3の6「ナンパとリホの計画」



 金属を入手した二人は、地上を目指した。



 もはや、徒歩で移動する距離では無い。



 駆けた。



 ヨークの速度に合わせたので、氷狼は必要無かった。



 ミツキに及ばないだけで、ヨークの脚も遅くは無い。



 魔術師に似合わない、強靭な脚力を持っていた。



 二人は、すぐに大階段へとたどり着いた。



 階段を上り、その先に有る広場へと出た。



 真上に見える空は、少し暗い。



 昼と夜の狭間の色をしていた。



 それを西方から、茜色が侵食していた。



 夕刻だった。



「ん?」



 広場に立ったヨークが、何かに気付いた様子を見せた。



 ミツキはそれを疑問に思い、ヨークを見た。



「ヨーク?」



「あいつ、リホじゃないか?」



 ヨークは指差した。



 広場の人影を。



 ミツキはつられ、その方角を見た。



 小柄な少女が立っていた。



 夕方の光量では、判別がやや難しい。



 だが、確かにリホのようだった。



 ヨークはリホの方へ、足を進めた。



 だが、ヨークより先に、見知らぬ男がリホに近付いていった。



 あまり強そうには見えないが、男は冒険者のような格好をしていた。



「ねぇ、何してるの?」



 男はリホに声をかけた。



 警戒を解くことを目的とした、陽気な声だった。



「えっ? ウチっスか?」



 声をかけられ、リホは男の存在に気付いたようだ。



「うん。誰かと待ち合わせ?」



「……いえ。


 なんとなく、ここに居るだけっス」



「そっかぁ~。


 それじゃあさ、


 俺とご飯でも食べに行かない?


 奢るよ?」



 男の目的は、ナンパのようだ。



 実に分かりやすかった。



「ご飯? ウチとっスか?」



 リホは意外に思ったらしく、問い返した。



 誘われることに、慣れていないらしい。



 リホの疑問を受けて、男は明るく笑った。



「ははっ。他に誰が居るのさ。


 面白いね君」



「ウチ……面白いっスか?」



「良いから行こうよ。


 ちょっと早いけど、


 良い店知ってるんだ」



 男慣れしていないリホの肩に、男は強引に手を回した。



「あっ……」



「さ、行こ行こ」



 男はそのまま、リホをどこかへ連れ去ろうとした。



 下心は有るが、それ以上の悪意は無い。



 そんな様子だった。



 だが……。



「そこまでだ」



 ヨークが、ナンパ男の手を掴んでいた。



 男はぎょっとして、ヨークを見た。



「えっ? 誰?」



「そいつの……ツレだ」



 一瞬だけ迷った後、ヨークは男にそう答えた。



「ありゃ。彼氏さん?」



 男は素直にリホから離れた。



 彼から見て、ヨークは邪魔者だと言える。 



 だが、敵意を抱いたりはしていない様子だった。



「美人だねぇ」



 ヨークを見た男は、感嘆の声を上げた。



「美人……?」



 ヨークは男に顔を向けたまま、横目でリホを見た。



 ちんまりとしている。



 顔立ちは悪くない。



 だが、果たしてコレを、美人と呼んで良いのだろうか。



 ……まあ、感性は人それぞれだ。



 ヨークはそう思うことにした。



「いや……。


 悪かったよ。フリーかと思ったんだ」



「こっちこそ、脅かして悪かったな」



「話が分かる人で良かった~。それじゃ」



 男は軽く手を振り、陽気さを崩さずに去っていった。



「ブラッドロード……?」



 リホはヨークを見上げた。



 そこに居ないはずの人物を見ている。



 そんな感じの表情だった。



「何だよ? その疑問系は。


 宿に戻ったんじゃないのか?」



「なんとなく……気になって……」



「ふぅん?」



「それより、ブラッドロードのせいで、


 ダメになったっス」



「え? 何が?」



「あの底辺さんに、


 ご飯を奢ってもらうところだったっス」



「底辺言うな」



 ヨークはそう言うと、男が去っていった方角を見た。



「……おまえ、ああいうのがタイプなの?」



「いえ? 別にっスけど」



「…………。


 飯だけで済むわけ無いって、


 分かってんのか?」



「えっ?」



「酒飲まされて、部屋に連れ込まれるぞ」



「そんなことは無いと思うっスけど……。


 ウチみたいなチンチクリンを酔わせても、


 良いこと無いっス」



「凄い自信だ」



(逆ベクトルで)



「天才っスから」



「だがな。冷静に考えろ」



「えっ?」



「連中は……お前の発明を狙ってるんだよ」



「っ!?


 産業スパイだったっスか……」



「奴は、裏の世界で名を知られたスパイ、


 エージェント=チャラオだ」



「うぅ……騙されたっス……。


 嬉しかったのに……」



「嬉しかったのか?」



「ウチ、男子にご飯に誘われるなんて、


 初めてだったっス」



「うわ……」



 ヨークは思わず呻いた。



 憐憫の気が、視線から漏れ出していた。



「何スかその目は!?」



「今度一緒に、メシでも行くか?」



「えっ……」



「ミツキと3人で」



「コイツ分かってねぇ~~~~」



「えっ……」



 そこへミツキが口を挟んだ。



「最低ですね。ヨーク」



「そんなに!?」



「それで、どうなったっスか?


 魔石は? 金属は?」



「魔石はな、綺麗だぞ」



「はい?」



「活きの良いのが獲れた」



「魚?」



「何言ってんだお前」



「えっ?」



「まあ良い。


 問題は金属の方なんだが……」



「手に入らなかったんスか?」



「一応見つけては来たんだが……。


 ミツキ……」



「はい」



 ミツキは『収納』スキルを使用した。



 ドロップアイテムが、ミツキの手中に現れた。



 ゴーレムとの戦いで手に入れた物。



 複雑な形状の、金属塊だった。



 ミツキはそれを、リホに差し出した。



「これなのですが……」



「これは……!」



 リホは金属塊を、両手で受け取った。



 そして、金属塊に顔を寄せ、目をギョロリと見開いた。



「知っているのか。リホ」



 リホのただ事では無い様子を見て、ヨークがそう訪ねた。



「エリートっスから」



「それで、何なのですかそれは?」



「これは、『魔光銀』っス」



 そう言って、リホは顔を上げた。



 彼女の視線が、ヨークへと戻った。



「軽くて頑丈。


 魔導器の素材としては、


 かなりのモノっスよ」



「それで、お前の作りたい物は作れるのか?」



「十二分っス。


 ……いちおう、魔石も見せてもらって良いっスか?」



「ん」



 ヨークは首を、少しだけ曲げた。



 ミツキは、ヨークからの視線を受け取った。



「どうぞ」



 ミツキはスキルを用い、魔石を取り出した。



 そして、金属塊と交換で、リホに手渡した。



 ミツキは金属塊を『収納』した。



 リホは金属塊にしたのと同様に、魔石に顔を近付けた。



 そしてツヤツヤの魔石を見て、感じ入るような声を上げた。



「おぉ……これは……!」



「どうだ?」



「活きが良いっスね!」



「何言ってんだ? 魚かよ」



「えっ?」



「それで、材料を揃えたら、


 どうするんだ?」



「次は、図面を用意するっス。


 これは簡単っス。


 ウチの得意分野っスから。


 紙とペンと、


 あとは定規やコンパスが有れば出来るっス」



「それくらいなら、


 高い買い物じゃあ無いな」



 彼らの買い物の中では、文房具は安価な部類だ。



 全てを揃えても、銀貨1枚にもならないと思われた。



「はいっス。


 問題は……その後っス」



「素材の加工ですか?」



 ミツキの推測を、リホが肯定した。



「そうっス。


 素材の加工は、


 職人さんに依頼する必要が有るっス。


 魔石とフレーム、


 それぞれに別の職人さんが必要っス。


 魔石の加工……。


 これを依頼するのは、


 正直難しいっス。


 ウチは魔導器界隈では、


 村八分にされてると思うっスから。


 魔石職人も、


 ウチを門前払いにするよう、


 通達が出てると思うっス。


 ただ、ウチも多少の経験は有るっスから、


 自力でなんとかしてみせるっス」



「だいじょうぶなのですか?」



「熟練の職人さんと比べたら、


 どうしても精度は落ちると思うっス。


 けど……なんとかするしか無いっス。


 金属の加工っスけど、


 これは普通の鍛冶職人さんに、


 お願いすることになるっス。


 魔導器工房と


 関わりの深い職人さんだと、


 ダメかもしれないっス。


 ですが、魔導器とは関係の無い鍛冶屋さんも、


 いっぱい居るので……。


 そういう人たちにお願い出来れば、


 なんとかなると思うっス」



「鍛冶屋か……」



「武器屋のエボンさんに


 お願いしてみましょうか?」



「そうするか」



 ミツキの提案を、ヨークは肯定した。



 魔導器の製作など、エボンの本業では無い。



 受けてもらえるかは分からない。



 だが、ヨークの知り合いに、他に鍛冶屋は居なかった。



 ダメ元で頼み、断られたら他を探す。



 そう決めた。



「お願いに行く前に、


 図面を用意しておいた方が


 良いかもしれないっス」



「なるほど。何日かかる?」



「二日有れば十分っス」



「分かった。


 道具を買いに行くか?」



「その……お願いするっス」



「ああ」



 3人は、文房具の専門店に向かった。



 そこで必要な道具を揃え、宿に戻った。



 そして食事を取り、お風呂に入って寝た。




 ……。




 その翌日。



「それじゃ、頑張れよ」



「はいっス」



 リホは宿で、図面を作成することになった。



 図面に関しては、リホの専門だ。



 ヨークたちに、手伝えそうなことも無かった。



 リホを宿に残し、ヨークたちは、迷宮探索を進めることに決めた。



 そして、翌日の夕方……。



「出来たっス!」



 リホは、製図用紙の両端をつかみ、ヨークたちに見せた。



 小柄なリホの上半身が、紙に隠れて見えなくなった。



「どうっスか? ウチの図面は」



「なるほど?」



 ヨークは顎をつまみ、上半身ごと首を傾けた。



(さっぱり分からん)



 魔導器の図面は複雑だ。



 読み書きするには、専門の教育が必要になる。



 村民のヨークには、ちんぷんかんぷんだった。



「それでは明日、


 エボンさんの所へ行ってみましょうか」



「そうだな」 



 その日はそれで休むことになった。



 そして翌日……。



 3人は、エボンの武器屋を訪れていた。



「そういうわけで、


 魔導器のフレームの作成を


 お願い出来ないでしょうか?」



 ミツキがそう頼むと、エボンはニヤニヤと笑った。



「どうすっかなぁ~。


 こう見えて


 さいきん忙しいんだよなぁ」



 もったいぶった態度を見せたエボンに、ミツキはくるりと背を向けた。



「そうですか。


 それでは、縁が無かったということで」



「ちょ、待て待て待て待て。


 俺とボウズの仲だろ?」



「妙なモノを捏造しないでいただけますか?」



「えぇ……」



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