その20「ヨークとエル」



 キュレーはドスに、治癒術を施した。



 治療が終わり、ドスは立ち上がった。



 そして、キュレーに礼を言った。



「いつもすまんな」



「いえいえ」



「それでヨーク。


 質問の答えを、聞いていないのだが」



 ドスは無表情で、遠慮なく言った。



「まだ聞く?」



 バニが呆れた様子を見せた。



「あ~……」



 何と答えたものか。



 ヨークは少し迷った。



 それから少し考えて、口を開いた。



「ミツキは……俺が命令したら、


 何でもしてくれる。


 そういうのって、気色悪いだろ?


 だから、何もしてねえよ」



「!♪!」



 バニの頬が緩んだ。



 ドスはそんな彼女の様子を、横目で見た。



 そして、短く言った。



「……そうか」



「……………………」



 ミツキは黙ったまま、ヨークの背中をじっと見ていた。



 語らいが止まった。



「話は終わったか?」



 ヨークたちの沈黙を見て、フルーレが声をかけてきた。



 それにドスが答えた。



「大体は」



「うん。私の番だな」



 フルーレは、バニに向き直った。



「まずはバニ。


 おまえたちに詫びさせてもらおう。


 私のせいで、


 おまえたちを危険に晒してしまった。


 すまない」



 フルーレは、そう言って頭を下げた。



「謝ることじゃないわ。


 私たちの仕事は、


 あなたを守ることだった。


 それを出来なかった私たちが、


 ふがいなかっただけよ」



「仕事……か。


 そうだな」



 フルーレは目を閉じ、そして頷いた。



「依頼は今日までとする」



 別れが決まった。



 フルーレは言葉を続けた。



「楽しかった。


 ありがとう。皆」



「ええ。私も楽しかったわ」



「明日からどうすンだ?」



 バジルがそう尋ねた。



「迷宮には、


 騎士団と潜ることになると思う」



「そうか」



「……ああ。


 …………」



 フルーレは俯いて、少し黙った。



 短い沈黙の後、フルーレは顔を上げた。



「あなた」



 フルーレはヨークに声をかけた。



「俺か?」



「そうだ。あなただ。


 お名前は……ヨーク殿と言うのかな?」



「ああ。


 俺はヨーク=ブラッドロードだ。


 あっちはミツキ。


 俺の……あー……」



 ヨークは何と言うべきか迷った。



 バジルたちと違い、フルーレは初対面の相手だったからだ。



「奴隷だ」



 ヨークは結局、ミツキをこう紹介してしまった。



 そして言葉を続けた。



「あと、殿とかつけるのは止めてくれ」



「分かった。


 私はフルーレ=メイルブーケ。


 メイルブーケ迷宮伯家の次女だ。


 ヨークのおかげで命拾いした。


 本当にありがとう」



「別に。成り行きだ」



「それなら、なおさら感謝しなくてはいけない」



「そういうもんか?」



「そういうものだ」



「それじゃあまあ……どういたしまして」



「今度、


 正式にお礼をさせて欲しい。


 連絡先を


 教えてもらえないだろうか?」



「別に良いのに」



「そういうわけにはいかない。


 まともに礼も出来ないようでは、


 メイルブーケの家名に傷がつく」



「ん。それなら……」



 ヨークはフルーレに、自分の宿泊先を教えた。



「うん。また会おう。ヨーク」



「ああ。また」



「あの……!」



 フルーレの後方で、エルが口を開いた。



 その頬は少し赤らんでいた。



「エル?」



 フルーレが意外そうに、エルの名前を呼んだ。



「私もヨーク様に


 お礼をさせていただきたいのですが……」



「そうか。バニ。


 ちょっと彼らを


 2人きりにしてやりたいんだが」



 フルーレがバニにそういった。



「えっ?」



 フルーレの頼みに、バニは戸惑いを見せた。



「問題か?」



「大問題だ。


 だいじょうぶじゃない」



 ドスが口を挟んだ。



 それを聞くと、バニはムキになったように言った。



「問題なんて無いわ!


 さ、行きましょう!」



 バニがドスの背中を押した。



 バジル、キュレー、フルーレも、その後に続いた。



 バニたちとヨークの間に、距離が出来た。



 ミツキはヨークの斜め後ろに立ち、黙って控えていた。



「……バジル」



 ドスはバジルに声をかけた。



「あン?」



 バジルとドスは、さらに離れたところへ移動した。



 そして立ち止まると、ドスが口を開いた。



「闇ギルドにフルーレを襲わせたのは、


 何者なんだろうな?」



「俺たちが知ったことかよ」



 フルーレの家は貴族だ。



 力が有る。



 家の力で調べれば良い。



 バジルはそう考えていた。



 バジルの関心は、それ以外のことに有った。



「それより……良いのかよ? アレ」



 バジルは周囲に声が届かないように、小声で言った。



 バジルの目線は、ヨークとエルに向けられていた。



 エルは話題が途切れないように、一生懸命にヨークに語りかけていた。



「何がだ?」



「何って……惚れてンだろ。


 あの顔は」



 ヨークと話すエルは、熱に浮かされたような顔をしていた。



 彼女の背では、黒い翼がパタパタと動いていた。



「迷宮効果というのだったな。


 ああいうのは。


 一緒に迷宮に潜った男女は、


 緊張を恋のドキドキと勘違いして……」



「理屈はいいンだよ。


 あの女……」





「エルは、ヨークの妹だ」





「……………………」



 フードの中で、ミツキの獣耳がぴくりと動いた。



 それに気付かずに、ドスとバジルは話を続けた。



「父親違いのな」



「不味いだろ。


 兄妹でくっついたら」



「証拠は無い。


 その可能性が


 極めて高いというだけの話だ。


 俺たちにだって、


 エルの両親が誰なのかは


 証明出来ないのだから」



「お前それで良いのか?」



「ならどうする?


 おまえたちは兄妹だから恋をするなと、


 彼女に言うのか?


 ヨークの出自を漏らすことは、


 リスクになるぞ。


 もし周囲に正体を知られたら、


 ただでは済まない」



「だからって放っとくのかよ」



「ほんの淡い恋だ。


 実るとも限らない。


 あるいは


 バニにでも頑張ってもらうか?」



「……………………。


 勝ち目ねーだろ」



 バジルは視線を巡らせ、バニの方を見た。



 彼女はヨークたちを見て、ハラハラした様子を見せていた。



 見るからに顔色が悪い。



 敗北者の負のオーラが、全身から滲み出していた。



「かもな。


 ……背中を押してやるか」



 ハラハラしちょるだけの、ミジメな幼馴染に向け、ドスは歩き出した。



 足音を殺し、気付かれないように、バニの後ろに立った。



 そしてヨークの方へ向け、どんと背中を叩くのだった。






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