その18の2




「あの人たちは、闇ギルドのメンバーよ」



 フルーレの疑問に、バニが答えた。



 闇ギルドとは、王都でも有数の非合法組織だ。



 良家の子息でも、その名前くらいは知っている。



 近付いてはならない。



 親から子に、そう言い聞かせるのが常だった。



「闇ギルドだと?


 お前たち、


 そんな連中と付き合いがあるのか?」



 フルーレはバニたちのことを、善良な少年少女だと思っていた。



 そんな彼女たちが、闇ギルドと関係を持っていることに、驚きを隠せない様子だった。



「私たちに限った話じゃないわ。


 後ろ盾の無い冒険者は、


 皆そうよ。


 闇ギルドに見かじめ料を納めないと、


 迷宮での安全は保証されない。


 そういうことになっているの」



「馬鹿な……。


 そんなこと……お父様が許すはずが……」



 フルーレの父親であるメイルブーケ迷宮伯は、迷宮の管理者だ。



 国王から、迷宮の秩序の維持を任されている。



 そのはずだった。



 尊敬する父が、無法を見逃しているなどと、フルーレは思いたく無かった。



 戸惑うフルーレを見て、グシューがあざ笑うように言った。



「迷宮伯の仕事は、


 迷宮で騎士たちを育てることだ。


 冒険者みたいな野良犬がどうなろうが、


 知ったこっちゃねえのさ。


 親父の無関心が、


 仇になったな。


 覚悟してもらうぜ。


 メイルブーケのお嬢様」



 グシューの言葉を受けて、バニに緊張が走った。



「ッ……! 狙いはフルーレなの……!?」



「ご明察」



「何が目的だ!」



 フルーレが、怒鳴るように質問した。



「知るかよ」



 グシューはそう吐き捨てた。



 それから、グシューはバジルに言葉を向けた。



「なあバジル。


 お嬢様を渡せば、


 お前らは見逃してやるぜ?」



「ふざけやがって……!」



 バジルは、怒りのこもった視線を、グシューへと向けた。



「テメェ、エルのことは黙ってやがったな?」



「エル? なんだそりゃ?」



「知ってたンだろうが。


 メイルブーケに


 黒翼族の奴隷が居るって」



 バジルは見かじめ料以上の金銭を払い、グシューに頼み事をしていた。



 その内容は、黒翼族の捜索だった。



 グシューはエルの存在を知りながら、バジルには伝えなかった。



 カモにされていた。



「まあね」



 バジルの怒気を受けても、グシューは悪びれなかった。



「どうして黙っていやがった!」



「いやいや。逆にな?


 俺たち闇ギルドがさぁ、


 舐めたガキの為に仕事するだなんて、


 本当に思ってたのか?


 舐めすぎなんだよなぁ~。


 まともな教育受けてないガキは、


 これだからなぁ」



「ブッ殺す……!」



 怒りのままに、バジルは剣を構えた。



 そしてゆっくりと、グシューとの間合いを詰めていった。



「ボクちゃんさぁ。


 俺に勝てると思ってんの?」



 バジルの殺気を受けても、グシューはヘラヘラと笑っていた。



「いつまでも……昔の俺だと思うなよ」



「……はぁ。舐めてると潰すよ?


 お前ら、バジルは俺がやる。


 手ェ出すなよ」



「「「「はい!」」」」



 グシューの指示に、手下たちが答えた。



 人数は、バジルたちが不利だ。



 1対1に持ち込めるのは、バジルにとってはありがたかった。



「俺が勝ったら


 手を引いてもらうぞ」



「良いぜ。ま、無理だろうけど」



 グシューも抜刀した。



 お互い剣を構え、向き合う形になった。



(行くぜ……!)



 バジルは前に出た。



 隙を見せず、有効打を狙わず、お互いの刃が合わさるように誘導した。



 つばぜり合いの形になった。



 バジルの狙い通りだった。



「間抜けが! 『爆裂剣』!」



 バジルのスキルが発動した。



 剣から爆炎が放たれた。



 グシューの体が爆炎に飲み込まれ、見えなくなった。



 そして……。



「間抜けはテメェだ。ボケが」



 バジルの腹に、長剣の先端が突き刺さった。



 グシューの剣だった。



 『爆裂剣』の直撃を受けたはずのグシューが、平然と剣を振るっていた。



「が……!」



 腹筋と内臓に傷を受け、バジルは膝をついた。



「バジル!」



 負傷したバジルを見て、バニが叫んだ。



 その直後、キュレーが動いた。



「っ!」



 バジルはキュレーの回復呪文の、効果範囲外に居た。



 キュレーは回復のため、バジルに駆け寄ろうとした。



「動くな」



 グシューの冷たい声が、キュレーの足を止めた。



 グシューは長剣の刃を、バジルの首筋に当てた。



 バジルの皮膚が微かに避け、血が流れた。



「近付いたらこいつを殺す。良いな?」



「そんな……」



「お前ら、バジルの仲間を拘束しろ」



「「「「はい!」」」」



 グシューの手下たちが動いた。



「あっ……」



 バニは何もできず、グシューの手下に拘束された。



 他の仲間たちも同様だった。



 3人は、グシューの手下によって縛られてしまった。



 大した抵抗は出来なかった。



 相手の言いなりになったとしても、助かる保証は無い。



 だが、即座にバジルを見捨てられるほど、彼女たちの心は強くも冷たくも無かった。



 少しの迷いさえ有れば、あらくれどもが若造3人を鎮圧するなど、簡単だった。



「…………」



 捕縛されたドスが、部屋の出口を見た。



 そこには何も無かった。



 ドスは次に、バジルへと視線を移した。



 バジルは膝立ちの状態で、腹の怪我を押さえていた。



「どう……して……」



 バジルは苦しそうな声で、グシューに尋ねた。



「爆裂剣が……完全に……」



「入って無いんだな。これが」



 グシューはバジルに左手を見せた。



 その中指、人差し指、薬指に、指輪がはまっていた。



「それは……?」



 バニが尋ねた。



「3つとも耐火の指輪だ。


 高いんだけどね。コレ。


 ……有名だろ?


 冒険者期待の新星、


 爆裂剣のバジルって言ったらさぁ。


 敵のエースの手の内


 分かってんのにさぁ、


 対策しないバカ居ねえよなぁ?


 それをまあ、


 俺のスキルは誰にでも通用しますなんてツラして……」



 グシューはバジルの肩を、おもいきり蹴った。



「ぐぁ……」



 膝立ちになっていたバジルが、仰向けに倒れた。



「バジルくん……!」



 キュレーがバジルの名を呼んだ。



「まあまあ面白かったぜ。


 さて……仕事だ」



 グシューはフルーレの方へ向かった。



 フルーレとエルは、縛られてはいなかった。



 グシューたちが警戒したのは、バジルのパーティだけ。



 フルーレたちには、人質を使う価値も無い。



 そう思われていた。



「っ……! 我が剣技で……」



 グシューが近付いてくると、フルーレは闘志を奮い立たせ、構えた。



 左手で剣の鞘を持ち、右手で柄を持った。



「お前を倒す!」



 フルーレは抜刀の勢いのまま、グシューに斬りかかった。



「フン」



 グシューは容易くフルーレの剣を弾いた。



 赤い剣が宙に浮いた。



 フルーレの手から離れた剣が、彼女から遠ざかっていった。



「剣技?


 何を勘違いしてやがるんだか。


 低レベルが高レベルに勝てるわきゃねぇだろ」



「あ……あぁ……」



 フルーレは丸腰になり、闘志も折られた。



「おねえ……さま……」



 彼女はもう、後ずさることしか出来なかった。



「お嬢様……!」



 エルはフルーレを庇い、彼女の前に立った。



 短刀を持ったエルの手は、恐怖で震えていた。



「どいてくんねぇかなぁ?」



 グシューは面倒くさそうに言った。



「お前さ、もう買い手がついてんだ。


 傷つけたくねぇんだわ」



「っ……! 『弱体化』!」



 エルは産まれて初めてスキル名を唱えた。



「うおっ!?」



 グシューはスキルの光に包まれた。



 すぐに光は止み、そして……。



「ん……」



 グシューは自分の体を見回した。



「んん~~~~?


 なんともねえなぁ」



 グシューは自身の異常を探したが、何も見つけることはできなかった。



「え……」



 スキルが通用しなかったことで、エルは呆然とした。



「いや……」



 グシューは目を閉じて、自身のクラスレベルを確認した。



「レベルが2下がってやがる。


 そんだけか。


 永続ってワケでもねえだろうし……ザコだな。ザコ。


 役に立たねぇスキル授かっちゃって、


 ご愁傷様。


 けどまあ、俺の邪魔しやがったからには……。


 とりあえず、死んどけ」



 グシューは剣を振り上げた。



「っ……!」



 そして、そのまま振り下ろそうとして……。



 金属音が、鳴った。



「テメェ……何してやがる?」



 若い男の声が聞こえた。



 刃は、エルに届く前に止まっていた。



 いつの間にか室内に、ヨークとミツキの姿が有った。



 ヨークの剣が、グシューの剣を受け止めていた。



「ヨーク!」



 絶望に染まっていたバニの顔に、安堵の色が満ちた。




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