3の9「魔弾銃と赤き惨劇」



 最初の一歩から、2日が経過した。



「…………」



 リホは針と定規を、机の上に置いた。



 そして、顕微鏡の台から魔石を外した。



 次に椅子から立ち上がり、ベッドの方を見た。



 二つあるベッドの片方には、ヨークが腰かけていた。



「出来たっス」



「ん」



 ヨークはベッドから立ち上がり、リホに近付いていった。



「お疲れさん」



 二人の目と目が合った。



 リホはまっすぐにヨークを見ていた。



 かつて有った怯えの色は、無くなっていた。



「……お待たせしましたっス」



 はにかみと共に、リホは詫びた。



「二日遅れただけだろ。


 気にすんな」



 ヨークはぽんと、リホの頭に手を乗せた。



 リホは動かないまま、少し瞳を揺らした。



 次にヨークは、ミツキのベッドへと視線をやった。



「…………」



 ミツキは無表情で、あさっての方向を見ていた。



「な?」



 ヨークはにやりと笑った。



 ミツキは一瞬口をぎゅっと結び、そして開いた。



「な? ではありません。


 ヨーク。あなたはお人好し過ぎます。


 いつか足元を掬われますよ」



「……迷惑かけて悪いな。


 考え無しで」



「別に……迷惑だなどとは思っていません」



「けど、この前は……」



「ヨーク。


 私を理由にして


 あなたが道を違えることを、


 私は望んでいません。


 以前のような連中が、


 再びかかって来るというのなら、


 私は今度こそ、


 あれらに打ち克ちます」



「闘争心が凄い」



「腕相撲が強いので」



「エナジーみなぎってんね」



「……前に何か有ったんスか?」



 事情を知らないリホが、二人にそう尋ねた。



「ああ。ちょっと前に……」



「ヨーク」



 身の上話をしようとしたヨークを、ミツキの声が阻んだ。



「魔石が用意出来たのなら、


 早くエボンさんの所へ行きませんか?」



「ワクワクしやがって」



「はい?」



「おまえも、どんな魔導器が出来るか


 楽しみなんだろ?」



「いえ。全く」



「隠すなよ。


 リホ。ミツキのワクワクが止まらんっぽいし、


 早く行こうぜ。


 魔石を忘れるなよ」



「はいっス」



 ヨークはまっすぐに部屋を出ていった。



 リホは魔石を手にし、ヨークに続いた。



「…………。


 ワクワクしてませんてば」



 ミツキはベッドから立ち上がると、二人を追いかけた。




 ……。




 3人は宿屋を出た。



 そして、エボンの武器屋へ向かった。



 武器屋に入ると、下働きの店員が、3人を出迎えた。



 ヨークはその店員に、エボンの居場所を尋ねた。



 すると、奥の工房に居るということが分かった。



 店員に案内されて、3人は工房の方へ歩いた。



 工房の入り口に立つと、仕事をするエボンの姿が見えた。



 邪魔をしてはいけない。



 そう考えたヨークは、仕事に一区切りつくのを待つことにした。



「エボンさん」



 エボンの作業が終わると、ヨークはエボンに話しかけた。



「ボウズ」



「魔石持ってきた」



「ちょっと待ってろ」



 魔石を持ってきたことを伝えると、エボンは倉庫へと入っていった。



 そして、木箱を運んできた。



 エボンは台の上に、その木箱を置いた。



 そして箱を開け、中から複数の布包みを取り出した。



 布を解くと、そこには魔導器のフレームが有った。



 フレームは、パーツごとに分かれたバラバラの状態だった。

 


「魔石をくれ」



「どうぞっス」



 リホは魔石を台に置いた。



 さっそく魔石を、フレームに組み込んでもらうことになった。



 作業台の上で、エボンは組み立てを始めた。



 ヨークたちは、それを囲んで観察することにした。



「ギュイーン」



 作業するエボンの隣。



 ヨークが奇声をあげていた。



「ゴゴゴゴゴ。


 ガチャッ」



「……気が散るんだが」



「悪い。ついワクワクして……」



「子供か」



「微妙なお年頃だ」



「はぁ。出来たぜ。


 これで完成だ」



 組み立てが終わった。



 エボンは魔導器を、ヨークに手渡そうとした。



「っと」



 ヨークはそれを受け取らず、二歩下がった。



 そして、リホに顔を向けた。



「リホ」



「…………」



「ああ。使うのはこっちの嬢ちゃんだったか」



「っス」



「ほらよ。嬢ちゃん」



 エボンはリホに魔導器を差し出した。



 リホは両手でそれを受け取った。



 その魔導器は、見た目よりもずっと軽かった。



「……どうもっス」



「早速試してみようぜ」



「そうっスね」



 ヨークの提案に、リホが頷いた。



「俺にも使わせてくれよ。良いよな?」



「ふふっ。ダメっス」



 そう言って、リホは魔導器を抱きしめた。



「これはウチの魔導器っスから」



「なんだよケチ! 良いだろ~?」



「ふふふ。早く迷宮に行くっスよ~」



 リホは工房の出口に足を向けた。



「貸せよ~」



 ヨークはリホを追った。



 二人は並んで歩き、工房から出て行った。



「ワクワクしてんなぁ。眩しいぜ」



 エボンは残されたミツキに、そう声をかけた。



「……そうですね」



 ミツキは遅れて武器屋を出た。



 二人は通りでミツキを待っていた。



 そのまま3人で、迷宮に向かった。



 迷宮の1階、木々で出来た広い通路まで来ると、3人は立ち止まった。



「それで、どういう魔導器なんだ? そいつは」



 ヨークがリホに尋ねた。



「これは『魔弾銃』っス」



「魔弾銃?」



 疑問符を浮かべたヨークを見て、ミツキが口を開いた。



「ご存じないのですか?」



「ご存じないっス。何それ?」



「これが有れば、


 誰でも攻撃呪文を


 放つことが出来るっス」



「凄いな。っていうか、アレ?


 それが有れば、


 魔術師とかこの世に必要無くない?」



「さようならヨーク……」



「えっ? クビ? 俺ってリーダーだったような」



「気のせいでした」



「気のせいじゃったか。


 ……けど、ここで魔弾銃を使ってる奴とか、


 見たこと無いよな?」



「魔弾銃は、


 主に軍隊で使う物っスからね。


 冒険者で魔弾銃を使う人は、


 あんまり居ないと思うっス」



「どうして?」



「魔弾銃は、


 素材にした魔石の出力以上の


 火力は出せないっス。


 ですけど、


 強い魔石なんて


 そんなに手に入らないですし……。


 強い魔石は、


 魔弾銃よりも有用な魔導器の素材に、


 回されてしまうっスから。


 世に出回っている魔弾銃の威力は、そこそこ。


 レベル20くらいの魔術師と


 同等と言われているっス。


 あくまで、


 レベルが低い兵士の戦力を、


 底上げするための物ということっスね」



「リストラ回避か」



「お帰りなさい。ヨーク」



「いまさら帰って来いと言われても、


 もう遅いぞ」



「まあまあ。


 飴ちゃんをあげますから」



 ミツキはスキルで飴を取り出すと、ヨークに渡した。



 ヨークは飴の包みを解き、口に含んだ。



「苦しゅうない。


 それじゃあ使ってみてくれよ。


 魔弾銃」



「了解っス。


 それじゃ、スライム相手に


 試し撃ちするっス」



 3人は、スライムの居る部屋へ向かった。



 その部屋には、なぜかスライムが発生しやすい。



 ヨークお気に入りのスライム部屋だった。



 部屋の中では、大量のスライムがうようよとうごめいていた。



「それじゃ、行くっスよ」



 リホは魔弾銃を構えた。



 そして、照準をスライムへと合わせた。



 ヨークはリホの勇姿を、後ろから見守った。



「わくわく」



「えいっス」



 リホは魔弾銃のトリガーを引いた。



 魔弾銃の銃口から、火の玉が放たれた。



 火の玉はスライムに着弾し、そして……。



 大爆発が起きた。



「えっ?」



 轟音と共に、爆炎が広がった。



 赤い魔手が、スライムを絡め取っていった。



 爆風がヨークたちにも吹きつけた。



「ひぎゃっ!?」



 リホは体勢を崩し、尻もちをついた。



 ミツキのフードがめくれ上がり、狼耳が露わになった。



 ヨークは揺るがなかった。



 やがて爆風が止んだ時、部屋内にスライムの姿は無かった。



 炎に耐性を持つレッドスライムすら残らなかった。



 小さな魔石だけが、彼らが生きた証としてそこに在った。



「スライム様があああああああぁぁぁっ!?」



 ヨークは慟哭した。



 ヨークのスライム愛を知らないリホは、呆気にとられるしか無かった。



「えっ? えっ?」



「おまえスライム様に何してんだよ!?」



「スライム様て、何言ってるんスか?」



「スライムはなぁ! この星の一部なんだよ!」



「意味分かんないっス!?」



「ヨークはスライム保護団体の


 会長なのです」



「えっ。そんな団体有ったんスね」



「ええ。メンバーはヨーク一人ですけど」



「どゆこと?」



「気にしないで下さい。


 一時的なショックで


 おかしくなっているだけですから」



「……はぁ」



 二人はヨークの精神が安定するまで、待つことにした。



 ヨークが落ち着いてきたのを見ると、ミツキは彼に声をかけた。



「落ち着きましたか? ヨークメンバー」



「……そうだな」



 ヨークはそう言ったが、声音からは拗ねた様子が感じられた。



 リホは後ろめたそうに口を開いた。



「その……想定外の威力だったっス。


 普通の魔石だと、


 ここまでのことになったりはしないんスけど」



「……魔石を持ってきた俺が悪いってのか?」



 ヨークはじろりとリホを睨んだ。



「う……」



 ヨークがリホに、負の感情を向けるのは珍しいことだった。



 リホはつい目を逸らしてしまった。



 そこへミツキがきっぱりと言った。



「その通りですね。


 ヨークが良い色の魔石を持ってきたから、


 こうなったのですよ?」



「ぐぬ……」



「そう腐らないで下さい。


 この部屋以外にも、


 スライムは居るのですから」



「……分かったよ」



 ヨークが一応の納得を見せると、ミツキはリホの方を向いた。



「しかし……その威力では、


 迂闊に使えませんね。


 もう少し、


 威力を抑えることは


 出来ないのですか?」



「威力は……魔石の性能と、


 刻まれた魔術回路で決まるっスから……。


 新しい石に、


 別の回路を彫ってやらないと


 ダメっスね」



「魔石はまだまだ有りましたよね?」



 ミツキはヨークに話を振った。



「……あぁ」



 かつて、リホを励ますため、ヨークは魔石の乱獲をした。



 そのときの魔石が、大量に余っていた。



「一度戻って、


 出直して来ましょう」



「そうっスね」



「…………」



 その日、ヨークは終始暗いままだった。



 スライム絶滅事件は、ヨークの心に深い影を落としていた。



 ヨークは深く深く傷つき……。



 一晩寝たら治った。


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