2の8の2「再起と行き先」



 ヨークの笑いが、狭い独房に響いた。



「っ……」



 この状況で、何を笑うことが有るのか。



 ベイクは不気味に思い、半歩下がった。



 ガネスはベイクの怯えを即座に察知し、彼を怒鳴りつけた。



「ビビるな!


 丸腰で、腕も砕けてる!」



「丸腰……か」



 ヨークは、かつてのアネスとの会話を思い出した。



 神殿で、クラスについて話をした。



 魔術師、暗黒騎士、魔剣の話をした。



 その続きだった。



「あと、もう1つ覚えておいて」



 村の神殿で、アネスがヨークに言った。



「実は、魔術師は……。


 杖が無くても


 魔術を使えるの」



「え……?」



「って言っても、


 威力は杖を使った時の、


 3分の1も出ないんだけどね。


 さすがに、杖が無くても魔術師をやっていけるほど、


 甘くは無いよ。


 でも、非常時には、


 頼りになることも有るはずだから、


 覚えておいてね」



「3分の1……」



「うん。3分の1」



「ありがとう。アネスさん。


 アネスさんが教えてくれたこと、


 きっと役立ててみせるよ」



「杖を失くさないのが


 1番なんだからね?


 分かってる?」



「ああ……」



 ヨークは追想を終えた。



「そうだな……」



 思い出の中のアネスに、答えた。



 そして……。



「氷槍」



 ヨークは唱えた。



 氷の槍が放たれた。



 槍はガネスの肩に突き刺さった。



「ぐああああああああっ!?」



 手枷が無くなったことで、ヨークの全身に魔力が漲っていた。



 たとえ杖が無くとも、ヨークの魔術の威力は、上級冒険者に匹敵する。



 ガネスは崩れ落ちた。



「ひっ!?


 ひいいいいいぃぃっ!」



 残されたベイクが、ヨークに背を向けた。



 逃げ去るつもりのようだ。



 遅い。



 ヨークは逃さなかった。



「おらあっ!」



 ヨークの鋭い飛び蹴りが、ベイクの背に突き刺さった。



 ベイクは独房から飛び出し、廊下の壁に激突した。



 そして崩れ落ち、動かなくなった。



「出産祝いだ。


 間男のガキによろしくな」



 ヨークは挑発したが、顔色は悪かった。



 手首がどうしようもなく痛い。



 脳はもう、痛みをごまかしてはくれなかった。



 ヨークはふらふらと牢屋を出た。



 地下から1階へ上がり、外へ。



 正面から裁判所を出た。



 前方の通りに、兵の群れが見えた。



 敵だろうか。



 ヨークはそう考えた。



「うようよと……面倒くせえ……」



 蹴散らしてやる。



 こんな奴ら、一撃だ。



 ヨークは右手を兵の群れに向けた。



 手首が痛みを増した。



 骨の一部が、皮から飛び出していた。



 ヨークは朦朧とした意識のまま、魔術を放とうとした。



「あっ……!」



 どこかで聞いたような声がした。



「ヨーク様……!」



 黒い翼の少女が、ヨークに駆け寄ってきた。



 エルの声を聞くとなぜだか、ヨークの心が安らいだ。



 妙に懐かしいような。



 そんな気分になったのだった。



 ヨークは目の前の連中を、吹き飛ばすのを止めた。



「お母さん……?」



 ヨークは無意識にそう呟いた。



「ヨーク!」



 別の女の声が聞こえた。



「あ……?」



 ヨークは声の方を見た。



 デレーナが、ヨークに駆け寄ってきていた。



「だいじょうぶですの!?」



 ヨークはようやく、この場にデレーナが居ることに気付いた。



「お前も……敵か……?」



 朦朧とした意識で、ヨークは問いかけた。



「何を馬鹿なことを……どうしたというのですか」



 デレーナの問いに、ヨークは答えられなかった。



「腕……痛ェ……」



 ヨークの体が崩れそうになった。



 デレーナは咄嗟に、ヨークの体を抱きとめた。



「ヨーク!?」



「お母さん……どうして……」



 ヨークは目を閉じた。



 そして、そのまま意識を失った。




 …………。




「う……」



 1時間後。



 ベッドの上で、ヨークは目を覚ました。



 宿屋のベッドよりも柔らかい。



 ヨークはぼんやりと、そう考えた。



「気がつきましたの?」



 ベッドの脇で、デレーナがそう尋ねてきた。



「…………」



 彼女の隣では、エルが無言で、ヨークのことを見守っていた。



「ここは?」



 ヨークは上体を起こした。



 視界に入ったのは、見慣れない部屋だった。



 ヨークの疑問に、デレーナが答えた。



「私のお家ですの。


 お体の調子は?


 いっときは、酷い熱が出ていましたのよ?」



「快調だ」



「そうですか……」



(嘘だが、どうでも良い)



 ヨークの腕は、見た目は元通りになっていた。



 メイルブーケお抱えの治癒術師が、ヨークを治療したのだろう。



 だが、治癒術は万能では無い。



 重症を負った時は、後遺症が残ってしまうことも有る。


 

 ヨークの手首には、まだ鈍い痛みが残っていた。



 長引くかもしれなかった。



「エルは無事だったんだな。


 良かった」



「親切な方に、


 助けていただきました」



「そうか。……ミツキは?」



「ミツキ?」



 デレーナが疑問符を浮かべた。



 それでヨークは、ミツキがデレーナと会っていないことを思い出した。



「俺の仲間だ。


 連中に捕まった。


 フルーレもだ」



「ユーリの足取りなら、


 掴めていますわ」



「どこだ!? 言え!」



「知ってどうするおつもりですの?」



「言えよ。良いから」



 ヨークはデレーナの疑問には答えず、脅すように言った。



「……………………」



 デレーナは、厳しい顔をして口をつぐんだ。



「言えって言ってるだろ……!」



 ヨークはデレーナににじり寄った。



 そのとき、間に割って入る者が居た。



「止めなよ。


 女性に乱暴するのは」



 その人物は、第2王子のマルクローだった。



「お前は……」



(パーティに居た王子様か)



「俺はただ……ミツキの居場所が知りたいだけだ」



 ヨークは怒気を収めて言った。



「知ってどうするんだい?」



「会いに行く。


 取り戻す。


 それで、謝らないと……」



「謝る?」



「俺がパーティに行ったせいで……ミツキが怪我をした。


 ミツキは止めろって言ってたのに……。


 だから……謝らないと」



「今……。


 僕たちは、


 ユーリ討伐のための軍勢を、


 編成しているところだ」



「軍隊が動くのか?」



「ユーリはやりすぎた。


 法廷の私物化に、


 メイルブーケ次期当主の誘拐。


 もう、公爵家だからという理由で、


 許される程度の問題じゃない。


 ……ユーリは討たれなくちゃいけない」



「今更だな」



 パーティの時点で、ユーリはおかしかった。



 もっと早く、あいつをなんとか出来なかったのか。



 ヨークはそう思ったが、それ以上は責めなかった。



 自分がヘマをした。



 だから、ミツキが傷ついた。



 そう思っていた。



 王国軍などという連中は、顔も知らない。



 当てにするのが間違っていると思った。



「悪いね。


 権力者同士の闘いは、身軽じゃない。


 それに……。


 まさかこんなに早く、


 こんな野蛮な手段を取るとは、


 思ってもみなかった。


 ……とにかく、


 ユーリ=マレルの処罰に関しては、


 僕が保証する。


 僕たちの闘いが終わるまで、


 ここで待っていてはもらえないかな?」



「駄目だな」



 ユーリの提案を、ヨークは切り捨てた。



「お前たちは、


 ミツキの安全に関しちゃ、


 一片の保証もしちゃくれない。


 とろい事してたら、


 手遅れになるかもしれない。


 一刻も早く、ミツキを救い出す」



「……そうか。


 ユーリは、東のフィルスツ砦に向かったらしい」



「殿下!?」



 あっさりと情報を漏らしたマルクローに、デレーナは驚きの声を上げた。



「良いだろう? デレーナ」



「殺されます……!」



「大の男が決めたことだ。


 尊重してあげたい。


 それに、彼は只者では無い。


 そうだろう?」



「……殿下がそう仰るのであれば」



 そこへヨークが口を開いた。



「もう良いか?」



「そうだね」



 マルクローは頷いた。



 ヨークは質問を重ねた。



「フィルスツってのは?」



「王領の東方に位置する、


 マレル公爵領の西端に有る、


 堅牢な砦だ」



 ヨークは砦に詳しくない。



 堅牢と言われても、イメージは湧かなかった。



 潰す。



 何であろうが、潰す。



 場所さえ分かれば良い。



 そう思った。



「地図が欲しい。


 それに武器と、


 出来れば猫も」



「……これを」



 デレーナは、ヨークに剣を差し出した。



「魔剣か」



 それは、ユーリとの決闘に使った物だった。



「裁判所で見つかりましたの」



「貰っておく」



 ヨークは剣を受け取った。



「それはアナタの物ですわ」



「猫も頼めるか?」



「仕方がありませんわね。


 正門で待っていて下さい。


 とびきりの猫を、


 御用意させていただきますわ」



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