その16「迷宮と指輪」




 王都にしか存在しない巨大な地下建造物、ラビュリントス。



 ただ、魔の獣だけを孕んでいる。



 人々に、傷病と死、EXPと魔石を与える、魔の迷宮。



 迷宮はいつから有るのか。



 迷宮は何のために存在しているのか。



 それらを知る者は少ない。



 人々はただ、ソレを生活の糧として利用した。



 冒険者となったヨークもまた、その内の一人だった。



 深い考えも無く、迷宮に惹かれた。




 ……。




 ヨークたちは、迷宮の入り口である大階段へ向かった。



 衛兵にギルド証を見せると、簡単に入場の許可は下りた。



 ミツキはギルド証を持たない。



 だが、ちらりと奴隷の首輪を見せたら、何も問われることは無かった。



 入場は許可制では有るが、それほど厳重でも無い様子だった。



 2人は大階段を降りていった。



 階段の先の大きな門を抜けると、木造の通路に出た。



 ヨークは通路の中央で立ち止まり、周囲を見た。



 迷宮の第1層は、壁も床も天井も、樹木で出来ているようだった。



「壁……木で出来てるんだな」



 ヨークはふしぎそうに言った。



「でこぼこしてて、


 生きた木の中を歩いてるみたいだ」



 そんなヨークの言葉に、ミツキが答えた。



「迷宮は、


 階層によって環境が違うらしいですよ。


 木造なのは多分、


 上層だけでしょうね」



「へぇ……。


 なんで知ってんの?」



「冒険者の手引きに書いてありました」



「色々載ってるんだな。


 文字多いくせに」



「文字多いからだと思いますが。


 ……それで、どう探索しますか?


 1層だと、


 あまり丹念に捜索しても、


 トゥァエジャは見つからない気がしますが」



「何だよトゥァエジャて」



「そのままですよ。お宝です」



「言うほどそのままか?」



「そのままです」



「それで、宝って?


 宝箱でも有るのか?」



「いえ」



「ん?」



「死んだ冒険者の遺品ですね」



「デスアイテム?」



「イェイ」



「死体から剥ぎ取るとかちょっと……」



「おい私を人でなしみたいに見るのは止めなさい。


 止めろ」



「ギョロリ」



 ヨークは、指で自分の瞼を釣り上げてみせた。



「目潰し」



 ミツキはゆっくりと、2本の指をヨークの顔に近付けた。



「甘い。目潰しガード」



 ヨークはパクリとミツキの指をくわえた。



「むっ」



「悪趣味は止めて、


 純粋に探索を楽しもうぜ?」



「……冒険者の遺体は、


 迷宮に吸収されるそうです。


 残されているのはアイテムだけなので、


 そこまで罪悪感は無いらしいですよ」



「……誰に聞いたんだよ」



「手引きです」



「コイツ……手引きに毒されてやがる」



「アア……手引きニ完全ニ……


 心ヲ奪ワレルマデニ……私ヲ殺シテ……」



「ミツキ……良い奴だったのに……」



「どの辺が良い奴でしたか?


 やはり顔?」



「そろそろ行くぞ」



「はい。適当にぶらぶら回りますか?」



「個人的に、


 地図のここが気になるんだよな」



 ヨークは手に持っていた地図をミツキに見せた。



 そして、ある1点を指さしてみせた。



「何か有るんですか?」



 ミツキはそう言いながら、地図を覗き込んだ。



「スライムが書いてあるだろ?」



 ヨークが指さした部屋には、デフォルメされたスライムが描かれていた。



「はい。それで?」



「ひょっとして、


 スライムが出るんじゃないかと思ってな」



 この地図は、子供向けの飾りでは無い。



 プロの冒険者に向けた、実用的なものだ。



 ならば、意味もなくスライムを描いたりはしないはずだ。



 ヨークはそう考えていた。



「スライムなんか見つけて、


 どうするんですか?」



「なんかてお前。


 スライム様に向かって……」



「ノーマルスライムは、


 EXPの少ない最弱のモンスター。


 ドロップアイテムを落とす事も無く、


 旨味は皆無。


 逃げるのも簡単なので、


 低レベルのパーティでも無い限り、


 戦う必要は無い」



「は?」



「手引き様のお言葉です」



「燃やすぞ」



「えっ……」



「いや燃やさんけど。


 スライムを馬鹿にすんな」



「お好きなんですか? スライム」



「俺が乱獲しすぎたせいで、


 森からスライムが居なくなってしまったほどだ。


 あれはショックだった……」



「歪んだ愛ですね」



「行こうぜ。


 丸焼きにしてやる」



「はぁ」



 ヨークたちは、地図を頼りに迷宮を進んだ。



 そして、地図でスライムが記されていた部屋へとたどり着いた。



 その大部屋には、ヨークの予想通り、色とりどりのスライムが群れをなしていた。



「おぉ……!」



 それはヨークにとっては、夢のような光景だった。



 ヨークは感激の声を上げた。



「スライムだらけですね。


 それで、どうするのですか?」



 温度差の有る声音で、ミツキが尋ねた。



「これから毎日スラを焼こうぜ?」



「何故」



「何故って、レベル上げだよ」



「別にスライムで無くても良いのでは?」



「分かってないなぁ~。


 これだから素人は」



 ヨークは小馬鹿にしたような笑みを浮かべた。



「猫パンチ」



 ミツキはヨークの肩を、軽く殴った。



「痛っ!」



 ヨークは本気で痛がってみせた。



 怪力なので、手加減しても痛かったのだろう。



「猫て。おまえ狼じゃん」



「説明。ナゼスライム」



「新種のスライムを創るな。


 ……スライムはな、


 機動性が低くて


 魔術が弱点だ。


 魔術師はスライムの天敵なんだよ。


 だから、俺のスキルで強化しても、


 安全に狩ることが出来るんだ」



「なるほど」



「それじゃあ早速……」



 その時、通路の方から声が聞こえた。



「あれ? スライム部屋に人居んじゃん」



「初心者だろうね。


 懐かしいね。


 私たちも駆け出しの頃はさ……」



 声のぬしは、2人組の冒険者のようだった。



 男女のペアだ。



 声はすぐに遠ざかっていった。



「う~ん……」



 ヨークは唸った。



「どうしました?


 スライムを狩るような


 レベル1のザコだと思われるのが


 恥ずかしいのですか?」



「いや、それは別に」



「私は恥ずかしいんですけど?」



「我慢しなさい。


 見られるのは良いんだけどさ……。


 狩りの最中、


 近くを人が通ったら、


 EXP吸われるよな?」



「そうですね」



「なんか嫌だな」



「まあ、分からなくも無いです」



「入り口見張ってくれるか?」



「なんだか不審者っぽいので嫌です。


 それよりもですね」



「ん?」



「こんなこともあろうかと」



 ミツキは『収納』スキルで指輪を取り出した。



 その指輪に、ヨークは見覚えが無かった。



 おそらくは、さっきの道具屋で買った物なのだろう。



 指輪の台座には、カットされた魔石がはめられていた。



 魔導器のようだった。



「どうぞ」



 ミツキはヨークに指輪を差し出した。



「指輪? 俺にプロポーズすんの?」



「はい。結婚して下さい」



「やったぜ。


 子供は何人にする?」



「3人は欲しいですね。


 それで……。


 まずは指輪を嵌めてみて下さい」



「どの指でも良い?」



「そうですね。


 左手の薬指以外なら、どこでも」



「ああ」



 ヨークは左手の中指に指輪をはめた。



「嵌めた」



 ヨークは指輪を装着した手を、ミツキに見せた。



「あれ……?」



 ヨークの手を見て、ミツキは疑問の声を上げた。



「何か間違えたか?」



「その指輪、何ですか?」



 ミツキはヨークの手を指差した。



 ミツキが渡した指輪の隣を。



 左手の人差し指に、ミツキには見覚えのない指輪がはまっていた。



「昨日までは


 嵌めていなかったと思うんですけど」



「貰った」



「……幼馴染の方にですか?」



「ああ。何かの魔導器だと思うんだが……」



「ソレの話は後にしましょう」



「どうすんの?」



「私の指輪はきちんと嵌めましたね?」



「だから嵌めたって」



「はい。それでは、


 魔石をスライムに向けてみて下さい」



「ん」



 ヨークは、スライムの群れから1体を選び、指輪を向けた。



 するとミツキがこう言った。



「そして、呪文を唱えて下さい。『テリトリー展開』と」



「『テリトリー展開』」



 ヨークはそう唱えたが、特に変化は見られなかった。



「……何も起きんが」



「はい。呪文を唱えるというのは、嘘ですからね」



「その嘘いる?」



「ワクワクしませんでした?」



「いや?」



「本当は?」



「……ちょっとだけ」



「よろしい」



「で、本当は?」



「魔石に魔力を籠めて下さい」



「あいあい」



 神の加護を授かった者は、多かれ少なかれ、全員が魔力を持っている。



 ヨークも同様だった。



 ヨークは指輪に意識を集中した。



 ヨークの体を流れる魔力が、指輪へと流れ込んだ。



 そのとき、指輪からスライムへと光線が放たれた。



 そして、ヨークとスライムを囲むように、水色の半透明の『ドーム』が展開された。



「これは……?」



 ヨークは、ドームの外側に居るミツキに尋ねた。



 ミツキの姿はドームのせいで、少し青みがかって見えた。



 ヨークには、それがハーフの肌色のように見えた。



「この壁は、EXPを閉じ込めてくれます。


 ちなみに……」



 ミツキは外側から、ドームに触れようとした。



 すると、ミツキの手はドームを貫通した。



 ミツキの手首から先だけが、ドームの内側に入った。



「光とEXP以外のモノは、全て貫通します。


 防御などには使えませんね。


 それと、少し歩いてみて下さい」



「ああ」



 ヨークはスライムの方へ歩いた。



 ヨークの移動に合わせ、ドームが小さくなっていった。



「ドームは、自分と敵の距離に合わせ、


 大きさが自動調整されます。


 この場合、敵を倒すと


 ドームは自然消滅します。


 スイッチを切り替えると、


 自分を中心に『大きさ固定のドーム』を


 作り出すことも出来ます。


 この場合、


 敵の有無とは関係無く、


 ドームを維持することが出来ます。


 また、目立ちたくない時は、


 ドームを透明にしたりも出来ますね」



「便利だな」



「EXPの分配は、


 死活問題ですからね。


 この魔導器が発明されて、


 迷宮内でのトラブルが大幅に減ったらしいです」



「博識すぎねえ?」



「手引きです」



「全知全能かよ」



「手引きに人類が


 支配される日も近いですね。


 ……ところで、スライムに気付かれてますよ」



「だろうな」



 ヨークに近いスライムの群れが、じりじりと、彼との距離を縮めていた。



「のんきですね」



「動き遅いからなあ。


 特にレベル1のやつは」



 スライムたちは、もぞもぞと近付いてくるが、なかなか距離は縮まらなかった。



 平然と会話するだけの余裕が有った。



「お前もドームに入れよ」



「良いのですか?」



「パーティだろ?」



「そうですけどね」



 ミツキはドーム内へ入り、ヨークの隣に立った。



「良し。それじゃあ狩るか」



 ヨークの杖が、最も近いスライムへと向けられた。




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