2の2の1「パーティとメイルブーケの女」





「駄目だけど?」



 ヨークはスッパリと言った。



「えっ?」



 許可は貰えるものだと思っていたのだろう。



 ミツキは驚きに固まった。



 ヨークは言葉を続けた。



「パーティに行くには、


 礼服を着ないと駄目なんだろ?」



「用意してあります」



「いや、そうじゃなくてな。


 つまり、パーティじゃ、


 いつものローブを着られないってことだろ?」



「それは……」



 ローブが無ければ、奴隷の首輪を隠すことはできない。



 この王都という場所では、奴隷は対等の人間として扱われない。



 ヨークはそれを気にしているらしかった。



「お前が変な目で


 見られるのは嫌だ」



「私は気にしません」



「俺が嫌なんだ。残れよ」



「それは主人としての命令ですか?」



「……残ってくれ。頼む」



 ヨークはミツキにお願いをした。



 それを見たミツキは、恭しく頭を下げて言った。



「かしこまりました。ヨーク」



「悪いな。一人にして」



「そんな。小さな子供では無いのですから」



「そうか」



「はい」



 ミツキとの話が終わると、ヨークはエルの方を向いた。



「エル。行こう」



「アッハイ。


 外に猫車を


 待たせてあります」



 ミツキを寝室に残し、2人は宿を出た。



 通りには、エルの言葉通り、猫車が有った。



 外装は、銀色に輝く金属。



 頑丈で軽量な、希少金属だった。



 王都の一般的な猫車は、木製だ。



 ふだん街で見る猫車とは、素材からして違う。



 御者の身なりも良い。



「…………」



 御者が無言で、猫車の扉を開いた。



 ヨークはエルと共に、猫車に乗り込んだ。



 猫車の中には、1組の椅子が、向かい合うように設置されていた。



 座ってみると、椅子は柔らかかった。



 どうやら内装にも、手抜かりは無いようだ。



「…………」



 エルは、ヨークの向かいの椅子で、居心地悪そうにしていた。



 羽が大きいから、座りにくいのかもしれない。



 ヨークはそう推測した。


 

 御者が扉を閉めた。



 そして猫に跨り、手綱を操った。



 猫が地面を蹴り、猫車が走り出した。




 ……。




 やがて猫車は、パーティ会場であるメイルブーケ本邸へたどり着いた。



 御者が猫車の扉を開いた。



 エルとヨークは猫車を降りた。



 貴族の邸宅らしく、メイルブーケの庭は、柵で囲まれていた。



 柵の門を抜け、ヨークたちは庭に入った。



 見張りが居たが、ヨークたちには何も言わなかった。



 エルの顔を見たからだろう。



 ヨークたちは、そのまま玄関を通り、邸宅の大広間に入った。



 大広間では、音楽が流れていた。



 広間の隅には、楽団の姿が有った。



 生演奏のようだった。



 広間の中央では、何組かの貴族たちがダンスをしていた。



 上流階級の社交ダンスだ。



 そこから少し離れた位置で、踊りに参加しない貴族たちが、会話をしていた。



 その中には、ヨークの存在に気付き、視線を向けた者も居た。



 とりあえず、ヨークは視線を無視することにした。



 エルは視線を走らせ、フルーレの姿を探した。



 だが、フルーレを見つけることは出来なかった。



「……お嬢様のお姿が、見当たりませんね」



 フルーレが、ヨークにそう言った。



「ああ」



 ヨークは短く答えた。



「ヨーク様のご到着を、


 お知らせしたいと思います。


 お嬢様をお連れするまで、


 こちらでお待ちいただけますか?」



「分かった」



 フルーレを呼びに行こうとして、エルがヨークから離れた。



 そのとき……。



「そこのメイド」



 橙の髪の男が、エルに声をかけた。



 瞳は青。



 鼻が高く、ほっそりとした顔つきをしていた。



 背はヨークより、ほんの少し低いくらい。



 他の参加者たちと同様に、礼服に身を包んでいた。



 パーティの参加者にしては珍しく、腰に剣を帯びていた。



「はい。何でしょうか?」



 メイドとして、来客に粗相が有ってはならない。



 エルは立ち止まり、男に向き直った。



「なかなかの見た目をしているな」



 そう言って、男はエルの手首を掴んだ。



「来い。


 個室で俺と飲むぞ」



「あの、困ります」



 エルは男を拒絶した。



 エルは、次期伯爵お付きのメイドだ。



 風俗嬢などでは無い。



 男の欲望に付き合う道理など、存在しなかった。



 エルの拒絶を見て、男はつまらなさそうに顔を歪めた。



「俺に逆らうのか? 俺は……」



 そこへヨークが口を挟んだ。



「おい。その辺にしとけよ」



「…………?


 魔族? 何者だ?」



 ヨークに声をかけられ、男はエルから手を離した。



 エルは、ヨークの背中に隠れたい気分になりながら、その場に留まった。



 客人の背に隠れるなど、良家のメイドとしては、あってはならないことだった。



 ヨークは男に名乗った。



「俺はヨーク=ブラッドロードだ」



「ブラッドロード?


 なるほど。態度が大きいわけだ」



 男は何かに納得した様子をみせた。



(…………?


 ブラッドロードだったら何だよ?)



「だが、この俺が


 ボワイヤ=ジャーニだと知っての態度か?」



「ボワイヤ? 誰だ?」



 ヨークはこの男を知らなかった。



 それで素直にそう言った。



 そんなヨークの反応に、男は驚いた様子をみせた。



「な……!


 俺は上級冒険者だぞ……!?」



 男の肩書を聞かされても、ヨークには動揺は無かった。



 ヨークは冷たい口調で言った。



「そうなのか。


 それで?


 上級冒険者とやらになったら、


 嫌がる女に迫っても許されるとは、


 知らなかったが」



「貴様」



 ボワイヤは、ヨークに闘志を叩きつけた。



「っ!」



 隣に居たエルの体が、びくりと震えた。



「…………」



 ヨークは揺るがなかった。



「何の騒ぎですの?」



 若い女の声が、ヨークの耳に届いた。



 けんのんな2人の間に、ドレス姿の女性が割って入ってきた。



 ドレスの色は濃青。



 まっすぐな黒髪を、腰にまで伸ばしている。



 何よりも、その立ち姿が美しかった。



 会場に居る他の女性とは、どこか雰囲気が違う。



 ヨークにはそう感じられた。



「デレーナ……」



 彼女の姿を見て、ボワイヤの闘志が萎えた。



 ボワイヤはこの女性と、顔見知りらしかった。



「別に……何でも無い」



「それならよろしいのですが」



「貴様、覚えておけよ」



 ボワイヤは小さくそう言って、立ち去っていった。



「ヨーク様。デレーナ様。


 ありがとうございました。


 それでは」



 エルは頭を下げて去った。



 ヨークは広間に残された。



 特にすることも無く、料理が乗ったテーブルを見た。



(飯は……美味そうだな……)



 料理は好きに取って良い様子だったが、素直にエルを待つことに決めた。



「あなた」



 さきほど仲裁に入った女性、デレーナが、ヨークに声をかけた。



「俺か?」



「見ない顔ですけど、


 ここに来るのは初めてですの?」



「ああ」



(変な喋り方だな。コイツ)



「珍しいのか?


 常連以外の客が招かれるのは」



「それはそうでしょう?」



「ふ~ん……?」



「申し遅れましたわ。


 わたくしは


 デレーナ=メイルブーケ。


 メイルブーケ迷宮伯家の、


 長女ですの。


 不在の父、ブゴウに代わり、


 このパーティを主催させていただいております」



 デレーナの丁寧な自己紹介に対し、ヨークは雑に名乗った。



「ヨークだ。


 ヨーク=ブラッドロード」



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