その14「再戦と勝敗」




 ヨークたちは、ギルド前の広い通りに出た。



 彼らが冒険者だということは、格好を見ていればわかる。



 ヒリついた様子の冒険者たちを、街行く人々は避けて通った。



 ヨークとバジルを基点に、開けた空間が出来た。



「……で?」



 バジルは首を傾けて、問うた。



 ヨークは、自分に向けられたバジルの瞳を見返した。



 怯みの無い、まっすぐな視線で。



 ヨークは胸を張り、バジルに言った。



「バジル。


 俺は……冒険者になる」



「はっ?」



 バジルは嘲笑の気を吐き出した。



「前に分からせてやったはずだが?


 分からなかったか?


 それとも、忘れっちまったのか?」



(まさか)



 敗北の日のことを、ヨークは当然に覚えていた。



 忘れられるはずが無かった。



「あれは悔しかったさ。けどな……」



 ヨークの表情が、穏やかに崩れた。



「自分の道は見つけた。


 俺だけの道だ。


 もう……卑屈にはならない」



「もう1回分からせてやろうか?」



 バジルは腰の剣に手をかけた。



「ちょっと……! バジル……!」



 冒険者はあらくれだ。



 それでも、通りで切り合うというのは、穏やかでは無い。



 それに、前にどうなってしまったのかを忘れたのか。



 バニは視線でバジルを牽制した。



 だが……。



「そうしてくれ」



 ヨークは堂々とそう答えた。



「は?」



「えっ?」



 バジルとバニが、短く声を漏らした。



 戦いに乗り気なヨークを見て、あのバジルすらも、意表を突かれた様子を見せた。



「バニ。心配しないでくれ」



 ヨークがバニに声をかけた。



「そんなこと言ったって……」



「だいじょうぶ。それに……。


 俺は、今の自分の強さが知りたい。


 前みたいに、剣で勝負しよう」



「本気でやンのか?」



「ミツキ。剣を貸してくれ」



 剣は今、ミツキによって『収納』されていた。



 なのでヨークは、斜め後ろのミツキへと、手を伸ばした。



「嫌ですよ」



 ミツキはそう答えた。



 彼女は左手の親指と人差し指で、フードの上の部分をつまんでいた。



 おかげでヨークには、ミツキの表情は見えなかった。



「ミツキさん?」



 予想外のミツキの答えに、ヨークの気勢が削がれた。



「はい。ミツキさんですが」



「今めっちゃ剣が要る場面なの、


 見て分かりません?」



「全然」



 ミツキは顔を右に向けた。



 子供が拗ねたような仕草だった。



「えぇ……」



 空気を読まないミツキに対し、ヨークは呆れたような声を漏らした。



「なに勝手に盛り上がってるんですか私は無視ですか。


 人の質問を無視する村民に、


 武器なんか渡しませんよ」



「質問って何だっけ?」



 ……お知り合いですか。



 少し前、ミツキはヨークにそう尋ねた。



 バジルに気持ちを吸い取られたヨークは、ミツキの質問に答えなかった。



 2人きりのときは、そんなふうにふるまうことは無かった。



 ミツキの何気ない質問に、ヨークは笑顔で答えていた。



「……素手で戦えば良いじゃないですか」



 ヨークは何を聞かれたのか、全く記憶に無かった。



 だが、ミツキがこういう態度を見せるのは珍しい。



 自分が悪いのだろうなと、なんとなく思った。



「悪かったから。好きに質問してくれ」



「あの人たちは何者ですか」



「友だちだよ。村の幼馴染」



「村民仲間ですか。


 ……その割には


 険悪な雰囲気ですが」



 ミツキはバジルを見て言った。



 バジルからは、ずっとピリピリとした空気が発散されていた。



「あいつはああいう性格なんだよ」



「はぁ」



「おい、いつまでウダウダやってやがる」



 短気なバジルが、不機嫌そうに言った。



「剣、頼むよ」



 ヨークは再びミツキに頼んだ。



「どうぞ」



 ミツキは空中から、剣を出現させた。



 そして刃の部分を持ち、ヨークへと差し出した。



 ヨークは剣を受け取り、軽く振って、重さを確かめた。



「『収納』だと……?」



 レアスキルを見て、バジルの視線が初めてミツキに向かった。



「そのローブのチビ、いったい……」



「あなたとそこまで身長変わらないと思いますけど?」



「…………」



 バジルの瞼が上がった。



「バジル。今は俺を見ろよ」



 ヨークが言った。



「グダらせたのはテメェらだろうが」



「面目ない」



「けど……そうだな。


 今はテメェをボコる」



 バジルは腰の剣を抜刀し、構えた。



 前に戦ったときよりも、崩れた構えだった。



「簡単にはやられねーよ?」



「ぬかせ!」



 バジルは前に出た。



 自分から攻めるのが、バジル本来の喧嘩スタイルだ。



 荒々しくも力強い剣が、ヨークへと向かった。



「…………」



 ヨークはバジルの攻めを、軽く受け止めた。



「っ……!」



 ヨークの強固な受けに、バジルの表情が揺らいだ。



 バジルは2度3度と攻めを重ねた。



 だが、ヨークは揺るがなかった。



 どっしりと立ち、全ての攻撃を冷静に捌いていた。



「なあ、今レベルいくつだ?」



 ヨークは余裕の有る口調で尋ねた。



「何だよ……!」



 以前とは様変わりしたヨークを相手に、バジルは苛立ちを隠せなかった。



「前は17だったな? 今は30くらいか?」



「知るかよっ!」



 バジルは攻撃を続けた。



 だが、その全ては意味を成さなかった。



「……おばさん心配してたぞ。


 次はいつ村に帰って来る?」



「時じゃねえ!」



 苛立ちの中、バジルは本音の一端を漏らした。



「時? どういうことだ?」



「うるせェぞ! 戦ってンだろうが!」



「……そうだな。


 今度はこっちから行くぞ」



「っ!」



 ヨークが初めて攻めた。



 右上から左下に走る、しっかりと力の入った剣だった。



 鋭い。



 バジルの想定より遥かに。



 ヨークの一撃を、バジルは辛うじて受け止めた。



「ぐっ……!」



 楽だ。



 ヨークはそう感じた。



 大きな差が、2人の間に出来ていた。



 その差は、クラスの力を得る前よりも大きい。



 ヨークのレベルは、たとえ3で割ってもバジルより大きい。



 魔術師なのに、純粋な力で、ヨークはバジルを上回った。



(やっぱり、レベルの差は大きい)



 成長がもたらした結果を見て、ヨークはそう考えた。



 ヨークはさらに攻めた。



 2人の剣が合わさった。



 鍔迫り合いの形だ。



 パワーに差が有る。



 崩せる。



 ヨークはそう確信した。



(崩して、次で決め……)



「『爆裂剣』!」



 バジルが叫んだ。



 バジルの剣が赤く輝いた。



 剣の前方で、爆発が起きた。



 ヨークは爆風に押され、吹き飛ばされた。



「「ヨーク!」」



 地面を転がったヨークに向かって、2人の少女が叫んだ。



 6メートルほど転がったヨークは、仰向けの姿勢で停止した。



「っ……」



 ヨークは上体を起こした。



(何が起きた……?)



 ヨークは混乱した頭で、なんとか状況を把握しようとした。



「バジル! 何考えてるの!」



 周囲を見ると、バニが怒鳴っているのが見えた。



「仲間にスキルを使うなんて……」



「……うるせぇ」



 バジルはふてくされたように、バニから顔を逸らしていた。



 ヨークはようやく状況を飲み込めてきたような気がした。



(そうか……。


 俺はバジルのスキルを受けたのか……。


 油断した。


 レベルで上回っていると。


 体は……まだ動くが……)



 ヨークの全身に、痛みが走っていた。



 戦えないほどの痛みでは無い。



 レベルの差が、ヨークを守ってくれたのだろう。



 だが……。



「剣が……」



 ヨークは呟いた。



 ヨークの剣は、鍔から15センチくらいの位置で、刃が折られていた。



 元からたいした剣では無い。



 村から借りパクしてきた安物だ。



 酷使すれば、こうなってしまうのは仕方のないことだった。



(ボッキリ逝きやがったな。


 戦うだけなら魔術が有るけど……。


 剣の勝負だって言ったからな)



 純粋な剣の勝負なら、バジルは反則負けだ。



 少なくとも、他の面々はそう考えていた。



 だが、バジルのスキルには剣の字が入っている。



 それならば、スキルもバジルの剣技の一部と言えなくも無い。



 ……自分の負けでも仕方がないかもしれない。



 ヨークはそう考えていた。



「バジル……」



 素直に負けを認めよう。



 そう考えて、ヨークは立ち上がった。



「俺の負……」



「死ねっ!!!」



 ミツキのドロップキックが、バジルを吹き飛ばした。



「ぐぼおっ!?」



 低い声と共に、バジルの姿が遠ざかっていった。



「えっ?」



 ヨークは間の抜けた声を上げた。



「バジルくん!?」



 キュレーが慌ててバジルに駆け寄った。



 ミツキはヨークの方へ駆け寄った。



「ぐ……」



 バジルは苦しそうに呻いた。



「だいじょうぶですか!? ヨーク!」



 ミツキはそう言うと、ヨークにぺたぺたと触れてきた。



 どう見ても、だいじょうぶで無いのはバジルの方だったが。



「過保護か」



 ヨークは呆れたように言った。



「えっ?」



「別に、ただの喧嘩だってのに……」



「けど……」



「バジル。悪い。今回は俺の……」



 ヨークは今度こそ、負けを認めようとした。



「ヨーク!」



 突然に、バニが大声を出した。



 彼女は表情を一変させていた。



 悲しみと焦りが、混じったような表情だった。



「バニ?」



 バニの表情の意味がわからず、ヨークは彼女の名前を呼んだ。



「どういうこと……!?」



「俺のレベルのことか? これは……」



「違う!」





「どうしてヨークが奴隷なんか連れてるの!?」





 飛び蹴りでフードがめくりあがり、ミツキの容姿が露になっていた。



 ミツキの狼耳と首輪が、衆目に触れていた。



「あっ……。


 それは……」



 ヨークは言葉に詰まった。



 人道に反した事をしている気は無かった。



 だが、バニはつらそうな顔をしていた。



 適切な言葉を考え出す前に、ミツキが口を開いた。



「ヨーク。


 どうやら私はお邪魔なようです。


 友人同士、


 積もる話も有るでしょうから……。


 先に……宿に戻っていますね」



 ヨークの返答も待たず、ミツキはヨークに背を向けた。



「ちょ、待てよ」



 ヨークは呼び止めたが、ミツキは止まらなかった。



「クッソ……。


 悪いバニ! 詳しい話はまた今度な!」



 ヨークはミツキを追って走り出した。



「あっ……」



 バニとヨークの距離が、離れていく。



 そのとき。



「ヨーク!」



 ドスが珍しく、大声を出した。



 ヨークは一瞬立ち止まった。



「これを嵌めておけ!」



 ドスがヨークに何かを投げた。



 ヨークはそれを受け止めた。



 ヨークはすぐに走り出し、ドスの視界から消えた。



「ヨークが……ヨークが奴隷を……」



 青ざめながら、バニは呟いた。



 そんなバニに、キュレーが寄り添おうとした。



「落ち着いて。バニちゃん」



「け、けど……。


 綺麗な……女の子だった……。


 私なんかよりもずっと……」



「そんなこと無いよ。だいじょうぶだよ」



「ンなこと言ってる場合かよ」



 空気を読まず、バジルが口を開いた。



「バジル?」



 バニはバジルを見た。



「あいつ……どこであのゴリラを手に入れやがった?」



「バジルくん。女の子にゴリラなんて言っちゃダメだよ」



 口が悪いバジルを、キュレーがたしなめた。



「話逸らすな。


 ヨークの奴が、


 どうやって奴隷手に入れたかっつってンだよ」



「それは……」



 バニが口を開いた。



「村に奴隷商人が来た?」



「あのチンケな村にか?」



「どこかの寄り道で来たのかもしれないし……」



「金は? 


 ヨークは孤児だ。


 遺産が有るなンて話も聞いたことがねぇ


 あいつはどうやって奴隷を買った?」



「まさか……。


 悪い連中に目をつけられた……?」



「そうは思わんがな」



 バジルとバニの話に、ドスが口を挟んだ。



「どうしてだ?」



「あいつは昔のままだった。


 いや……。


 前より明るくなったと言って良い」



「それってあの娘が……」



「深読みするな。


 とにかく、後ろ暗いところが有るようには見えなかった。


 『連中』との関わりは、


 無いと思うがな」



「そうか。


 だが、もし連中が


 ヨークに手を出してやがったら……」



「そうだな。


 だが、まずはレベルだ。


 何をするにしても、


 今の俺たちではレベルが足りていない」



「……思ってたより窮屈だったな。


 冒険者ってやつは」



「ああ。


 ヨークはうまく


 レベルを上げた様子だったが……」



「……見た感じ、レベル40は有るな」



 自分との力量差から、バジルはそう推測した。



「そんなに?


 半年でレベルを30以上も上げたってこと?」


 ……ムチャクチャね」



「何かコツが有るのかな? レベル上げの」



 キュレーが疑問を呈した。



「深く考えることはねェと思うけどな。


 ゴリラがヨークのレベルを上げたンだろうさ」



「パワーレベリング? あの娘が?」



 バニが意外そうに言った。



「ゴリラはダメだってば」



 そう言うキュレーを無視して、バジルはバニとの話を続けた。



「あいつはヨークよりもレベルが上だ」



「ホントに?」



「一撃でアバラが粉々にされた。バケモンだ」



「どうして早く言わないの!?」



 キュレーがバジルを叱りつけた。



「何が」



「怪我してるんでしょ!?」



「ああ。話が終わったら言おうと思って」



「早く怪我見せて!」



「お、おう……」



「あっ……」



 バニが何かに気付いた様子を見せた。



 それを見て、ドスが尋ねた。



「どうした?」



「ヨークの連絡先、聞いてない……」



「お互い冒険者だ。すぐに会えるさ」



 ドスは励ますように言った。



「……そうね」



 そう言ったバニの表情は、決して明るくは無かった。



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