3の2「新たな仲間とクソザコナメクジ」




 ヨークたちの寝室。



「う……?」



 リホはベッドの上で目を覚ました。



 そこへヨークが声をかけた。



「気付いたか」



「ヒッ!?」



 ヨークの姿を視認したリホは、ほとんど反射的に身を引いた。



「そんなビビるなよ。


 傷つくだろ」



「ぅ……ウチを拉致監禁して、


 どうするつもりっスか?」



「拉致て。介抱してやったのに」



「…………?」



「おまえは邪悪な魔獣に


 襲われたんだ。


 おかげで心臓が止まってたんだぞ?」



「……………………」



 ミツキが無言でヨークを見た。



「それを助けてやったのに、


 犯罪者呼ばわりするとはな」



「う……。


 かたじけないっス。


 下等な冒険者にも、


 善人は居るんスね」



 ミツキの手が、リホの顔面を掴んだ。



 俗にアイアンクローと言われる武芸だった。



「いだだだだだ!」



 リホの頭蓋骨が、ミシミシと締め付けられた。



「ウチの優秀な脳が……貴重な世界の至宝が……!」



「その辺にしとけ」



「はい」



 ヨークに言われると、ミツキはおとなしく手を離した。



 ヨークはミツキを見ながら言った。



「おまえ、意外と武闘派だよな」



「知性派ですが」



「ハッ」



 リホは嘲笑った。



「…………」



 みしみしみし。



「いだだだだだ!」



「無限ループすんな」



 ミツキは手を離した。



「あふぅ……」



 解放されたリホは、魂が抜けたような吐息を漏らした。



「それでおまえ、


 元々は冒険者じゃないんだよな?」



「当然っス。


 ウチは誇り高き


 テクノクラートっス。


 薄汚い冒険者共と、


 一緒にされては心外っス」



「ミツキ、ステイ」



「何もしてませんが?」



「おう。


 ……テクノクラートって何だ?」



 ヨークの問いにはミツキが答えた。



「高等教育機関で得た知識を、


 高度な専門職に、


 活かしている人たちのことです。


 医師や法律家などが、


 典型的なテクノクラートと言えますね」



「ふ~ん?


 それでそのテクノクラート様が、


 どうして迷宮に居たんだ?」



「ウチは……」



 リホの目に涙が滲んだ。



「ウチはぁぁぁああぁぁ……


 うあぁぁあぁあぁぁ……」



 そして、ぼろぼろと泣き出してしまった。



「……泣いたぞ」



「泣かせましたね。ヨーク」



「俺のせいかよ」



「見た感じでは」



「……はぁ。


 飴ちゃんやるから、泣きやめ」



 ヨークはリホに飴玉を差し出した。



「…………」



 リホはそれを素直に受け取った。



 そして包装を解き、口に含んだ。



「甘いっス」



「話せるか?」



「ウチは……。


 ウチは魔導器工房を


 クビになったっス」



「その性格では仕方ないですね」



 ミツキが辛辣に言った。



「性格は関係ないっス!?」



「それじゃあどうして?」



 ヨークがそう尋ねた。



「ウチの引いた図面が、


 使い物にならないと


 言われたっス……。


 けど……そんなはずが無いっス。


 あのハゲに


 見る目が無いに決まってるっス」



 ちなみに、イジュー=ドミニは別にハゲでは無い。



「ふ~ん?


 けど、それが迷宮に潜る理由になるか?


 王都なら、


 もっと安全な仕事が有るだろ?


 いくらでもさ」



「確かに……冒険者なんて3Kの仕事は、


 やりたく無かったっス」



「3K?」



「キモい、ウザい、死んで欲しいの三重苦のことですね」



「Kどこ行った?」



「きつい、きたない、きけん。


 この三つを満たす、


 クソみたいな仕事のことっス」



「楽しいけどな。冒険者」



「ヨークには才能が有りますからね」



「う~ん……?」



「そんな風に思いながら、


 どうして迷宮に?」



 ミツキがそう質問した。



「確かに……選り好みしなければ、


 いくらでも仕事は有るっス。


 けど……」



「けど?」



「自分より学歴が低い上司に、


 頭を下げるのが


 耐えられないんス」



「は?」



 予想外の答えに、ヨークはピキィと固まってしまった。



「あいつら何なんスか?


 ロクな学校も出てないくせに、


 なんでエリートのウチに


 説教出来るんスか?


 皿の1枚割ったくらいが、


 どうしたって言うんスか?


 ウチは天才なんスよ?


 王都一の頭脳を持つウチに、


 低学歴のアホどもが


 偉っそうにするなんて……。


 ありえないありえないありえないありえないありえないありえない……」



「……やべーなコイツ」



「外に捨ててきましょうか?」



「さすがにそれは……」



 引いている2人を無視して、リホは言葉を続けた。



「それに……。


 迷宮なら素材が手に入るから、


 一石二鳥だと思ったっス」



「素材……魔導器のか?」



「その通りっス。


 たとえクビになっても、


 ウチの才能は変わらないっス。


 燃やされた図面も、


 全部この頭に入ってるっス。


 ウチは天才っスから」



「待て……。燃やされた?」



「……はいっス」



「工房の予算を使って書かれた図面だから、


 持ち出しちゃいけないって……。


 それで……ウチが書いた図面は全部……


 燃やされてしまったっス……」



「酷いな……」



「酷いハゲっス……」



「……良し」



「ヨーク?」



「決めた。お前に協力してやる」



「良いんスか?」



「ああ。俺はヨーク=ブラッドロードだ。


 よろしく。


 それでこっちの過激派はミツキ」



「穏健派のミツキです」



「リホ=ミラストックっス。よろしくっス」



 リホは微笑んだ。



 そして、ヨークと握手を交わした。



 ミツキとも握手しようかと思ったが、先程の握力を思い出して、止めた。




 ……。




 話が終わった時、既に日は沈んでいた。



「今日はもう遅い。家まで送ろう」



 ヨークがそう提案した。



「いえ……。その、ウチ……」



 リホがもごもごと言った。



「住む場所を追い出されて……今は住所不定無職っス」



「今から宿を探すのは酷か」



 リホのような少女を、夜歩かせることに、ヨークは気が乗らなかった。



「床で良いなら


 泊まってって良いぞ」



 ヨークはそう提案した。



「えっエリートのウチが床っスか!?」



「……めんどくせぇ。


 俺のベッドで一緒に寝るか?」



「ヨーク」



 ミツキがヨークを睨んだ。



「冗談だ。


 ミツキと一緒のベッドで寝ろよ」



「えっ……」



 握力が。



「何もしませんよ?」



 結局、ミツキのベッドを2人で使うことになった。



 眠っている間は、2人ともおとなしかった。




 ……。




 無事に夜が明けた。



 3人は、宿の食堂で朝食を取った。



 その後、迷宮に向かった。



 迷宮の第1層につくと、ヨークは口を開いた。



「見た感じ、リホは弓術師だな?」



「その通りっス」



 そう言うリホの手には、弓が握られていた。



 ヨークは質問を続けた。



「ソロには向かないクラスだと思うんだが、


 どうして選んだんだ?」



「……怖いもん」



「は?」



「魔獣に近付くなんて、


 怖くて無理っスもん!」



「……スもんか。それで……。


 遠距離攻撃出来る


 弓を持ってるのに、


 どうしてスライムにやられてたんだ?」



「最初は距離を取って戦ってたんスよ?


 けど、矢を撃っても撃っても、


 全然やっつけられなくて……。


 それで気付いたら、


 矢が無くなってて、


 敵が近寄ってきて……。


 怖くなって……


 腰をぬかしてしまったっス……。


 うぅ……」



「最初はそんなもんだよ。


 ミツキもそうだった」



「そうなんスか?」



「記憶にございません」



「それでだな……


 スライムには物理攻撃は効きにくいんだよ」



「全然知らなかったっス」



「弓術師って、


 魔法の矢が撃てるんだろ?


 それで弱点を突くと良い」



「その、まだ使えないっス。


 低レベルなので」



「そうか……」



「あっ、頭脳は高レベルっスけど」



「聞いとらんが。


 それじゃあ、スライム以外の敵と


 戦うのが良いだろうな。


 大鼠をやろう。


 迷宮の初心者は、


 皆あいつでレベルを上げるらしいからな」



「了解っス」



 3人は魔獣を探し、迷宮の1層をうろついた。



 じきに大鼠の姿を発見した。



「居たぞ」



 大鼠は、ヨークたちに背中を向けていた。



「向こうはまだ気付いて無い。やれ」



「…………!」



 リホは弓矢を構えた。



 そして矢を放った。



 矢は大鼠の方へ飛んだ。



 だが、右に少し外れてしまった。



 外れた矢は、地面に軽く突き刺さった。



「は……外し……!」



 失敗したリホは、明らかに動揺した様子を見せた。



 大鼠はリホの方を向いた。



 リホたちの存在を、察知したらしかった。



「っ……!」



 殺気を向けられて、リホの体がこわばった。



「落ち着け! 次だ!」



 ヨークは簡潔に指示を飛ばした。



「は……はいっス」



 リホは次の矢を、弓につがえた。



 大鼠が、リホに向かって駆けてきた。



 リホは次の矢を放った。



 当たらない。



 矢は大きく外れてしまっていた。



 初弾よりも酷い。



「ひう……!?」



 鼠が距離を詰めてきた。



 リホは次の矢をつがえた。



 だが、狙いが定まらなかった。



 3発目を撃つ前に、鼠がリホに飛びかかった。



 リホの体勢が崩れた。



 リホの小柄な体に、大鼠がのしかかった。



「ひいいいぃっ!」



 リホは恐怖で叫んだ。



「……っと」



 ヨークは鼠を蹴り飛ばした。



 鼠は迷宮の壁に衝突。



 絶命した。



 そして、魔石を落として消滅した。



「だいじょうぶか?」



 ヨークは、倒れたリホに声をかけた。



「う……うぁ……」



「リホ……?」



「もうやだあああああぁぁぁぁあぁあぁっ」



 リホは泣き出してしまった。



 ヨークの想定よりも遥かに、リホという少女は弱かった。



「前途多難ですね」



「うーん……」



 ミツキの言葉に対し、ヨークは上手い返しが見つからなかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る