3の4「深層とダッシュ」



「また手引きか」



「はい」



 ミツキはニマニマと、手引きを上下に揺すってみせた。



 何の意味が有るのかは分からない。



 だが、楽しそうだった。



「手引き何者なんです?」



 ヨークが尋ねると、ミツキは手引きの表紙を見て言った。



「メイルブーケ迷宮伯家、


 監修とあります」



「あいつらか」



「はい」



「…………」



 ヨークは、フルーレたちの顔を思い浮かべた。



 彼女たちと別れてから、1月も経っていない。



 だが、懐かしいような気分になった。



 同じ王都に居る。



 だから、いつかまた出会うかもしれない。



 だけど、2度と出会わないかもしれない。



 そのことが、ヨークを少し感傷的にさせた。



「それで、なんて書いてあるんスか?」



 場の空気を無視して、リホがミツキに尋ねた。



「この冒険者の手引き、上級編によると……」



「上級」



「どうやらメタルゴーレム系の魔獣が、


 金属片をドロップすることがあるらしいです」



「うーん……ドロップか……」



 ヨークは苦い顔になった。



 それを見て、リホが尋ねた。



「どうしたんスか?」



「ドロップアイテムって、


 そんなアテになる物でも無いんだよ」



「粗悪品なんスか?」



「単純に、量が出ない」



 魔獣を倒せば、アイテムを落とす。



 だが、毎回では無い。



 むしろ、倒しても出ないことの方が圧倒的に多い。



 出たら運が良い。



 それくらいの物だった。



 大量の冒険者が、毎日迷宮に潜っている。



 なので、総合的に見れば、それなりのドロップアイテムの流通は有る。



 ドロップアイテムをアテにした商売も有る。



 だが、冒険者の主な収入源は、あくまで魔石。



 ドロップアイテムは、副収入、臨時ボーナスにすぎなかった。



「金稼いで買った方が、


 まだ手っ取り早い気がするが……」



「ヨーク。スキルのことをお忘れですか?」



「ああ、そういえば……」



 『アイテムドロップ強化』。


 先日身につけたスキルを、ヨークはまだ試してはいなかった。



「スキル?」



 ヨークのスキルを知らないリホが、疑問符を浮かべた。



「俺のスキルはだな……」



「ヨーク。


 ……そこまで話す関係でも無い。


 そう思いますが」



 軽はずみにスキルを教えようとしたヨークを、ミツキが咎めた。



「そうか?」



「そうです」



 助けると決めた時点で、ヨークはリホを仲間だと思っていた。



 ミツキにとっては違った。



 護るべきはヨークで、リホは他人だ。



 距離が有った。



 ヨークは、そんなミツキの気持ちを感じ取った。



 そして、ミツキを優先することにした。



 スキルのことは教えずに、ヨークは話を進めた。



「ん~……。


 そんな役に立つスキルなのかも


 分からんが……。


 まあ、試してみるか?」



「そうしましょう」



「分かった。……リホ」



「はいっス」



「俺たちは、今から中層に行く。


 どこか安全な場所で、待ってて欲しい」



「了解っス。


 それじゃあ、宿で待ってるっス」



「……居座る気ですか?」



「……経費削減っス」



「ミツキ。そんな目くじら立てるなよ」



「別に目くじら立ててなど、


 いませんが。


 せいぜい目イルカと言ったところですね」



「どういう現象?」



「リトル目くじらです」



「なるほど?


 ……それじゃ、


 1回迷宮から出るぞ」



「はいっス」



 3人は、大階段へと向かった。



 そして、大階段を上り、広場へと出た。



 リホを地上に送り届けると、ヨークたちは迷宮に戻ることにした。



「んじゃ」



 ヨークはリホに声をかけた。



「気をつけてな」



「はい。行ってらっしゃいっス」



 リホは、にこにこと手を振った。



 ヨークたちは、大階段を下りた。



 目指すは中層。



 少し距離が有る。



 二人は走って移動することにした。



 いつも通りの移動法だった。



 二人はハイレベルだ。



 その脚は速い。



 あっという間に、中層へと到達した。



 そして、さらに29層まで下りた。



 二人が自力でマッピングしたのは、この階層までだった。



 ミツキは通路で立ち止まると、店売りの地図を取り出した。



 自作の地図には載っていないことまで、その地図には載っている。



「ズルしましょう」



「仕方ないな」



 自力でマッピングして進むのが、2人のルールだった。



 そのルールを、今回は破ることにした。



 店売りの地図を頼りに、2人はさらに進んだ。



 31層、赤水晶の地層へ足を踏み入れた。



 中層と呼ばれるのは、21層から40層。



 31層は、中層の中間ということになる。



 その地層は、床から天井までが、赤い水晶で覆われていた。



 少し魔石に似ている。



 だが、魔石ほど眩しくは無かった。



 薄く光る、落ち着いた赤だった。



「大分、浮世離れしてきたな」



「迷宮で空が見えた方が、


 変でしたけどね」



「それもそうか」



「それでは炎屍鳥を


 探しましょうか」



「おう」



 ミツキが言い、ヨークが答えた。



 そこからは徒歩だった。



 二人は獲物を探してうろついた。



 それから何体か、目当てで無い魔獣と出会った。



 レベル30程度の魔獣だ。



 二人のレベルは、200を超えている。



 敵では無かった。



 ミツキの大剣が、魔獣を蹴散らしていった。



 そして……。



「あっ。いました」



 やがてミツキは、炎屍鳥を発見した。



 炎を身にまとい、顔がむき出しの髑髏のようになっている。



 不気味な鳥だった。



「ちょっと気持ち悪いですね」



 ミツキはそう言った。



 無表情だったが、少し腰が引けていた。



「かもな」



 ヨークも少し気持ち悪いと思ったが、顔には出さなかった。



 ミツキが怖がっているなら、守ってやりたいと思った。



 平然とした様子で、ミツキの前に立った。



 そして、敵に手の平を向けた。



「『アイテムドロップ強化』」



 ヨークはスキル名を唱えた。



「ヨーク?」



 今回の目的は、ドロップアイテムでは無い。



 魔石だ。



 どうしてスキルを使ったのだろうか。



 ミツキは疑問符を浮かべた。



「試運転だ」



「なるほど」



 炎屍鳥が、飛びかかってきた。



 ヨークは魔剣を抜刀し、あっさりと敵を切り捨てた。



 魔獣が消滅し、魔石が出現した。



「ドロップは無しか……」



 スキルを使ったのに、ドロップアイテムは得られなかった。



 確実にアイテムが得られるというものでも無いらしかった。



「はい。ですが……」



 ミツキは魔石を拾い上げた。



「この魔石、なんだかいつもと違いますね」



「見せて」



「はい」



 ミツキはヨークに魔石を渡した。



 ヨークは魔石を観察した。



「……いつもより大きいか?」



 その魔石は、この層で入手した他の魔石より、大きく見えた。



「はい。


 それに、色が綺麗に見えます」



「つまり、良い魔石か」



「多分ですけど」



「リホに渡す魔石は、


 これで良さそうだな」



「はい」



「次は金属か。


 ……メタルゴーレムっていうのは、


 どこに居るんだ?」



「ええと……」



 ミツキは手引きに目を通した。



「第71層以降と


 書いてあります」



「深層か……」



 ヨークは固い口調で言った。



 深層とは、61層から先を指す言葉だ。



 魔獣の凶悪さが増し、凡人には踏み入れられない。



 そんな危険な場所だと言われていた。



 2人はまだ、中層をマッピングしている段階だ。



 下層すら未経験。



 深層に挑むのは、一足飛びだった。



「ビビッてますか?」



「漏らしそう……」



「カメラの用意をしておきますね」



「カメラ!」



 ヨークは何かに気付いたように言った。



「それ! カメラと言えばさぁ」



「はい?」



「リホに頼んだら、


 俺専用のカメラ作ってくれるかな?」



「気に入ったんですか? カメラ」



「うん。なんかさ、凄ェだろ?」



「メイルブーケの件では、


 ロクでもない使われ方をしていましたが」



「もったいない!


 俺にくれたら、


 ロクでもある写真を作る!」



「……そうですね。


 ヨークなら、


 きっと素敵な写真が


 撮れると思いますよ」



「そう思うか?


 リホに作れるかな?」



「本当に天才なら、


 カメラくらいは作れるのでは無いですかね」



「夢が広がりんぐだな」



「それで、どうします?」



「ん?」



「行ってみますか? 70層」



「う~ん……」



「俺たちが攻略してるのが


 中層だろ?」



「攻略というよりは、


 散策と言った感じですけどね」



「いくら俺たちのレベルが高いって言っても、


 一段飛ばしは


 リスキーな気がするんだよな」



「そうでしょうか?」



「魔術師ってのはなあ、


 貧弱なんだぞ?」



「もう私の方が、腕相撲強いですからね」



「腕相撲の話はやめて」



「ふふっ」



「ですけど、ヨークならだいじょうぶだと思いますよ?」



「何を根拠に……」



「根拠と言われましても……。


 ヨークだから?」



「えぇ……」



「えっ? 今ドン引かれました?」



「恋愛物で


 コンプレックス持ちのヒロインに


 『君は君だ』って言う優男より胡散臭い」



「むぅ……。


 良いから行きますよ」



「えっ? 確定系女子?」



「グダグダ悩んでるポーズだけして、


 どうせ行くんでしょう?」



「ん…………。


 そうかも。


 手ぶらで帰ったら、


 リホがガッカリするしな」



「…………………………………………。


 ダッシュ」



 ミツキは唐突に走り出した。



 ヨークを置き去りにして。



「迷子になるんだが!?」



 地図はミツキの手中に有る。



 ヨークは慌ててミツキを追った。




 ……。




「ったく……」



 ヨークはミツキに追いついた。



 彼は氷狼にまたがっていた。



 走りを狼に任せたおかげで、彼の体力には余裕が有った。



「はぁ……はぁ……」



 全力疾走したミツキは、息が上がっていた。



「呪文を使うのは……反則……です……」



 ずるい。



 ミツキは拗ねたような目でヨークを見た。



「いやいや息あがってんじゃねえか


 割と本気で俺を撒こうとしました?


 ねぇ?」



 そう言いながら、ヨークは氷狼から下りた。



「いえ……。


 焦ったヨークを影から見て、


 楽しもうかと……」



「わぁ陰湿」



「女は一人残らず陰湿ですよ」



「そんなこと無いからな?


 世の中にはさっぱりとした


 優しい女子も居るからな?」



「ヨーク。


 女子に幻想を見るのはやめなさい?」



「やだよ女の子は柔らかくて良い匂いがするよ」



「セクハラ止めてもらって良いですか?」



「アッハイ」



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