3の1(断章)「神殺しと4人の英雄」



 激闘の末、ヨーグラウは世界樹に封印された。



 その後……。



 ガイザークたちは、ヨーグラウ軍の残党と戦っていた。



 地竜と戦っていたガイザークが、ふと立ち止まった。



「む……?」



「どうした? ガイザーク」



 急に停止したガイザークに、カナタが声をかけた。



「ヨーグラウの気配が消えた……。


 神壁も元に戻ったか」



「どういうことだ?」



「こういうことじゃ」



 ガイザークは、剣を一振りした。



 衝撃波が立ち上った。



 人の魔術などとは、その規模からして、比較にはならない。



 圧倒的なものだ。



 絶対的な力の波が、地竜の軍勢を飲み込んでいった。



 衝撃波が静まった後、戦場に立つ者は居なかった。



 それは草木でさえ例外では無かった。



 10キロメートル先までが、更地になっていた。



 屈強な地竜の軍勢は、たったの一撃で壊滅した。



「これは……」



 次元の異なる力に、カナタが息をのんだ。



「これが、本来の神の力じゃ。


 神と神が戦う時は、


 お互いの強すぎる力に


 制約をかける。


 そうせねば、お互いの子が、


 ただでは済まんからじゃ。


 ヨーグラウを封じたとはいえ、


 我の力は、


 奴からの縛りを受けていた。


 ……それが無くなった。


 つまり……。


 ヨーグラウが、死んだか」



「神が? どうして?」



「さあのう」



 ガイザークたちにとって、ヨーグラウは、除くべき敵だった。



 一方でヨーグラウは、畏敬の対象でもあった。



 強大で、誇り高い。



 故にガイザークたちは、命を奪うことなく、世界樹に封印した。



 その神が、死んだというのか。



「何にせよ、


 神本来の力が有れば、


 神でない者など


 相手にはならん。


 ……興が冷めた。


 余は世界樹-アーク-に帰る」



 ガイザークは、手中に有った剣を消滅させた。



 そして自らの住処へと足を向けた。



 そんな神を見て、カナタが言った。



「そうか。


 おまえと剣を並べることも、


 これで最後ということか」



「そうじゃな。


 …………カナタ」



「うん?」



「お主、軍など抜けて、


 我の側仕えにならんか?」



「…………。


 それは出来ない」



「むぅ。神の言うことに逆らうのか?」



「仕方が無いだろう?」



「つまらん。余は帰る」



 そう言って、巨人は静かに姿を消した。



(世界樹まで跳んだのか……?)



 カナタには、その予備動作さえ掴めなかった。



 ここからガイザークの世界樹まで、数百キロメートルの距離が有った。



 ただの移動だ。



 だが、人智を超えた、神の御業だった。



 遠い存在になった。



 戦友ガイザークは、もうこの世に存在しない。



 共に高く飛ぶことも無い。



 カナタはそれを実感した。



「…………」



(俺は俺の


 成すべきことを為せば良い。


 ……つまらん残党狩りだがな)



 退屈な日々が始まった。



 そう思っていた。




 ……。




「ぐ……」



 数日後。



 カナタは肺に一刀を受け、膝をついていた。



「カナタ! 風癒!」



 仲間のミーナが、慌てて回復呪文を唱えた。



 さらに、もう一人の仲間であるアルゼが、カナタを庇って立った。



「しっかりしろよ。カナタ」



 大盾と槍を構えながら、アルゼが言った。



「……すまん」



 傷が塞がったカナタは、立って聖剣を構えた。



 そのとき。



「カナタ? ヘマしたの?」



 リーンがカナタの背後に、パッと現れた。



 そして、彼女たちの眼前では……。



「…………」



 月狼族の剣士が、無言でリーンを見上げていた。



 リーンはその女に、見覚えが有った。



「あなたは……」



「私を覚えているのか?」



 カゲツは意外そうに言った。



 カゲツにとって、リーンは屈辱を食わされた相手だ。



 憎い仇だ。



 だが、リーンにとっての自分は、路傍の石に過ぎないかもしれない。



 そう考えていた。



「そうね」



 リーンにとって、カゲツの美貌は忘れられるものでは無かった。



 色情をそそられる。



 実に。



「そうか。


 私も良く覚えているが……。


 前に会った時よりも、


 小さく見えるな?」



 虚勢では無かった。



 それは、偽らざる彼女の実感だった。



「遠近法というやつでしょうね」



「そうか。


 こうして眺めると、


 おまえが弱くも見える。


 良い物だな。


 遠近法というのは」



 カゲツは剣気を放った。



 彼女の気は、以前とは比べ物にならないほどに、肥大化していた。



 カゲツの圧を受けて、リーンは気付いた。



「このプレッシャー……。


 あなたがヨーグラウを殺したのね?


 そして、彼のEXPを吸った」



「EXP? 何の話か分からんが……」



 カゲツは剣先を、リーンの喉に向けた。



「その首が、欲しい」



「強気ね。


 私たち4人を相手にして、


 勝てるつもりなのかしら?」



「分からん。


 今の小さいおまえになら、


 この剣先も届くかもしれん。


 ……もし私が敗れても、


 来世でヨーグラウ様が、


 おまえたちを討つ」



「そう」




 ……。




 戦いが始まった。



 カゲツは強かった。



 いっときは、4人と同格以上に戦ってみせた。



 だが、継戦能力に差が有った。



 回復呪文を持たないカゲツは、徐々に消耗していった。



 動きが少し鈍った。



 すると、撤退を決めた。



「少し疲れた。


 今回は、私の負けのようだ。


 また会おう」



 逃げ去るカゲツを、4人は追うことが出来なかった。



「…………。


 聖剣にヒビが入った」



 そう言って、カナタは剣を持ち上げてみせた。



 言葉の通り。



 神から授かった聖剣に、小さなヒビが入っていた。



「何なんだよあの化け物は……」



 アルゼが苦々しげに呟いた。



 それにリーンが答えた。



「神殺し」



「つまり、正気じゃないってことだな」



「勝ちたいな。アレに」



 どこか遠くを見ながら、カナタがそう言った。



 それを見て、ミーナが顔をしかめた。



「本気で言ってるの?」



「4人なら、戦うことは出来た。


 さらに技を磨けば、


 倒すことも出来るかもしれん」



「まだ強くなるつもりかよ。おまえは」



 アルゼが呆れ顔を見せた。



「そうだな。


 俺はもう少し、


 上の景色が見たい」



 カナタはそう言って、ガイザークの世界樹が有る方角を見た。



 後に王都と呼ばれることになる街が、そこに有るはずだった。






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