その15「武器屋と道具屋」




 ヨークはミツキを追った。



 通りには人が多い。



 突き飛ばさないように、注意して駆けた。



 特に、今は折れた剣を手に持っている。



 通行人に怪我をさせないよう、注意する必要が有った。



 ヨークとミツキ、2人のクラスレベルは同程度だ。



 ミツキは聖騎士で、ヨークは魔術師。



 クラスの差で、ミツキの方が脚が速い。



 だが、2人の距離は徐々に縮まっていった。



「待てよ……! 待てって!」



 ようやくヨークの手が、ミツキの腕を掴んだ。



 腕を掴まれたミツキは、抵抗せず立ち止まった。



「何ですか」



 ミツキは振り返ることなく問うた。



「こっちのセリフだ。


 いきなり逃げんな。


 おかげであいつらに説明……」



 ヨークの言葉の途中で、ミツキが口を開いた。



「逃げる……?


 アホなのですか?」



「は?」



 いきなりアホ呼ばわりされて、ヨークは顔をしかめた。



「せっかく人が気を利かせたのです。


 積もる話も有るだろうと……。


 そう言ったのに、


 追いかけて来てしまうなんて……。


 アホですよ」



「俺が……お前のこと邪魔だなんて言ったかよ?」



 少し怒ったような調子で、ヨークが言った。



「いえ。


 ですが、幼馴染の集まりに奴隷が混じるのは、


 どうですかね?」



「気にしてんのか?


 バニに奴隷って言われたの」



「いえ。


 私が奴隷というのは事実ですし?」



「事実だったら何とも思わないなんて、


 そんな馬鹿な理屈が有るか」



「……何なのですか。


 私は傷ついていないのに、


 どうしても、


 傷ついたという事にしたいのでしょうか」



「俺はあいつらに、お前を紹介したかった」



「必要の無いことです」



「お前が嫌なら止めるよ」



「嫌と言うか、


 無駄なことは止めておいた方が良いです」



「そうかよ。


 ……ただ、バニも別に悪い奴じゃねーんだ。


 あんまり嫌わないでいてくれると、助かる」



「まったく。


 誰が嫌ったと言ったのですか。


 下らない問答、


 もう止めにしません?」



「……分かったよ。これからどうする?」



「私たち、迷宮に行く予定だったと思うのですが」



「行くか……。って」



 ヨークは自分の手元を見た。



「剣が折れてたんだった」



 ヨークの手には、折れた長剣が握られっぱなしになっていた。



「そういえばそうですね。


 忘れてましたけど」



 ミツキはフードの開口部の、上の方をつまんだ。



「あの男、あなたがくれた剣を折りました」



 元は、村の自警団から持ってきた剣だ。



 だが、旅の流れでなんとなく、ミツキの剣ということになっていた。



「こんだけ見事に折れてると、


 どうしようもないな。


 ……捨てるか」



「捨てるのは後で良いでしょう。


 私のスキルで『収納』しておきます」



「よろしく」



 ヨークは折れた剣を逆さに持ち、ミツキに手渡した。



「はい」



 ミツキのスキルによって、折れた剣はヨークの視界から消えた。



「武器屋に行きますか?」



 剣の『収納』が終わると、ミツキはヨークに尋ねた。



「上層なら、剣無しでもなんとかなる気もするけどな」



 ヨークはそう言った。



 上層とは、迷宮の1階層から20階層を指す。



 初級冒険者の領域だ。



 レベルをしっかり上げてきた自分たちなら、どうにかなる。



 ヨークはそう見積もっていた。



「油断はいけませんよ」



「そうか」



「はい。それに、他にも必要な道具が有ると思いますし」



「道具?」



「迷宮の地図とか」



 迷宮の地図。



 少年心をくすぐる響きだった。



 ヨークの心境が、一気に買い物へと傾いた。



「そうか。


 んじゃ、買い物行くか」



「はい。武器屋から行きましょう」



 2人は武器屋を探し、歩き始めた。




 ……。




 一方……。



 バジルは、とある宿を訪れていた。



 周囲に仲間の姿は無い。



 一人だった。



 バジルは階段を上り、2階に移動した。



 そして客室の前に立ち、ノックをした。



「入れ」



 部屋の中から、低い男の声が聞こえた。



 許可が出ると、バジルは扉を開いた。



「……失礼します」



 珍しく敬語を使いながら、バジルは扉をくぐった。



 中に入ると、丸テーブル周囲の椅子に、4人の男が腰掛けていた。



 男たちの手には、カードが有った。



 テーブルには貨幣が積まれている。



「お前か」



 リーダー格らしき男が、バジルを見て口を開いた。



 人族。



 髪は薄赤で、瞳は灰色。



 背はヨークより少し高いくらい。



 袖のない上着から、がっしりと筋肉のついた腕が伸びていた。



「どうも。グシューさん」



 バジルは男に頭を下げた。



「何だ? 依頼の話か?」



「はい。それもありますが。


 お尋ねしたいことが有りまして」



「あ?」



「最近そちらで奴隷を売買されましたか?」



「奴隷……?


 ああ。『狼耳』の……」



「……!」



 狼耳と聞いた瞬間、バジルの四肢にぎゅっと力が入った。



 ヨークが連れていた奴隷も、たしかに狼耳だった。



「『雄』ならたまに扱ってるが」



「…………」



 バジルの四肢から力が抜けた。



「雄……ですか?」



「ああ。なんでか知らねえけど、


 雄しか市場に出て来ねえんだよな。


 それがどうかしたか?」



「いえ。失礼しました。


 ……依頼の方は?」



「悪いが、進展ナシだ。


 実際、王都に居るって根拠もねえしな」



「そうですか。


 ……これはほんの気持ちです。


 どうぞ」



 バジルは高級酒の瓶を、テーブルに置いた。



「おお。ありがとよ」



「それでは、失礼します」



 丁寧に頭を下げると、バジルは客室を出た。



 それから階段を下り、宿屋から出て、路上で立ち止まった。



(連中はシロ……か?


 下手に踏み込むと、


 逆にヨークが目ェつけられる可能性も有るからな……。


 けど、連中が関係無いって言うンなら、


 ヨークはいったいどこから奴隷を……)



 バジルは思案したが、それらしい答えは出てこなかった。



 一方。



 宿の客室で、グシューは酒をグラスに注いでいた。



 バジルが持ってきた酒だ。



 なみなみと注ぎ終えると、グシューはグラスを口に運ぼうとした。



 そのとき……。



「グシューさん」



 いつの間にか、窓の方に男の姿が有った。



 勝手に窓を開き、そこから入ってきたらしい。



 その人物は、華奢な優男のようだった。



「うおっ!?」



 グシューは驚いて、グラスの酒を零してしまった。



「あぁ……もったいねえ……」



 グシューは、服にこぼれた酒を見ながら言った。



「オッチーてめえ。


 ドアから入って来いって言ってんだろうがよ」



「すいません。つい癖で」



「それで? 何の用だ?


 下らない用件だったら、ぶっ飛ばすぞ」



「仕事です」



「何すりゃ良いんだ?」



「女を一人、始末して下さい」



 男は、まるで宅配でも頼むかのような調子で、そう口にしたのだった。




 ……。




「お邪魔しま~す」



 ヨークたちは、武器屋を見つけて入店した。



「らっしゃい。


 何が欲しいんだ?」



 禿頭の大男が、気の良い笑みでヨークを出迎えた。



 その貫禄は、ただの店員には見えない。



 どうやら男はこの店の店主のようだ。



「別に、普通の剣で良いんだけど」



 ヨークがそう言った所に、ミツキが口を挟んだ。



「いけません」



「ん?」



「せっかく買って頂けるのに、


 すぐに折れるような剣では困ります。


 ずっと使える、


 頑丈なのが欲しいです」



「そうは言うがな。


 今のところ予算がそんなに無い。


 安物で我慢してくれ」



「むぅ……」



「おいおいボウズ。


 うちの商品を舐めてもらっちゃ困るぜ。


 1番下の剣だって、


 そう簡単に折れるような作りはしてねえよ」



「本当ですか?」



 ミツキが尋ねた。



「ああ」



「それなら……。


 もし買った剣が折れてしまったら、


 もっと良いのに換えてもらっても良いですか?」



「んん? 良いぜ」



「それなら、これとこれ、2本お願いします」



 そう言って、ミツキは長剣を2本、手に取った。



「分かった。鞘も買っていくか?」



「要りません。


 こいつらは、ここで折るので」



「えっ?」



 ミツキは剣の片方を、上方に投げた。



 そしてもう片方の剣で、おもいきり切りつけた。



 レベル100超えの、前衛職の膂力が、剣を叩き折った。



 折れた刃が飛んだ。



 刃は、店主の顔のすぐ隣を通過し、壁に突き刺さった。



「ヒッ!?」



 突然の命の危機に、店主は短い悲鳴を上げた。



「あっ、すいません。


 刃が飛ぶ方向を


 考慮していませんでした」



(剣って斬れるんだな。


 知らんかった。てか)



「普通に殺人未遂じゃね? これ」



「事故ですよ。それで……。


 良い剣に換えてもらえるのですよね?」



「いや、折れたらっつったけど!?


 自分で折るのはどうなの!?」



 冷や汗を流しながら、店主がツッコミを入れた。



「そうは言いますけどね?


 私と同じレベルの剣士と戦えば、


 私は剣を折られて


 負けるということですよ。


 そんな商品を、自信満面で売りつけるのは、


 いかがなものでしょうか?」



「っ……」



 ミツキの言葉に、一理有ると思ったのか。


 店主の表情が、マジメなものに変わった。



「分かったよ。好きなの持ってけ」



「良いのか?」



 さすがに悪いのではないかと思い、ヨークがそう尋ねた。



「自慢の剣をこんな風にされたのは、


 産まれて初めてだ。


 身なりを隠してるが、


 凄い剣士なんだろう?


 そんな人に商品を使って貰えるなら、


 ウチの店にも箔が付くってもんだ」



「そうか」



(実際はただの素人なんだが)



 ヨークはそう思ったが、口には出さず、ミツキの方を見た。



「ミツキ。どれにするんだ?」



「ヨークが選んで下さいよ」



「お前が使うんだ。


 自分で選んだ方が良いだろ?」



「私、剣の事なんか分かりませんから……。


 選んで下さい。


 お願いします」



「後で文句言うなよ?」



「はい」



「頑丈なのが良いんだったな……」



 ヨークは店に並んだ剣を、1本1本見比べていった。



「ん……。


 それじゃ、コレとかどうだ?」



 ヨークは、巨大な刀身を持った、無骨な剣を選んだ。



「えっ。それは可愛くないです」



「文句言わないって約束だよな!?


 つーか、可愛い剣って何だよ……?」



「無いですか」



「無いでしょ」



「有るぜ」



 エボンがそう言った。



「有んの!?」



「可愛すぎて売れなかったんだが、


 倉庫から持ってくるか?」



「いえ。


 仕方ないので、


 ヨークが選んでくれたやつにします」



「ちぇっ」



 提案を断られ、エボンはなぜか残念そうにしてみせた。



「良いのか?」



 ヨークがミツキの意思を確認した。



「はい」



 ミツキは、ヨークが選んだ大きな剣を手に取った。



「これ、下さい」



「よっしゃ。持ってけドロボー」



 武器屋の男が、冗談めかして言った。



 だが、これはジッサイ泥棒と変わらないのではないか。



 そう思ったヨークは、フォローを入れることに決めた。



「えっと……。


 今は金無いけど、


 稼げたらちゃんと払いに来るんで」



「おう。期待せずに待ってるぜ」



「信頼度低いな」



「あったりめぇだ。


 冒険者の言うことなんか真に受けて、


 商売なんてやってられっか」



「冒険者とはいったい……うごご……」



「けどまあ。


 ボウズたちにはちょっとは期待してるぜ」



「……ありがと」



「ボウズ。名前は?」



「ヨーク。ヨーク=ブラッドロードだ」



「ミツキです」



「俺はエボンだ。よろしくな」



「はい。それでは」



 無事に剣を手に入れたヨークたちは、武器屋を出た。



 その後、冒険者向けの道具屋へと向かった。



「これとこれとこれとこれ下さい」



(すげぇ何か買ってる……)



 品数の多さに圧倒されるだけだったヨークを尻目に、ミツキは次々とアイテムを買い漁っていった。



 買い物が終わり、2人は道具屋を出た。



「いっぱい買ったな~」



 そう言って、ヨークはミツキの手元を見た。



 ミツキは両手いっぱいに、荷物を抱えていた。



 彼女は大量の荷物を、スキルで『収納』していった。



「デスマネーが潤沢なので」



 ミツキは、死んだ奴隷商人から奪った金銭を指し、そう言った。



「……めっちゃ呪われてそう。


 それで、何買ったんだ?」



「色々ですけど」



「何に使うんだ?」



「色々です」



「ふぉーえぐざんぽー」



「上層の地図を買いました。見ます?」



「見る見る」



「どうぞ」



 ミツキは『収納』スキルで地図を取り出し、ヨークに渡した。



 ヨークが受け取った地図は、冊子の形になっていた。



 パラパラとめくると、一つの見開きごとに、一つの階層の地図が描かれている様子だった。



 デザインが凝っていて、旅行者が土産として買っていくことも有るらしい。



「なんかワクワクするよな。こういうの」



 地図を眺めながら、ヨークがそう言った。



「そうですか? 買って良かったです」



「ちなみに、そっちは何読んでんの?」



 いつの間にかミツキは、謎の書物に目を通していた。



 ヨークの位置からは、本のタイトルは見えなかった。



「冒険者の手引きです」



「面白い?」



「文字多いですよ」



「俺はこっちで良いや」



 そう言ってヨークは、手中の地図に見惚れた。



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