2の6の2「魔剣士とその奥義」




「そうだけど?」



 ヨークは兵士長の問いに、素直に答えた。



 そのとき……。



「確保!」



 兵士長が、部下たちに号令をかけた。



「えっ!?」



 兵士の群れが、ヨークにとびかかった。



 回避出来ないほど、鋭い動きでは無かった。



 ヨークは兵士の手から、逃れようとした。



 だが……。



(『影縫い』)



「ぐっ……!?」



 ヨークの体が、急に固まった。



 ヨークの影の位置に、小さな針が刺さっていた。



 だがヨークは、そのことには気付けなかった。



 何が何だかわからないうちに、兵士の手が、ヨークの体を掴んでいた。



「…………!?」



 がしゃりと。



 兵士の内の1人が、ヨークに手枷をはめた。



 金属製の手枷だった。



 次の瞬間、ヨークは地面に押し倒されていた。



「ヨーク!」



 ミツキはヨークの名を呼びながら、周囲を見た。



 さきほど、ヨークの体が、不自然に固まった。



 迂闊に動くのは危険だ。



 そう思い、周囲を警戒したミツキが、その視界に、怪しい人影を捉えた。



(屋根……!)



「ヨーク……!


 すいません……!」



 ヨークと共倒れになるわけにはいかない。



 ミツキの足が、地面を強く蹴った。



 兵士たちの視界から、ミツキの姿が消えた。



「逃げた……!?」



 兵士の1人が、慌てた様子を見せた。



「ほっとけ。


 ターゲットはこいつだろ」



 他の兵士がそう言って、地に伏すヨークを見た。



 そして、ヨークの顎を蹴りつけた。



「ぐあっ……!


 何……しやがる……ぐっ……!」



 ヨークは兵士を押しのけようとした。



 だが、力が入らなかった。



(何だこの手枷……力が……抜ける……)



 手枷に力を奪われている。



 ヨークには、そのように感じられた。



「良いザマだな。道化」



 聞き覚えの有る声がした。



 気がつけば、近くにボワイヤの姿が有った。



 先日の決闘に、物言いをした男。



 ロクでもない男だ。



 ヨークはボワイヤを、そう認識していた。



「こいつはテメェの差し金か……!?」



 ヨークは、ボワイヤを見上げようとした。



 だが、強く体を押さえられて、出来なかった。



「何のことだか」



 ヨークの問いに、ボワイヤはそう答えた。



「俺はただ、


 野蛮な凶悪犯の逮捕に


 協力しているだけだ。


 貴族の務めでな」



「テメェ……!」



「ヨークを放せ!


 これはいったいどういうことだ!?」



 フルーレが、兵士たちを咎めた。



 事情を掴めずに静観していたが、目の前の光景はまともでは無い。



 フルーレの表情には、驚きと怒りが宿っていた。



「フルーレ様」



 兵士長は、平然と口を開いた。



 堂々としている。



 理不尽を行うことに、慣れている様子だった。



「この男には、


 神聖な決闘を、


 侮辱した容疑がかけられております。


 裁判所にまで連行し、


 その罪を明らかにせねばなりません」



「馬鹿な……!」



 フルーレが反論しようとした、そのとき……。



 どしゃりと、何かが落ちる音がした。



「ひっ……!?」



 兵士の1人が悲鳴を上げた。



 黒装束の、覆面をした男が、地面に倒れていた。



 その四肢は、曲がってはいけない方向に曲がっていた。



「…………」



 ミツキが軽やかに、その隣に着地した。



「姑息な……」



 ミツキはそう呟いた。



 覆面の男は、ヨークの動きを妨害したニンジャだった。



 彼は建物の屋根に潜んで、こっそりとスキルを使用していた。



 男の存在に気付いたミツキは、屋根へと跳んだ。



 そして男を行動不能にすると、ヨークを助けるべく、地上へと帰還したのだった。



 一仕事を終えたミツキは、ヨークの方へと向かった。



「うわあああっ!」



 ヨークを取り押さえていた兵士たちが、吹き飛ばされた。



 そのときのミツキは、武器など構えておらず、素手だった。



 軽く腕を振るだけ。



 雑兵が相手なら、それで十分だった。



「大丈夫ですか?」



 邪魔な兵士を排除すると、ミツキはヨークを助け起こした。



「すまん」



「いえ」



 ヨークは立ち上がった。



 そして、手を左右に動かそうとしたが、手枷はびくともしなかった。



 力は奪われたままだ。



 戦えそうには無かった。



「力がでねえ。多分この手枷のせいだ」



「…………」



 ミツキはヨークの手枷を掴んでみた。



 そして握力をかけてみたが、破壊できる様子は無かった。



 手枷には、鍵穴が見えた。



 鍵が必要だ。



 ミツキはそう考えた。



(この中の誰かが、鍵を持っているはず)



 ミツキは兵士たちに視線を向けた。



 兵士たちを攻撃したことで、ミツキのフードがめくれあがっていた。



「奴隷……?」



 兵士長は、ヨークの同行者が奴隷だったと気づいた。



 彼は声を荒らげて、ミツキを叱責した。



「何のつもりだ貴様!


 公務を妨害する気か!」



「何のつもり……ですって?


 ろくに抵抗もできない彼に、


 よってたかって暴行して……


 行いの是非を問われるべきは、


 あなたたちの方では無いのですか?」



「…………」



 兵士長も、自分が正義だとは思っていなかった。



 だが、これが仕事だ。



 職務を完遂することで、飯を食っている。



 その生き方を、変えるつもりも無かった。



「この男には、


 凶悪犯としての疑いが


 かけられている!


 奴隷ごときに、


 文句をつけられる筋合いは無い!」



「……そうですか。


 あなた方が、


 暴力しか能を持たないというのであれば……」



 ミツキは『収納』スキルで大剣を出現させた。



 巨大な剣を、ミツキは片手で受け止めた。



「此の方も、


 暴力を以って答えさせて頂きます」



 ミツキは剣を、空振りしてみせた。



 空を斬る音は、猛獣の唸りのようだった。



「うっ……」



 兵士の一人が呻いた。



 凡人に振れる剣では無い。



 その巨大な剣は、兵士たちを萎縮させた。



「王国に逆らうつもりか……!?」



 威圧された兵士長は、権威を武器に使った。



 大した才を持たない彼にとって、それは最大の武器だった。



「はい。もちろん」



 ミツキは権威には、関心が無かった。



「奴隷が……!」



 兵士長は、罵りとして、ミツキを奴隷と呼んだ。



 だがミツキには、心を揺さぶられた様子は無かった。



「己の牙を持たぬが故に、


 弱者の宿命に甘んじていた。


 ただ、それだけのこと。


 我が主を


 害すると言うのであれば……


 主から賜った牙、


 存分に振るわせて頂きましょう」



 ミツキは前に出た。



「ぐあっ!?」



 剣の腹が、兵士を叩いた。



 刃を使わないのは、命を奪わないためだった。



 大勢居た兵士たちが、次々に宙へと舞った。



 そして、鈍い音と共に、地面へと墜落した。



 兵士たちは、それきり動かなくなった。



 生きてはいる。



 だが、立てなかった。



 彼らの力では、ミツキを制圧出来ない。



 それが明らかになっていた。



 戦力差を悟った兵士長は、ボワイヤに道を譲った。



「ボワイヤ様!


 お願いします!」



「任せろ!」



 ボワイヤは、颯爽とミツキの前に立った。



「奴隷、


 この俺がぶほあっ!?」



 ミツキの拳が、ボワイヤの顔面を張った。



 ボワイヤは空中で回転し、頭から地面に落ちた。



「ボワイヤ様っ!?」



 兵士長が、ボワイヤの名を叫んだ。



「…………」



 ボワイヤは返事をしなかった。



 気絶したらしい。



「…………」



 ミツキの視線が、兵士長へと向かった。



「ぬうっ……!?」



 兵士長は思わず後ずさった。



 その時……。



「てこずっているようだな」



 黒髪の男が、兵士長の隣に立った。



 男は高い貴族向けの服を、ゴロツキのようにラフに着崩していた。



 髪はボサボサで、無精髭が生えていた。



 身分の読めない男だった。



 その腰には、細身の長剣が有った。



「シュウさん!」



 兵士長が、男の名を呼んだ。



「手を貸そう」



「そんな……」



 フルーレの目が見開かれた。



 そのシュウと呼ばれた男は、彼女が知っている人物だった。



「…………新手?」



 ただならぬ気配を感じ、ミツキは問うた。



「どちらさまでしょうか?」



「俺の名は、シュウ。


 ……ただのシュウだ」



「ご立派な名乗りを、


 どうもありがとうございます。


 ……恥ずかしく無いのですか?」



 この狼藉が。



「微塵も」



 シュウはそう言い切った。



「随分と、


 面の皮が厚いご様子で」



「言い合いが望みか?」



「言い負かせば、


 帰っていただけるのなら」



「手早く済まそう」



「仕方が無いですね」



 ミツキは剣先を、シュウに向けた。



 シュウは腰を低くし、剣を鞘に収めたまま、構えた。



(居合……?)



 その武芸の型は、ミツキの知識の中にも有った。



 だが……。



(確か居合は、


 実戦で用いるような武芸では


 無いはず……)



 ミツキの知識では、そのようになっていた。



 何かのハッタリなのか。



 だが男は、大まじめな顔で言った。



「来い」



「っ……!」



 シュウの全身から、戦意が放たれた。



 ぶるり。



 ミツキはシュウのプレッシャーに震えた。



(見せかけの武芸では無い……?)



 鋭い威圧が、ミツキの闘志を鈍らせた。



 最初の一手をどうするべきか、分からなくなってしまった。



「どうした? 来ないのか?」



「言われずとも……!」



 戦いを避けることは出来ない。



 全員を打ちのめし、手枷の鍵を手に入れる必要が有る。



 ミツキには、前に出るという選択肢しか無かった。



「駄目だ!


 間合いに近付くな!」



 フルーレが、警告を飛ばした。



 今のミツキには、聞けないものだった。



「……行きます!」



 ミツキは鋭く前へと詰めた。



 そして、上段から斬りかかった。



 雑兵を相手にするのとは違う。



 刃を叩き込むつもりだった。



 刹那。



 シュウの手元が煌いた。



「え……?」



 シュウが消えた。



 ミツキの視界から。



 いつの間にか、シュウはミツキの後ろに居た。



 じわり。



 ミツキの脇腹が、赤く染まった。



「斬ら……れ……?」



 いつの間に斬られたのかも分からず、ミツキは倒れていった。



 ミツキの体が地面に転がり、土埃にまみれた。



「メイルブーケ流剣術……。


 魔導抜刀術、


 紅蓮。


 ……お目汚し、失礼」




______________________________




シュウ=メイルブーケ



クラス 暗黒騎士 レベル82



スキル 高速歩法 レベル3


 効果 高速で歩行する



サブスキル 集中 レベル3


 効果 集中力を短時間上昇させる



ブラッドラインスキル ???



______________________________





 少し、間が有った。



「あ…………」



 兵士長の喉から、かすれた声が漏れた。



 じわりと染みるように、兵士長は、自分たちの勝利を認識した。



 彼は口を開き、兵士たちに命令を飛ばした。



「確保だ! 確保しろ!」



「はっ!」



 兵士たちが、倒れたミツキへと群がった。



「…………」



 ミツキの腕に、手枷が嵌められた。



 ヨークに嵌められたのと、同じ物だ。



 彼女の敗北だった。



「ミツキ……!


 てめぇら……! よくも……!」



 ヨークは兵士たちに敵意を向けたが、手枷をはめられた状態では、何もできなかった。



「……手当てしてやれ。


 このままだと死ぬぞ」



 ミツキの傷を見て、シュウが兵士長にそう言った。



「アッハイ。


 誰か、この奴隷に


 治癒術をかけてやれ」



 命令を受け、兵士がミツキを治療した。



「平気か? ボワイヤ」



 シュウはボワイヤに声をかけた。



「あ、ああ……」



 ミツキにのされていたボワイヤが立ち上がった。



 さすがに苦い顔をしていた。



 一方、フルーレは悲痛な顔を、シュウへと向けた。



「どうして……。


 どうしてなのですか……?


 叔父様……!」



「…………」



 一拍の間を置いて、シュウはフルーレに答えた。



「今の俺は、


 マレル公爵家に仕える身。


 それだけの話だ」



「……見損ないました」



「好きにしろ。


 だが、お前たちにも


 同行してもらうぞ」



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