3の3「リホと助力」




「…………」



 ヨークは、リホが泣き止むまで待った。



 10分ほどの間、ミツキとのんびり過ごした。



 途中現れた魔獣は、蹴り1発でゴミになった。



「…………」



 寝転がっていたリホが、立ち上がった。



 落ち着いたらしい。



 それを見て、ヨークは口を開いた。



「その……だな」



 慰めを口にするべきか。



 ヨークは少し迷った。



 だが、事務的に話を進めることに決めた。



「最低限の


 弓の腕が無いと、


 弓術師は厳しいと思うんだが……」



 言い辛そうに、ヨークはそう告げた。



「ウチはヘタクソじゃないっス」



 心外だといった様子で、リホはそう答えた。



「いや、そうは言ってもな」



「練習の時は、


 きちんと当てられたっスもん」



「そうなのか?」



「はいっス」



 先程の様子を見ると、少し疑わしい。



 だが、ヨークには、リホが嘘をついているようには見えなかった。



「けど、本番だと焦ってしまって……」



「結局それは、


 向いていないということなのでは?」



 ミツキは辛辣に言った。



 本番で当たらない矢など、何の意味も無い。



「ぐぅ……」



 リホはぐぅの音を漏らした。



 ミツキは言葉を続けた。



「弓術師には、


 射撃の精度が求められる。


 そして、精度を保つには、


 強い精神力が必要。


 ……そのように思われるのですが?」



「ううぅ……」



 リホの表情が、酸っぱくなっていった。



 ミツキの正論が、リホにザクザクと突き刺さっている。



 そんな様子だった。



「クラスチェンジするか?」



 ヨークがそう尋ねた。



「前衛系のクラスになった方が、


 マシな気がするんだが」



(チビですばしっこそうだし、


 ニンジャとか向いてるかもな)



 ヨークはそう考えた。



 ニンジャは逃走能力に優れたクラスだ。



 スリーケンなどの投擲武器を用いることで、中距離戦も可能になる。



 戦士と比べると火力不足だが、応用力に優れている。



 本人の資質を抜きにして考えても、ソロの冒険者に向いていると言えた。



「ニンジャとかどうだ?」



 ヨークは考えを口に出した。



「い……嫌っス!」



 リホは取り付く島も無かった。



 ゴキブリと対峙したかのような表情を浮かべていた。



「そんなに嫌か?


 ニンジャはゴキブリじゃないぞ?」



「気持ち悪い魔獣になんか、


 絶対に近寄りたく無いっス!」



「根本的に冒険者に向いてなさすぎる……」



 そこへミツキが口を挟んだ。



「魔術師はどうでしょうか?


 弓矢よりは、狙いが大雑把でも、


 戦える気がするのですが」



「馬鹿言うな。


 ソロで魔術師なんかやったら、


 嬲り殺しにされるぞ」



「嬲……!?」



 リホの顔色が悪くなった。



「そういうものですか」



「そういうもんだ」



 ヨークは強い。



 ヨークは魔術師だ。



 だから、魔術師も強い。



 さいきょう。



 ミツキの考えは、そんな単純なものだった。



 実際に魔術師をやってきたヨークには、その欠点も分かっていた。



 基本的に、後衛向きのクラスは、機動力に欠ける。



 中でも、魔術師の機動力は、最底辺と言えた。



 さらに、魔術師は生命力も低い。



 複数の敵に襲われば、あっという間に圧殺されてしまう。



 そういった弱点の代わりに、最高の攻撃力を持っている。



 格上の魔獣でも、弱点を突けば、倒せる可能性が有る。



 その長所を活かすには、仲間の助けが必要だ。



 魔術師がソロで迷宮に潜るなど、死ににいくようなものだ。



「俺もレベルが低かった頃、


 赤狼に食い殺されかけたからな」



 ヨークは苦い思い出を語った。



「あはははっ」



 何故か楽しそうだった。


 変態なのかもしれなかった。



「……………………」



 楽しげなヨークから、リホはスッと距離を取った。



 変態どもには付き合っていられない。



 そういう心境になったようだ。



「う~ん……」



 笑いを止めたヨークは、何かを考える仕草を見せた。



「あの……ウチやっぱり帰……」



「そうだ!」



 ヨークは大きめの声で言った。



「ひう!?」



 リホの体がびくりと跳ねた。



「お前頭良いんだったら、


 戦いに使える魔導器とか


 作れないのか?」



「その手が有ったっス!


 流石ウチ……天才っス……」



「…………」



 ヨークは何か言ってやりたい気分になった。



 だが、面倒に思って黙った。



「それじゃあ早速……って、


 ダメっス!


 そもそも、


 魔導器作りの元手が無いから、


 迷宮に潜るハメになったっス!


 卵が先か、鶏が先か、


 ブラッドロードがアホかっス!」



「アホにアホって言うのは良くないぞ。


 なぜならブチ殺すぞ」



 ヨークはリホに掴みかかった。



 そして、がしがしと体を揺すった。



 レベルの低いリホには、それだけでも多少のダメージが有った。



「ああっ……知性が足りない者は


 すぐに暴力に頼ると


 知ってはいたっスけど……!」



 微量のダメージを受けながらも、リホの口は減らなかった。



 根性が有るのか無いのか。



 ヨークは内心で呆れた。



「……はぁ。


 何が有れば良いんだ?」



 ヨークは手の動きを止め、尋ねた。



「えっ?」



「だから、魔導器を作るのに


 何が必要なんだ?」



「助けてくれるんスか?」



 リホは意外そうに言った。



「そう言ってる」



「ウチ……エリートで元高給取りっスけど……。


 一ヶ月で追い出されたので、


 ほぼ文無しっスよ?


 良くしてもらっても、


 返せるものなんて……」



「出世払いという


 名ゼリフを知らないのかよ?」



「名台詞では無いと思うっス」



「とにかく、後で返してくれれば良い」



「出会ったばかりのウチに、


 どうしてそこまでしてくれるんスか?


 ……ひょっとして、


 ウチのことが好きなんスか?」



 リホは何かを期待するような目を、ヨークに向けた。



「いや別に」



「そうっスよね……ウチのことなんか……」



 リホの頭上に、どんよりと黒雲が出来た。



 エリートぶったリホが自分を卑下するのが、ヨークには意外に思えた。



「おまえの自己評価高いの?


 低いの?」



 ヨークはそう尋ねた。



「勉学一筋に生きてきたので、


 それ以外のことはあんまり……」



「そうか」



「…………。


 ですけど、それじゃあどうしてウチを?」



 助力をくれるからには、何かの見返りを欲しているはずだ。



 リホはそう考えた。



 だが、それが何なのかが分からなかった。



「なんつーか……。


 嫌な奴が、上でふんぞり返ってるのは、


 ムカつくだろ。


 クソヤローを見返してやろうぜ」



「…………。


 それだけっスか?」



「悪いか?」



「ブラッドロードは変わり者っスね。


 それか、新手の詐欺師か」



「うまい汁すすって


 生きてゆきたい」



「ウチの才能は


 あなたを裏切らないっス。


 けど……魔導器作りは大変っスよ?」



「まずは何をしたら良い?」



「まずは素材集めっスね」



「ん? 何を作るかはもう決まってんのか?」



「そうっスね」



「冒険者が使う程度の、


 野蛮な魔導器。


 悩むほどのことでも無いっス」



「相変わらず……」



 ミツキがアイアンクローを我慢している様子で呟いた。



 それをちらりと見た後、ヨークが尋ねた。



「……それで、何を用意すれば良いんだ?」



「まずは魔石っスね」



「そうか」



(妙な物じゃなくて良かったな)



 ヨークはそう思った。



 冒険者ほど、魔石となじみ深い職業は、他に無い。



 魔石を集めるくらい、朝飯前だった。



「スライムのやつで良いか?」



「ダメっス」



「ダメっスか」



「炎の属性を持ってる奴が良いっス」



「炎か……」



 どんな魔石でも、見た目に大差は無い。



 全ての魔石は、赤くギラギラと輝いている。



 だが、どの魔獣が落としたかによって、魔石が持つ属性が異なった。



 炎の魔石を手に入れるには、炎の性質を持つ魔獣を倒す必要が有った。



 ヨークの『戦力評価』を基準に考えるなら、炎に耐性を持つ魔獣は、炎の魔石を落とすことが多い。



「一応レッドスライムも炎属性だが」



「レベル1の魔石じゃあ、


 戦闘で使うには力不足だと思うっス」



「そういうもんか」



(『敵強化』でも、


 べつに魔石の質が上がったりはしないからな……)



 ヨークはミツキに顔を向けた。



「ミツキ。


 中層の炎属性の魔獣って、


 何が居る?」



「ええと……。


 炎屍鳥が居ますね。


 手引きに書いてあります」



「手引きすげえな」



「ちなみに中級編です」



「上級もあんの?」



「モチ」



「モチか~。


 ……魔石は大丈夫そうだな。


 リホ。他には?」



「アッハイ。


 魔導器のフレームに使う


 金属が欲しいっス」



「金属……?


 金属なら何でも良いのか?


 鉄とか」



「鉄でも出来なくは無いっスけど……。


 貧弱なウチが使うことを考えたら、


 もっと軽くて頑丈なやつが良いっスね」



「軽いのに頑丈?


 金属のことは分からんが、


 そんな便利なモンが有るのか?」



「いくらでも有ると思うっスけど」



「そういうもんか。


 ……店で買えるのか?」



「そのはずっスけど。


 ただ、値段が……」



「お高いんです?」



「たとえば、有名な軽剛鉄を買うには、


 3倍の体積の金が要ると聞いたっス」



「えげつねえな。


 ……ミツキ。デスマネーは?」



「何スかその物騒な」



 リホの疑問を無視して、ミツキが口を開いた。



「出来ればデスマネーは


 使いたくありませんね。


 デスマネーは非常時のためのお金ですから。


 デスマネーは」



「なんで連呼するんスか!? 意図は!?」



「俺にも分からんデスマネー」



「なんか始まってしまったデスマネー」



「あなたにデスマネーを


 許可した覚えはありませんが」



「許可制!?」



「とにかく、そこまでする義理は無いと思いますが」



「うーん……。


 義理っつーか、


 面白そうだと思うんだが……」



「面白そうって……。


 お金は投げ捨てる物ではありませんよ。


 それに……。


 金属を手に入れるのに、


 大金は必要ないかもしれませんよ?」



「え?」



「ニヤそ」



 そう言って、ミツキは冊子をヨークに見せた。



 表紙には、冒険者の手引きと記されていた。



 上級編だった。




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