『敵強化』スキルを笑われて幼馴染に置いていかれた俺のレベルが有頂天でおさまる所を知らないので、助けたケモミミ美少女奴隷とイチャイチャしながら迷宮の最深層目指すことにした＿神魂のニルヴァーナカクヨム版

２の７「裁判と不正」

　……。

「兄上」

　ある日のメイルブーケ邸。

　メイルブーケ伯爵家の次男であるシュウが、兄のブゴウに言った。

「メイルブーケを出ようと思う」

「何故だ？」

　ブゴウは弟に尋ねた。

「わからないか？」

「…………」

　弟の問いに、ブゴウは答えなかった。

「高すぎた。

　……剣の頂きというのは、

　俺には高すぎたよ」

　……。

　ヨークたちは、裁判所に連行されていった。

　エルとフルーレも、２人と一緒に連れられていった。

「…………」

　ヨークはおとなしかった。

　自分が暴れることより、怪我をしたミツキの方が気になっていた。

　ヨークは自分の足で歩いた。

　ミツキは、シュウという男に抱きかかえられていた。

　ミツキが、他の男の腕の中に居る。

　それを見ると、ヨークはもやもやした気持ちになった。

　きっと、ミツキの怪我が心配なせいだ。

　それか、こいつらに苛ついてるせいだ。

　ヨークはそう考えることにした。

　やがてヨークたちは、裁判所に到着した。

　ヨークたちを連行している連中は、正面から堂々と、中へと入っていった。

　一行は、裁判所の内部を移動し、法廷へと入った。

　法廷には、裁判長らしき男の姿が有った。

　その他にも、ヨークには役割の分からない連中が、ぽつぽつと着席していた。

　裁判の準備は、整っている様子だった。

　ヨークは証言席にまで連れて行かれた。

　証人控え席には、ユーリの姿が有った。

「…………」

　ユーリは無言で、ヨークたちを一瞥した。

「ユーリ……！」

　フルーレが、ユーリの存在に気付いた。

「これは……お前の差し金か……！」

　瞳に批難の色を乗せて、フルーレはユーリに問うた。

「さあな。何のことだ？」

　ユーリはフルーレの怒りを受け流した。

　まともに問答をするつもりは、無いようだった。

「それより、

　裁判が始まるぞ。

　法廷では、

　裁判長の言葉に、

　耳を傾けることだ」

「裁判だと……？」

「静粛に、静粛に」

　人が揃ったのを見て、裁判長が口を開いた。

「これより、

　臨時裁判を執り行います」

　裁判長はそう言うと、ヨークの方を見た。

「被告人、

　ヨーク＝ブラッドロード。

　あなたに対し、

　２つの訴えが出ています。

　１つは、

　決着がついた相手に対し、

　過度な追い討ちを行い、

　怪我を負わせたという訴え。

　もう１つは、

　身分を偽り、

　神聖なる貴族の決闘を、

　穢したという訴えです。

　これらの訴えに対し、

　何か申し開きすることは有りますか？」

「過度な追い討ち？」

　ヨークは冷笑した。

「ちょっと

　くすぐってやっただけだが……。

　貴族のおぼっちゃんには、

　痛かったか？」

「貴様……！」

　ボワイヤの頬が紅潮した。

　恥知らずな男のようだが、敗北の苦味は、しっかりと覚えているらしかった。

　ボワイヤの怒りを無視し、ヨークは裁判長に、問いを発した。

「それと、俺が何を偽ったって？」

「あなたは

　自分を貴族だと偽り、

　決闘の代理人となった。

　しかし、実際のあなたは、

　ただの平民に過ぎなかった。

　違いますか？」

　裁判長の問いに、ヨークは素直に答えた。

「俺は１度だって、

　自分を貴族だなんて言ったことはねえ。

　何１つ、偽っちゃいねえ」

「決闘とは、

　貴族とその従者の間でのみ成り立つ、

　神聖なものです。

　部外者の、それも平民が、

　踏み込んで穢して良いものでは無い」

　裁判長の言い分に、フルーレが口を挟んた。

「待て！　そんな法律は聞いたことが無い！」

「発言を許可した覚えは

　ありませんが」

「…………。

　発言の許可を願いたい」

「どうぞ」

「先ほども言ったが、

　平民が代理人になれないなどという法律は、

　聞いたことが無い。

　ならば、この訴え自体が無効だ。

　そうだろう？」

「法典だけが

　法の真実ではありません

　決闘が、

　貴族のための、

　神聖な行いであるということは、

　もはや常識。

　社会悪は、

　明確な常識に背いた者は、

　たとえ法に依らずとも、

　裁かれねばなりません」

「馬鹿な……！

　本気で言っているのか……！？」

　裁判長の発言は、法廷の存在意義を、揺るがすほどのものだった。

　王都で裁判長を務めるほどの者が、シラフであれば、このような発言はするまい。

　フルーレは、証人控え席のユーリを睨みつけた。

「ユーリ貴様……！

　いったい、幾ら積んだ……！」

「…………」

　フルーレの問いに、ユーリは答えるつもりが無いようだった。

　そして逆に、裁判長がフルーレを責めた。

「何を言っているのですか。

　妄言が過ぎるようであれば、

　法廷侮辱罪となりますよ」

「ッ……！

　ヨークは……部外者では無い！

　ヨークは、

　私が魔剣を託した相手だ！

　魔剣は大切な、

　メイルブーケの宝！

　それを託したのだ！

　メイルブーケの騎士と言って相違無い！

　そうだろう！？　ヨーク！」

　フルーレは熱く語り、証言席のヨークを見た。

「…………。

　知るかよ」

　ヨークは冷めた口調で言った。

　フルーレの訴えは、ヨークの心には届かなかった。

「ヨーク……？」

「俺はただ、喧嘩をしただけだ」

　ヨークはユーリを見た。

　ヨークの瞳には、怒りよりも虚しさが宿っていた。

「お互い納得して、

　喧嘩をしたんだろうがよ。

　それをテメェは、

　手下に汚ェ真似させやがって。

　それでも、俺が勝った。

　俺とお前が喧嘩して、

　俺が勝っただろうがよ……。

　それじゃあ……いけないのかよ……」

　ヨークにはヨークの流儀が有った。

　田舎の少年の流儀だ。

　ヨークはそれを、男の流儀だと思っていた。

　それが、この場所では全く通じない。

　別の生き物の群れに、放り込まれたような気分になった。

　ひどく虚しかった。

「うんざりだ……。

　なんで俺が……

　こんな目に合わなきゃいけねえんだよ……」

「ヨーク……」

　フルーレの胸が、罪悪感で締め付けられた。

　暖かく純朴な少年を、凍える陰謀の世界に連れてきてしまった。

　自分がヨークを誘わなければ、こんなことにはならなかった。

　そう後悔しても、もう遅かった。

「被告人、罪を認めますか？」

　裁判長が、ヨークにそう問うた。

「もう……勝手にしろよ……」

　ヨークにはもう、裁判を争う元気も無いようだった。

　たとえ争っても、勝てはしないだろう。

　おそらく裁判の結果は、最初から決まっているのだ。

　なんとなく、それが分かっていた。

　こいつらはそういう存在なのだ。

　ヨークが持つ常識は通用しない。

　美学も。

　いくら言葉を重ねても、何も伝わりはしない。

　そう分かり始めていた。

（これが終わったら……

　貴族どもとは関わらねえ。

　ミツキと２人で

　迷宮に潜って……楽しく……。

　……ミツキには悪いことをした。

　俺が持ってきたゴタゴタのせいで、

　怪我をさせた。

　後で謝らないとな……。

　俺は……。

　俺はミツキと……ずっと……）

「それでは判決を下します」

　審判の時が来た。

「…………」

　ヨークは黙って裁判長の言葉を待った。

「被告人が、

　代理人として不適であったことから、

　決闘はメイルブーケの敗北とする。

　フルーレ＝メイルブーケに、

　婚約者としての

　瑕疵が有るという、

　ユーリ＝マレルの申し出を認める。

　よって、婚約解消の申し出を良しとし、

　フルーレ＝メイルブーケには

　慰謝料の支払いを命ずる。

　決闘時の取り決めにより、

　慰謝料は

　小金貨８０００枚とする。

　被告人、ヨーク＝ブラッドロードに関しては、

　『無期限の懲役』。

　さらには、

　『全財産の没収』を申し付ける。

　没収された財産の所有権は、

　慰謝料として

　ユーリ＝マレルに移るものとする。

　それでは……。

　本日この場で、

　『奴隷の所有権』の

　『譲渡』を行う」

「は…………？」

　判決の中に、聞き捨てならない言葉が有った。

　そう思った時には、ヨークは兵士に取り押さえられていた。

「っ……！　放せ！」

　ヨークは兵士たちに引きずられた。

　そして、ミツキの前へと運ばれていった。

　ミツキは気絶したまま、椅子に座らされていた。

　兵士の１人が、短刀を取り出した。

　ヨークの右手を掴み、ヨークの親指を、雑に裂いた。

　血が流れた。

「何しやがる！？　止めろ！」

　いまさらヨークの抗議など、聞き入れられるはずも無かった。

　兵士は、流血したヨークの手を、引っ張った。

　ヨークの親指が、ミツキの首輪へと導かれた。

「止めろ！　止めろって言ってるだろ！？」

　血に濡れた親指が、首輪の中央の皿に触れた。

　首輪が輝いた。

　この瞬間、ミツキはヨークの奴隷では無くなった。

「…………」

　ユーリは、無言で２人に近付いた。

　そして、自分で親指を裂き、首輪に触れた。

　ミツキの首輪が、再び輝いた。

　ユーリがヨークに言った。

「これで、この奴隷は私の物だ」

「てめええええええええええぇぇぇッ！！！」

　ヨークは肺腑の奥底から、怒声を絞り出した。

　凄まじい怒気だったが、今のヨークには何の力も無い。

　道化として笑われるだけだった。

「フン……」

　必死な顔を見せるヨークを、ユーリは鼻で笑った。

「そんなにこの奴隷が惜しいか？

　この美貌だ。

　分からんでも無いがな」

　そう言って、ユーリはミツキの頬に触れた。

　ミツキは気絶したままだった。

「テメェは俺が殺す……！」

「判決を聞いてなかったのか？

　愚かだな。

　お前はもう一生、

　牢屋から出てくることは出来ない。

　……連行しろ」

　兵士２人が、ヨークを引きずった。

　ヨークとミツキの距離が、離れていった。

「っ！　認められるか！　こんなもの！」

　フルーレは、ヨークを助けようと駆け寄った。

　だが……。

「…………」

　シュウが２人の間に、割って入った。

　シュウの拳骨が、フルーレの腹に突き刺さった。

「あぐっ……！？」

　フルーレは崩れ落ちた。

　その様子は、ヨークの目にもしっかりと映っていた。

「フルーレ……！　くそっ……！」

「…………。

　さよならだ。

　ヨーク＝ブラッドロード」

　ユーリがヨークに別れを告げた。

　ヨークはそのまま引きずられていった。

　ヨークの姿が、法廷から消えた。

　法廷の扉が閉ざされた。

　そのとき。

「…………！」

　エルは、背中の黒翼を羽ばたかせた。

　ヨークが連れ去られたのとは、反対側へ飛んだ。

　窓が有る方向だった。

　エルは体当たりで、法廷の窓を突き破った。

「逃がすな！」

　ユーリが大声で命じた。

　兵士たちの半分ほどが、窓からエルを追った。

「俺に任せろ！」

　ボワイヤも、その後を追った。

「追いますか？」

　法廷に残ったシュウが、ユーリの意思を問うた。

「いや……。

　フルーレを連れて

　王都を脱出し、

　フィルスツ砦へ向かう。

　シュウにはその護衛を頼む」

「御意」

　ユーリは、残った兵士に向かって口を開いた。

「フルーレとそこの奴隷を、

　猫車まで運べ」

「はっ！」

　兵士の１人がフルーレを、もう１人がミツキを抱え上げた。

「……手荒な真似はするなよ」

　ユーリは兵士たちにそう命じた。

　フルーレとミツキは、法廷から連れ出されていった。

　ユーリは法廷の出入り口を見た。

「…………。

　主人を奪った。

　あの奴隷は……独りか」

　呟きのようなユーリの言葉に、シュウが答えた。

「奴隷というものは、

　常に独りでしょう」

「……そうかもしれないな」

　ユーリとシュウは、フィルスツ砦に向かうため、裁判所を去った。

　……。

「はぁ……はぁ……」

　エルは小道を駆けていた。

　彼女の翼は、長時間の飛行には向かない。

　結局は、２本の脚に頼るしか無かった。

「とあっ！」

「あっ……」

　いつの間に追いつかれていたのか。

　ボワイヤの剣が、エルの黒翼を裂いた。

「ううっ……！」

　羽から出血したエルは、そのまま地面に倒れてしまった。

「馬鹿め。

　この俺から逃げられると思ったか？」

　ボワイヤが、勝ち誇ったように言った。

「くっ……」

　エルは痛みに耐え、立ち上がろうとした。

　負傷をしたのは翼だけだ。

　まだ駆けられるはずだった。

　だがその首に、ボワイヤの剣が添えられた。

「…………！」

　エルの動きが止まった。

　ボワイヤがその気になれば、いつでも首を落とせる。

　そういう詰みの状況だった。

　少し遅れて、いくつもの足音が近付いてきた。

　裁判所に居た兵士たちだった。

「ボワイヤ様！」

　兵士の１人が、ボワイヤの名を呼んだ。

「遅いぞ。

　俺で無かったら、

　逃げられていた」

　ボワイヤが、兵士を叱った。

　とはいえ、無事に目的は果たしている。

　彼の機嫌は、さほど悪くない様子だった。

「申し訳ありません……」

「まあ良い。

　さて、どうしてくれようか」

「どうするって？」

　男の声が聞こえた。

　ボワイヤが、声の方を見た。

　そこに武装した男が立っていた。

　男は、銀の甲冑に身を包んでいた。

「お前は……」

「通りすがりの神殿騎士さ」

　そう言って、ニトロは微笑んだ。

　目は笑っていなかった。