3の12「新作とその機能」



「前よりだいぶかかるな……」



「まあ、数が数ですからね……」



 ヨークたちは、軽く難色を示した。



 それに対し、エボンはぴしゃりと言った。



「言っとくが。


 たとえ1個の発注でも、


 小金貨5枚は貰うぞ」



「その違いは何だ?」



「金物を作る時はな、


 金型を作るのが


 1番大変なんだよ。


 今回のフレームは、


 前のより小さくて繊細だから、


 その分手間がかかる」



「分かった……」



 エボンの話に納得したヨークは、商談を成立させようとした。



 だが……。



「待って下さい」



 ミツキがヨークに待ったをかけた。



「ん?」



「製作費が小金貨20枚。


 つまり、銀貨五枚で売らないと、


 元が取れないということですよ?


 その図面に、


 それだけの価値が有るのですか?」



 ミツキはリホをじろりと見た。



 それだけで、リホは気圧されてしまう。



「…………」



 ヨークは何も言わなかった。



 ただ、リホを待った。



「う……」



 少しの時を置いて、リホは口を開いた。



「ウチの魔導器は……今までに無かった新しい物っス」



 リホは勇気を出してそう言った。



 だが、それに対するミツキの対応は、温かくは無かった。



「新しければ売れる。


 そんな保証は有りません。


 あなたはその商品を、


 誰にどうやって売るつもりなのですか?」



「え……。


 えぅ……」



 リホは固まってしまった。



 それを見て、エボンがヨークに尋ねた。



「どうするんだ?」



「頼む」



 ヨークはそう言って、代価を支払うことにした。



 今、ヨークの財布に、金貨20枚は無かった。



 大金は、ミツキに預けてある。



 ヨークはミツキに声をかけた。



「ミツキ」



「…………」



 ミツキはしぶしぶといった様子で、ヨークのお金を取り出した。



 ヨークの金貨は、革袋に詰められていた。



 ヨークは袋を受け取り、その口を開いた。



 そしてテーブルの上に、金貨を積み上げていった。



「ヨーク。


 ちょっと甘やかしすぎでは?」



「リホは、


 新しい物を作るって言ってるんだ。


 見たいと思わねえのかよ?


 今までに無い、新しい魔導器を」



「見たいと言えば、見たいですけどね。


 私たちと彼女は、


 対等なビジネスパートナーであるべき。


 そう思うのですが……」



「そうかもしんねーけどさ。


 リホが口下手なのは、


 中々治るもんでも無いと思うし……。


 実際に出来たのは、


 良い物だったろ?」



「それは……まあ……」



 リホガンが完成した後、ヨークは魔弾銃について、軽く調べてみた。



 だが、リホガンのように連射が効く魔弾銃は、市場には見当たらなかった。



 あの連射機能は、リホ独自の発明らしい。



 リホには能力が有る。



 そのことを、今のヨークは疑ってはいなかった。



「そのリホが、


 これだって決めた魔導器なんだ。


 もうちょっと、リホを信じてみねえか?」



「ヨークがそう言うのでしたら、


 異存は有りませんが」



「決まりだ。物はいつ出来る?」



「試作に2週間。


 量産には、さらに倍以上かかる」



「分かった。


 また2週間後に」



「ああ」



 エボンに別れを告げ、ヨークたちは武器屋を出た。



 そして宿へと足を向けた。



 通りには人が多かった。



 リホは、ヨークの背に隠れるように歩いた。



「…………」



 リホが突然に、ヨークの背中に飛びついた。



「うお?」



 ヨークはリホを、おんぶする形になった。



 鍛えられたヨークからすれば、そう重いものでも無い。



 ヨークは、リホを背負ったまま歩いた。



 ヨークの背で、リホが口を開いた。



「ブラッドロードは……お人好しすぎるっス」



「別に。


 おまえに才能が有ると思ってるから、


 投資してるんだからな?


 それを忘れんな」



「……天才で良かったっス」



 リホは切なげな笑みを浮かべた。



「そうだな。それでさ……」



「何っスか?」



「おまえ、意外と胸有るよな」



「ヒュッ!?」



 リホの体が固くなった。



 結果として、さらに胸をヨークに押し付けることになった。



「下りなさい」



「…………」



 ミツキに言われ、リホは無言でヨークの背から下りた。




 ……。




「まだ午前中か……」



 寝室に戻ると、ヨークはそう言った。



「それじゃ、迷宮に行くか」



「あっ、ウチは留守番っス」



「珍しいですね」



「フレームに組み込む魔石は、


 全部手作業っスから。


 一ヶ月で100台分作るとして……


 1日で、3~4台分の魔石を、


 仕上げないといけないっス」



「そう……。


 頑張って下さいね」



「はい。頑張るっス」



「それじゃ、行って来る」



「行ってらっしゃいっス」



 リホに見送られ、ヨークとミツキは廊下に出た。



「……やる気が出てきた。


 成長してんのかな。あいつも」



 廊下を歩きながら、ヨークが言った。



「スイッチが入っただけ。


 そのような気もしますが」



「スイッチ?」



「元々は、優秀な子のはずですから」



「そうだな。


 ……ん?」



「何でしょうか?」



「おまえも気付いてしまったか。リホの真価に」



「…………。


 まだ、これからですよ」




 ……。




 ヨークたちは迷宮を散策し、時間になると帰宅した。



「ただいまー」



 ヨークは寝室に戻り、リホに帰宅の挨拶をした。



「……………………」



 リホからの返事は無かった。



 リホは作業台に向かい、ひたすらに魔石を加工していた。



「リホ?」



「集中しているようです。


 そっとしておいてあげましょう」



「集中って……


 まったく聞こえてない感じだけど、


 だいじょうぶか?」



「一部の天才と呼ばれる方たちは、


 あんなふうになる事が有るらしいですよ」



 ヨークはベッドに腰かけ、リホの横顔を見た。



 リホは無表情で、淡々と魔石の加工を続けていた。



「すると、俺は凡人だな」



「そうでも無いと思いますけどね」



「あんなふうにはなれない」



「別に、なる必要も無いでしょう?」



「そうか」



「はい」



「あれは何やってんだ?」



「カッティングですね。


 魔石がフレームに収まるように、


 形を整えているのです」



「ふ~ん。


 なんか、鬼気迫るって感じだな」



「設計技師がダメでも、


 魔石職人として


 食べていけるかもしれませんね」



「ダメだと思うか?」



「……いえ。


 そうは思えなくなってきたかもしれません」



 リホは凡人では無い。



 ただの単純作業の光景からも、そのようなオーラが感じられた。



 この集中力が噛み合えば、彼女は何だってやり遂げてみせるのかもしれなかった。



 それから7時間後、リホの作業は一区切りを迎えた。



「ふぃ~……」



 肉体的な疲労から、リホは椅子の背もたれに体重を預けた。



 そして室内に、自分以外の気配が有るのに気付いた。



「ひっ!?」



 リホはびくりとヨークたちに体を向けた。



「何だよいきなり」



「ブラッドロード……?」



「他の誰に見えるよ?」



「……驚かさないで欲しいっス」



「驚かされたのはこっちなんだが?」



「いいや。こっちっス」



「こっちですよ」



 ミツキがヨークの加勢に入った。



「2対1だな」



「多数決は卑怯っス」



「数の暴力に怯えるがよい」



「ぐぬぬ……」



「で? 作業の方は1区切りついたのかよ」



「カッティングは終わったっス」



「おつかれ」



「そうっスね。


 お腹が空いたっス。


 お昼にするっス」



「もう夜中だが」



「えっ……?」



「既に、食堂も閉まっていますね」



「そんな……」



 リホは椅子の上で、ぐったりと脱力してしまった。



 ミツキはベッドから立ち上がり、リホの方へ歩いた。



「どうぞ」



 ミツキはスキルを用い、コップと瓶を取り出した。



 そして、瓶の中身を、コップに注いだ。



「ジュースです」



「恩に着るっス」




 ……。




 それから半月が経過した。



 試作は上手く行ったらしく、新作の魔導器は量産体制に入った。



 そして、さらに半月後。



「完成っス!」



 エボンの武器屋。



 売場の奥に有る工房。



 そのテーブルに、100個の小箱が並べられていた。



 組み立てが終了した、魔導器の完成品だった。



「ちゃんと機能するのですか? それは」



 ミツキが大量の魔導器を見て言った。



「問題無いっス。


 ちゃんと確認したっス」



「結局……それは何なんだ?」



 エボンが尋ねた。



 さらにヨークが質問を重ねた。



「光るか?」



「そんなには光らないっス」



「ちぇっ」



 なんだ、光らないのか。



 ヨークは少し、がっかりとした気持ちだった。



 今からでも光れば良いのにと思った。



 一方のリホは、元気に魔導器を手に取った。



 そしてそれを、ヨークたちへと向けた。



「これは、『計算箱』っス!」



 平べったい直方体のフレームに、いくつもの小さな魔石がはめられていた。



 広い平面の最上部には、横長の少し大きめの魔石が見えた。



「何に使うのですか?」



「寄って見るっス」



 ヨークとミツキが、リホの方へぎゅうぎゅうに寄った。



 エボンは少し離れてその様子を見ていた。



「ブラッドロード。寄りすぎっス」



「えっ? 俺だけ?」



 ヨークは、リホから少しだけ距離を取った。



「それじゃ始めるっスよ」



 リホは計算箱の魔石を、ポチポチと押した。



 すると最上部の魔石に、数字が浮かび上がった。



「これは……!」



 ミツキが驚きの声を漏らした。



「板に数字が出てるな」



 エボンが見たたまの様子を口にした。



「けど、それが何の役に立つんだ?」



 ヨークはリホにそう尋ねた。



「分からないっスか?」



「分からん」



「実はウチは、


 学校である事実に気付いたっス」



「事実?」



「この世には、3桁の掛け算も、


 暗算できない人間が居ると」



「普通出来ないと思うが……」



「……えっ?


 学校で平均以上の成績が有れば、


 普通に出来たっスよ?」



「嘘だろ?」



「私も出来ますよ」



「マジで?」



「はい」



「俺はアホだったのか……」



 知識階級の世界に触れ、村民のヨークは愕然とした。



「安心しろボウズ。俺も出来ねえ」



「知ってる」



「えっ?」



「それで、俺たちがアホである事とコイツに、


 何の関係が有るんだよ?」



「…………」



 エボンがヨークを睨んでいた。



 それに気付きすらせず、リホは質問に答えた。



「暗算ができない人たちは、


 紙にヘンテコな計算式を書いて、


 筆算というのをやるっス。


 正直、紙や鉛筆の無駄遣いっスね。


 だけど、この計算箱が有れば、


 紙を使わなくても


 一瞬で計算が出来るっス。


 ……ブラッドロード。


 何かやって欲しい計算を言うっス。


 この計算箱が、


 たちどころに正しい答えを


 導き出してみせるっス」



「それじゃあ……。


 リホの身長、


 かけるバストサイズ


 割るリホの身長」



「了解っス。ウチの身長かけるバスト……。


 すね蹴り」



「ITEッ!?」



 パーソナルインフォメーションをハックされそうになったリホのトゥキックが、ヨークのすねに突き刺さった。


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