



「羨ましいな。


 だが、どうする?


 ミラストックを、


 連れ去る手段は使えない。


 加えて、その出血だ。


 明暗は、既に見えたと思うのだがな」



(確かに……。


 アイディアを試すにしても、


 傷を負ったこの状況じゃ、不利だ。


 一旦退いて、


 ミツキと合流するか)



 ミツキのクラスは聖騎士。



 治癒術を使えるクラスだ。



 ヨークが強すぎるので、迷宮での彼女は、まったく呪文を使わない。



 だが既に、それなりの数の呪文を、身に着けていた。



 彼女が居れば、治癒術をかけてもらえる。



 腹の傷も治るだろう。



 長期戦に挑むのであれば、彼女の存在は必要だった。



 だが……。



「ミラストックを殺すぞ」



 突然に、イジューがそう吐き捨てた。



「は?」



「逃げればミラストックを殺す。そう言っている」



「殺してどうするよ?


 欲しかったんだろ? リホが」



「彼女は有用な手駒だが、


 ここでおまえを逃がすわけにはいかん」



「陰湿すぎんだろ」



「故に、勝つ」



「チッ……」



 ヨークは逃走を諦めた。



「…………」



 黒蜘蛛が、ヨークに襲い掛かってきた。



 守りを魔導器頼りにした、容赦のない攻め。



 ヨークは杖での連続攻撃を、なんとか防いでいった。



 だが、傷を負ったヨークの動きは、精彩を欠いた。



 ついには一撃を貰ってしまった。



「ぐっ……!」



 黒蜘蛛の杖が、ヨークの胴の中央を突いた。



 ヨークは吹き飛ばされた。



 ヨークはごろごろと、床を転がっていった。



 そして、背中を壁面にぶつけ、停止した。



「…………!」



 リホは、ヨークに駆け寄ろうとした。



 だが、首輪の命令を思い出し、足を止めた。



 近付けば、ヨークを攻撃してしまう。



「っ……」



 リホは苦しそうに俯いた。



「気にすんな。かすり傷だ」



 ヨークは微笑んで、立ち上がった。



 そのとき……。



 ヨークのポケットから、何かが零れ落ちた。



 床の方から、小さく硬い音がした。



「ッ……!」



 リホは目を見開いた。



(何だ……?)



 ヨークは、落ちた物を拾い上げた。



(これは……)



 そこに有ったのは、魔石のナイフだった。



(エボンさんの所に有った、魔石のナイフ。


 リホはこれに驚いた。


 そして今も、視線を送っている)



「何か有るんだな? コイツに」



 そう言って、ヨークはリホの瞳を見た。



「…………」



 リホは話せなかった。



 ヨークに助言を送ることを、禁じられている様子だった。



 リホは視線だけで、ヨークに何かを伝えようとした。



「……そうか」



(勝ち目は有るんだな? リホ)



 そう信じたヨークは、右手に魔剣、左手にナイフを持った。



 そして、黒蜘蛛に向き直った。



「それならもうちょっと……頑張らせてもらうとするかな」



 ヨークの脇腹からは、血が流れ続けていた。



 ヨークは魔剣を、傷口に向けた。



「赤破」



 ヨークは唱えた。



 ヨークの脇腹で、爆炎が上がった。



「っ……」



 自傷の痛みに、ヨークは小さく呻いた。



 腹の傷が、焼け焦げた。



 ヨークの出血が止まった。



「クッ……ハハ……」



 激痛で、ヨークの額から、脂汗が流れた。



 ヨークはにやりと笑って、黒蜘蛛を見た。



「血は止まった。


 これでノーダメージだ。


 おまえもそうだろ?」



「…………」



 黒蜘蛛は、何も答えなかった。



 ただ、無言でヨークを見ていた。



 ヨークはナイフの先端を、黒蜘蛛へと向けた。



「きれいな体同士、楽しくやろうじゃねえか」




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