2の11「奥義と強化」



「王都の牢屋に居るはずじゃ……」



 終わったはずの人間が、自分の前に立っている。



 この男が、砦を騒がせた張本人だというのか。



 予想外の襲撃に、ユーリは驚きを隠せなかった。



「そんなにおかしいか?


 クソみたいな決闘させられて、


 クソみたいな裁判にかけられて、


 仲間を傷つけられた。


 そんな俺が


 この場所に居るのが、


 そんなにおかしいかよ。


 ……虫でも踏んだって思ったか?


 噛み付きに来るとは……思わなかったのかよ」



「…………」



 内心で、何を考えているのか。



 怒りが込められたヨークの問いに、ユーリは答えなかった。



 どうやら、おしゃべりをするつもりは無いようだ。



 そう判断したヨークは、さらに言葉を続けた。



「どっか広い場所に行こうぜ。


 喧嘩するには……この部屋は狭すぎる」



「……良いだろう」



 ユーリは執務室を出た。



「…………」



 シュウも黙ってその後に続いた。



 3人は廊下を歩き、階段を上った。



 途中、他の兵士には出会わなかった。



 階段の先には、小部屋が有った。



 その小部屋から屋上に出た。



 この砦の屋上は、国内に有る砦の平均より、遥かに高い。



 広々として、遠くまで見渡せた。



 西に、王都の世界樹が見えた。



 風が吹いていた。



「それじゃ、始めるか」



 ヨークはそう言って、魔剣の柄に手をかけた。



 そんなヨークを見て、ユーリが言った。



「残念だ。


 ここまで来てしまったのなら、


 倒さねばならない」



「良く言うぜ。


 最初から殺すつもりだったくせによ」



「…………?」



「そんなに俺が憎かったか?」



「……そうだな。


 お前が居なければ、


 全て上手く行ったんだ。


 お前のせいで、


 計画が狂ってしまった。


 私はお前が憎いよ。


 ヨーク=ブラッドロード」



「お前が何をしたかったのか、


 知らねえけどな……。


 女の裸の絵をばらまく、


 クソみたいな計画だろうが。


 それが失敗したのを、


 人のせいにしてんじゃねーよ。


 バーカ」



「…………」



 ユーリは眉をひそめた。



 だが、すぐに冷めた表情に戻った。



「死にたいのなら、


 殺してやる」



「逆恨みしやがって。


 ……始める前に、


 1つ聞いておく」



「何だ?」



「ミツキはどこだ?」



「牢に捕らえてある」



「……無事なんだろうな?」



「ハッ……ハハッ!」



 ユーリは嘲笑した。



「のんきだな。お前は。


 あの見た目の奴隷だ。


 何もしないわけが無いだろう。


 ……楽しませて貰った。


 美味かったぞ。


 お前のペットは」



 ヨークの視界に、赤色が混じった。


 自身の中央に、ドス黒い何かが有るような気がした。


 それを解き放てば、眼前の人間は、一瞬で消えて無くなる。


 そんな気がした。


 そこまでを望んではならない。


 ヨークは良心で、ドス黒い何かを抑え込もうとした。


 だが、怒りがゼロになることは無かった。



「…………」



 ヨークは熱気に支配されながら、口を開いた。



「ブッ殺してやったぞ」



「え……?」



「テメェの部下どもだ!


 邪魔しやがるからなぁ!


 皆殺しにしてやった!


 テメェがくだらねぇこと企むからだ!


 クソ野郎が!」



 ユーリの表情が、憤激に染まった。


 今までに無い殺意が、ヨークに向けられた。



「死ね……!」



「てめえがな!


 その首切り落として、


 ザコ共と一緒に並べてやるぜ!」



 両者は、同時に抜刀した。



 ヨークは即座に前に出た。



 ミツキが待っている。



 ザコを相手に、無駄な時間を使うつもりは無かった。



 そのまま真っ直ぐに、ユーリに切りかかった。



「…………」



 2人の間に、割って入るものが有った。



 火花が舞った。



 魔剣と魔剣の衝突が立てる火花だった。



 シュウが、ヨークの一撃を受け止めていた。



「シュウ……!」



「どうかお任せ下さい」



 シュウの剣気を受け、ヨークは下がった。



「チッ……!」



 シュウは強い。



 レベルだけの強さでは無い。



 武道に裏打ちされた強さだった。



 雑に戦って勝てる相手では無かった。



「シュウ……。頼む」



「はい」



 ユーリは後ろに下がった。



 ヨークとシュウが視線を合わせた。



「俺が相手になろう」



「好きにしろよ。どうせ皆殺しだ」



 ヨークはシュウに戦意を向けた。



 さらに剣先をシュウへ向け、心中で唱えた。



(氷槍!)



 氷の槍が放たれた。



 並の剣士であれば、1撃で仕留められる。



 そういう鋭さが有った。



 シュウは一瞬で左に移動した。



 その動きは、ヨークでもほとんど見切れなかった。



 氷は遠くへと飛び去っていった。



「……スキルか」



 ヨークはそう推測した。



 シュウの動きは、ただ跳んだにしては、速すぎた。



「その通りだ。


 メイルブーケの血筋に発現する、


 高速移動のスキル。


 斬り合いにおいては、


 無類の強さを誇る」



「なるほど。厄介だな」



 強敵を前に、ヨークの頭が少し冷えた。



 並の攻撃では、この男は倒せないだろう。



(……樹縛)



 ヨークは魔術を発現させた。



 地面から生じた枝が、シュウを縛ろうとした。



 枝が螺旋を描いた時、そこにシュウの姿は無かった。



 シュウはこれも、難なく回避してみせた。



「ちょこまかと」



「純朴だな」



「は?」



「俺に剣を向けながら、


 俺たちを生かすことを考えている」



「考えて無いが?」



「優しく……甘い。


 戦場では生き残れん!」



 シュウはスキルでヨークへと近付いた。



 そして魔剣を振った。



「勝手に納得してんじゃねえっ!」



 ヨークの魔剣が、シュウの魔剣を受けた。



 シュウの剣は鋭く、隙が少ない。



 1撃をしのいでも、すぐに次が来た。



 シュウはハイレベルの暗黒騎士だ。



 斬り合いにおいて、魔術師のヨークを上回っていた。



 だが、ヨークにも、天性の剣のセンスが有った。



 シュウの連撃をなんとか受けきり、距離を取った。



(風刃十連!)



 大量の風の刃が放たれた。



 シュウは最小限の歩法で、魔術の群れを回避した。



 かすりさえしなかった。



 シュウはヨークに、憐れむような目を向けた。



「分かっているはずだ。


 ユーリ様を狙えば、


 俺は避けられん。


 そう……分かっているはずだ」



「……そんなダッセェ喧嘩するかよ」



「君のような若者を、


 手にかけたくは無かった」



「死ぬのはテメェだがな」



「……確かに。


 主従揃って、


 恐るべき力だ。


 ならば……」



 シュウは、剣を鞘に収めた。



 そして、低く構えた。



「御目汚し、失礼する」



「ッ!」



 ヨークはその武技に、見覚えが有った。



 ミツキを倒した技だ。



 ふっと、シュウの姿が消えた。



「ッ!」



 衝撃を受け、ヨークは吹き飛ばされた。



 シュウの姿が、ヨークが居た場所の、後ろに現れていた。



「受けたか……!」



 少し宙を舞ったヨークは、大きな隙を晒すことなく、無事に着地した。



 手傷は無かった。



「1度見させてもらった。


 ……ミツキを斬ったからだ。


 だから……。


 俺に負けて、


 テメェは死ぬんだよ!」



 ヨークは気炎を上げた。



 だが、それに対するシュウは、ぴくりとも揺るがなかった。



 相手の気を揺らすのは、戦の常道だ。



 この程度で揺らいでいては、武人はつとまらない。



「虚勢を張るな。


 メイルブーケ秘伝の魔導抜刀、


 1度見たくらいで


 破れる技では無い」



「2回だ」



「む……?」



「とっておきを、2回見せた。


 もうお前、詰んでんだよ」



「面白い」



 シュウは再び構えた。



 秘剣、魔導抜刀の構えだった。



「もし虚言なら、


 その首を貰うぞ」



「やって見せろ!」



 ヨークは地面を蹴った。



 まっすぐに、シュウへと向かった。



(凡庸な突進……。


 何を企んで……。


 ……いや)



 シュウは思索を止めた。



(この身、


 浅薄非才なれば。


 ただ一刀に、


 死に狂うのみ)



 シュウは魔剣に意識を集中させた。



 そして……。



(メイルブーケ流、


 魔導抜刀……。


 …………紅蓮!)



「『部位強化』」



 シュウの鞘に、炎の力が満ちた。



 ヨークの視界から、シュウの姿が消えた。



 そして……。



「な……!?」



 ヨークは無傷だった。



 ヨークの背後で、シュウが剣を振り抜いていた。



 シュウの剣先は、あらぬ方向へと跳ね上がっていた。



 それは無様な、奥義の成り損ないだった。



 渾身の一撃を外した隙。



 それをヨークは逃さない。



「風刃」



 ヨークの剣先から、風の刃が放たれた。



「ぐうっ……!?」



 シュウの右腕が、切り飛ばされた。



 腕は刀ごと地面に落ちた。



「シュウ!?」



 頼みにしていた武人の敗北に、ユーリは驚愕の声を上げた。



 剣を失ったシュウに、ヨークが言った。



「貸しは返してもらった」



「…………」



 シュウは、傷口の少し上を押さえながら、ヨークに向き直った。



 ヨークはシュウの傷の辺りを見ながら言った。



「もう……あの技は使えないな」



「いったい……何が……?」



「俺のスキルで、


 お前の手首を『強化』した。


 魔導抜刀とやらを使うには、


 大層な訓練が要るんだろう?


 少しでも感覚が狂えば、成功しない。


 そういう技だ」



 2回見ただけで、ヨークは奥義の本質を看破していた。



 そしてヨークのスキルには、魔導抜刀を破るだけのポテンシャルが有った。



 それだけの話だった。



「…………。


 技に縋った結果がこれか……。


 俺の……負けだ」



「ようやくかよ。


 ……お前らを負かすのは、


 骨が折れる」



 ヨークはユーリの方へと向かった。



 そして、首に剣をつきつけた。



「っ……!」



「ミツキの所へ案内しろ。


 死にたく無けりゃな」



 そのとき。





「そこまでだ! 魔族!」





 男の声が聞こえた。



 ヨークは声の方を見た。



 屋上の出入り口の方角だった。



 そこに、3つ子の姿が有った。



 中央のゼンスが、ミツキを拘束していた。



 その向かって右に立つコーウェンは、フルーレを拘束していた。



 ゼンスの手中には、短剣が握られていた。



 迂闊な事をすれば、ミツキを殺す。



 そういう意思表示だった。



「ミツキ! フルーレ!」



 ヨークは思わず叫んだ。



「ヨーク……」



 ミツキがヨークの名を口にした。



「すまない……」



 そう言ったフルーレの眉根には、苦悶の色が見られた。



「氷狼は……?」



 ヨークは困惑した。



 砦の中に、氷狼を走らせてあった。



 ミツキを護り、敵を制圧するよう、命令がしてあった。



 氷狼の強さは、3兄弟にかなうようなものでは無かったはずだ。



 それがどうして、連中は無事に、ミツキを連れてここに居るのか。



 ヨークの疑問に、ゼンスが答えた。



「おまえの犬っころなら、砕かせてもらった」



「おまえたちが……?」



「フン。


 ハイレベルが、


 おまえだけの特権だとでも思ったのか?」



「っ……!?」



(『戦力評価』……!)



______________________________




ゼンス=ツァルドアイ



クラス ニンジャ レベル110



スキル 重力の邪眼 レベル3


 効果 対象に重力を付与する


  条件 対象の目視



______________________________



______________________________




コーウェン=ツァルドアイ



クラス 暗黒騎士 レベル110



スキル 重力の邪眼 レベル3


 効果 対象に重力を付与する


  条件 対象の目視



______________________________



______________________________




キャル=ツァルドアイ



クラス 聖騎士 レベル110



スキル 重力の邪眼 レベル3


 効果 対象に重力を付与する


  条件 対象の目視



______________________________





「な……!?」



 3兄弟のレベルは、ヨークを狼狽させた。



 彼等のレベルは、以前の3倍以上になっていた。



 常識で考えれば、短期間でこれだけのレベルを上げられるわけが無い。



 ヨークは、幼馴染の言葉を思い出した。



『ヨーク。


 お前という例外が、ここに居るんだ。


 規格外が1人とは限らない』



(向こうにも居るってのか……!?


 俺みたいな奴が……!)



 見積もりが甘かった。



 ヨークの表情が、苦渋に満ちた。



 ゼンスは勝ち誇り、言葉を継いだ。



「状況は分かったか?


 マヌケ。


 こいつらの命が惜しかったら、


 剣を捨ててもらおうか」



「いけません!」



 ミツキが叫んだ。



「言うことを聞いたからと言って、


 助かるという保証は……!」



「黙れ!」



 ゼンスはミツキの髪を、乱暴に引っ張った。



「あうっ……!」



「止めろッ!」



 ヨークは顔色を変えて叫んだ。



 それを見て、ゼンスはにやにやと笑った。



 裏方に徹していた時は分からなかったが、酷いサディストのようだった。



 彼の兄弟も、同じような顔をしていた。



「『止めろ』?


 『止めて下さい』だろ?」



「……止めて下さい」



「立場が分かったようだな?


 ……さあ、剣を捨てろ!」



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