その11「王都と検問」




「どうですか? ヨーク」



 狼を倒したミツキが駆け寄って来て、ヨークに言った。



 尻尾を振りながら、自慢気に微笑んでいる。



「別に……。


 それくらいはして貰わないと困る」



「むぅ……」



 ヨークは何故か、ミツキを素直に褒めることが出来なかった。



 そんな自分のことを、良くないなと思ってしまった。



「…………。


 嘘だ。凄いぞミツキ」



 反省したヨークは、ミツキを褒めて微笑んだ。



 それをわざとらしいと思ったのだろう。



 ミツキはそれほど嬉しそうではなかった。



「なんだが、無理に褒めてもらったみたいですね」



「別に、そんなことねーよ。


 ……次行こうぜ。次」



「はい」



 ヨークたちは、さらに索敵を続けた。



 そのうちに、棘鼠という、背に棘が生えた鼠を発見した。



「命令する。あの魔獣を倒せ」



「はい!」



 鼠に向かっていくミツキを、ヨークは見守った。



 ミツキは、難なく魔獣を撃破することが出来た。



 一仕事終えたミツキは、尻尾を振りながら駆け戻ってきた。



「だいぶ余裕が出てきたな」



「そうですね」



「そろそろ命令無しでもだいじょうぶそうか?」



 戦闘後だというのに、ミツキの表情は落ち着いて見えた。



 ヨークの本心としては、首輪の力など使いたくない。



 気持ち悪いことだと思っていた。



 これだけ余裕が有るのなら、良いのではないか。



 そう考えての提案だった。



「いえ。それは必要かと思いますけど」



 ヨークの提案は、即座に蹴られてしまった。



「そうか?」



「はい」



 ヨークは釈然としなかったが、反論することも出来なかった。



 ミツキも内心は怖いのに、あえて平気な顔をしているのかもしれない。



 男のやせ我慢とは、そういうものだ。



 ヨークはそう考えた。



 まあ、ミツキは女性なのだが、細かいことは気にしなかった。



「そうか。それで……。


 そろそろ、敵のレベルを上げていこうと思うんだが」



「『敵強化』のスキルですか」



「ああ。


 今は、レベルのおかげで


 戦えてるってだけだ。


 最終的には、


 同レベルの相手と、


 互角に戦えるようになって欲しい」



「分かりました」



 ミツキは頷いた。



 やる気は有る様子だった。



 ヨークたちは、さらに魔獣を探した。



 さきほどと同じ魔獣、棘鼠が現れた。



 ヨークとミツキは、ほぼ同時に棘鼠に気付いた。



 ヨークは棘鼠に、手のひらを向けた。



 そして、スキル名を唱えた。




「『敵強化』『戦力評価』」



_____________



棘鼠 レベル22


_____________




 棘鼠の体が輝き、強化は完了した。



「命令する。あの魔獣を倒せ」



「はい」



 ミツキは棘鼠に向かっていった。



 レベル差は10。



 まともな剣士であれば楽勝のはずだ。



 だが……。



「っ!」



 ミツキの大雑把な剣が、鼠に回避された。



 そこに出来た隙に、鼠が体当たりを入れた。



「あっ……!」



 ミツキは倒れた。



 棘鼠に、押し倒される形になった。



 そうなった時には既に、ヨークの杖が鼠に向けられていた。



「……氷牙!」



 ヨークが放った氷の牙が、鼠を吹き飛ばした。



 鼠は一撃で絶命し、魔石となって消えた。



 驚異が去ったのを見ると、ヨークはミツキに駆け寄った。



「怪我は無いか?」



「……はい」



 ミツキは立ち上がり、服についた土埃をはらった。



 そんなミツキを見て、ヨークは悩んだ。



 ミツキは弱い。



 弱すぎると言っても良かった。



(レベル10下でもキツイか……。


 聖騎士の体力は、


 戦士に劣るって言うからな。


 クラスを戦士にしておけば、


 もっと楽に戦えたのかもしれねーが……。


 まともにパーティを組むのなら、


 ヒーラーは必須のはずだ。


 俺が賢者にクラスチェンジして、


 ミツキを戦士にするか?)



 アネスからの聞きかじりの知識を元に、ヨークはパーティの未来を考えた。



 賢者のクラスであれば、攻撃呪文と治癒呪文の、両方を扱うことが出来る。



 その分、同レベルの魔術師や、治癒術師に比べると、呪文の威力は落ちる。



 だが、ヨークには、レベルを上げるアテが有る。



 その点だけなら問題が無かったのだが……。



(……駄目だ。


 ミツキが戦士として


 大成するって保証が無い。


 割り切って、


 自衛が出来る治癒術師として使う……。


 それが最初の案だったはずが、


 欲が出ちまってるな。


 初めて仲間が出来て、


 浮かれちまってる。


 独りでも強くなって、


 最強の冒険者になる。


 そういう気持ちでやってきたはずだ。


 あまり浮つくな)



「……ごめんなさい」



 難しい顔をしたヨークを見て、ミツキは詫びた。



 自分に非が有ると思ったらしい。



「仕方ないさ」



「…………」



「だいじょうぶ。俺が守るから」



 守るというのは、ひょっとしたら格好いい言葉なのかもしれない。



 だが実態は、戦力にならないと言って突き放したのと変わらなかった。



「……はぁ」



 ミツキは返答とため息の、中間のような声を出した。



(切り捨ててるか? 俺は。


 バジルたちが、俺にしたみたいに……。


 ……気にすんな。


 出会ったばっかりだ。


 友だちでも無い)






(どうせ、離れてくんだろ? お前も)






「…………」



 ヨークは気持ちを切り替えて、ミツキという人材の運用法を考えた。



(自衛させるだけなら、手っ取り早く、レベルを上げれば良いか)



「次は俺が戦う。


 自分のレベルも上げないといけないからな」



「分かりました」



 ヨークは探索を再開した。



 やがて魔獣が見えた。



 赤い狐の背から、炎が上がっていた。



 炎狐という魔獣だ。



「居たな……」



 ヨークは魔獣に、杖の先を向けた。



 そして、矢継ぎ早に唱えた。



「『部位強化』、樹縛、『敵強化』、『戦力評価』、氷槍十連」



_____________



炎狐 レベル130


_____________




 まずスキルで、狐の後ろ脚だけを強化した。



 強化と言えば聞こえは良いが、狐からすれば、体のバランスが崩れたことになる。



 そうして体勢が崩れたところを、樹木を生み出す呪文で縛った。



 それから狐を強化すると、攻撃呪文を連発で叩き込んだ。



 氷の槍が、炎狐を絶息させた。



 流れ作業のように滑らかに、魔獣は撃破された。



 魔獣には、攻撃の余地すら与えられなかった。



 新たなスキルを得て、訓練を積んだヨークは、同レベル程度の魔獣なら、無傷で倒せるようになっていた。



______________________________




ヨーク=ブラッドロード



クラス 魔術師 レベル128



______________________________





 魔獣を倒したヨークは、自身のレベルを確認した。



 ヨークのレベルは、村を旅立った時のままだった。



(上がらない……か)



 ヨークはミツキの方を見た。



(EXPは、ミツキと二等分なんだろうか?)



「その……」



「どうした?」



「レベルが100を超えてしまったのですが……」



「気にすんな」



「気にするなって……」



「王都に行けば、


 レベル100なんてゴロゴロしてるはずだ」



「そうなのですか?」



「ああ」



 王都のことなど知らないが、ヨークは断言した。



 新米冒険者のバジルが、半年たらずでレベルを17まで上げたのだ。



 どうやら迷宮では、村で過ごすよりレベルが上がりやすいらしい。



 ずっと迷宮を攻略しているベテランなら、それくらい行っているだろう。



 ヨークはそう予測していた。



(多分だけど)



「もっともっと、レベルを上げないといけませんね」



 ヨークのいいかげんな言葉を真に受けたのか、ミツキはやる気を見せた。



「おう。目指せレベル1000だ」



「お~!」



 ミツキは左手を高く上げた。



 2人の旅は続く。



 野の魔獣など、ヨークたちの敵では無かった。



 2人は順調に、王都の周辺までたどり着いた。



 王都の象徴である巨大な樹木が、2人の目に映った。



「見えたな。『世界樹』が」



 ヨークは大樹を見ながら言った。



 世界樹とは、神が世界に最初に植えたと言われる、神聖な樹木だった。



 幹の直径は1キロを超え、山よりも高く伸びていた。



 王都の北端に生えているはずだが、ヨークたちが居る南側からでも、十分に見ることが出来た。



「大きいですね」



「ああ。なんつーか、感動だな」



「はい。枯れてしまえば良いのに」



「何言ってんのお前!?」



「なんかウザくないですか? デカくて」



「お前の思考回路わかんねえ……」



「今日中には、王都に着けますかね?」



「どうかな。相当でかいらしいからな」



「距離感が狂ってしまいますか」



「そうだな」



「やはり枯れた方が良いのでは?」



「なんなん?」



 ヨークたちは歩き続け、王都の外壁近くまでたどり着いた。



 王都はその護りのため、周囲をぐるりと、高い壁に囲まれていた。



「でかい壁だなあ。何のために有るんだ?」



 壁を見上げながら、ヨークが言った。



「戦争のためでしょう」



「ふ~ん……?」



「あそこに入り口が見えますね」



 ミツキは前方を指さした。



 そこでは、外壁に設けられた門が、開かれているのが見えた。



「列が出来てるな。何してるんだ?」



「検問でしょう」



「検問……?」



 ヨークたちは、外壁の出入り口部分にまで歩いた。



 そして、既に列を作っていた人たちを真似て、列に並んだ。



(なんか……緊張するな……)



 ヨークはドキドキしながら、自分たちの順番を待った。



「次」



「は、はい!」



 兵士に呼ばれ、ヨークは長机へと歩いた。



 そこで用紙に名前を記入し、手荷物検査を受けた。



 どうやら荷物には問題無いらしく、すぐにオーケーが出た。



 次に、衛兵は水晶玉を持って、ヨークに向けた。



 村の神殿に有る物と同じだと、ヨークは気付いた。



 あまり良い思い出は無かった。



「『敵強化』スキル? 何だそりゃ?」



 ヨークのスキルが見えたらしい。



 衛兵は、そう口にした。



「魔獣を強くするスキルです」



「はぁ?」



「…………」



「まあ良い。


 識別の水晶に、嘘は無いだろうからな。


 それで……」



 衛兵は、ミツキの方へと視線を向けた。



「その女、お前の奴隷か?」



「はい。それが?」



「通行税を払ってもらう。小金貨二枚だ」



「金貨二枚!? 多すぎる!」



 ヨークは抗議の声を上げた。



 ヨークが自警団で1月働いても、小金貨一枚にもならない。



 王都でまともな職業についていれば、なんとか払うことも出来る。



 村から出てきたばかりのヨークには、つらい金額だった。



「奴隷は高額商品だ。相応の税が設定されている」



「っ……。そんな金……」



 そのとき。



 ミツキはすっとヨークの前に出た。



「どうぞ」



 どこから出したのか、ミツキは衛兵に金貨を握らせた。



「あまり兵隊さんを困らせてはいけませんよ。ご主人様」



「あ、あぁ……」



 ミツキのおかげで、2人は無事に検問を抜けることが出来た。



 外壁を抜けた先は、賑やかな大通りになっていた。



「すげぇ人だな」



 通行人や露店をきょろきょろと見ながら、ヨークが言った。



「そうですね」



「……あの金、どうしたんだ?」



「奴隷商人から拝借しました」



「死体から盗ったのか?」



「お優しい人」



 ミツキは薄く笑った。



「人さらいにかける情けなど、私には有りませんよ」



 ヨークは、金貨の持ち主だった商人のことを、思い浮かべた。



 顔すらわからなかった。



 魔族のように見えたが、はっきりとはしなかった。



(俺も……あの人から


 ミツキを盗ったようなもんなんかな。


 けどなぁ……)



 法律がどうであれ、ミツキを見捨てることは出来なかった。



 ヨークは深く考えるのを止めた。



「まあ……。助かったよ」



「どういたしまして。


 ……露店がたくさん有りますね」



「良い匂いだな」



「何か食べますか? 富豪の私が奢りますよ」



「何でも良い。お前が好きな物買って来いよ」



「……はい」



 ミツキは露店に、小走りで向かっていった。



 そして、串焼きを2本買って帰って来た。



「どうぞ」



 ミツキは2本の串焼きの片方を、ヨークに手渡した。



「ありがと」



「意外でした」



「何が?」



「商品を、売ってもらえないかもしれない。


 そう思っていました」



「売ってもらえない? そんなわけねえだろ?」



 店とは、物を売る所だろう。



 売らずにどうすると言うのか。



 ヨークには、ミツキが何を言っているのかわからなかった。



「杞憂でしたけどね。


 この国では、月狼族を捕らえて、


 奴隷にすることが認められている。


 家畜と同じ。


 人間扱いされていないということです。


 ですが、お店の方の扱いは、


 普通でしたね」



「良かったじゃねえか」



「はい。


 権利が無いということと、


 悪感情が有るということは


 同一では無いのですね」



「んん?」



 ミツキの言葉の意味がわからず、ヨークは首を傾げた。



「この町において、


 私は蛾では無く蝶だということです」



「良く分からんが……。


 この串焼き、美味いな」



 いつの間にか、ヨークの口が、ミツキの串焼きに伸びていた。



「あっ! 私の分!」



「美味いからな」



「理由になってませんが!?」


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