2の4「挑発と王子」




「決闘? 本気で言っていますの?」



 デレーナが、ユーリに問うた。



「本気だ」



 ユーリはそう返すと、さらに言葉を続け、デレーナたちを挑発した。



「負けるのが怖いのか?


 メイルブーケ」



「怖いもなにも……。


 わざわざそちらの思惑に、


 乗ってさしあげる理由は


 ありませんわ」



「良いのか?」



「何が言いたいんですの?」



「その写真だが……それが全てだと思うか?」



「えっ?」



 ユーリの言葉に、フルーレが戸惑いの声を上げた。



「今お前が持っているのは、


 入手した写真の中でも、


 比較的穏当な物だ。


 私たちの手元には、


 もっと過激で、


 目も覆うような写真も有る。


 決着を長引かせて、


 うっかり写真が流出するようなことが、


 無ければ良いが……」



 ユーリが口にしたのは、気品からはかけ離れた、下衆な脅しだった。



「どうせ……偽の写真ですわ」



「真偽がどうであろうと、


 写真が出回れば、


 フルーレの名誉は地に落ちる」



「っ……」



 フルーレは青ざめた。



 妹を一瞬だけ見て、デレーナはユーリを睨んだ。



「…………。


 そのようなことをして……


 ただで済むと思っているんですの?」



 写真をばらまけば、明確な迷宮伯家への敵対行為になる。



 そのうえ、ユーリは写真の出所を、明らかにしまっている。



 この場に居るのは、フルーレたちだけでは無い。



 事件に関わりの無い招待客が、遠巻きに騒動を見ていた。



 写真が出回れば、王都中の貴族に、ユーリの仕業だと知れる。



 公爵の子に、そのような下賤な行為が許されるわけが無い。



 迷宮伯家だけでなく、マレル公爵家の名誉までもが傷つくことになるだろう。



 この場の誰も得をしない。



 共倒れの蛮行だった。



「私は本気だ。


 愛する者のためであれば、


 この身が削られようと構わない」



「外道!


 見損ないましたわ!


 まさかここまで下劣な方だったなんて……!」



 デレーナの非難を受けても、ユーリには罪悪感を抱いた様子は無かった。



「人聞きが悪いな。


 下劣なのは、


 不貞を犯したフルーレの方だろう?」



「まだ言いますの……!?」



「決闘だ。


 それ以外の解決は無い」



「そんなこと……不可能ですわ」



「何故だ?」



「妹は加護を授かったばかり。


 とても決闘が出来るようなレベルでは


 有りませんの」



「何を惚けている。


 決闘には、


 代理人が認められている。


 メイルブーケの家中から、


 戦士を選べば良い。


 ただし……。


 決闘は、


 今夜行わさせてもらう」



「っ……!」



 デレーナの表情が、非難の色を強めた。



「お父様たちが居ないのを


 分かって……!」



「ほう。


 お父上は不在なのか。


 それは知らなかった」



 ユーリはわざとらしく言った。



 デレーナの父であるブゴウ=メイルブーケは、迷宮に居る。



 成人を済ませた若者たちを、迷宮でレベルアップさせる。



 迷宮伯家の恒例行事だった。



 それは国防の根幹を成す、重大な行事だ。



 国家の要請であり、公爵家の人間が知らないはずが無い。



「白々しいですわよ」



「あまり言いがかりをつけるのは、


 止めてもらえるか?


 フルーレは戦えない?


 それがどうした?


 お前が戦えば良いだろう。


 デレーナ=メイルブーケ」



 ユーリにそう言われると、デレーナはなぜか黙った。



「…………」



 ユーリは沈黙したデレーナを、さらに煽り立てた。



「どうした?


 私に負けるのが怖いか?」



「勝手なことを言うな!」



 フルーレが怒りを見せた。



「お姉様は強い!


 お前たちなんかに負けない!」



「ほう?


 妹はこう言っているが?


 デレーナ」



「…………。


 私は……」



 デレーナは、顔を歪めて言った。



「戦うなんて……出来ませんわ……」



「お姉様……!?」



「ではどうする?」



「誰か……代理の者を……」



 急に弱気になったデレーナは、反論することも出来なくなってしまった。



 ただうろうろと、視線をさまよわせた。



「僕が立候補しても良いかな?」



 若い男の声がした。



 デレーナは、声の方へ視線を向けた。



「王子……?」



 そこに、煌びやかな貴人の姿が有った。



 彼は涼やかな青髪青目で、白の礼服を身に着けていた。 



 礼服には、手間のかかった金の装飾が施されていた。



 衣装を一目見ただけで、只者でないということは分かった。



 よほど身分の高い者か、さもなければ成金かだ。



「マルクロー王子……?」



「どうして王子が……」



 ざわめきが起きた。



 決闘の代理を、王族が買って出るなど、珍しいことだった。



「誰だ?」



 また新しいのが出てきた。



 ヨークはそう思って尋ねた。



「えっ?」



 そんなことを言われたのは初めてらしく、マルクローは呆気にとられた。



「うん?」



 ヨークはマルクローの反応の意味が分からず、首を傾げた。



「凄いな……。


 本気で言ってるみたいだね」



「本気で知らん」



 ヨークの無礼に対し、貴人はおおらかな態度を見せた。



「はは。


 僕はマルクロー=スレイヴル。


 この国の第2王子だよ」



「そうか。


 俺はヨーク=ブラッドロードだ」



 王子と言われても、ヨークは動じなかった。



 町中で会えば、畏まっていたかもしれない。



 だが、不愉快なパーティの最中だ。



 貴族連中に、喧嘩を売られたようなものだと思っていた。



 見せかけの礼儀を、取り繕うつもりは無かった。



「よろしく。


 それで、話を戻しても良いかな?」



 マルクローは、そう言って、ユーリに視線を向けた。



「……ええと。


 先ほど、


 王子は何と仰いました?」



 ユーリは恭しく尋ねた。



 今まで好き勝手やってきていた。



 だが、流石に王家相手には、同じ態度は取れないらしい。



「僕がフルーレの代理人になる。


 そう言ったんだよ」



「どうして王子が……?」



 フルーレが、マルクローに疑問を発した。



「……実はね」



 マルクローは、恥ずかしそうに微笑んだ。



「僕はフルーレのことを、


 憎からず想っていたんだ」



「えっ……!?」



 フルーレは、驚きの声を漏らした。



 次にユーリが口を開いた。



「初耳ですが?」



「フルーレには、


 君という婚約者が居たからね。


 人の婚約者を


 強引に奪い去るほど、


 僕は高慢では無いつもりだ。


 だけどどうやら、


 君たちは不仲のようだね?


 それなら……。


 少しくらい体を張るのも


 良いかと思ってね」



「強いのか? 王子様」



 ヨークがマルクローに尋ねた。



「ほどほどにね。


 もし負けても、


 慰謝料は全額、


 王家が負担させてもらうよ」



(慰謝料? 何の話だ?)



 本の中でしか見たことが無い言葉に、ヨークは心中で疑問符を浮かべた。



「そんな恐れ多いことを


 していただくわけには……」



 フルーレは、マルクローの提案に対し、気が進まない様子を見せた。



「僕がやりたいんだ。


 頼むよ」



「ですが……」



 そこへヨークが口を挟んだ。



「……なあ」



「何だ?」



 フルーレがそう尋ねた。



 ヨークは言葉を続けた。



「代理人っていうの、俺じゃあ駄目か?」



「ヨーク?」



「聞いた感じ、


 代理人ってのは誰でも良いんだろ?


 なら、俺にやらせろよ」



 ヨークは鬱憤が溜まっていた。



 一暴れしたい気分になっていた。



 機会が有るのなら、逃すことは無い。



「……譲ってもらえないかな?


 彼女に良いところを見せたいんだ」



 マルクローがそう言ったが、ヨークは譲らなかった。



「この中で、俺が一番強い」



「大した自信だね」



「事実だ」



 ヨークがそう断言した時、フルーレは、姉をちらりと見た。



「…………」



 ヨークはそれに気付かず、マルクローと話を続けた。



「アンタでも、


 あんなモヤシには負けねーだろうが……。


 俺が行った方が確実だ」



「参ったな……」



 マルクローは、フルーレに話を振った。



「フルーレ。


 決闘を挑まれたのは君だ。


 君に、代理人を選ぶ権利が有る。


 出来れば、


 僕を選んでくれると嬉しいけどね」



「私は……」



 フルーレは申し訳無さそうにした。


 だが、迷わずに言った。



「ヨーク。頼む」



 フルーレは迷宮で、ヨークの手腕を見ている。



 それにこの方が、王家に借りを作らずに済む。



 二重の意味で、正しい選択だ。



 フルーレはそう思っていた。



「あいよ」



 ヨークは軽く返事をした。



「残念だな……」



「申し訳ありません。殿下。


 ですが、彼の強さは


 私がよく知っています。


 ヨークに託すのが確実だと、


 そう判断しました」



「そうか。仕方ないね。


 けど、もし彼が負けた時は、


 僕が君を援助させてもらうよ。


 良いね?」



「ありがとうございます。


 ですが……。


 ヨークは勝つ。そう思います」



「彼を信頼してるんだな……」



「ええ。はい」



 そのとき、ユーリが口を開いた。



「どうやら話は決まったらしいな。


 私の相手が山猿というのは、


 些か不満だが……。


 決闘の条件を


 まとめさせてもらっても良いかな?」



「分かった」



 フルーレがそう答えた。



 フルーレたちとユーリとの間で、話し合いが始まった。



 細かい条件決めをしているらしかった。



 そもそも決闘を受ける必要は有ったのか。



 ヨークは薄々そう思っていたが、口には出さなかった。



 せっかく暴れられるチャンスだ。



 その機会に、水を差すつもりは無かった。



 やがて、話し合いは終わった。



 一行は庭に移動した。



 広い庭だ。



 斬り合いくらいなら、十分に出来る。



 ユーリは立ち止まると、懐から小箱を取り出した。



 ユーリが小箱を開くと、その中には、1組の指輪が有った。



「指輪を」



 ユーリはヨークに小箱を向けた。



「指輪?」



 ヨークは動かなかった。



 その指輪が何なのかも分からない。



 ユーリはヨークに呆れ顔を向けた。



「……それも知らないのか。


 本当に山猿だな。


 おまえは」



 知らなくて何が悪い。


 そんな反抗心を抱きながら、ヨークは言葉を返した。



「良いから説明しろよ」



「これは


 決闘のために作られた指輪だ。


 指輪が作動すると、


 装着者の体に、


 身を守る結界が張られる。


 それと、観衆を守るための結界も。


 決闘者が、


 限界を超える攻撃を受けると、


 指輪は破壊される。


 指輪が壊れた方が負けだ」



「なるほど……。


 分かりやすくて良いな」



 ヨークは指輪に手を伸ばした。



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