その19「遠慮と無遠慮」




「あなた様は……?」



 エルはふしぎなモノを見るような目で、ヨークを見た。



「どうしてヨークくんがここに?」



 キュレーが疑問の声を上げた。



「……俺が呼んだ」



 そう言ったドスの指には、指輪がはめられていた。



 先日ドスは、ヨークに指輪を投げ渡していた。



 ドスの指に有るのは、それと対になる指輪だった。



 それは念話の指輪。



 指輪を通し、離れた相手に、心の声を送ることが可能な魔導器だった。



「そっか。念話の指輪で……」



 キュレーは納得した様子を見せた。



「いやいやいやいや」



 グシューは大げさに表情を崩し、首を左右に振った。



「いきなり湧いて出て、


 おまえ、誰なんだよ」



 そう問われ、ヨークは名乗った。



「ヨーク=ブラッドロード」



「名前じゃねえッ!」



 怒声と共に、グシューはヨークに斬りかかった。



「…………」



 ヨークはそれを、難なく受け止めてみせた。



 ヨークの体幹は揺るがず、双眸は、じっとグシューを睨んでいた。



「何だテメェ……! どんなレベルしてやがる……!」



「おまえの3倍かな」



「ふざけやがって!」



 目の前の男は敵だ。



 それさえ分かっていれば、グシューには十分だった。



 そして、ヨークにとっても。



 グシューの2撃目を皮切りに、斬り合いが始まった。



 最初はグシューの剣を、ヨークが受ける形になった。



 だが、剣を重ねる度に、グシューは劣勢となっていった。



 レベルでも剣の技量でも、ヨークの方が上回っていた。



 いつの間にかヨークが、一方的にグシューを攻めるようになっていた。



 グシューは後退を強いられていった。



「ぐっ……! 『分身』ッ!!!」



 今のままでは不味い。



 そう感じたグシューは、スキル名を唱えた。



 グシューの体が輝いた。



 そして……。



 グシューそっくりの『分身』が、2体出現した。



 本体を含め、グシューは3人になった。



「増えた」



 ヨークはそう呟いた。



 グシューがスキルを使っても、ヨークは焦らなかった。



 冷静に、敵の戦力を値踏みしていた。



「増えましたねぇ」



 ミツキが口を開いた。



「……加勢しますか?」



「いや」



「ビビったかァ?」



 スキルを発動したことで、グシューは調子を取り戻した様子だった。



 『分身』さえ居れば、自分が勝つ。



 そう思っているように見えた。



「コイツが


 ソロでの40階層踏破を可能にした、


 レアスキル。


 見たところ、


 テメェのレベルは50かそこらだ。


 3対1を受けられるほどのレベル差はねぇ。


 そうだろう?」



 グシューは、さきほどの戦いの手応えから、ヨークの強さをそう判断した。



「そうだな」



 ヨークは素直に肯定した。



「剣ではつらそうだ」



 ヨークはグシューのスキルの価値を認め、長剣を、腰の鞘に収めた。



 そして、背負っていた杖を構えた。



 魔術師の杖だ。



「……は?」



 眼前の男は、呪文を使う。



 グシューはその時、ようやくそのことに気付いた。



 こいつは暗黒騎士だ。



 そんなふうに、新たな誤解を抱いた。



 そして、何を思案しようが、既に手遅れだった。



「樹殺界」



 ヨークが唱えた。



 ヨークの杖先に、魔法陣が出現した。



 魔法陣から木が伸びた。



 速く、そして重々しく。



「……!?」



 回避不能の速度で放たれたそれは、蛇のようにうねった。



 枝先が、グシューの体に絡みついた。



 木は次々に物量を増し、グシューとその部下を絡めとっていった。



「ひっ……!」



 グシューたちを捕縛した木は、彼らの体を強く締め付けた。



「がああああああああぁぁぁぁっ!」



「「「ひいいいいいいいいぃぃぃぃっ!」」」



 グシューの体に、激痛が走った。



 グシューと、その手下たちも、悲鳴を上げた。



 悲鳴は長くは続かなかった。



 木の枝が、彼らの頸動脈までをも、強く締め付けていた。



 グシュー一味は、樹に抱かれたまま気絶した。



 ヨークに対する敵意は、全て抹消された。



 戦闘は終わっていた。



「ヨーク、あなた……。


 暗黒騎士だったの……?」



 バニが戸惑いの声を上げた。



「いや……。


 俺は魔術師だよ」



「……………………は?」



 バニの間の抜けた声が、迷宮の1室に響いた。




 ……。




 ヨークたちは、気絶したグシュー一味を、縄で縛り上げた。



 そして彼らを、迷宮の外へ連行した。



 大階段を警備している衛兵に、グシューたちを突き出した。



 事情聴取の後、ヨークたちは解放された。



 ヨークは幼馴染たちと、大階段の広場で話すことにした。



 フルーレ主従は、少し離れてヨークたちの様子を見守った。



「ヨークあなた、


 レベルいくつなの?」



 まず、バニが口を開いた。



「大体150くらいだ」



 ヨークは正直に答えた。



「ひゃく!?」



「凄いだろ?」



「凄いなんてもんじゃないわよ!


 レベル100超えなんて、


 歴史書に名前が残るレベルじゃない」



「そうか」



 ヨークの目標は、1番の冒険者になることだった。



 既に達成されてしまったのだろうか。



 そう思うと、少し寂しい気持ちになった。



「レベル1000は居ないんだな?」



「いや」



 ドスが口を開いた。



「居る?」



「可能性は有るだろう。


 ヨーク。


 お前という例外が、


 ここに居るんだ。


 規格外が1人とは限らない」



「それもそうか」



 まだ自分は、1番では無いのか。



 それは良い。



 ヨークはまだ見ぬ強敵-とも-に想いを馳せた。



「居るよな。1000も」



「……だと良いけど」



 バニが呆れたように言った。



 次に、キュレーが疑問をぶつけてきた。



「そもそも、どうやってそんなにレベルを上げたの?」



「スキルだよ」



「スキルって、『敵強化』だよね?」



「ああ。


 実は『敵強化』には、


 EXPを増加させる効果も有ったんだ」



「人には言うな」



 ドスがそう言った。



「え?」



「強力すぎるスキルだ。


 利用されるぞ」



「そうかも。


 ……良かったら、


 おまえたちのレベルも上げようか?」



「止めておけ」



「遠慮してんのか?」



「いきなり俺たちのレベルが上がるのは、


 不自然だ。


 皆が異常なレベルアップの原因を、


 知ろうとするだろう


 事情を探られた時に、


 お前のスキルがバレないとも限らない」



「そこまで気にするもんか?」



「気にしろ。


 ギルドにも、本当のレベルは明かすな。


 良いな?」



「『戦力評価』されたら?」



「されるほど目立つな」



「……分かったよ。


 それでさ。


 お前ら、俺を見直したか?」



 ヨークは少し首を傾けて、無邪気な笑みを浮かべた。



 ヨークの長い銀髪が、きらきらと光った。



「見損なったことは無い」



「笑っただろ。


 成人式の時」



「俺は笑ってない」



 ドスは真顔でそう言った。



 その後に、バニが言葉を続けた。



「私も笑ってないから!」



「俺は笑ったゼ?」



 そう言ったバジルを、バニは睨みつけた。



「余計なこと言わないの!」



「……そうか。


 けどお前ら、


 容赦なく置いてったよな?」



「お前を危険な目に合わせたくない。


 ……少なくとも、


 バジルはそう考えていた」



 ドスがそう言うと、バジルはドスをぎろりと睨んだ。



「は? 考えてねぇンだが?」



「危険て。


 そもそも迷宮は危険なもんだろ?」



 ドスの言葉は、ヨークには見当外れのように思えた。



「…………まあな。


 お前という大鷲を、


 籠の鳥にしようとした俺たちが間違っていた。


 ……守られたのは


 俺たちの方だったしな。


 結局は、自己満足のため、


 無益にお前を傷つけただけ。


 ……ただ、俺たちがお前を嫌ったことは、


 1度も無い。


 やり方は間違えたが、


 皆お前のことを


 大切に思っている。


 それだけは、分かっておいて欲しい」



「なんかさぁ……」



 ドスの実直な物言いに、ヨークは羞恥を感じた。



 ヨークは頭をかき、視線を斜め上にずらした。



「おまえ、そんな喋るやつだったか?」



「思春期というらしいな」



「何だよ? 恋でもしたのか?」



 ドスの性格が変わるような、何かが起きたのか。



 ヨークはそう考えた。



「俺じゃない。こいつらがだ」



 ドスはバジルたちを見た。



「俺たちの間に、


 分別と言うには面倒な、


 遠慮が生まれた。


 言うべき事を言わないことが増えた。


 どうにも俺は、


 そういうのとは無縁だ。


 だから、俺が喋るべきだと思った。


 本来、こういうのは


 俺の役目じゃ無かった。


 長く喋るのは得意じゃない。


 俺が喋るのは、


 お前たちのせいだ」



「ん……。


 苦労してる感じ?」



「かもな」



「なんか悪いな」



「そう思うなら、


 お前も話すべきことを話せ」



「何?


 スキルのことなら話しただろ?」



「彼女のことだ」



 ドスは、ヨークの左後ろに視線をやった。



 視線の先に、ミツキが立っていた。



「…………」



 ミツキは黙ってドスに視線を返した。



 少し視線を交わらせると、ドスはヨークへと視線を戻した。



 そして尋ねた。



「お前が買ったのか?」



「いや。拾った」



「首輪はどうした?」



「あれは元からだよ」



「元の持ち主は?」



「魔獣に襲われて死んだ」



「なるほど。


 法律上では


 盗品ということになるな?」



「……やっぱそうか」



「そうなるだろうな」



「けど、見捨てられねえよ。


 独りだった。


 だから……」



「ああ。


 そうだろうな。


 ……お前はそういうやつだった」



 ドスの表情が少し崩れた。



 嬉しそうに。



 バニやキュレーも、安堵した様子だった。



「……では、最後の質問だ」



「ああ」





「彼女とは肉体関係なのか?」





「何聞いてんのよバカッ!」



 バニの杖が、ドスを叩いた。



 加減の欠けた打撃によって、鈍く大きな音が鳴った。




「見たか……ヨーク……。


 これが……


 面倒な遠慮というものだ……」



 そう言って、ドスは倒れた。



「ドスくん!?」



 キュレーは慌ててドスに駆け寄った。



「いや…………」



 ヨークが口を開いた。



「何の遠慮も感じられないんだが?」



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