その12「良い宿と悪い宿」




「ごちそうさまでした」



 ミツキは、野蛮な村民に少し強奪された串焼きを、完食した。



 幸いなことに、奪われた割合は、あまり多くは無かった。



 おかげでミツキは、それなりの満足感を得ることができた。



「ああ。お前……」



 ヨークはミツキの手を取った。



 そして、自分の顔の方へと引っ張った。



 ヨークの口が、ミツキの指を吸った。



「……何ですか?」



 ミツキは表情を崩さずに問うた。



「タレがついてた」



「勝手に人の指を舐めないで下さい。


 失礼ですよ」



「お前もやったじゃん」



 ヨークは、首輪の登録の時のことを持ち出した。



 あのときは、血を流したヨークの指を、ミツキが舐めていた。



「ッ……! あれは医療行為ですから。話が違います」



「そうなのか?」



 自分は失礼なことをしたのか。



 ヨーク本人に、あまり実感は無かった。



 村でバニの指を舐めたことも有るが、それで怒られたことなど無い。



 だが、今ミツキが怒っているのは事実だ。



 それで一応、謝ることに決めた。



「悪い」



「心から反省しているのですか?」



「はいはい」



 あまり悪いという気持ちが無いので、ヨークの態度は雑だった。



「私が寛大で無ければ、


 裁判に発展していましたよ?」



「いや、それは無いだろ」



「権利意識が低いですよ。


 ヨーク。


 村民丸出しですね。


 村臭いです」



「村は関係ねぇだろ!?」



「マナーを弁えないと、


 ハイソサイアティな方々に馬鹿にされますよ?」



「ハイソ……?」



「都民化しなさい。


 トミナイゼイションです」



 ミツキはまるでテクニカルタームであるかのごとく、造語を繰り出した。



 3秒ほど前に作ったものだ。



 村民は、造語に圧迫された。



「んなこと言われても……」



「とにかく、女性の肌に


 みだりに触れるような事は、


 厳禁です。


 特に、舌で舐めるなど


 言語道断です。


 二度としないこと。


 分かりましたね?」



「分かった」



「よろしい」



「それじゃ、行くか」



「はい。どちらへ?」



「早くラビュリントスに行きてーな。


 けど、店を回るのも良いかも」



「慌てないで。


 まずは宿を探してはいかがですか?」



「宿か。それもそうだな。


 ……行くか」



「行きましょう」



 そういうことになった。



 ヨークたちはそれらしい建物を探しながら、石畳の街路を歩いた。



「あれ、そうかな?」



 ヨークは2階建ての建物の、看板を指差して言った。



「多分」



 2人は、宿屋らしき建物へと入っていった。



 街路とは別の石材を、ヨークの靴底が叩いた。



「こんにちは~。


 ここって宿屋で合ってますか?」



「はい。いらっしゃ……」



 来店したヨークを、店主の男は笑顔で出迎えた。



 だが、その笑顔はすぐにおさまってしまった。



「部屋、空いてますかね?」



 ヨークは雰囲気の変化に気付かず、問いかけた。



「……帰ってくれ」



 店主は無愛想にそう答えた。



「満室でしたか?」



「良いから、帰ってくれ」



「何だよその態度……」



 相手の拒絶に対し、ヨークの口調も棘を帯びた。



「行きましょう」



 店主に何か言おうとしたヨークの袖を、ミツキが引いた。



「ミツキ?」



「無理を言ってはいけません。


 さあ、行きましょう」



 クラスの力によって、ミツキは怪力になっている。



 ヨークはずるずると、外へと引きずり出された。



「何なんだ……?」



 宿の方を振り返りながら、ヨークは言った。



 その表情は、不機嫌そうだ。



 突然の理不尽に、腹を立てているのだろう。



「もしかすると……私のせいかもしれません」



「え?」



「私が奴隷だからなのかも……」



「この国だと、


 奴隷は認められてるんじゃないのか?」



「法律が全てではありませんから。


 何か悪い印象を、


 持たれてしまったのかもしれません」



「何だよそれ……」



「可能性の話ですので。


 ……他の宿屋もあたってみましょう」



「……分かった」



 2人は別の宿を探した。



 そして、宿屋らしき建物を見つけ、入店した。



 ヨークの靴が、板張りの床を踏んだ。



「いらっしゃいませ」



 ヨークよりも先に、店主らしき男が口を開いた。



 男はカウンターの奥から、ヨークに視線を向けていた。



 小柄で、年齢は40ほど。



 人族。



 白シャツの上に、グレーのフォーマルジャケットを着用している。



 髪は茶で、レンズが小さめの丸メガネを身に着けていた。



 頭にはツバの無い、丸い帽子が浅く被さっている。



 商人には帽子を好むものが多い。



 ヨークはそんな印象を持っていたが、理由までは分からなかった。



「宿泊出来ますか?」



 ヨークは敬語で尋ねた。



「もちろん。


 ……1人部屋で構いませんか?」



「2人居る。見えないのか?」



 ヨークは店主らしき男を睨んだ。



 敬語を使う気分では無くなっていた。



「気を悪くしたならすいません。


 奴隷連れのお客さんは、始めてだったので。


 同じに扱ったら、


 逆に失礼かと思ったのですが」



「俺と彼女は対等だ」



「対等? 奴隷なのにですか?」



「悪いか?」



「……いえ。それでは、


 2人部屋が1つでよろしいでしょうか?」



「助かる。


 ……前に行った宿屋じゃ、


 宿泊を断られてな」



「奴隷は駄目だと言われたのですか?」



「直接言われたわけじゃないが……。


 他に……何か理由が有ったんだろうか?」



 ヨークにとって、王都は別世界だ。



 文化に差が有り過ぎる。



 その意図を汲めと言われても、難しかった。



「ええと……怒らないでいただけますか?」



「何だ?」



「断られたのは、


 お客さんが魔族だからかもしれませんね」



「魔族? 俺はハーフだ」



 純血の魔族は、耳が尖っている。



 ハーフであるヨークの耳は、丸かった。



 人族と同じ形をしていた。



 それに、純血の魔族より、ヨークの肌色は薄い。



 きちんと見れば、ヨークが純粋な魔族で無いということは、明らかだった。



「失礼。


 人はまず耳よりも、


 肌を見ますからね。


 青い肌を見たら、


 魔族だって思います。


 それに、ハーフと魔族は同じだって言う人も居る」



 少しでも魔族の血が混じっているのなら、人族では無い。



 ならば、魔族だろう。



 そう考える人たちも居た。



「だったら何だ」



「その宿の主人は、


 『魔族嫌い』だったのかもしれません」



「魔族嫌い……? 何だそれは?」



「分からないのですね?」



「悪いか?」



「いえ。お客さんが住んでた町は、


 随分良い所だったらしい」



(村だが)



「王都には、種族が違うというだけで、


 相手を嫌う連中が沢山居ます」



「どうして? 俺が魔族だったら何なんだ?」



「かつては戦争をしていた相手です。


 恐怖心を抱く方も、


 居るのかもしれません。


 ……恐怖は裏返り、害意となる」



「……戦争をしたのは、


 俺たちの先祖だろう? 俺じゃない」



「そうですね。


 あるいは……深い理由は無いのかもしれません。


 人は集団を作り、


 そこに閉じこもるように出来ている。


 相手を嫌う理由は、後から探せば良い」



「…………」



(原因は俺……?


 宿屋を追い出されたのは……ミツキじゃなくて俺のせいだった?)



「……っ。馬鹿馬鹿しい……!」



 ヨークは動揺を振り払うかのように言った。



「そう言えるのなら、


 あなたは幸福だと言うことです」



「……あんたは?」



「はい?」



「あんたは俺を嫌わないのか?」



「自慢ですが、私は友だちが多いです。


 付き合う相手が増えるほど、


 種族なんて気にしている余裕は無くなりますよ」



「そういうものか?」



「そういうものです。


 ……それにですね


 心底から魔族全てを嫌っているのは、


 人族全体から見て1割にも足りません。


 ……ただ、彼らは本気ですからね。


 人数の割に、どうしても存在感が出てしまう。


 あまり御気になされないことです」



「気にするなったって……」



「損をします。


 気にしている暇が有れば、


 良い縁を育むのが良い。


 そうすれば、多少の悪意はただの雑音になります」



「やれるなら、やるが……」



「そうして下さい」



 その話は、そこでおしまいになった。



 サトーズは、純粋な商売人の顔になって言った。



「さて、2人部屋を用意させていただきますが、何泊のご予定ですか?」



「しばらく居る予定だ」



「王都には御商売で?」



「目当てはラビュリントスだ」



「冒険者ですか」



「ああ」



「それでは……前金で五泊分いただきます。銀貨五枚になります」



「五泊?」



「あまり多く払われても、


 途中で宿を替える方もいらっしゃいますからね。


 それに、冒険者を続けられなくなる方も」



「危険な所らしいな」



 続けられなくなるという言葉の中には、冒険者の死も含まれているのだろう。



 ヨークはそう推測した。



「もちろん」



 ヨークは財布から、銀貨を取り出した。



 安くない出費だが、すぐに元を取るつもりだった。



 5枚の銀貨が、カウンターテーブルに置かれた。



「銀貨五枚だ。よろしく頼む」



「はい。


 こちらの宿帳に、記名をお願いします」



 店主はペン立てからペンを取ると、宿帳の隣に置いた。



「分かった」



 ヨークはペンを手に取り、宿帳にフルネームと出身地を記入した。



「ミツキも」



 ヨークはペンをミツキに渡そうとした。



「私は……」



「ほら」



 ためらいを見せたミツキに、ヨークはペンを押し付けた。



 強引にペンを持たされ、ミツキは仕方なく宿帳に向かった。



 そしてファーストネームだけ記入し、ペンをペン立てに戻した。



 記名が終わると、宿屋の主人が口を開いた。



「それでは、お部屋にご案内しましょう。


 私はサトーズと申します。


 以後、お見知りおきを」



「ヨークだ。彼女はミツキ」



 ヨークに紹介され、ミツキが頭を下げた。



「よろしくお願いします」



「はい。よろしくお願いいたします」



 3人は階段を上った。



 そして、2階の客室へ移動した。



 そこはベッドが2つある、ほどほどの広さの部屋だった。



 窓が大きめで、開放感が有る。



 寝室の隣には、バスルームも備え付けられている。



 設備がしっかりしていない宿だと、風呂は共用になる。



 悪くない部屋だとヨークは思った。



 途中で泊まった町の宿屋より、内装が洒落ている。



 ベッドのデザイン一つ見ても、田舎の宿とは差が有った。



 ヨークは都会の空気を感じたような気分になった。



 背負っていた荷物を下ろすと、ヨークはサトーズに話しかけた。



「それじゃあ、ラビュリントスを見てくる」



「はい。ところで、これは忠告ですが……。


 宿の外では、あまりお連れ様を、


 見せびらかさない方が良いかもしれません」




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