その10「首輪と命令」




 結局、ミツキはヨークを主人として登録することに決めた。



「それで、どうやれば良いんだ?」



 ヨークは登録方法を尋ねた。



 奴隷の首輪など、今日初めて見る。



 そんな物の扱いなど、さっぱりわからなかった。



「まず、親指の腹に、


 刃物で傷をつけて下さい」



「えっ? 痛いじゃん?」



「やりなさい」



「ちぇっ……」



 ヨークは腰の長剣を軽く清めると、右手の親指を裂いた。



 本当は清潔な短剣でも使った方が良いのだが、ヨークは頓着しない。



 斜めに入った傷から、血液が流れた。



「あ~……痛……。


 それで?」



「その指で、


 首輪正面の丸い所に触れて下さい。


 それで登録は成るはずです」



「触る? それだけか?」



「それだけのようです」



「そうか」



 ヨークは、ミツキの首輪に右手を伸ばした。



 首輪の正面部分には、皿のような窪みが有る。



 その窪みに、血塗れの親指が触れた。



 首輪が輝いた。



 そしてミツキの全身が、赤い光に包まれた。



「んっ……」



 ミツキは身を震わせた。



 少しすると、光は収まった。



「だいじょうぶか?」



「はい。終わりました」



 ミツキは平然としていた。



 主人の登録というのは、体に害が有るものでは無いらしい。



 そうだと分かり、ヨークは少し安心した。



「終わったなら……行くか」



「待って下さい」



「まだ何か有るのか?」



「指を治した方が良いでしょう。


 こちらに寄越して下さい」



「ああ……」



 ヨークは一度下げた手を、再びミツキに伸ばした。



 ミツキは両手を使い、ヨークの手を包むように持った。



 そして……。



「ちゅっ……」



「えっ?」



 ミツキはヨークの親指を、口に含んだ。



 ミツキの舌がぐいぐいと、傷口に押し当てられた。



 温かい。



 ヨークは、傷が癒えていくのを感じた。



 傷が塞がると、ミツキはヨークの指から口を離した。



「あ……」



 不味いことをしたかもしれない。



 事が終わってから、そう思い当たったのだろう。



 ミツキは顔を背け、気まずそうに言った。



「弟が怪我した時なんかに、


 こうしてたので、つい……」



 ヨークはそれほど気にした様子も無く、自身の親指を見た。



(塞がってる……)



 そこには、剣でつけた傷は、跡形も無くなっていた。



 もはや、一片の痛みすら無い



「ありがと」



 ヨークは感謝の笑みを浮かべた。



「いえ」



「レベル1なのに、もう治癒術を使えるんだな?


 それも無詠唱で」



「えっ? はい。そうですね」



「聖騎士……思ったより優秀なんだな?」



「待って下さい」



「ん?」



「自分で良く分からないクラスを、


 人に選ばせたのですか?」



「ざっくりとは知ってる。


 予想以上だったってだけだ」



「……どうして私を聖騎士に?」



「回復役が欲しかった。


 けど、前衛の居ないパーティに、


 治癒術師や賢者は入れられない。


 だから、自分で身を守れる聖騎士にした」



 治癒術を使えるクラスと言えば、治癒術師、賢者、聖騎士だ。



 その中で前衛をこなせるのは、聖騎士だけだ。



 2つの役割をこなせ、生存力も高い聖騎士は、少人数のパーティで特に有用だった。



 他にマイナーなクラスも有るが、それらを選ぶ冒険者は、滅多に居ない。



「聖騎士が治癒術を使えるのは、


 レベルが上がってからと思ってたが、違ったんだな。


 それに、呪文を覚えるための瞑想も……」



「個人差が有るのかもしれませんね」



「そういうもんか?」



「はい」



「そうだ……。スキルは?」



「『収納』です」



「有名なレアスキルだな」



「そうなのですか?」



「『収納』持ちは、


 どのパーティも欲しがるってくらい、


 便利なスキルだって聞いた」



 ちなみに、情報源はアネスだ。



「なるほど。


 引く手あまたですか。


 ……短い付き合いでしたね」



 ミツキはくすりと笑い、ヨークに背を向けてみせた。



「待てって」



「はい」



「とりあえず俺と来いよ。


 後悔はさせねーから」



「首に一撃貰った時点で、


 だいぶ後悔しているのですがねぇ」



「……悪かったって」



「許します」



「ありがと。


 ……それじゃ、行くか」



「はい」



「まずはお前のレベルを上げよう」



「分かりました」



「そうだ。


 町を出る前に、


 何か買っておきたい物は有るか?」



「ええと……。


 医薬品などを」



 ミツキは言いづらそうに言った。



「風邪薬なら有るぞ」



「そうでは無く……」



「腹痛の薬も有る」



「あなたって最低のクズですね」



「えっ」



 釈然としないヨークだったが、一応はミツキに従った。



 町の中央まで戻り、ミツキのデリケートな買い物を済ませた。



 何を買ったのか、ミツキは教えてはくれなかった。



 一人で店に入り、買った物も、とっととスキルで『収納』してしまった。



 またクズ呼ばわりされても嫌なので、ヨークは何も言わなかった。




 ……。




 買い物を済ませると、ヨークたちは町を出た。



 そして、自警団に居た時のように、魔獣を探した。



 1時間ほどして、ヨークたちは魔獣を発見した。



_________________________



毒鼠 レベル4 耐性 毒 弱点 炎 氷 雷


_________________________




「居たな」



 ヨークが言った。



 ヨークたちが見つけたのは、毒鼠という魔獣だった。



 その名の通り、牙に毒を持つ鼠で、体長は120センチほど。



 ハインス村の周囲では見ない種類だった。



「はい。


 私はどうすれば……」



「とりあえず、そこで見ておいてくれ」



「それで良いんですか?」



「今回だけな」



 ヨークは、近付いてくる毒鼠に手のひらを向け、唱えた。



「『敵強化』」



 スキルが発動し、毒鼠の体が輝いた。



「……?」



 ミツキはヨークのスキルなど知らない。



 何が起こったのか、理解できていない様子だった。



(『戦力評価』)



_________________________



毒鼠 レベル36 耐性 毒 弱点 炎 氷 雷


_________________________




 ヨークは抜刀し、毒鼠を迎え撃った。



 毒鼠は、同じレベルの赤狼と比べると、動きが鈍かった。



 特に苦戦することもなく、ヨークは鼠を斬り倒した。



「良し」



「???」



「レベルを確認してみろ」



「はい」



 ミツキは目を閉じた。



 彼女の意識下に、クラスレベルが表示された。



___________________________



ミツキ=タカマガハラ



クラス 聖騎士 レベル32


___________________________




「あっ。いっぱい上がってる」



「いくつになった?」



「32です。その……。


 『敵強化』というのは?」



「俺のスキルだ。


 俺は敵のレベルを上げ、


 手に入るEXPを高めることが出来る」



「EXP?」



「魔獣を殺すことで手に入る力だ」



「なるほど」



「スキルのこと、あまり他言はするなよ?」



「どうしてですか?」



「俺のスキルは強力だからな。


 騒ぎになると困る」



 ヨークは自慢げに言った。



「自惚れててキモい……」



「……………………」



 ヨークは傷ついた。



「お前、剣を持ったことはあるか?」



「全く」



「俺の剣を貸すから、


 ちょっと振ってみろ」



「はい」



 ミツキはヨークから剣を受け取り、振った。



「うわっ」



 想定外の惨状だった。



 ヨークはうめき声を上げた。



「うわっ?」



「……なるほど。


 レベルが全てじゃ無いんだな」



「何ですかその不満そうな顔は」



「別に……。


 レベル1ケタの、村の連中の方が、


 よっぽどマシだと思っただけだ」



「失礼ですね!?


 ……剣が悪いのではないですか?」



「うわ~。コイツうわ~」



 道具のせいにするという、下手クソあるあるを見せたミツキを、ヨークは煽ってみせた。



「し……仕方ないではないですか!


 初めてなのですから!


 初めてでうまくできないのは、


 当然のことでしょう!?」



 ミツキは頬を赤くして怒った。



「まあな」



「……どうしたら、アナタを満足させられますか?」



「数をこなすしか無いだろ」



「数……ですか」



「これから毎日剣を振ろうぜ?」



「はい」



「この先の敵は、全部おまえが倒せ」



「私が……?」



「最初は『敵強化』は使わない。


 レベル差が有るから


 だいじょうぶなはずだ」



「はい!」



 さっき煽られたこともあり、ミツキは強いやる気を見せた。





__________



毒鼠 レベル4


__________





「ひえええええっ!」



 なんということでしょう。



 そこには毒鼠から逃げ回る、クソザコ月狼族の姿が有った。



 レベル差は8倍。



 普通に戦えば、楽勝のはずなのだが……。



「なんで逃げんだよ!? 逃げたら戦いにならねえだろ!?」



「だって……だってぇっ……!」



 走り回りながら、ミツキは少し涙声になっていた。



「クソ……」



 ヨークは鼠に杖先を向けた。



「赤破」



 ヨークの攻撃呪文が、鼠に直撃した。



 鼠は一撃で消滅した。



 鼠が死んだのが分かると、ミツキは足を止め、膝に手をついた。



「ひぃ……ひぃ……」



「…………。


 強さ以前の問題だな」



「おかしい……こんなはずでは……」



「どんなはずだったんだよ……。


 ……なぁ」



「はい」



「奴隷に命令するのって、どうやるんだ?」



「……………………」



「何だよその顔は」



「変態」



「違ぇよ!?」



「ただ俺は、命令で強制的に、


 お前を戦わせられないかと……」



「外道」



「いや、そうだけどさ?


 無理にでも、戦ってる内に、


 ヘタレが克服できるかもしれねえだろ?」



「ヘタ……」



 ミツキは渋柿を噛んだような顔になった。



「そう思ったけど……まあ悪趣味だったな。悪い」



「私に命令をしたければ、


 『命令する』と言えば良いです」



「ミツキ?」



「まあ、理に適っているような気は、しますし?


 ……私があなたを選んだのですから」



「……そうか。


 …………命令する」



「っ……」



 初めての命令を前に、ミツキの体が強張った。



「以後、一切の命令に服従せず、


 自分の考えで行動しろ」



「え……?」



 ミツキの肩から力が抜けた。




「あなたは……………………。


 ホモなのですか?」



「なんでそうなる!?」



「私のような美少女への命令権を、


 手放すようなことを言うなんて……」



「美少女? ハハッ」



 ヨークは顔芸でミツキを煽った。



「…………。


 まあ、あのような大雑把な命令が、


 有効だとは思えませんが」



「そうなのか?」



「おそらくは」



「……命令する。右手を上げろ」



「はい」



 ミツキはヨークの言葉に従って、左手を上げた。



「……駄目か」



「そのようですね。


 首輪の力は健在です。


 ……ふふふ。


 なんか面白いので、


 もっと命令してみませんか?」



 そう言ったミツキの尻尾は、パタパタと揺れていた。



「しねぇよ」



「ちぇっ」



「しかし……どうするかな……」



「さっきの案で行きましょう」



「さっき? 何だっけ?」



「私を命令で、強制的に戦わせるというものです」



「あんま気が乗らんが……」



「代案は?」



「お前をクビにする」



「さ、行きましょう。


 ガンガン命令して下さい。


 ガンガンいこうぜと」



「良いのかよ?」



「あなたの命令で動くというのは


 癪ですけどね。


 他に案が無いのだから、


 仕方が無いでしょう?」



「まぁ……うん……。


 けど……俺の村は……奴隷なんて居なくて……」



 奴隷を奴隷として扱うことに、ヨークは強い抵抗を感じているようだった。



 そのとき。



 ミツキの獣の耳が、ぴくりと動いた。



「向こうに狼が見えます」



 ミツキは遠方を指差した。



「あ? うん」



 ヨークはミツキの指差す方を見た。



 そこには確かに、魔獣の姿が見えた。



 既に魔獣の方は、ヨークたちに気付いている様子だった。



 相手はたいしたレベルの魔獣では無い。



 ヨークにとっては、さほど驚異にもならない相手だ。



 危険は無い。



 だが、それは結果論だ。



 もし強敵に近付かれていたら不味かったかもしれない。



 実際は、このような場所に、ヨークを脅かすレベルの魔獣が出ることは無いのだが……。



 油断しすぎたかなと、ヨークは思った。



「しっかりして下さい。


 あなたがパーティリーダーでしょうが。


 さあ、命令して下さい。私に戦えと」



「…………。


 命令する。


 あそこに見える敵を倒せ」



「承りました。ご主人様」



「ごしゅ?」



「ふふっ。行ってきます」



 長剣を手に、ミツキは敵へと駆けていった。



 ヨークはミツキの戦いを、遠くから見守った。



 不格好な、素人くさい剣が、狼を斬り倒すのが見えた。



 ミツキの勝利だった。




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