3の1の2「解雇と出会い」
深夜の迷宮。
第1層。
ヨークは一人で、そこに立っていた。
この外出のことは、ミツキにも伝えてはいない。
男の特訓。
秘密の特訓だった。
ヨークは魔剣の柄に手をかけた。
そして、低く構えた。
(紅蓮)
心中で、唱えた。
ヨークの魔術の力が、魔剣の鞘に満ちた。
その溢れそうなまでに充満した力を、ヨークは弾けさせた。
力が弾ける勢いに合わせ、抜刀した。
斬撃が、空を裂いた。
その斬撃は、通常のものよりも鋭い。
1個の技として、役には立つはずだった。
だがヨークは、技の出来栄えに納得がいかなかった。
(デレーナの剣は、
もっと綺麗だった。
こんな爆発する感じじゃなくて、
もっと流れるみたいに……。
練習を重ねたら、
俺もあんなふうになれるのか?)
ヨークはデレーナを想った。
研ぎ澄まされた本当の剣を。
ヨークの剣は我流だった。
魔導抜刀に関しても、誰の指導も受けてはいない。
シュウの剣を見た記憶を元に、剣理を組み立てていた。
デレーナの剣に関しては、見ても理解が出来なかった。
魔導抜刀は、秘剣とまで呼ばれる技だ。
我流で身につけるのは、流石に無謀かもしれない。
師が居てくれれば……。
(フルーレたちと、
絶縁さえしなけりゃ……。
いや……)
微かに、願望が現れた。
ヨークはそれを振り払った。
そして、ミツキが連れ去られた瞬間を思い出した。
次に、再会したミツキの、腫れ上がった顔を。
さらに、砕け散るユーリの姿を。
……貴族は、ダメだ。
そういう痛みが、ヨークに刻まれていた。
(あいつらとの付き合いは、
俺には荷が勝ちすぎた。
これで良かったんだ)
ヨークはそれから1時間ほど、魔導抜刀の練習をした。
そして、宿へと帰った。
デレーナの剣に、近付けているという気分には、なれなかった。
……。
王都最大級の魔導器工房。
ドミニ魔導器工房。
その社長室に、二人の人物の姿が有った。
男と女。
男は社長用の椅子に腰かけ、女は立って彼に向かい合っていた。
「リホ=ミラストック設計技師。
お前はクビだ」
そう言った男の名は、イジュー=ドミニ。
すらりとした細身の体に、ブランド物の高級スーツを着こなしていた。
年は30半ばで、若干の老いが見られるが、その美貌は健在だった。
水色の髪に碧眼。
切れ長の目に、宿る眼光は鋭い。
髪型はオールバック。
銀縁のスマートな眼鏡を、身につけていた。
人族。
若くして魔導器工房を立ち上げ、王都最大規模にまで育て上げた。
その界隈では、知らない者は居ない。
魔導器業界の巨人だった。
「えっ……!?」
クビを言い渡されたハーフの女子が、あんぐりと口を開いた。
髪は青のセミロングで、赤目。
目はぱっちりと、大きく開かれている。
身長は、同年代の女子の平均よりも低い。
手足も小さかった。
服装は、グレーのレディーススーツ。
名前はリホ=ミラストック。
今年、ドミニ魔導器工房に入社した。
新人技師だ。
所属部署は設計部。
既に、いくつもの図面を作図していた。
「どうしてっスか!?
ウチがいったい何を!?」
納得のいかないリホが、大声で問うた。
「率直に言ってだな、
お前が引いた図面、コレ」
イジューは、机上の紙束を手に取った。
そして、ばらまいた。
その全てが、リホが引いた図面だった。
「全く使い物にならない」
図面がばらばらと、社長室の床に散らばった。
「ああっ……」
リホは、必死に図面を拾い集めた。
図面は、設計技師の魂だ。
ぞんざいに扱って良い物では無かった。
床を這うリホを、イジューの眼光が見下ろした。
イジューは、無表情で言葉を継いだ。
「魔術学校の
神童だか何だか知らないが……。
勉強ばっかり出来る、
頭でっかちでは困るのだよ。
しっかりと、
現場で使える図面を、
引いてもらわなければ」
「う……ウチの図面は……間違ってなんか……」
言い返すリホの目に、涙が滲んでいた。
「それに……この工房に来いっていうのは……社長が……」
「あ゛?」
イジューは、ドスの利いた声を出した。
彼は海千山千の業界の連中と、渡り合ってきている。
気の弱い小娘に、耐えられる迫力では無かった。
「ひっ……!」
リホは座った姿勢のまま、イジューから距離を取った。
集めた図面からも、距離を取ってしまっていた。
「言い訳は良い。
とっとと出て行け。
それと……他の工房に行こうと思っても、
無駄だからな?
おまえが、クソ無能だって事実は、
王都中の工房に広めておいた。
魔導技師として、
やっていけると思うなよ。
それと、社員寮も、
今日中に引き払ってもらうからな」
「う……」
リホは反論をあきらめ、図面に手を伸ばした。
「おっと」
イジューは小型の杖を、床の図面に向けた。
「炎矢」
炎が図面に伸びた。
図面が炎上した。
すぐに燃え尽きて、後には少しの灰だけが残った。
紙束が燃え尽きると共に、火は消えた。
火事にはならなかった。
「え……? え……?」
それは、度を超えた蛮行だった。
リホは理由が分からず、図面に伸ばした手を、おろおろとさまよわせた。
そんなリホを見下ろしながら、イジューは口を開いた。
「カス図面とはいえ、
ウチの予算を使って書かれた図面だからな。
勝手に外に持ち出されたら、
困るのだよ。
……さて、とっとと出て行ってもらおうか。
お前はもう、
うちの社員では無い、
部外者なのだからな」
リホはフラフラと立ち上がった。
よろよろとドアへ歩き、震える手で開いた。
ドアと枠の間に、なんとか体を滑り込ませた。
部屋の外へ出ると、背中でドアを閉じた。
そして、そのまま座り込んだ。
「う……うぅ……。
ウチは……ウチは……ぁ……。
ああああああぁぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁっ!」
リホは社長室の前で泣き崩れた。
……。
ラビュリントス中層。
29層。
荒野の地層。
草の生えない荒れた地面を、ゴツゴツした岩壁が囲んでいた。
上方には、時間に関わらず、夕焼け空が見えた。
本物の空では無かった。
「はっ!」
ミツキの大剣が、人斬りカマキリを切り捨てた。
カマキリは、魔石を残して消滅した。
周囲に敵が居ないのを確認すると、ミツキは剣を『収納』した。
______________________________________
ヨーク=ブラッドロード
スキル 敵強化 レベル3
効果 敵のレベルを上昇させる
追加スキル アイテムドロップ強化
効果 魔獣のアイテムドロップ率とドロップアイテムの品質を強化する
デメリット 対象の魔獣から得られるEXPが0になる
______________________________________
「お……」
自身のステータスを見て、ヨークが声を漏らした。
「ヨーク? どうしました?
持病が悪化しましたか?」
「何病?」
「水虫とか?」
「地味に嫌だな」
「清潔を心がけないといけませんね」
「うむ。フローラルだ」
「それで、どうしたのですか?
フローラルヨーク」
「なんか『追加スキル』だって」
「ええと……。
おめでとうございます?」
「どうもどうもどうも」
「追加スキルというのは……
変則的なサブスキルのようなものでしょうか」
「そうだな」
「それで、どのようなスキルを
使えるようになったのでしょうか?」
「『アイテムドロップ強化』とある」
「ドロップ?」
「魔獣のドロップアイテムを強化する……らしい」
「ドロップアイテムですか」
「もっと戦闘で使えそうなスキルが良かったな~」
「ですが、きっと良いスキルですよ」
「そうか?」
「ヨークのスキルですから」
ミツキは、春の陽光のような笑みを浮かべた。
「お、おう……」
ミツキのまっすぐな言葉に、ヨークは照れてしまった。
「……………………」
照れたヨークを見て、ミツキも時間差で赤くなった。
「そろそろ……宿に帰る時間だな」
「……はい」
ヨークは駆け出した。
ミツキも、その後に続いた。
中層ともなると、地上までに結構な距離が有る。
走って移動することが、一般的になっていた。
二人は走り、1層まで移動した。
そのまま、出口の大階段を目指した。
「段々と、往復が面倒になってくるよな?」
「そうですね」
そのとき……。
「ひいいぃやあああぃやぁぁああああぁぁぁっ!」
マヌケな悲鳴が、ヨークの耳に届いた。
声音は高い。
女のようだった。
「初心者だな」
「はい」
ヨークは表情を改めた。
1層とはいえ、死者が出る可能性は有る。
たとえレベルが低くとも、魔獣が持つ殺意は本物なのだから。
ヨークは脚を早め、声の方向へ走った。
そのまま小部屋へ駆け込んだ。
「やぁぁぁあぁぁ……!」
「おや……」
部屋の中の光景を見て、ミツキは緊張を緩めた。
ハーフの女の子、リホがスライムにまとわりつかれていた。
スライムは、倒れたリホの胸に、のしかかっていた。
リホの隣には、弓が落ちていた。
(弓術師。……ハーフか)
ヨークも緊張感を薄めた。
スライムは厄介な魔獣ではあるが、殺傷力は低い。
のんびりと助ければ良かった。
「懐かしい。
ミツキも昔はあんなんだったよな」
すっかり気の抜けた様子で、ヨークが微笑んだ。
「記憶違いでは?
あるいは錯覚、幻覚の可能性も」
「焼くかな」
ヨークは魔剣をリホに向けた。
「炎矢」
ヨークは手加減して魔術を放った。
魔剣から放たれた火線が、スライムを焼いた。
「熱っ!? あつっ! 熱いいいいいいっ! 」
魔術の熱を受けて、リホの悲鳴の種類が変わった。
「我慢しろ。冒険者だろ?」
「ひう……うううぅ……」
スライムはすぐに燃え尽きた。
「風癒」
ミツキは念の為、リホに治癒術をかけた。
「ウチは……冒険者になんか……」
リホは呟いた。
彼女は冒険者という存在に対し、否定的な様子だった。
そんな彼女が、どうして迷宮に居るのだろうか。
「……ワケありか?
何にせよ、何か着ろよ」
「えっ?」
「胸、丸出しだぞ」
リホの服は、スライムの消化液と魔術の火で、半壊していた。
ハーフの薄青い胸部が、外気に触れていた。
身長の割には大きい。
「ヒッ……!?」
リホは自分の胸の露出に気付いた。
「ひやああああああああああぁぁぁっ!」
彼女は叫びながら、慌ててヨークに背を向けた。
ミツキがヨークを軽く睨んだ。
「ヨーク、衛兵に突き出しますよ?」
「助けたのに……」
「見過ぎです」
「ほどほどなんだが?
……何か着せてやれよ。早く」
ヨークはリホに背を向けた。
「はい」
ミツキはスキルで、予備のローブを取り出した。
そして、ローブをリホの体にかけた。
「どうぞ」
「どうもっス」
「もう良いか?」
「はい」
ヨークは、リホに向き直った。
ヨークとリホの目が合った。
「っ!」
リホは頬を染め、そそくさと、ミツキの後ろに隠れた。
「怯えるなよ……」
「変態には近寄るなって、
社長が言ってたっス……」
「それ、社長に言われないと分からんことか?
……つーか、変態じゃねえし」
「ウチのおっぱいを見たっス」
「おっぱいて。
俺が居なかったら、
お前はスライムに食われてたんだが?」
「それは……その通りっス。
冒険者ごときに助けられるとは……
一生の不覚っス」
「は? ごとき?」
ヨークの表情筋が、ピキリと固まった。
そんなヨークの様子にも気付かず、リホは言葉を続けた。
「ウチは魔術学校を
主席で卒業した、
言わばエリートっス。
将来を約束された、
選ばれし存在。
脳味噌が筋肉の冒険者とは、
存在の格が違うんスよ。
……フフン」
リホは胸を張った。
ミツキの平手が、リホの頬を張った。
「へぼあっ!?」
リホの体が宙を舞った。
手加減したとはいえ、ミツキのレベルは200を超えている。
やりすぎだった。
リホはドシャリと地面に落ちた。
「おい……!?」
「申し訳有りません。つい……」
「ついて」
「この女がヨー……私を侮辱したので」
「まあ、気持ちは分かるが」
むかつく女だとは、ヨークも思っていた。
それで殴ろうとは、思いもしなかったが。
「分かっていただけますか」
「ああ。けどさ……」
「はい」
「そいつ、泡噴いてるぞ?」
「えっ?」
リホの心臓が止まった。
リホは生命活動を停止。
死んだのだ。
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