2の10「襲撃と破壊」



「それは……」



 デレーナは、少し迷った仕草を見せ、それからはっきりと言った。



「恥ずかしいですわ」



「本気か?」



「殿方は良いですわよね?


 少し武張っていても、


 実績さえ有れば


 いちもく置かれるのですから。


 ……見た目が悪くても、


 それを誇りにして生きていける……。


 女子が同じ生き方をすれば、


 後ろ指をさされてしまいますわ」



「そういうもんか?」



「ええ。


 女子が望むのは、


 煌びやかなドレスに、


 華やかな舞踏会。


 王子様がお望みなのは、


 ガラスの靴が似合う、


 繊細な淑女。


 ……剣を振る女など、


 王子様にも笑われてしまいますの」



「俺は笑わない」



 ヨークは真顔で言った。



 それを聞いたデレーナは、慈しむような笑みを浮かべた。



「ありがとうございます。


 ですけど、


 あなたは私の王子様じゃありませんもの」



「……王子ねえ。


 王子の何が良いんだ?」



「それは……。


 王子様は……キラキラしていますもの」



「そうか。


 キラキラしてるか」



「……はい」



 ヨークはパーティの光景を思い出した。



 参加者たちは、みんな豪華に着飾っていた。



 ヨークの普段着では、立ち入ることすら許されない。



 そんな空間だった。



 あの場所で、ヨークは笑いものになった。



「キラキラしてないから、


 笑われたんだろうな。俺は」



「……パーティで出会った時のあなたは、


 キラキラして見えましたわ」



「踊りだすまでは?」



「……そうですけどね」



「みゃあ」



 猫が鳴いた。



 踏み込んだ話は、そこで終わった。



 それから、浅く雑談をした。



 やがて、砦が見えてきた。



 背の高い砦だった。



 デレーナは、砦を指差した。



「あれがフィルスツ砦ですわ」



「そうか」



 砦は四方を、堅牢な城壁に囲まれていた。



 城壁の上には、見張りの兵の姿が見えた。



 ユーリ=マレルに与する者たちだ。



 ヨークにとっての敵だった。



「それで、どうするおつもりですの?」



「砦を攻めた経験は、無い」



「でしょうね。それで?」



「正面から行く」



 ヨークはデレーナから手を離した。



 そして、猫の上で立ち上がった。



 そのまま魔剣を抜刀。


 

 猫の背を軽く蹴り、飛び降りた。



「えっ?」



「みゃあ?」



 デレーナと猫が、驚きの声を上げた。



 ヨークの体が、地面へと落ちていく。



 ヨークは魔剣を地面へと向けた。



「氷狼」



 地面に、氷の狼を出現させた。



 氷狼は跳び、ヨークの足裏を受け止めた。



 ヨークはそのまま氷狼に跨った。



 狼は砦へと駆けた。



 城壁の見張りたちが、ヨークの接近に気付いた。



「何だあいつは?」



「王都からの使いか?」



「ユーリ様に知らせた方が良いか?」



「冷てぇ……」



 ヨークは顔をしかめて言った。



 狼の冷気が、ヨークの尻を冷やしていた。



 ヨークは、氷の狼から飛び降りた。



 眼前には、大きな城壁の門が有った。



「ちょっと! どういうつもりですの!?」



 羽猫が、ヨークを追ってきた。



 デレーナはポチに乗ったまま、ヨークに声をかけた。



「ん? もう帰って良いぞ?」



 ヨークはそっけなく言った。



「王子様に、


 はしたないトコ見られちまうぞ」



「質問に答えて下さいまし!」



「質問?」



「正面からだなんて、


 いったい何を考えていらっしゃいますの?」



「質問の意味が分からん」



「私には、


 あなたが意味分かりませんわ」



「なら帰れば良いのに」



「辛辣ですわね!?」



 ヨークはデレーナには関心が無かった。



 ヨークの視線は、ずっと砦へと向けられていた。



 あの中に、ミツキが居るはずだった。



 ヨークは剣先を、大門へと向けた。



 そして唱えた。



「鬼岩徒」



 門前の土が、盛り上がった。



 土は岩となり、巨人の形をとった。



 城壁上の兵たちの視界に、岩の巨人が現れていた。



 その身長は、10メートルを超えていた。



 巨人が拳を振り上げた。



「何だあれは!?」



「来るぞ!?」



「うわあああああああああああぁぁっ!」



 巨人の拳が、大門に突き刺さった。



 門は周囲の建材ごと砕け、破片を八方に撒き散らした。



「良し」



 ヨークは満足げに言った。



 それを見ていたデレーナが、猫の上から喚いた。



「良し……じゃありませんわよ!?


 何なんですの!? あれは!?」



「おまえ、暗黒騎士なんだろ?」



「…………」



「それなのに、知らないのか? 鬼岩徒」



 呪文には、魔導書に載っているものと、自ら編みだすものが有る。



 1から編みだすより、既存の呪文を習った方が、習得の効率が良い。



 鬼岩徒の呪文は、有名な魔導書に載っているものだった。



「知ってますわよ!


 あの大きさは


 どういうことですの!?」



「レベルの問題だろう。じゃあな」



 ヨークは前進した。



「あっ! ちょっと! お待ちなさい!」



 デレーナは猫を降りた。



 大股で歩くヨークを、ぴょこぴょこと追った。



 ヨークは、砕けた大門を通過した。



 城壁を越えると、砦本体が破損しているのが見えた。



 城壁の破片が降り注いだらしかった。



 おかげで、砦本体の門も開いていた。



 ヨークは砦内部に入った。



 踏み入れた先は、通路のようだった。



「う……うぅ……」



 うめき声が聞こえた。



 ヨークは声の方を見た。



 兵士が建材の破片に挟まれていた。



 ヨークが門を破壊したとき、巻き添えを受けたらしかった。



「…………。


 お前らが始めた喧嘩だろうが」



 ヨークは無視して立ち去ろうとした。



「……………………」



 だが、立ち止まってしまった。



 ヨークは建材に手をかけ、兵士の体を自由にした。



 兵士は負傷して、吐血していた。



 重傷のようだった。



 ヨークはポケットに手を入れた。



 そして、回復薬の瓶を取り出した。



 兵士の上体を持ち上げ、口に薬瓶を持っていった。



「飲め。死ぬぞ」



 ヨークの言葉に、兵士は答えなかった。



 ヨークは兵士の口をこじあけた。



 そして、強引にポーションを流し込んだ。



「う…………」



 薬を飲むと、兵士の表情が楽になった。



 ヨークは兵士の上体を、地面に下ろした。



 そして、立ち上がった。



「ポーションは、あと幾つ有りますの?」



 デレーナが、ヨークの背後から声をかけてきた。



「まだ居たのかよ? 帰れよ」



 ヨークは面倒くさそうに言った。



「言われなくとも帰りますわ。


 質問に答えて下さいな」



「これきりだ。


 細かい荷物は、


 ミツキに預けてあるからな」



「……はぁ」



 心底呆れた様子で、デレーナはため息をついた。



「そろそろ、


 兵たちが駆けつけてくる頃合ですわ。


 どうなさいますの?」



「この砦に、兵士は何人居るんだ?」



「500といったところでしょうか。


 推測ですけど」



「一々相手してらんねえな」



 ヨークは魔剣を地面に向けた。



「氷狼百連」



 詠唱。



 大量の氷の狼が、砦の通路に出現した。



「こんなに……」



 デレーナは、素直に驚いてみせた。



 並の物量では無い。



 通常の魔術師であれば、魔力が枯渇していただろう。



 だが、ヨークにはまだ、魔力の余裕が有った。



「敵が来る前に、帰れ」



 ヨークはデレーナに警告した。



「言われなくとも、そうさせていただきますわ」



 デレーナは、ヨークに背を向けた。



 少しの間、ヨークはデレーナを見送った。



 やがて、複数の足音が聞こえてきた。



 ヨークの居る通路に、兵が殺到してきた。



「……来たか」



 兵士たちとヨークの間には、大量の氷狼の姿が有った。



「魔獣……!? いや……。魔術か?」



「敵はコイツ一人か? いったいどうなってる?」



「油断すんな! 門をぶっ壊したのはそいつだぞ!」



「怪我人が居る! 治癒術師を呼べ!」



 謎の襲撃者を前に、兵士たちは、騒然たる様子を見せた。



「……ごちゃごちゃうるせえな」



 ヨークは呟いた。



 兵士たち1人1人を、丁寧に相手するつもりなど、ヨークには無かった。



「行け。狼ども。


 連中のケツも


 冷たくしてやれ」



 ヨークの命令を受けて、氷狼たちが駆けた。



 氷狼の群れが、兵士たちに襲いかかった。



「うっ……」



「うわああああああああぁぁぁっ!」



 半壊した通路に、兵士たちの悲鳴が響いた。




 ……。




 一方、砦の牢獄。



 牢屋の中に、ミツキとフルーレの姿が有った。



「揺れた……」



 門が破壊されたことで、砦の奥に有る牢獄にも、揺れが届いていた。



「地震か? 何か音がしたが……」



 フルーレが、自身の疑問を、ミツキへと向けた。



 ミツキは小さく呟いた。



「ご主人様……?」



「ヨークが? 確かなのか?」



「いえ……。


 私の願望かもしれませんね」



「だが、おかしくはないな」



 ヨーク=ブラッドロードであれば、それくらいの力は持っている。



「私はそう思うが?」



「……はい」



 外で何が起きても、囚われのミツキたちにできることは無い。



 2人はじっと、なにかが訪れるのを待った。



 やがて、牢屋の前に、3人の男が現れた。



 先頭の男が、牢屋の鍵を開けた。



 そして言った。



「奴隷。出ろ」



 男たちは、ヨークの決闘を妨害した、3兄弟だった。



「……あのお方が、


 いらっしゃったのですか?」



 ミツキが先頭の男、ゼンス=ツァルドアイにそう尋ねた。



「質問は許可しない」



 ミツキは考えた。



 どうしてこのタイミングで、ゼンスたちは、ミツキを外に出そうというのか。



 人質にするつもりだろうか。



 そう思ったミツキが、ゼンスにこう言った。



「無駄ですよ。


 私はただの奴隷ですから。


 私を人質になんかしても、


 無意味……っ」



 ゼンスが拳をふるった。



 拳は容赦なく、ミツキの頬を打ちのめした。



 ミツキは殴り飛ばされ、牢屋の壁にぶつかり、倒れた。



 力を封じられた少女に対し、度が過ぎた暴力だった。



「ミツキ!」



 フルーレはミツキに駆け寄った。



 見ると、ミツキの頬が腫れ上がっていた。



 傷ついたミツキに、ゼンスは容赦なく命じた。



「獣には、


 人族の言葉は通じないか?


 早く立て。


 犬のように、縄で引きずられたく無ければな」



 そのとき。



「……?」



 気配を感じ、ゼンスは振り返った。



 そして、苛立たしげに言った。



「雑兵どもめ……!


 役に立たんか……!」



 牢屋に面した通路に、3体の獣が立っていた。



 氷の狼だ。



 ヨークから、ミツキを探して守るよう、命令を受けていた。



「っ……!」



 ゼンスの体がこわばった。



 レベル100の戦士にも匹敵する氷狼が、3兄弟に襲いかかった。




 ……。




 砦の執務室に、ユーリの姿があった。



 鬼岩徒が立てた音は大きい。



 ユーリも襲撃を、察知はしていた。



 兵士たちに、指示を出してもいた。



 だが……。



(様子を見に行かせた兵士が


 戻ってこない……。


 王軍が来るには早すぎる。


 いったい……)



 ユーリの心中には不安が有った。



 ユーリを気遣って、シュウが口を開いた。



「自分が見て参りましょうか?」



「よろしくたの……」



 ドン!



 返答が遮られた。



 執務室の扉が吹き飛んだ。



 扉はユーリの後方の壁に、突き刺さった。



 出口の向こうに、足を上げたヨークの姿が有った。



 扉は蹴破られたらしかった。



「よぉ。ユーリアちゃん」



 ヨークはずかずかと、執務室に踏み入った。



「な……!?


 ヨーク=ブラッドロード……!?」


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