その13「ギルドと入会」




「……見せびらかす?」



 予想もしない指摘に、ヨークは少し固まった。



「俺は別に、見せびらかしてるつもりはねーけど」



「お連れ様はお美しい。


 普通に歩いていても、


 目立つのは避けられないでしょう」



「確かにミツキは美人だ。


 目立つかもな。それが何だ?」



「…………」



 美人だと言われて、ミツキの耳がピクリと動いた。



 それを見なかったフリをして、サトーズは言葉を続けた。



「妬みを買います」



「…………?」



 サトーズの言葉の意味が分からず、ヨークは疑問符を浮かべた。



 釈然としない様子のヨークを見て、サトーズは言葉を重ねた。



「お客様。奴隷とは、


 とても羨ましいものなのですよ」



「どういうことだ?」



「言葉の通りです。


 人々はあなたが持つ奴隷を、


 欲しいと思うでしょう」



「奴隷が欲しいなら、


 買えば良いだろ?」



「奴隷の価値を、ご存知無いようですね?」



「……まあ」



 高いということは分かる。


 それがどの程度なのかは、ヨークには分からなかった。



「奴隷とは、


 そこらの冒険者の手に入るような代物ではありません。


 第3種族は希少ですからね。


 広い王都を探しても、


 奴隷を所持している者など、


 数える程しか居ないでしょう。


 あなたは至上の宝石を見せびらかして、


 町を歩いているのですよ。


 無用心な金持ちが、


 賊に狙われるのと同じく、


 あなたも狙われます」



「……気をつけるよ」



「それに、奴隷の所有者は、


 『悪い金持ち』だと思われている」



「悪い?」



「はい」



「人間に値を付けて売るという行為を、


 どう思われますか?」



 法的に言えば、王都の第3種族は『人間』では無い。



 だが、それに言及するつもりは、2人には無かった。



 ミツキは人間以外の何者でも無い。



 ヨークの心がそう感じていた。



「悪趣味だな」



 ヨークは素直な考えを口にした。



「はい」



 ヨークの言葉に、サトーズは頷き、言葉を続けた。



「だから奴隷の主人は悪人である。


 ……というのは『建前』ですがね」



「どういうことだ?」



「この世に悪趣味なことなど、


 山ほど有りますよ。


 冒険者に人気の娼館なども、


 別に趣味が良いとも思いませんね。


 あそこには奴隷と大差ない、


 借金を抱えた娘が大勢居る。


 ですが、娼館通いをする者を、


 悪人だという者は居ない。


 娼婦の柔肌というのは、


 皆の手に入る物だからです。


 ……自分が手に入らない物を持っている相手を、


 実際以上に悪く言う。


 そういう心を持った人たちが居ます。


 どうかお気をつけ下さい」



「他人の悪意は、


 気にしない方が良いんじゃ無かったのか?」



「冒険者には、


 危険がつきまといますから。


 なるべく用心なされますように」



「そうか」



 ヨークはサトーズの忠告を、心に留めておくことに決めた。



「忠告ありがとう。出かけてくる」



「はい。行ってらっしゃいませ」



 ヨークは宿を出た。



 サトーズの忠告を受け、まずは服屋へと向かった。



 そして、白いフード付きローブを買い、ミツキに渡した。



 ミツキは特に反意も無く、ローブを着用した。



 ローブによって、ミツキの耳と尻尾、奴隷の首輪が隠された。



「どうだ? 暑苦しくねーか?」



 服屋前の通りで、ヨークが尋ねた。



「平気です」



「悪いな」



 今は4月。



 国中で成人式が行われる、春の季節だ。



 まだ夏は来ていない。



 過ごしやすい季節だった。



 気温が上がっても、この格好を強いるのだと思うと、ヨークは心苦しかった。




(耳と尻尾が無けりゃ、


 スカーフ程度でも良かったんだろうが……)



「自衛のためであれば、


 仕方が無いでしょう」



 ミツキはローブのことを、特に不自由とは思っていない様子だった。



 それどころか、どこか楽しそうですらあった。



「それもこれも、


 私が美人すぎるのがいけないのですね」



 浮かれたような口調で、ミツキはそう言った。



「だ~れが美人だ」



「私です」



「調子乗んな」



「ふふっ」



 ミツキは笑った。



 フードのおかげで、彼女の表情は、ヨークの瞳にしか映らなかった。



「暑さのことであれば、


 防暑の魔導器でも買えば、


 解決出来ると思いますよ」



 魔導器とは、魔石を元に作られた道具のことだ。



 魔石は刻印を刻むことで、様々な効果を発揮する。



 それに金属のフレームなどを組み合わせ、魔術の道具にする。



 日常生活から仕事、戦闘まで。



 魔導器は、人々の生活の奥深くまで、浸透していた。



 ヨークが住む田舎にすら、水を作る魔導器などが有る。



 ヨークが使う魔術の杖も、魔導器であると言えた。



「防暑の魔導器? そんなのも有るのか」



 田舎に有る魔導器は、あまり種類が多くは無い。



 ヨークも魔導器には詳しく無かった。



「有ると思います」



「それなら良いけど……。


 高くないのか?」



「期待していますよ。ヨーク」



「……おう」



 ヨークは冒険者として成功するつもりだ。



 成功すれば、魔導器の1つや2つ、安い買い物になるはずだ。



 ミツキの期待に答えたい。



 ヨークはそう思った。



「これからどうしますか?」



「迷宮に行くぞ」



「下準備は、なさらないのですか?」



「ちょっと覗くだけだ。


 さ、行こ行こ」



「楽しそうですね」



「ああ。楽しみだ」



 ラビュリントスで名を上げることは、小さい頃からの夢だ。



 その舞台が近くに有るというのに、楽しくないわけが無かった。




 ……。




 2人は案内看板を頼りに、王都を移動した。



 迷宮の入り口が有る広場へ。



 広場には、いかにも冒険者といった感じの連中がたむろしていた。



 さらに、冒険者を当てにした露店も見られた。



 ヨークは露店は無視し、広場の中央に向かった。



 そこに迷宮への入り口が有った。



 迷宮の入り口は、幅が6メートル以上ある、大きな下り階段となっていた。



 ヨークたちは、階段へと近付いていった。



 そのとき……。



「通行証は?」



 階段付近に立っていた衛兵が、ヨークに声をかけた。



「通行証?」



 何のことかわからず、ヨークは尋ねた。



「ラビュリントスは、通行証が無いと入れないよ」



「えっ?」



「危険だからね。


 小さい子供とかが入るといけないから」



「通行証はどうしたら?」



「冒険者ギルドに行けば、発行してもらえるよ。


 お金はかかるけどね」



「あざ~っしたぁ」



 ヨークは衛兵に礼を言うと、大階段から離れた。



「がーんだな。出鼻を挫かれた」



 ヨークは、空を見ながらそう呟いた。



「いかにもオノボリ=サンといった風情でしたね」



「ギルド行くぞギルド」



「はい」



 辺りの人に尋ねると、ギルドの位置は判明した。



 広場から通りに出て、少し歩くと、すぐにギルド前にたどり着いた。



「ここが冒険者ギルド……」



 ヨークは、冒険者ギルドの建物を見上げた。



 2階建てで、敷地面積もそれほど広くは無い。



 だが、ヨークは独特のオーラのようなものを、その建物から感じていた。



「緊張してますか?」



「ちょっとな。


 ……いきなりレベル10000の冒険者に、


 出くわすかもしれんからな」



「インフレ凄いですね」



「ちょっと悪い奴で、


 受付の女の子とかに


 ちょっかいをかけてるんだ。


 困ってる受付の子を見て、俺は止めに入る。


 だけど、まだ未熟な俺は


 ボコボコにされてしまうんだ」



「されたいんですか?」



「ないです。


 ……すぅ~はぁ~」



 ヨークは深く息を吸い、そして吐いた。



「戦闘力が上がる


 謎の呼吸法ですか?」



「ただの深呼吸です。心が落ち着きます」



「おいたわしや」



 深呼吸でととのうと、ヨークはギルドの扉を開いた。



 そしてギルド内へと入っていった。



「失礼しま~す」



 腰低くそう言うと、ヨークから見て右手、待合所の面々から視線が来た。



「っ……視線めっちゃ来るな」



「逆に感動しますね」



「えっと……」



 慣れない場に来たことで、ヨークは挙動不審になった。



「あちらのカウンターへ行けば良いのでは?」



「なるほど。カウンターね? うん……」



 ヨークは、正面に見える受付カウンターらしき所へ向かった。



 そして、受付嬢に声をかけた。



「すいませ~ん」



「はい。ご用件は?」



 カウンターテーブルの奥で、まだハタチほどの女性が、ヨークを出迎えた。



 女性はフォーマルな雰囲気の衣服を身にまとっていた。



 他の受付も、同じ服を着ている。



 ギルドの制服なのかもしれない。



「迷宮に行きたいんですけど、通行証って貰えますかね?」



 ヨークは受付嬢に尋ねた。



「はい。通行証だけでよろしいですか?」



「だけ……というのは?」



 問いの意味がわからず、ヨークは尋ね返した。



「冒険者ギルドに入会いただけると、


 フリーの冒険者には無い、


 お得なサービスが受けられます。


 今なら年会費、


 銀貨6枚となっております。


 いかがですか」



「えっと、それじゃあお願い……」



 よく分からないまま、ヨークは答えようとした。



 ヨークが都会の荒波に飲まれそうになった、その時……。



「待ちなさい。


 村民=ザ=ファイナル」



 ミツキがヨークから、都会をシャットアウトした。



「ミツキ?」



「サービスの内容も聞かずに入会するなんて、


 馬鹿なのですか?


 うかつに返答する前に、


 まずはきちんと話を聞くべきです」



「そっか」



「そうです」



「詳しいこと聞かせて下さい。お願いします」



 ヨークがそう言うと……。



「チッ」



 受付嬢は顔を歪め、舌打ちをした。



「えっ?」




 ……。




 ヨークは受付嬢から諸々を聞いた。



「どう思う?」



 話を聞いてもピンと来なかったヨークは、ミツキに助言を求めた。



「あなたの問題でしょう?」



「正直……良く分からんかった」



「もう……。


 まあ、わざと分かりにくくしているのでしょうけどね」



 ミツキは軽く受付嬢を睨んだ。



「ナンノコトデスカ?」



 受付嬢が平坦な声で言った。



 ミツキは受付嬢から視線を外し、ヨークとの話を続けた。



「フリーとギルド所属の一番の違いは、


 『クエスト』を回して貰えるか否かだと思われます。


 クエストとは、


 人々から冒険者への、


 特別な依頼のことですね。


 自由に潜りたいならフリー。


 堅実に稼ぎたいなら、


 ギルド員になると良いと思いますよ」



「う~ん……。


 それなら別にフリーでも良いか?」



 ヨークがそう言うと、受付嬢が、慌てたように言った。



「ギルド所属のメリットは、


 クエストだけではありませんよ!


 他にも、


 重症を負った時の医療保険なども……!」



「必要ありません」



 ミツキはぴしゃりと言った。



「彼の傷は、全部私が治しますから」



「ぐぬぬぬぬぬぅ……!」



「ギルド員になることには、


 デメリットも有ります。


 たとえば、ギルドの緊急クエストの、


 招集に応じる義務などが有るようです」



「えっ? ギルド員なる」



「はい?」



「緊急クエストとかカッケェ」



「……好きにして下さい」



「…………入会していただけるのですか?」



 受付嬢は、期待と猜疑が入り混じった目でヨークを見た。



「はい」



 ヨークは頷いた。



「よっしゃあああああああぁぁぁっ!


 ノルマッ! 達成ッ!」



 受付嬢は両手を強く握り、天へと向けた。



 コロムビア。



 そんな音が聞こえたような気がした。



「ノルマ?」



 ヨークが疑問符を浮かべた。



「気にしない方が良いですよ」



「そっか」



「それでは、こちらに御記名をお願いしま~す」



 受付嬢は、ウキウキとした様子で、書類をカウンターに置いた。



「分かりました」




 ……。




 手続きが終わり、ギルド証が発行された。



 ギルド証は、金属製の小さなカードだった。



「おぉ……!」



 ヨークはピカピカのギルド証に、宝物を見るかのような視線を向けた。



 そんなヨークに作り笑顔を向けながら、受付嬢が言った。



「ギルド証は、迷宮の通行証も兼ねております。


 入り口でギルド証を提示すれば、


 入場が可能となります」



「ありがと。


 そうだ。ミツキは……」



「私は無理ですよ。


 忘れたのですか? 私が何なのか」



「…………」



「行きましょうか」



「あぁ……」



 そのとき……。



 ギルドの扉が開く音がした。



 ヨークは音の方へ振り返った。



 1組のパーティが、入ってくるのが見えた。




「あっ……!」



 ヨークは思わず声を漏らした。



「ヨーク!?」



 少女が驚きの声を上げた。



 バニだった。



「…………!」



 その向こう側で、バジルが眉をひそめていた。



 パーティは、ヨークの幼馴染の4人組だった。



「来たか」



 ドスが言った。



「ドスくん、知ってたの?」



 キュレーがドスに尋ねた。



「いや」



「お知り合いですか?」



 ミツキはヨークにそう尋ねた。



「てめェ……」



 バジルが険しい表情でヨークを睨んだ。



「どうしてここに居ンだ?」



「……外で話そうか」



 因縁の相手との再会だった。



 だがその時、ヨークの心は穏やかだった。




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