3の7「期日と冷たい視線」




「結局、出来るのか?」



 ヨークがエボンに訪ねた。



「図面を見せてくれ」



「どうぞっス」



 リホは、丸めた図面を差し出した。



 オリジナルの図面を、魔導印刷で複製したものだ。



 エボンは図面を受け取り、机の上に広げた。



「…………」



 エボンは真剣な目で、机上の図面を見た。



 そして、何かに納得したような様子を見せた。



「……なるほど」



「出来そうか?」



 ヨークは再び尋ねた。



 エボンはそれに、力強い答えを返した。



「ああ。行けるぜ」



「専門外だったりしないのか?」



「あのなあボウズ」



 エボンは、武器の棚の方へ歩いた。



 そして、装飾の多い剣を手に取った。



 それから空いた方の手で、繊細な装飾を撫でてみせた。



「こういう飾りだって、


 ウチの工房で作ってんだぜ?


 剣を打つしか


 能が無い連中って思われちゃ、


 心外だな」



「べつに、一芸を極めてるってのも、


 格好良いと思うけどな」



「そうか?


 けど、今どき頑丈なだけの剣じゃ、


 商売にならねえからな」



「そういうもんか?」



「ああ。


 とくにルーキーは、


 ええかっこしいが多いからな。


 切れるだけの剣や、


 頑丈なだけの剣より、


 飾りが付いてる剣を


 買っていくのさ」



「可愛いのか」



 ヨークは前にした話を、思い出した。



 この店の倉庫には、やたら可愛い剣が眠っているらしい。



 ヨークはその剣を、見たことが無かった。



「まあ、アレは売れなかったが」



 エボンは笑い飛ばすように言った。



「大変だな。


 ……で、任せて良いか?」



「まあ待て。素材は鉄で良いのか?」



「いや……」



 ヨークはミツキを見た。



「はい」



 ミツキはスキルで金属塊を出現させた。



「これを……うまく加工できませんか?」



 ミツキは金属塊を、エボンに差し出した。



 エボンはそれを受け取り、凝視した。



「変わった形だが……。


 ん……!? これは……!?」



 金属塊を観察していたエボンの、顔色が変わった。



 それを見て、リホが口を開いた。



「魔光銀っス」



「マジか……。


 すげえな。どうしたんだ? コレ」



「迷宮でドロップした」



 エボンの問いに、ヨークが答えた。



「へぇ~。レアドロップってやつか?」



「使えるか?」



「もちろんだ。


 逆にこれ、魔導器なんかに使っちまって良いのか?」



「『なんか』?」



「いや、別に魔導器を


 バカにしてるわけじゃ無いんだが……。


 武具に使ったら、


 良いのが出来ると思うんだがな」



「今のところは、


 別に欲しい装備も無いしな」



「そうか? 使っちまって良いんだな?」



「ああ。頼む。それで、いくらかかる?」



「前金で、小金貨2枚だ。払えるか?」



「…………」



 リホはヨークの顔色をうかがった。



「結構するな」



「ぅ……」



 ヨークのネガティブな言葉を聞いて、リホは小さく声を漏らした。



 エボンはそれを気にせずに話を進めた。



「特注品ってのは、手間がかかるもんだ」



「正しい相場なのでしょうか?」



 ミツキが疑問を呈した。



「ヨソと比べてもらっても良いがな。


 あんまり安請け合いする奴も、


 どうかと思うぜ。俺は」



「払おう」



 ヨークはポケットから、財布を取り出した。



 それから金貨を2枚抜き取り、エボンに渡した。



「まいどあり。


 ……儲かってるみたいだな」



 エボンは、手中の金貨を見て言った。



「それなりにな」



 冒険者というのは、一定のレベルを超えれば儲かる仕事だ。



 そして、ヨークのレベルは高い。



 専業冒険者として、十分に食べていけるようになっていた。



「ウチで買った剣、具合はどうだ?」



 エボンがミツキに尋ねた。



「頑丈で助かっていますよ」



「なら良かった」



 次にヨークが口を開いた。



「完成までに何日かかる?」



「最低でも1週間は欲しいな。


 それと、最後の仕上げは、


 魔石の用意が出来てからだ」



「分かった。


 リホ。魔石の加工には何日かかる?」



「えっ……。


 その、やってみないと分からないっス」



「嬢ちゃんが魔石を彫るのか?」



「……はい」



「そうかそうか」



 エボンの表情が緩んだ。



 肯定的な笑みだった。



「若いのに大したもんだ。頑張れよ」



「…………はいっス」



「べつに魔石が遅れても、問題は無いか?」



 ヨークがそう尋ねた。



「無いって言えば、無いがな。


 未完成がいつまでも手元に有るのは、


 あんまり気分が良いもんじゃねえ。


 出来れば10日後くらいには、


 用意してくれると助かる」



「リホ。出来そうか?」



「多分……」



「分かった。それじゃ、よろしく」



「ああ。任せとけ」



 ヨークたちは、図面と魔光銀をエボンに預けた。



 そして武器屋を出た。



 3人は、ゆっくりと通りを歩いた。



 歩きながら、ヨークはリホに尋ねた。



「魔石の加工には、何が要るんだ?」



「……専用の針と顕微鏡。


 ……それと、作業台が欲しいっス」



 リホは言い辛そうに、そう言った。



「店まで案内してくれ」



「……はいっス」



 3人は、工具の専門店に向かった。



 そこで魔石加工の道具を揃えた。



 購入した道具は、宿屋に運び込まれた。



「ごめん。サトーズさん」



 作業台を抱えながら、ヨークはサトーズにそう言った。



「いえ。


 あまり、うるさくはしないで下さいね?」



「了解っス」



 ヨークたちの寝室。



 ベッドから少し離れた位置に、作業台が置かれた。



 その上に、作業に必要な道具が並べられた。



 無事にセッティングが完了した。



 魔石加工の準備が整った。



「どうだ?」



 ベッドに腰かけた状態で、ヨークはリホに尋ねた。



 リホは作業台の道具と向き合っていた。



「……問題無いっス」



「そうか。


 何か手伝うことは有るか?」



「いえ。一人で十分っス」



「それじゃ、迷宮に行ってくるよ」



「了解っス」



 ヨークたちは、リホを残して宿を出た。



「……………………」



 宿の寝室に、リホが1人で残された。




 ……。




 7日が経過した。



 早朝。



 宿屋の寝室。



 室内には、ヨーク、ミツキ、リホの姿が有った。



 既に朝食は終えている。



 ヨークは、迷宮へ向かうための身支度を、整えていた。



「どうだ? 進捗は」



 作業台前の椅子。



 そこにリホが腰かけていた。



 ヨークはベッドの隣に立ち、彼女に声をかけた。



「えっ、あっ、はい」



 リホはぎこちない様子で答えた。



「その……ボチボチっス」



「そうか。


 あと3日で出来そうか?」



 あと3日経つと、作業を始めてから10日目になる。



 エボンには、10日ほどで魔石を用意して欲しいと言われていた。



 別に、厳密な期日というわけでは無い。



 支払いは済んでおり、遅れてもエボンに損は無い。



 何か罰が下るわけでも無かった。



 だが、期日は守られるに越したことは無い。



「その……その……。


 多分……」



 リホはもどもごとそう言った。



「うん。


 別に、ちょっとくらい遅れても良いからな。


 焦らずやれよ」



「……はい」



「……………………」



 俯くリホに、ミツキは冷えた視線を向けた。



 ヨークは、そんなミツキの様子に気付かなかった。



「それじゃ、迷宮行って来るから、


 留守番頼むな」



「はい」



 ヨークはミツキへと向き直った。



「行こうぜ」



「はい」



 ミツキはヨークに対し、にこにこと微笑んだ。



 リホに向けた面持ちとは、100℃以上の差が有った。



 二人は部屋を出て行った。



「……………………」



 リホは取り残された。




 ……。




 3日後になった。



 エボンに指定された、魔石加工の期日だった。



「進捗は?」



 宿の寝室で、ヨークはリホに尋ねた。



 リホは、作業台の椅子に腰かけていた。



「その…………。


 もうちょっと……っス」



「そっか」



(一応、謝っとかないとな)



「それじゃ、1回エボンさんと話してくる。


 ちょっと遅れるって」



「ぁ…………」



 ヨークは出口に向かった。



 そして、ドアノブに手をかけた。



「ヨーク」



 ドアを開けようとしたヨークを、ミツキが呼び止めた。



「ミツキ?」



 ヨークは体の左側面を、ミツキへと向けた。



 呼び止められるとは、思っていなかった。



 ヨークの気持ちは、ドアの方へ向いていた。



「その女のために、


 ヨークが頭を下げる必要はありません」



「いや、まあ、そうかもしれんが。


 リホには魔石に集中して欲しいしな。


 雑用は俺がやるよ」



 そう言って、ヨークはドアノブを回した。







「ヨーク」







 ……ただ名前を呼ばれただけだ。



 だが、ヨークの足は、その場に縫い止められた。



 ミツキの声には、それを強いるだけの冷たさが有った。



「はっきり言いましょう。


 その女は切り捨てるべきです」



 ミツキの極寒の眼差しが、リホを射抜いた。



「ひうっ……!?」



 格の違う生物の敵意を受け、リホの体が震えた。



「どうして……そんなこと言うんだよ?」



 ヨークが困惑して尋ねた。



「あなたは言いましたね。


 その女は……私たちの世界を、


 広げてくれるかもしれないと。


 ですが、それは間違いでした。


 その雌に、


 ヨークの世界を広げるだけの器など、


 有りはしない。


 あなたの寵愛を受ける資格など、


 有りはしないのです」



「雌っておまえ……ちょっと口が悪いぞ」



「……申し訳有りません。


 つい、聞き苦しい言葉を……。


 ですが、その女が……」



「ミツキ。


 ……怒るようなことか?


 ちょっと調子が悪いことくらい、


 誰にでもあるだろ?


 壁を乗り越えて、


 成長することだってある。


 長い目で見て、


 リホを見守ってやろうぜ?」



「……………………」



 ヨークの肯定的な言葉を聞いて、リホの顔が、つらそうに歪んだ。



「ただ、障害に躓いているだけ……。


 それだけなら良かったのですけどね」



「……何だよ?」



「その女は、恩人であるアナタに嘘をついた。


 彼女は……。


 凡庸で善良な隣人ですら無いのですよ。


 ヨーク」



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