2の6の1「ボワイヤと物言い」



「待て! その勝負は無効だ!」



 男の声が、ヨークの勝利に水をさした。



 そう発言したのは、パーティでエルに言い寄った男、ボワイヤ=ジャーニだった。



「は?」



 予想外の物言いを受け、ヨークはボワイヤを睨みつけた。



 完全に、自分が勝った。



 そのはずだ。



 ボワイヤは何を言いたいのか。



 ヨークには理解出来なかった。



 ボワイヤはユーリを助け起こすと、ヨークに向き直った。



 ヨークは、ボワイヤを睨んだまま言った。



「何なんだよ。お前は」



 また下らない何かが、始まるのか。



 ヨークはうんざりしていた。



 ヨークがボワイヤを睨んでいると、彼は口を開いた。



「メイルブーケの魔剣と言えば、


 並ぶ物が無いとうたわれる名刀。


 一方で、


 ユーリ君が使っていたのは、


 一般的な、普通の長剣。


 ここまで武器の性能に差が有れば、


 これは対等な決闘とは言えない。


 対等な条件で、


 決闘をやり直すべきだ」



 ボワイヤの言い分を聞いて、ヨークは眉をひそめた。



(対等だと?


 小細工を使いやがったのは、


 そっちだろうがよ)



 そう思ったヨークは、ボワイヤに反論することにした。



「俺は別に、


 この魔剣を


 隠し持ってたわけじゃねえ。


 俺がこの剣を使うってことは、


 勝負が始まる前に


 分かってただろうが。


 それを決着がついてから、


 ウダウダ言いやがって……」



 さらに何かを言おうとしたヨークを、ボワイヤが遮った。



「ユーリ君には、


 貴族としての矜持が有った。


 たとえ不利だと分かっていても、


 相手の武器にケチをつけるなど、


 どうしても出来なかった。


 だから泣く泣く、


 不平等な条件を受け入れたんだ。


 このような理不尽を、


 黙って見過ごすわけにはいかない」



 クソみたいな言い草だ。



 ヨークには、そんな感想しか抱けなかった。



 貴族の矜持?



 ユーリは手下を使って、決闘の妨害をしてきた。



 そんな奴に、まともなプライドなど有るわけが無い。



 少なくとも、ヨークにはそうとしか思えなかった。



 その事を指摘しても、しらばっくれるだけなのだろう。



 そうで無ければ、こんなバレバレの妨害はしてこない。



 そう思うと、反論する気持ちも失せた。



「そうかよ。


 それで?


 俺ともう1回やりたいのかよ」



 ヨークはユーリを嘲笑った。



 再戦上等だ。



 魔剣など無くとも、魔術師の杖が一本あれば、ユーリを倒してみせる。



 妨害さえ無ければ、素手でも負ける気はしない。



 何度でも地を這わせてやろう。



 ヨークはそう考えていた。



「っ……」



 ヨークの敵意を受けて、ユーリは明らかに萎縮していた。



 とてもヨークに勝とうという意気込みは、感じられなかった。



 どうするつもりなのか。



 どうやって叩きのめせば、こいつらは満足してくださるのか。



 ヨークが反応をうかがっていると、ボワイヤが言った。



「彼は、


 先ほどの不平等な決闘で、


 負傷している。


 この俺が、


 義によって助太刀しよう」



(義て)



 さきほどの決闘では、ユーリは指輪の力で守られていた。



 とても負傷などは見られない。



 それに、ユーリは汚い手を使ってきた。



 そんな奴に加勢することの、どこに義が有るのか。



 ヨークは突っ込んでやりたい気分だったが、時間の無駄だとも思った。



 目の前の男を倒して、終わり。



 それが分かりやすいと思った。



「武器はどうするんだよ?」



 ヨークは尋ねた。



「魔剣は無しだ。


 それ以外なら、


 好きにすれば良い」



(『戦力評価』)



 ヨークは心中で、スキル名を唱えた。




______________________________




ボワイヤ=ジャーニ



クラス ニンジャ レベル79



スキル 突撃 レベル2



SP 206



______________________________





 ボワイヤのクラスとスキルが、ヨークの意識下に表示された。



(へぇ……)



 ヨークは内心で、少しだけボワイヤを見直した。



(ハイレベルだな。


 上級冒険者と言うだけはある。


 さすがに、魔術無しだとキツイか)



「じゃあ、魔術の杖をくれ」



 ヨークがそう言うと、ボワイヤは疑問を口にした。



「杖? お前は暗黒騎士なんだろう?」



「魔術師だが」



「何の冗談だ?


 まあ良い。好きにするが良い」



「有るか? 杖」



 ヨークはエルにそう聞いた。



「すぐに用意いたします」



「悪いな」



 ……少し、待った。



 エルが邸宅の中から、杖と指輪を持って来た。



 ヨークは杖を受け取った。



 ヨークとボワイヤが、決闘の指輪を身につけた。



「始めて良いか?」



 ヨークがそう聞いた。



「ああ」



 ボワイヤはそう答え、左手を上げた。



 2人は、新たに用意された指輪を突き合わせた。



 その時、ヨークの体に重圧がかかった。



 先程と同じ、スキルによる妨害だった。



(またかよ)



 一度ダメだったのに、どうして同じことを続けるのか。



 ヨークは3つ子の顔を見た。



 その表情に、先程までの余裕は無かった。



 予想外の敗北に、頭が回っていないのだろう。



 ヨークはそう判断した。



 妨害のことなど知らず、ボワイヤは抜刀した。



 彼は自前の長剣を構え、剣先をヨークへと向けた。



「行くぞ。


 完膚無きまでに


 叩きのめしてやろう」



「来いよ」



 ヨークは挑発的な笑みを浮かべた。



「後で言い訳して


 泣くんじゃねえぞ」



「泣くのは貴様の方だ。


 場違いな道化が」



 ボワイヤは地面を蹴った。


 そして……。



「『突撃』!」



 スキルの力で加速し、ヨークへと迫ろうとした。



 速いなと、ヨークは思った。



 それ以外のものは、何も感じなかった。



「穿空」



 ヨークは呪文を唱えた。



 風の攻撃呪文だった。



 一瞬で、竜巻が発生した。



 ヨークを中心として生まれたそれは、ヨークを外敵から守る壁となった。



 竜巻は、決闘用の障壁を砕き、天高くへと伸びた。



「な……!」



 ボワイヤの目に、風の驚異が映った。



 スキルで加速していたボワイヤは、止まれなかった。



 竜巻に、正面から突っ込んでいった。



 竜巻を突き破るほどの力は、ボワイヤには無かった。



「馬鹿なああああああああああああぁぁぁっ!」



 ボワイヤの体が、竜巻によって巻き上げられた。



 やがて竜巻が消えると、ボワイヤは落下してきた。




「ふっ」



 ヨークは息を吐いた。



 そして、ボワイヤの落下地点へと跳んだ。



「おらあっ!」



 ヨークの飛び蹴りが、墜落直前のボワイヤを蹴り飛ばした。



「ふげえっ!?」



 ボワイヤは地面をごろごろと転がっていった。



「……………………」



 やがてボワイヤは停止し、ぴくりとも動かなくなった。



 指輪の石はとっくに砕け、意識が無い様子だった。



(ちょっとやりすぎたか……?


 まあ、良いか)



 戦いが終わると、ヨークは周囲の人々を見た。



 勝利への賛辞は無かった。



 ヨークは口を開いた。



「ちょっとは憂さ晴らしになったぜ。


 ありがとよ。


 今度こそ、


 俺の勝ちで良いんだよな?」



「そうだね」



 マルクロー王子が口を開いた。



「君の勝ちだ」



「どうも」



 ヨークはマルクローに、ぺこりと頭を下げた。



 そして借りていた杖を、エルへと返却した。



「んじゃ、帰るわ」



 ヨークはフルーレにそう言った。



「……ああ。


 たくさん迷惑をかけた。


 すまなかった」



「良いさ。


 最後はスッキリしたしな」



「この剣を受け取って欲しい」



 フルーレはそう言って、ヨークにさきほどの魔剣を差し出した。



「良いのか?


 高いんだろ?」



「命を救われ、


 家の名誉も救ってもらった。


 返しきれない恩だ。


 剣くらい、


 受け取ってもらえないと困る」



「そうか。


 それじゃ、ありがたく貰っとくわ」



 ヨークは魔剣を受け取った。



 そして、庭の正門の方へ向かった。



 去っていくヨークに、フルーレは声をかけた。



「また……会いに行って良いか?」



 ヨークは背中を見せたまま答えた。



「良いけど、


 パーティには行かねえぞ。


 迷宮なら良い。


 あそこなら……皆が平等だ」



「分かった。


 また、迷宮で」



「ああ」



 ヨークはメイルブーケ邸を去った。



 通りを歩き、宿へと向かった。



 少し距離が有るが、別に構わなかった。



 歩きながら、決闘のことを思い返した。



(負けてたな……。


 1回目の戦い……。


 フルーレがくれた武器が


 魔剣じゃ無かったら……負けてた。


 ……情けねぇな。


 俺なら勝てるみたいなこと言って、


 武器が弱かったら負けてたんだ。


 驕ってた。


 俺はバジルを倒した奴に勝った。


 圧勝だった。


 そんなので……


 世界一強くなったようなつもりになってたんだ。


 ……甘かった。


 もっと……強くならないとな)



 ヨークは宿に帰還した。



 階段を上り、自室の扉を開いた。



「ただいま~」



「おかえりなさい。ヨーク」



 部屋に入ると、ミツキがベッドに腰かけているのが見えた。



「もう飯食った?」



「いいえ。まだですけど?」



「丁度良い、


 何か食いに行こうぜ」



「……お腹が空いているのですね」



 パーティに行ったのに。



「うん」



「あの女……」



 ミツキの瞳孔が、キュッと締まった。



「ミツキ?」



「いえ。行きましょう。ヨーク」



「ああ」



 2人は宿を出た。



 通りを歩いて、食堂に行った。



 奴隷連れでも、嫌な顔をされない店。



 そんな店を、見つけてあった。



 2人は楽しく食事をして、笑いあって、帰った。



 そして、翌朝……。



「それじゃ、迷宮に行くか」



「はい」



 2人はいつものように、宿屋を出た。



「ん……?」



 宿屋の前で、ヨークは立ち止まった。



 それを見て、ミツキも足を止めた。



「ヨーク」



 宿屋の外に、フルーレとエルの姿が有った。



 その後ろには、羽が生えた猫の姿も有る。



 さきほどヨークの名を呼んだのは、フルーレのようだった。



「おはようございます。ヨーク様」



 フルーレの隣で、エルが頭を下げた。



「おお。おはよう」



 ヨークはエルに挨拶を返した。



「…………」



 ミツキはフルーレを、ゴミを見るような目で見た。



「何の御用でしょうか?」



「っ……!」



 ミツキの視線に震えたのは、フルーレではなく、隣に立つエルだった。



「みゃああぁぁぁ……」



 羽猫も、怯えた様子を見せた。



 フルーレはいつもの調子で言った。



「ヨークを誘いに来た」



 ヨークもいつもの調子で尋ねた。



「誘い?」



「もうすぐお父様が、


 迷宮の遠征から帰ってくるんだ。


 その次の遠征には、


 私も参加することになるだろう。


 ヨークも……


 一緒に来てはもらえないだろうか?」



「その遠征に参加したとして、


 ヨークに何かメリットは有るのですか?」



 ミツキは冷ややかにそう尋ねた。



「……無いかもしれない。


 ただ、一緒に行きたいんだ」



「行っても良いぞ」



「ヨーク?」



 申し出を受けたヨークに、ミツキは否定的な視線を向けた。



 ヨークは言葉を続けた。



「下らなかったり、


 変な目で見る奴が居たら帰る。


 それで良いな?」



「……仕方の無いことだ。


 遠征の参加者には、


 平民も多い。


 パーティの時みたいには


 ならないと思う」



「パーティの時?」



「別に」



 先日のことを咎めようとしたミツキの言葉を、ヨークは断ち切った。



 もう、ヨークの中では済んだことになっている。



 これ以上、揉めて欲しくは無かった。



「それじゃ、


 日程が決まったら教えてくれ」



「ああ」



「ところでその猫、おまえのか?」



 フルーレたちの後ろの猫を見て、ヨークが尋ねた。



 羽猫は、王都でも珍しい。



 ヨークはその猫に、興味が有るようだった。



 ヨークの疑問に、フルーレが答えた。



「エルの猫だ。


 あんなことが有ったばかりだからな」



 フルーレが言ったのは、パーティの事件では無く、迷宮での襲撃事件のことだ。



「なるべく街を歩かないようにしている」



「なるほど。可愛いな」



「みゃあ」



 ヨークに可愛いと言われ、猫は照れたような様子を見せた。



「……ありがとうございます」



 飼い主のエルが、ヨークに礼を言った。



 そのとき……。



(ん……?)



 兵士の一団が、ヨークたちの方へ駆けて来るのが見えた。



 先頭の兵士が、ヨークの前で足を止めた。



 残りの兵士たちも、その少し後ろで止まった。



「…………?」



 何だろうか。



 ヨークは僅かに首を傾げた。



 先頭の兵士が口を開いた。



 彼は一団のリーダーのようだった。



 おそらくは、一般兵よりも上の立場の、兵士長なのだろう。



「ヨーク=ブラッドロードだな?」



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