3の8「1本目と2本目」



「嘘……?」



 ヨークはリホを見た。



 そして問うた。



「そうなのか? リホ」



「…………」



 リホは俯いて、動かなかった。



 口を開く様子は無かった。



 椅子に座ったまま、ヨークに背中を向けていた。



 ミツキの表情に、呆れの色が増した。



「真っ当に、


 受け答えをするつもりも無いとは。


 ……なんと見苦しい。


 ヨーク。時間の無駄です。


 彼女を追い出して、


 それで終わりにしましょう」



「…………」



 ミツキにここまで言われても、リホからは何の反論も無かった。



 見かねたヨークが、リホの代わりに口を開いた。



「待てよ。落ち着けって」



「私は落ち着いていますが?


 冷静に物事を見られていないのは、


 ヨークの方かと」



「そうは思わねえ。


 ……ミツキ。


 お前は、リホが俺にどんな嘘をついたのか、


 知ってるんだろ?


 まずはそれを話すべきだ。


 話すべきことは話す。


 冷静ってのはそういうことだろ?」



「……分かりました。


 魔石の加工が進んでいるというのは、


 真っ赤な嘘です」



 ミツキがそう言うと、リホの体がピクリと動いた。



「っ……」



「そうなのか?」



 ヨークは机上の魔石を見て、次にリホを見た。



 相変わらず、言葉は返ってこなかった。



 今この場において、沈黙は肯定に等しく感じられた。



「…………」



 リホは沈黙を続けた。



「彼女の留守を見計らって、


 魔石を調べました。


 その魔石は、


 一切の手がつけられていない、


 無垢のままでした」



 ヨークはミツキを信頼している。



 彼女が嘘をつく必要が、有るとも思えなかった。



 ならば……。



 リホが嘘をついたというのは、事実なのだろう。



 そう思っても、ヨークはリホ自身の言葉を聞きたかった。



 だが、乱暴に聞き出そうとは思えなかった。



 リホを助けてやりたい。



 その気持ちは、今も変わってはいなかった。



 迷宮で、彼女は泣いた。



 その涙までが偽りだとは、思いたくなかった。



「リホ……」



 ヨークはリホの名を呼んだ。



「…………」



 だがやはり、リホは何も答えなかった。



「何も言わない。


 弁解の余地すら


 無いということです。


 とっとと追い出してしまいましょう」



「落ち着けって。


 今のおまえ、態度がきついんだよ。


 見ろよ。


 泣きそうだろ?」



 小柄なリホが、身を縮めて震えていた。



 同情を誘う見た目をしていた。



 それは哀れに見えるからこそ、ミツキにとっては、苛立ちの対象でしかなかった。



「泣きそう?


 泣きそうだから、


 不憫だとでも言うのですか?


 自分に非が有るのに、


 涙で同情を誘うような女は、


 被害者では無い。


 立派な加害者ですよ」



「いや、分かるぜ?


 おまえの言ってることは


 正論なんだろうさ。


 ……けどさ、ミツキ。


 俺だって、嘘ついたことくらい有る」



「っ……。


 ですが、彼女にとって


 ヨークは恩人です。


 命を救って、


 宿の面倒を見て、


 商売道具まで下賜した……」



「下賜て。


 べつに、それは良いさ。


 俺は嫌な思いしてないから」



「怒らないというのですか」



「こんな震えてるやつに、怒れねーよ」



「では……どうすると言うのですか?」



「待つよ。


 リホが話せるようになるまで、待つ。


 ミツキはエボンさんに、


 魔石が遅れるって伝えてきてくれ。


 それで、甘い物でも食べて、


 ピリピリしたの抜いて来いよ」



「……分かりました。


 行って参ります」



「ああ。行ってらっしゃい」



 ミツキはヨークに背を向けた。



 そして、大股で部屋を出ていった。



 その足音は、いつもより大きかった。



 寝室には、ヨークとリホの二人が残された。



「……………………」



 リホは相変わらず、沈黙を続けていた。



 誰も喋らないと、室内は静かだ。



 ヨークは口を開いた。



「何か飲み物でもどうだ?」



 リホは首を横に振った。



 寝室は再び静かになった。



「……………………」



「……………………」



「言葉が出せない感じか」



「…………」



「ん~……」



 ヨークは歩いた。



 リホが座る椅子の方へ。



 ゆっくりと、リホの背中に近付いた。



 そして、彼女の胴体に手を伸ばした。



「こしょこしょこしょこしょ」



 ヨークはリホの脇腹をくすぐった。



「ひあっ!?」



 リホは椅子から跳び上がった。



 そして、逃げるようにヨークから距離を取った。



「いきなり何するっスか!?


 変態! 最低っス!」



 リホは、大声でヨークを責めた。



 それを見て、ヨークは微かに笑った。



「言えたじゃねえか」



「何がっスか!?」



 リホは大声のままだった。



 その表情からは、露骨な怒りが見て取れた。



「人のこと最低って言えるならさ。


 そうやって怒りとかぶつけられるなら、


 怖いもんなんて無いと思うけどな」



「それは……」



 リホの顔から怒気が消えた。



 だが、眉根は寄ったままだった。



 リホは再び俯いてしまった。



「…………」



「まだ駄目か。


 効き目が薄かったかな?」



「……効き目?」



「実はな、さっき触った所に、


 話しやすくなるツボが有るんだよ」



「そうなんスか?」



「ああ。嘘だが」



「えっ……」



「なあ。


 俺はお前に嘘をついたぞ。リホ。


 これでお互い様だな?」



「……もぅ」



 リホの表情が、柔らかく崩れた。



「……………………」



 それからやはり、沈黙が続いた。


 だが、ヨークが辛抱強く待つと、リホは口を開いた。



「ウチは……」



「うん」



「失敗するのが怖かったっス……」



「うん」



「魔石の加工なんて


 授業で少しやっただけで……。


 こんな良い魔石を貰って、


 もし失敗したら……。


 ウチは今度こそ、


 見放されてしまうんじゃないかって……」



「そうか……。


 おまえも……蓋を開けるのが


 怖かったんだな」



「蓋……?」



「だけどな。リホ。


 前に進むのが怖いって気持ちは、


 前に進まないと無くならねーんだ」



「そうなんスかね……?


 けど……怖いっス……」



「……そうだな。


 リホ。これ持ってみろ」



 ヨークは、作業台に向かった。



 そして、魔石と針を手に取った。



 彼は魔石と針を、リホに手渡した。



「…………?」



 リホの右手に針。



 左手には、魔石が載せられた。



 リホは理由が分からず、ぼんやりとそれを見た。



 ヨークはリホに、針をぎゅっと握らせた。



 そして、リホの手を動かした。



 がりっ。



 針が魔石に突き立てられた。



「あっ……!」



 雑に針を突き立てたことで、魔石に大きな傷が出来た。



 台無しだ。



 傷ついた部分をカットして捨てないと、この魔石は用をなさないだろう。



 そうすれば、とうぜん元よりも小さくなる。



 エボンに頼んだフレームには、もう使えない。



「なんてことを……!


 これじゃ……


 もう使い物にならないっス……!」



「はっはっは。大失敗だな」



「笑い事じゃ無いっス!」



「そうか?」



「そうっスよ!


 たった一つの魔石が……!」



「そうかな?」



「…………?」



「ちょっと出かけてくる。待ってろ」



「あっ」



 ヨークは早足で、部屋を出ていった。



 寝室に居るのは、リホ一人になった。



「ブラッドロード……?」



 気の抜けたリホは、てくてくと歩き、ベッドに倒れ込んだ。



 そして、1時間後。



 扉をノックする音が、リホの耳に届いた。



「お~い。開けてくれ~」



「…………?」



 ヨークの声を聞き、リホはベッドから起き上がった。



 彼女は小走りで、扉に駆け寄った。



 そして開いた。



 扉の先には、ヨークの姿があった。



「ただいま~」



 ヨークの腕には、大量の魔石が抱えられていた。



「何事っスか!?」



「見ろよ。大量だ」



「魚っスか……」



「魚みたいなモンだ。ほれ」



 ヨークは石を1個、リホに放って渡した。



「わっ!」



 リホは落としそうになりながら、なんとか魔石を受け取った。



「お前もやってみろよ。


 俺がやったみたいにさ」



「一ついくらすると思って……」



「お前がやらないなら、俺がやるか?」



 ヨークは作業台へと歩いた。



 それから魔石を台に転がし、針を持った。



 そして、石に針を近付けていった。



「待つっス!?」



 リホはヨークから、針を奪い取った。



「貴重な魔石を


 何だと思ってるんスか……」



「魚」



「…………」



「さ、やれよ。


 スッキリするぞ。


 お前がやらないなら俺がやる。


 さあ、どうする?」



「ッ…………」



 リホ作業台に向かい、針を振り上げた。



「このお~~~~~~っ!」



 リホは気合と共に、針を振り下ろした。



 その勢いに弾かれ、魔石が床に転がった。



 魔石に大きな傷が出来ていた。



 理知的な魔術刻印では無い。



 価値を下げるだけの、空虚な傷だった。



 金銭的被害は、どれだけになるのか。



 ヨークにもリホにも分からなかった。



「うっ……あぁぁあぁあぁぁ……。


 やってしまった……」



 魔導技師としてあるまじき行いに、リホはうめき声を上げた。



「どうだ? スッキリしたか?」



「……最悪っス。


 罪悪感が止まらないっス。


 お百姓さんに申し訳ないっス」



「畑の大根かよ」



「モッタイナイっス……」



「そうか。もったいないか。


 やっちまったなぁ? リホ」



「ブラッドロードがやらせたっス……」



「それで? 人生終わりか?


 もうどうしようもないか?


 魔導技師引退か?」



「……いえ」



「それじゃあ、次だ」



 ヨークはリホに石を投げた。



 今度はちゃんと、リホはそれを受け止めることが出来た。



「えっ? まだやるっスか?」



「やりたくないか?」



「当然っス」



「それじゃ、その石はお前の好きにしろ」



「……………………。


 はいっス」



 リホは作業台に向かった。



 それから、魔石をフレームに合う形状にカットしていった。



 カットが終わると、顕微鏡の台に石を置いた。



 そして、針と定規を持つと、レンズを覗き込んだ。



 レンズを覗きながら、リホは針と定規を動かした。



 最初の一太刀を入れた。



「あっ……」



「うん?」



「線が……引けたっス……」



「うん」



「線を1本……引けたっス」



「うん。


 良かったな。リホ」



 それから2本目の線を引くのに、大した時間はかからなかった。




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