2の2の2「フルーレと怒れる婚約者」



「ブラッドロード?


 商会の関係者ですの?」



「商会? 違うが……。


 メイルブーケというのは


 聞き覚えが有るな。


 ひょっとして、


 フルーレの姉貴か?」



「姉貴……? ええ。


 私のことは知らないのに、


 妹のことは御存知ですのね」



「ここにはフルーレに呼ばれて来た。


 聞いてないか?」



「聞いています。


 友人を1人招待したいと。


 ……殿方だとは


 聞いてませんでしたけど」



「そうか。フルーレはどこに?」



「お色直し中ですわ。


 珍しく着飾っているようでしたけど……


 そういうことでしたのね。


 あの子……婚約者が居ますのに……」



 そういったデレーナの表情は、何かを憂いているようだった。



「え?」



「いえ。


 美しい方。よろしければ、


 私と踊っていただけませんか?」



「踊りか……」



 ヨークはちらりと、広間の中央を見た。



 着飾った貴族たちが、男女1組になって踊っていた。



 彼らが踊るのは、ヨークには馴染みのない踊りだった。



「ああいう踊りは、


 俺は知らない」



「踊りを御存知ない……?」



「ああ。俺に踊れるやつは、


 1つだけだ」



「それはどういう踊りですの?」



「見たいか?」



「ええ。是非」



「それじゃ」



 ヨークはその場で踊り始めた。



 それは、小さな村に伝わる、素朴な踊りだった。



「…………………………………………」



 デレーナは呆然とした。



 この美しい男が、こんな垢抜けない踊りを踊るのか。



 いつの間にか、会場の視線が、ヨークへと集まっていた。



 ヨークはそのことにも気付かずに踊った。



 踊りが終わり、ヨークは動きを止めた。



「はははははっ!」



 笑いが起きた。



 一つの笑いは、さらなる笑いを誘った。



 ヨークは笑い声に包まれた。



 良い意味で無いということは、ヨークにも分かった。



「……笑うのか」



 ヨークは虚しい気持ちになり、パーティの参加者たちを見回した。



 その多くが、笑みを浮かべていた。



 ヨークが嫌いな種類の笑みだった。



 嘲笑がヨークを取り囲んでいた。



「人を囲みやがって」



(…………。


 ミツキを連れて来なくて良かった。


 ミツキはこうなるって


 分かってたんかな……)



「くくくっ」



 ひときわ悪意のこもった笑い声が聞こえた。



 ヨークは声の方を見た。



 エルに絡んだ男、ボワイヤが、ヨークに近付いてくるのが見えた。



 ボワイヤは嘲笑ったまま、ヨークに話しかけてきた。



「面白いものを見せてもらったぞ。


 意表を突かれた。


 招待客かと思えば、


 ピエロが紛れ込んでいたとはな」



「…………」



 こいつだけはぶん殴って帰ろうか。



 ヨークがそう考えたそのとき……。



「ヨーク……!」



 ヨークの名が呼ばれた。



 ヨークが声の方へ視線をやると、エルとフルーレの姿が見えた。



 フルーレは、以前とは見違えるように着飾っていた。



 その華やかさに反し、彼女の顔は青ざめていた。



「フルーレ」



 ヨークは彼女のきらびやかな衣装を、じっと見た。



 迷宮で出会った時とは、まるで違って見えた。



(俺たちとは……違うな。


 同じ迷宮に潜っても、


 違うんだ)



「…………。


 どうも、俺は場違いみたいだ」



「そんな……」



 『そんなことは無い』という一言が、フルーレの口からは出てこない。



 ヨークはフルーレに背を向けた。



「帰るわ。腹減ったし」



「駄目だ!」



 去ろうとしたヨークを、フルーレは呼び止めた。



 帰ってはいけない理由が、どこに有るのか。



 ヨークは白けた顔で言った。



「どう見ても、


 居座る空気じゃねーだろ」



「客間に行こう。


 料理は運ばせる。


 ……渡したい物が有るんだ」



「後で宿に運ばせてくれ」



 今のヨークは、貴族の贈り物になど、大して興味も湧かなかった。



 ヨークは立ち去ろうとした。



「ヨーク=ブラッドロード」



「うん?」



 デレーナに呼び止められ、ヨークは足を止めた。



 そして、彼女へと向き直った。



 ぴしゃりと。



 デレーナの平手が、ヨークの頬を張った。



「クククッ」



 ボワイヤが、笑いを漏らした。



「お姉様!」



 客人を叩いた姉を見て、フルーレの眉間に、深いシワができた。



 デレーナは、妹を無視して言った。



「あなたのおかげで、


 恥をかきましたわ」



「……笑われたのは俺だろうが」



「ここは私たちの家ですのよ?


 野人に迎合したと思われれば、


 家名に傷がつきます」



「……そうかよ。


 2度と来ねえよ。


 悪かったな」



「お姉様!


 ヨークは私の恩人です!」



 自身を責める妹に、デレーナは冷たく言い返した。



「そう。


 あなたは恩人を晒し者にするのが、


 趣味のようですわね?」



「な……!」



(勝手にやってろ)



 姉妹の言い争いに、ヨークは興味を持てなかった。



 ただ帰りたかった。



 ヨークは玄関へと足を向けた。



 その時……。



「フルーレ」



 中性的な声が、ヨークの耳に届いた。



 ヨークは声の持ち主を見た。



 フルーレたちも、その人物に視線を向けた。



「ユーリ……!」



 フルーレが、その人物の名前を呼んだ。



 ユーリと呼ばれた人物は、険しい表情をしていた。



 ユーリは金髪碧眼で、背は高くないが、美形だった。



 それなりに偉い立場なのか。



 ユーリの後ろには、取り巻きと見られる連中の姿もあった。



「その、後にしてもらえないだろうか? 今は……」



 フルーレの言葉が、ユーリに遮られた。



「ふざけるな。聞け。


 そこの山猿もだ」



 きつい口調で、ユーリは言った。



 何かに怒っている様子だった。



 自分の知らない男が、何かに怒っている。



 知ったことでは無かった。



 ヨークにとっては、どうでも良いことだった。



 もう良いから帰らせてくれよ。



 そんな疲労感すら有った。



「…………」



 ヨークは無視して去ろうとした。



「無視をするな!」



 ユーリが怒鳴った。



 ユーリの取り巻きが、ヨークの行く手を遮った。



 誰も彼も、知らない顔だ。



 理由も分からず、知らない連中に取り囲まれていた。



(何なんだよコイツら……)



 ヨークは仕方なく、ユーリの方を見た。



「…………。


 俺は山猿なんて名前じゃねえよ」



「何だその態度は。無礼だぞ」



 何様なのか。



 ユーリはヨークの言い分に対し、ただ不快感を示してみせた。



「不愉快なら


 放っといてくれよ。


 関わっても良いことねーだろ?


 お互い」



「そういうわけにはいかん。


 証人は、1人でも多い方が


 望ましいしな」



「はぁ? そもそも誰なんだよお前は」



「山猿に名乗る名は無い」



「…………」



 ヨークは顔をしかめた。



 拳を握り、強く開いて、また握った。



 ヨークの指関節が音を鳴らした。



 こいつら全員の顔面に、一発ずつ入れて出ていってやろうか。



 ヨークは一瞬そう考えたが、なんとか思いとどまった。



「ユーリ。いったい何だというんだ?」



 フルーレがユーリに尋ねた。



「フルーレ……とても残念だ」



 ユーリは重苦しい口調でいった。



 ヨークには彼の口調は、芝居がかって聞こえた。



「はい?」



 フルーレが、疑問符を浮かべた。



 ユーリは言葉を続けた。



「フルーレ=メイルブーケ。


 お前との婚約を、


 解消させてもらう」



「な……!」



 フルーレの顔が、驚愕に染まった。



 一方で、ヨークは完全なる無表情だった。



「…………」



(何か始まったんだが?)



 心底冷めた気持ちで、ヨークは対岸の火事を眺めていた。



 少し腹が減っていた。



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