2の5「決闘と魔剣」




 ヨークは小箱から指輪を取った。



 そして、左手の指にはめた。



 ユーリも、残った方の指輪を取った。



 そして同じく、左手の指にはめた。



 空になった箱を、ユーリは取り巻きに放り投げた。



「…………」



 取り巻きは、無言で箱を受け取り、自分のポケットにしまった。



「武器をくれ」



 丸腰だったヨークが、周囲にそう言った。



 ヨークの言葉に、フルーレが答えた。



「今届く」



「ん……?」



 エルが、細長い布包みを持ってやって来た。



 エルはその包みを、ヨークに差し出した。



「どうぞ」



「これは……」



 ヨークは受け取った包みの、布を解いた。



 包みの中身は、長剣だった。



 ヨークは試しに抜刀してみた。



 すると、片刃の赤い刀身が見えた。



 鈍い赤では無い。



 鮮やかに輝いていた。



「片刃か。


 それに、赤い……?」



 こんな赤い剣など、ヨークは初めて見た。



 物珍しそうにするヨークに対し、フルーレが言った。



「それは魔剣だ」



「魔剣?」



「今日のパーティで、


 あなたに贈るつもりだった。


 あなたに……喜んで欲しかった」



 フルーレは、悔やむように言った。



 パーティは散々だった。



 だが、フルーレに悪意が無かったということは、ヨークにもわかった。



「…………。


 ありがとよ」



 ヨークは礼をすると、ユーリに向き直った。



 そして、これから戦うべき相手を、しっかりと見た。



 たいした相手では無い。



 ヨークにはそれが分かった。



(杖が欲しかったが、


 あいつ程度ならこれで十分か)



「預かっててくれ」



 ヨークはユーリを視界に収めたまま、エルに鞘を投げた。



「アッハイ」



 エルは鞘を受け取ると、ぎゅっと胸に抱きしめた。



 ヨークはユーリに声をかけた。



「始めようか」



「良いだろう。


 ……お互いの指輪の石を、


 突きあわせる。


 それが、決闘開始の合図だ」



「分かった」



 2人は歩み寄った。



 手と手が届く距離で、ヨークは左手を上げた。



 指輪をはめた方の手だ。



 彼は拳を作り、ユーリへと伸ばした。 



 ユーリも同様にした。



 指輪の石と石がぶつかった。



 すると、指輪が光った。



 2人の体を、指輪の守りが覆った。



 さらに、2人の周囲に、半透明の障壁が展開された。



 観衆を守るための物だ。



 その色は赤い。



 戦いの色だった。



 ヨークは剣を構えた。



「それじゃ、行く……」



 ヨークが仕掛けようと思った矢先……。



「ぐ……!?」



 彼は突然に、体が重くなるのを感じた。



「なん……」



 何事かと問いかけようとした瞬間、ユーリが口を開いた。



「『沈黙』」



 それはユーリのスキル名だった。



 スキルが発動した瞬間、ヨークは声が出なくなってしまった。



「…………!」



(声が出ない……!


 いや……それよりも……


 体が重い……!


 何をされた……!?)



 ヨークは決闘前に、ユーリのスキルを確認していた。



 この重さが、ユーリの仕業で無いことは明らかだった。



 ならば原因は……?



 そう思い、ヨークは周囲を見た。



 ヨークの視線が、ユーリの取り巻きたちの方へと向いた。



「…………」



「…………!」



 ヨークは気づいた。



 ユーリの取り巻きが、薄ら笑いを浮かべていた。



(『戦力評価』……!)



 ヨークは取り巻きたちのスキルを見た。



______________________________




ゼンス=ツァルドアイ



クラス ニンジャ レベル28



スキル 重力の邪眼 レベル1


 効果 対象に重力を付与する


  条件 対象の目視



______________________________



______________________________




コーウェン=ツァルドアイ



クラス 暗黒騎士 レベル28



スキル 重力の邪眼 レベル1


 効果 対象に重力を付与する


  条件 対象の目視



______________________________



______________________________




キャル=ツァルドアイ



クラス 聖騎士 レベル28



スキル 重力の邪眼 レベル1


 効果 対象に重力を付与する


  条件 対象の目視



______________________________





 ユーリの取り巻きの3人が、同じスキルを持っていた。



 同じ顔をしている。



 3つ子らしい。



 3人ともが、スキルによる妨害を仕掛けているようだった。



(4対1だと!?


 ふざけやがって!)



 ヨークの心が怒りに満ちた。



 だが彼の言葉は、スキルによって封じられている。



 怒りを口に出すことはできなかった。



「顔色が悪いな。


 怖気づいたか?」



 事情を知っているはずのユーリが、煽るような言葉を口にした。



「ならば、こちらから行かせてもらおう」



 動かないヨークに対し、ユーリは距離を詰めた。



 ヨークの隙を探し、斬りかかってくる。



 ヨークは重い体をなんとか動かし、ユーリの攻撃を防いだ。



 とても反撃の余裕は無かった。



 防戦一方だった。



「ほらほらどうした?


 反撃しないのか?」



「…………!」



 ヨークは苛ついたが、スキルのせいで声は出ない。



 それに、ただ言い返しても、負け惜しみになってしまう。



 ひたすらに耐えるしか無かった。



「何ですの……?


 口の割には全然では無いですか……」



 良いところの無いヨークを見て、デレーナが戸惑いを見せた。



 ヨークは腕に自信が有る様子だった。



 それがこのザマとは。



 戸惑っているのは、デレーナだけではなかった。



 フルーレもまた、驚きを隠せない様子だった。



「そんな馬鹿な……!


 ヨークがあの程度の相手に、


 後れを取るわけが……」



「欲目なのではありませんの?


 あの程度の戦士に、


 メイルブーケの魔剣を託すなど、


 いったい何を考えて……」



「欲目などではありません!


 ヨークは……


 世界一の魔術師です!」



「え……?」



(魔術師……?)



 防御しか出来ないヨークの腕を、ユーリの剣が打った。



 指輪の結界が、ヨークのダメージを肩代わりした。



 その代償として、指輪の石にヒビが入った。



 あと少し攻撃を受ければ、石は砕けてしまうだろう。



 それはヨークの敗北を意味していた。



「限界が近いな! 山猿!」



 ユーリが、勝ちを確信したかのように言った。



(クソ……!


 このままじゃ勝てねえ……!)



「ヨーク=ブラッドロード!」



 焦るヨークの名を、デレーナが呼んだ。



(何だよ……!)



 ヨークは苛立ちながらも、意識の一部を、デレーナの方へと向けた。



 するとデレーナが言った。



「どうして魔術を使いませんの!?」



 それを聞いて、ヨークの苛立ちが増した。



(何でって……杖がねえんだよ!


 見たら分かるだろうが!)



 ヨークはデレーナを睨んだ。



「…………」



 デレーナは、困惑したような顔を、ヨークへと向けていた。



(…………。


 何だその顔は……?


 その……俺が……


 魔術を使えて当たり前って顔は……)



 そのとき……。



 ヨークは故郷での出来事を思い出した。



 神殿で、ヨークはアネスと話をしていた。



 クラスの加護に関する話だった。



「魔術師だけじゃなくて、


 暗黒騎士も


 攻撃呪文を使えるんだよな?」



 ヨークはアネスにそう質問した。



「そうだよ。


 暗黒騎士になる人は、


 滅多に居ないけどね」



「どうして?」



「まず、暗黒騎士や聖騎士は、


 戦士よりも


 接近戦の能力が低いの。


 上手く呪文を使えないと、


 器用貧乏になっちゃうんだね。


 ただ、それだけなら、


 大きなデメリットとまでは


 言えないと思う。


 戦い方次第では、


 暗黒騎士だって


 戦士には負けないはずだから」



「それじゃあ何が問題なんだ?」



「暗黒騎士になるにはね、


 とってもお金がかかるの」



「金?


 杖が高いって話だろ?


 だったら金がかかるのはさ、


 魔術師だって同じじゃねーの?」



「ううん。


 暗黒騎士は、


 魔術師よりも、


 もっとお金がかかるの。


 暗黒騎士が、


 100%の力を発揮するには、


 特別な剣が必要だと言われているの」



「特別って?」



「戦いの中で、


 剣と杖を持ち替えていたら、


 大きな隙になってしまう。


 だから、暗黒騎士に必要なのは、


 魔術を放てる剣。


 剣にして杖。杖にして剣。


 そんな特別な剣が必要なんだよ」



「その剣がそんなに高いのか」



「もちろん。


 暗黒騎士が持つ剣は、


 刀身全てが


 魔石で出来ていると言われているの。


 そんな剣を作るには、


 とても大きな魔石が必要になる。


 けど、普通に魔獣を倒しても、


 そんな大きい石は手に入らないよね?


 魔剣を創るには、


 普通じゃありえない、


 特別な方法が必要なんだって。


 そんな特別な暗黒騎士の剣は、


 剣としても、魔術の杖としても、


 最高峰と言われてるんだよ。


 ……あと、もう一つ覚えておいて。


 実は、魔術師は……」




 ……。

 



 まるで走馬灯のように。



 ヨークの中を、過去の出来事が、一瞬で流れていった。



 危機で高まった集中力がなせる技だった。



「…………!」



(思い……出した!)



 ヨークは魔剣を見た。



 その刀身は赤い。



 魔の輝きを放っているかのようだった。



(これが……この剣が……


 暗黒騎士の剣……!


 最強の剣、そして、最強の杖。


 …………。


 悪いなフルーレ。


 それにデレーナ。


 こんな良い物を貰っといて、ふがいない所を見せた。


 ……氷城)



 ヨークは魔剣に魔力を集めた。



 そして、心の中で呪文を唱えた。



 ヨークとユーリを囲む形で、分厚い氷の壁が展開された。



「…………!」



「…………!」



「…………!」



 3兄弟の表情が歪んだ。



 3人の視線を、氷の魔術が断っていた。



 氷の城の中で、ヨークはユーリと2人きりになった。



(体が軽い……)



 ヨークは、邪眼の効果が無くなったのを実感した。



 ユーリの剣が、ヨークに迫っていた。



 その攻めを、ヨークは強く弾いた。



「な……!?」



 今までのヨークの剣とは、速さも重さも段違いだった。



 予想外の鋭さに、ユーリの体勢が崩れた。



 その隙を、ヨークは追わなかった。



 もう、いつでも倒せる。



「体が軽くなった」



 ヨークは言った。



「ん……?」



 ヨークは喉を押さえた。



「声が出るようになったな。


 『沈黙』は外の連中じゃなくて、


 お前のスキルだろ?」



「…………」



 ユーリがスキルを解こうと思ったわけでは無い。



 スキルは、精神的動揺で解けることが有る。



 ユーリが動揺したことで、『沈黙』のスキルは、効果を失ったらしかった。



 ヨークの『敵強化』は、そんな甘いスキルでは無い。



 かつて、自分のスキルで苦労したヨークは、ユーリを少し羨ましく思った。



「まさか、この程度で動揺してんのか?」



 鬱憤が溜まっていたヨークは、暴力的に笑った。



「対等になっただけだぜ? なあ。


 いや。ダメージを受けてる分、


 こっちが不利だ


 ……なあ、一対一の喧嘩をしようぜっ!」



 ヨークはユーリに斬りかかった。



「あっ……!」



 ヨークは初撃で、ユーリの守りを崩した。



 妨害さえ無ければ、ユーリは明らかに格下だった。



 レベルでも、剣の腕でも、ヨークが上回っていた。



「うわああああああああああぁぁぁっ!」



 ユーリは叫んだ。



 ヨークの2撃目が、ユーリに直撃した。



 ユーリは吹き飛ばされた。



 背が地面についた。



 同時に、指輪の石が砕け散った。



 ヨークたちを囲む結界が、割れた。



 勝利を認識したヨークは、氷の壁を消滅させた。



 ヨークとユーリの姿が、観衆たちに晒された。



「ヨーク!」



 フルーレはヨークに駆け寄った。



 ユーリの石は砕け、ヨークの石は健在だ。



 戦いの経過を見なくても、勝者は明らかだった。



「この喧嘩、俺の勝ちだ」



 ヨークは勝ち誇ってみせた。



「ああ。ヨークは凄いやつだ」



「……っと」



 ヨークはデレーナを見た。



 魔剣の話を思い出せたのは、デレーナのおかげだと思っていた。



「ありがとよ」



 ヨークは礼を言ったが、デレーナには、その意味はわからない様子だった。



「……?


 何がですの?」



「…………。


 別に」



 デレーナの疑問に、ヨークは答えなかった。




  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る