2の1の5「田舎者と貴族の誘い」



 ヨークたちが、鉄巨人公園を訪れたその翌朝。



 まだ朝食も済ませていないような時間。



 ヨークの部屋の扉が、ノックされた。



「どうぞ。開いてるよ」



 ヨークはベッドに腰かけた状態で、ノックに答えた。



「失礼する」



 聞き覚えの有る声が聞こえた。



 扉が開き、2人の少女が入室してきた。



 帯剣した貴族の少女と、そのお付きのメイド。



 フルーレとエルだった。



「っ……」



 ヨークを見た瞬間、エルの体が緊張した。



 ヨークはエルに視線を返した。



 目が合うと、エルはぺこりと頭を下げた。



「この前の……」



 ヨークはフルーレの顔を見て、名前を思い出そうとした。



「フルーレだ。ヨーク」



「今日は何しに?」



「助けていただいた礼として、


 あなたをパーティに招待したい。


 是非、招待を受けてもらいたい」



「ふ~ん? 分かった」



 深く考えず、ヨークは承諾した。



 だが……。



「止めておきなさい」



 冷めた声音で、ミツキがそう言った。



 その態度からは、明確な拒絶の意が感じられた。



「ミツキ?」



 どうしてそんな事を言うのか。



 意図が分からずに、ヨークはミツキを観察した。



「…………」



 フルーレの表情が歪んだ。



 あからさまな反意に、彼女は不機嫌になっていた。



「何のつもりだ。


 ……奴隷」



 不快感を隠さずに、フルーレはそう言った。



「分かったでしょう? ヨーク」



 ミツキはフルーレを無視して言った。



「…………」



 ヨークは無言だった。



 ミツキは言葉を続けた。



「彼女は、あなたとは違う」



「何のつもりだと聞いている……!」



 意味のわからない言い草に、フルーレは声を荒げた。



 ミツキは表情を変えず、フルーレに尋ねた。



「パーティというのは、


 要は貴族同士の集まりでしょう?」



「それがどうした?」



「パーティの主催者は?」



「私のお姉様だ」



「そう。それで……。


 パーティの参加者は皆、


 平民がパーティに参加することを


 知っているのですか?」



「……知らないが」



「おめでたいですね。


 あなたの主催ですら無いパーティに、


 強引にヨークをねじ込んで……。


 それがヨークへの返礼になると、


 本気で思っているのですか?」



「きさま……!」



 怒りを隠せないフルーレを見て、ヨークが口を開いた。



「ミツキ。


 ちょっと喧嘩腰すぎるぞ」



「……申し訳有りません」



「ヨーク……。


 私の誘いは迷惑だったか?」



 フルーレは、心細そうに尋ねた。



「行くよ」



 ヨークはそう答えた。



「せっかく誘ってくれたんだ。行くよ」



「あ……はは……」



 ヨークの答えを聞いて、フルーレの口元が綻んだ。



「見たか奴隷!」



 フルーレは、腰に手を当てて勝ち誇った。



「奴隷が主人の意思を


 代弁するなど、


 身の程知らずと知れ!」



 気が済んだフルーレは、敵意を収めた。



 そして、ヨークに対し、好意がこもった表情を見せた。



「それでは。


 楽しみにしていて欲しい」



 フルーレは少し早足に、部屋を出ていった。



 残されたエルは、深く頭を下げた。



「申し訳有りません。


 お嬢様が失礼なことを……」



「ん……。


 良い奴そうだと思ったんだがな。


 あいつも……ミツキを馬鹿にするのか」



「お嬢様は、


 第3種族である私にも、


 優しくしてくださいます。


 普段は奴隷が相手だからといって、


 つらく当たるようなお方ではありません。


 ですが、今日は少し、


 気が立っておられるようです」



「エル!?


 どうしてついて来てくれないんだ!?」



 部屋の外から、フルーレが困惑する声が聞こえてきた。



「ただいま参ります!」



 エルはもう1度頭を下げると、素早く退出していった。



「なあ」



 部屋に残されたヨークは、ミツキに声をかけた。



「はい」



「……わざと怒らせたのか?」



 ミツキがフルーレに向けた声音は、彼女にしては無神経だった。



 ヨークには、そう思えてならなかった。



「どうでしょうか。


 私が理性だけで動いていると思うなら、


 高値買いですが」



「お前は頭が良い」



「ありがとうございます。


 ですが……関係がありませんよ。


 女がどう動くかということには」



「性別関係あるか?」



「人が……と言いたかったのです」



「そうか。


 とにかく……フルーレが嫌いなんだな?」



「彼女と恋に落ちるような要素は、


 あまり有りませんでしたね」



「エルはフルーレのこと、


 良い奴だって言ってたな」



「それ自体は別に、


 珍しいことでも無いでしょう」



「うん?」



「飼い猫とは、


 可愛がられるものです。


 だから、猫も飼い主を慕う。


 人は猫が、


 自分より下の存在と思っている。


 だから、可愛がるのです。


 もし猫が、


 飼い主を脅かすと知れれば……。


 その猫は、


 生かしてはおかれないでしょう」



 ミツキは皮肉めいた笑みを浮かべた。



「ミツキはそう思うんだな」



「事実でしょう?」



「そうか。


 けど、もう少し


 あいつと付き合ってみるよ」



「好きにして下さい」



 ミツキは感情を出さずに言った。



 だが、最近のヨークは、ミツキの気持ちを少し読めるような気がしていた。



「……ミツキはパーティに行くのが


 嫌なんだよな?」



「そうですね」



 ミツキは左手を持ち上げた。



 そして、人差し指で、奴隷の首輪をトントンと叩いた。



「この首輪を


 良しとする連中が、


 大勢居る所でしょうし」



「心配するな。


 パーティには俺1人で行く」



「はい?」



「俺だって、


 ミツキに嫌な思いさせるつもりはねーよ。


 留守番しててくれば良いさ。


 さ、不機嫌直して、


 朝飯行こうぜ」



「別に不機嫌とかではありませんけど」



「スーパーハイテンション朝飯タイムと洒落込むか」



「朝はローテンションで良いです」



「スーパーローテンション朝飯タイムか」



「ほどほどでお願いします」



「イクゾー」



 ヨークはスーパーミドルテンションで、部屋の外へ出た。



「…………」



 部屋に残されたミツキは、小さく呟いた。



「私が心配しているのは……自分のことでは無いのに……」




 ……。




 パーティ当日がやって来た。



 開催時刻は夜だ。



 適当に時間を潰し、ヨークはその時を待った。



 やがて、ヨークの部屋の扉が叩かれた。



 ヨークはノックに答えた。



「どうぞ~」



「失礼します」



 そう言って、エルが入室してきた。



 エルの服装は、いつもと変わらぬメイド服。



 ヨークとミツキは、普段着だった。



 ミツキのベッドの上に、遊戯用のカードが並んでいた。



 今の今まで、カードで遊んでいたようだ。



「お迎えにあがりました」



「ありがとう。じゃ、行くか」



 普段着のまま、ヨークは立ち上がった。



 そんなヨークの様子に、エルは戸惑わずにはいられなかった。



「えっ? あの……?」



「何だ?」



「そのお召し物は……」



「ん? 服はこういうのしか持って無いんだけど、ダメか?」



 そう言って、ヨークは服の襟を引っ張ってみせた。



 貴族と自分では着るものが違う。



 ヨークにも、それくらいの知識は有った。



 絵本などを見ても、パーティの場面で、貴族たちは綺麗に着飾っていた。



 だが、自分は貴族ではなく、平民としてパーティに招かれるのだ。



 貴族と同じ格好をする必要は、無いだろうと考えていた。



 着飾る必要が有るのなら、あらかじめフルーレが言うだろう。



 そう考えた。



 そして、フルーレは何も言わなかった。



 エルも。



 何も、言わなかった。



「っ……。それは……」



 エルは青ざめた。



 ヨークほど腕の立つ冒険者なら、礼服の一つくらい持っていると思っていた。



 ヨークとフルーレたちとでは、最初の視点から異なっていた。



 ヨークをひとかどの人物として扱い、等身大の彼を見ようとしなかった。



 田舎の村から出てきた少年に、貴族の常識を押し付けてしまっていた。



 そのことに、気付いてしまった。



「どうやら……」



 ミツキが口を開いた。



「礼服が無い者は、


 パーティには出席できないようですね?」



 底冷えのする声が、室内に響いた。



「あ……う……」



「これは仕方がありませんね。


 このたびは


 欠席とさせていただきましょう」



「いや。駄目だろそれは」



 ヨークが口を開いた。



「……そうですか?」



 ヨークに言葉を向けながらも、ミツキの目はエルを睨んでいた。



 ヨークは言葉を続けた。



「もう行くって言ってあるからな。


 いきなりキャンセルとかするのはダメだ。


 服はどっかの店で……」



「問題ありません」



 ミツキが言った。



「え?」



 ヨークは疑問の声を上げた。



「パーティ用の礼服なら、


 ここに用意してあります」



 ミツキはベッドから立ち上がると、『収納』スキルで礼服一式を取り出した。



 服にはシワひとつ無い。



 新品のように見えた。



「どうぞ。


 多分、サイズは問題が無いと思います」



 ミツキは礼服を、ヨークに手渡した。



「ここで着替えないで下さいね?


 洗面所の方で


 着替えてきて下さい」



「助かる。ありがとな」



「いえ」



 ヨークは洗面所へ向かった。



 寝室には、ミツキとエルが残された。



 ミツキの視線は、ずっとエルへと向けられていた。



「…………」



 エルもミツキを見た。



 視線が重なった時、ミツキが言った。



「あなたたちを、


 試させていただきました」



「え……?」



「彼は、


 小さな村から出てきたばかりの、


 純朴な少年です。


 強く、美しく、優しく、


 そして無知です。


 貴族社会のことなど、


 何も知らない。


 私と出会うまでは、奴隷など、


 昔話の存在だと思っていたのですよ?


 そんな彼を、


 あなたたちがどう扱うのか、


 見させてもらいました。


 …………失望しました。


 あなたたちは愚かで、


 あの方の幸せなど


 何も考えていない。


 ただ、自分たちの価値観を


 押し付けているだけ。


 あなたたちの自己満足で……私の恩人を傷つけないで下さい」



 ミツキはエルに対し、1歩近付いた。



「ぁ……」



 殺意に近い重圧を感じ、エルはあとずさった。



 背中の羽が、出入り口の扉を叩いた。



 そのとき、洗面所の扉が開いた。



「じゃ~ん!」



 室内の空気をかき消す陽気さで、礼服姿のヨークが現れた。



「どう? 似合う?」



 ヨークは礼服を見せびらかすように、ミツキに向かってポーズを取った。



「う~ん……」



 ミツキは口元を緩めてから言った。



「72点といったところですかね」



「微妙すぎる……」



「嘘です。


 本当は73点ですよ」



「そのウソ必要ある?」



「ヨーク。


 ネクタイもきちんと付けないといけませんよ」



 ミツキはそう言って、ヨークの右手を指さした。



 その手には、未着用のネクタイが握られていた。



 ボウタイと呼ばれる種類のものだ。



「ああ。コレ?


 やっぱり付けないとダメか?」



「笑われますよ」



「そっか……。


 けど、どう付けるのが正解なんだ?」



 ヨークの村では、ネクタイをつける風習など無かった。



 どうすれば正しく身につけられるのか、さっぱりわかっていなかった。



「私が付けてさしあげましょう」



 そう言って、ミツキはヨークから、ボウタイを受け取った。



「助かる」



 ミツキの手が、ヨークの首周りに伸びた。



 ミツキはほんの数秒で、ボウタイを結んでみせた。



「はい。出来ましたよ。ヨーク」



「ありがと。手慣れてるな?」



「こんな事もあろうかと、


 特訓しておきました」



「特訓て。


 まあ、役に立ったけどさ」



「転ばぬ先の杖ですよ。


 ……それでですね。ヨーク」



「何?」



「この度のパーティ、


 私も出席してもよろしいでしょうか?」



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る