2の14「君とこれからも一緒に」



「……そうか」



 頷いたのか、俯いたのか。



 フルーレは、顔を下に向けた。



 そして少しすると、顔を上げて言った。



「私たちの行いを鑑みれば、


 仕方の無いことだ。


 さようなら。ヨーク」



「ああ。これでさよならだ」



 ヨークはフルーレに背を向けた。



 もうこんな所には居られないとでも言わんばかりに、足早に去っていく。




「……!」



 急に動き出したヨークを、ミツキは慌てて追った。



 そして、黙ってヨークの後に続いた。



「エル」



 フルーレは、隣に控えるエルに、声をかけた。



「はい」



「望むなら、


 ヨークの所に行っても良いぞ。


 家を追い出されたとでも言えば、


 彼も邪険にはしないだろう」



「お嬢様……」



「おまえがヨークに


 懸想している事は、


 分かっていた。


 私を介して、


 ヨークとおまえの距離が


 縮まれば良い。


 そのつもりだった。


 だが、ヨークは少し、


 良い男だった。


 ……免疫も無かったしな。


 いつの間にか、


 私の方も


 はしゃいでしまっていたらしい。


 ……はしゃいで、失敗した。


 私が居なければ、


 お前の恋は


 上手く行っていたかもしれないのに……」



「いいえ。お嬢様。


 ヨーク様と出会えたのは、


 お嬢様のおかげです。


 ……第3種族である私が、


 こうして健やかに暮らせているのも。


 どうせ実らぬ恋です。


 これ以上を望むのは


 過分でしょう。


 私は、お嬢様の隣に居ます」



「……すまない」



「謝られても困ります」



「ありがとう」



「いえ」




 ……。




 ヨークは大通りを、早足で歩いていた。



 まるでミツキを突き放すかのように、ヨークは歩き続けた。



「ヨーク……!」



 ミツキに呼び止められ、ヨークは足を止めた。



「うん……」



「私は……今回のことで……あなたの足を引っ張って……」



 ミツキは小さな声で、ぼそぼそとそう言った。



 その声音は暗く、普段のミツキらしくも無かった。



 ヨークがミツキの方へ振り返った。



「ごめん!」



 ミツキの声をかき消すかのように、ヨークが大声で言った。



 街行く人々が、何事かと思ってヨークを見た。



 ヨークは深く深く、頭を下げていた。



「え……?」



 ミツキは戸惑いを見せた。



 どうしてヨークが謝ることがあるのか。



 それがわからない様子だった。



 頭を下げたまま、ヨークは言葉を続けた。



「俺のせいで……


 おまえが傷つくことになった。


 俺が勝手なことしたせいで……。


 本当に……悪かった……!」



「……………………」



 ミツキはぽかんとした顔で、少し固まった。



 そして……。



「ふふっ」



 ミツキは笑いを漏らした。



 どうして今笑うのか。



 ヨークには分からなかった。



「べつに、気にしてませんよ」



「え……?


 俺のことが……


 嫌じゃないのか……?」



「まさか。


 厭うとしたら、


 あんな連中に負けた、


 私の弱さにです。


 次にこんな事になっても、


 絶対に負けませんから。


 もっともっと、強くなりましょう」



「あ……ああ!」



 ヨークの表情が、綻んだ。



「最強になるぞ!」



 少し涙声になって、ヨークはそう言った。



「その意気です。


 さあ、ラビュリントスに行きましょう。


 ヨーク」



「行こう」



 ヨークはミツキの手を取った。



 決して離れないように、ぎゅっと掴んだ。



「あっ……」



 駆けていく。



 いつの間にか、手首の痛みは消えていた。




 ……。




 数日後。



 メイルブーケの姉妹は、迷宮から帰還した父親に呼び出された。



 父の執務室で、姉妹は彼と対面した。



「俺が居ない間に、色々とあったようだな」



 執務用の椅子に腰かけて、ブゴウ=メイルブーケは、娘たちに声をかけた。



「……はい」



 デレーナが、短く答えた。



「…………」



 フルーレは黙り、父の言葉の続きを待った。



「今日、王家からの沙汰が有った。


 マレル家は、取り潰しになる。


 マレル公爵と、


 その長女も死罪と決まった」



「…………!」



 フルーレが、驚きの表情を浮かべた。



「…………」



 デレーナはつらそうな顔をしたが、そこに驚きの色は、微塵も無かった。



 ブゴウは言葉を続けた。



「王国の版図から、


 マレルの名は消えることになる。


 犯行に加担した兵士も、


 重く裁かれることになった」



 ユーリは禊のために、自らの命を断った。



 だが、大した意味は成さなかったらしい。



 結果として、誰も彼もが、見通しの甘い子供だった。



「ポーションは……無駄になってしまいましたわね」



 そんなデレーナの呟きに、ブゴウが疑問符を浮かべた。



「ポーション?」



「こちらの話ですわ」



「……そうか」



 ブゴウは深くは尋ねなかった。



 人が言おうとしないことを、こまごまと詮索するのは、軟弱だからだ。



「それと……。


 シュウは……。


 牢屋で……自害したそうだ」



 ブゴウの顔が、少し歪んだ。



 デレーナに敗れ、家を出ていくまで、シュウは仲の良い兄弟だった。



「叔父様……」



 フルーレの表情に、悲しみの色が増した。



「…………」



 ブゴウは表情を戻した。



 父親だ。



 迷宮伯家の当主だ。



 娘に弱い姿は見せない。



「それと……フルーレ」



「……はい」



「マルクロー王子から、


 お前に求婚の申し出が有った」



「え……」



「だが……。


 おまえは舞踏会に出られる年になった。


 これから良い相手が見つかるかもしれない。


 そういう時分だ。


 嫌なら断ることも出来るが、


 どうする?」



「……………………」



 フルーレは目を閉じ、気持ちを整えた。



 そして言った。



「お受け致します」



「王家からの申し出とはいえ、


 焦る必要は無いぞ?」



「…………。


 素敵な殿方を追いかけていたら、


 嫌われてしまいました。


 舞い上がっていたのです。


 そろそろ……現実を見ようと思います」



「殿方?


 ユーリと決闘したという男か?」



「はい」



「世話になったらしいな。


 礼をせねばならん」



「止めて下さい」



「む?」



「もう関わらないと……約束をしました」



「それが恩人とする約束か?」



「私のせいで、


 彼らを傷つけてしまいましたから」



「おまえは……」



 不器用だなとブゴウは思った。



 自分がそうさせたのかもしれない。



 そう考えると、申し訳ない気持ちになった。



「……ヨークという男、平民だったな?」



「はい」



「伯爵家を継ぐには、


 身分が釣り合わん」



「そもそも、


 私は彼に好かれてはいません」



「……王子には


 承諾の返事を出しておく。


 それで良いのだな?」



「はい」



「分かった」



 そのとき、デレーナが口を開いた。



「本当に構いませんのね?」



「……マルクロー殿下は、


 私を好いて下さっていると


 仰いました。


 過分です。


 後はただ、


 剣の道に邁進するのみです。


 私……頑張ります……。


 ですから……」



 フルーレの声音が、湿気を帯び始めた。



「私と一緒に……


 迷宮に潜っていただけませんか……?


 姉様……」



「……はぁ」



 デレーナは、大げさにため息をついた。



「淑やかなレディは、


 迷宮なんかに潜ったりはしませんのよ。


 だから……たまにですのよ?」



「う……うぅ……」



 フルーレの目から、涙が溢れ出した。



「お姉様あぁぁぁ……」



 フルーレは泣きながら、デレーナに抱きついた。



「よしよし」



 デレーナは優しく、妹の頭を撫でるのだった。




 ……。




 その後。



 迷宮で、仲の良い姉妹と、蝙蝠羽のメイドの姿が、度々目撃されるようになる。



 特に姉は、剣士とは思えないほど優雅に舞い、そして美しかった。



 3人と出くわした冒険者は皆、その姿に見惚れたという。



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