その9「第3種族と奴隷」




「神……? 何言ってんだ?」



 唐突な少女の言葉に、ヨークは困惑した。



「どうやったら俺が神に見える?」



「……すいません。愚かな事を言いましたね」



 少女は背筋を伸ばし、すまし顔になって言った。



 さきほどの少女からは、弱々しさのようなものが感じられた。



 それが消えていた。



 彼女の矜持が、弱さを糊塗してみせたのだろうか。



「外に居た人たちは?」



 さして興味も無さそうに、少女が尋ねた。



「……死んだ」



「そうですか」



「…………」



 ヨークは、檻の中の少女を観察した。



 その肌は若々しく、ヨークと同じくらいの年に見えた。



 美しい銀の髪が、腰まで伸びている。



 衣服は幅広の腰帯を使う、見慣れないタイプのもの。



 色は薄桃。



 袖周りの布が、妙に多い。



 民族衣装のように思えた。



 だが、何より目を引くのは、衣装よりも、頭頂から伸びた獣の耳だった。



 人の耳と、獣の耳。



 少女は耳を、4つ持っている様子だった。



(頭の上に耳が生えてる?


 それに、腰からは尻尾も。


 狼みたいだ。


 銀色の狼……)



 ヨークは少女の姿に、儚い美しさを感じた。



 春に散る、薄桃色の花のような。



「お前、『第3種族-サード-』か?」



 ヨークはそう尋ねた。



 第3種族とは、人でも魔族でもない種族の総称だ。



 人や魔族よりも、遥かに数が少ない。



 ヨークの村にも、第3種族は1人も居なかった。



「はい。まあ」



「どうして檻の中に居る?


 それに、その首輪……」



 少女の首周りは、白い金属製の首輪で囲われていた。



 どっしりとした、飾り気の無い首輪だ。



 オシャレで身につけるような物には、見えなかった。



 ヨークの目には、少女の姿が、まるで囚人のように見えた。



「犯罪者……なのか?


 悪いことして、


 その中に入れられてんのか?」



「まさか」



 ミツキのまぶたに、嘲るような色が宿った。



「売られていくところだったのですよ。奴隷として」



「奴隷?」



 聞き慣れない言葉が、ヨークの耳に入った。



「奴隷って……昔話とかに出てくるあの奴隷か?」



 ヨークは、現実で奴隷を見たことが無かった。



 本を読んでいると、たまに出てくる。



 そういうおとぎ話の中の存在という認識だった。



 まさか現実に出会うとは、考えもしなかった。



「あなたが読んだ昔話は知りませんが、そうでしょうね」



「人間を……物みたいに売るのか?」



「と言うより……。


 第3種族は人間では無い。


 そう思われているのでしょうね」



「マジかよ……」



 自分と同じ人間が、そんなことをするのか。



 のどかな村とは全く違う世界に、ヨークの脳が揺れた。



 ヨークはぎゅっと拳を握りしめた。



「それで、あなたは私をどうするのでしょう?」



 そう問う音色には、どこか馬鹿にしたような色が混じっている。



 ヨークはそれを気にせず、少女の檻に近付いた。



「連中の代わりに、私を売りますか?


 それともここで……」



「今出してやる」



「えっ?」



 ヨークは猫車の中を探った。



 檻の鍵を探すためだった。



 幸い、たいした量の積荷は無かった。



 木箱を少し漁ると、簡単に鍵は見つかった。



 見つけた段階では、それが檻の鍵だという保証は無かった。



 だが、檻の鍵穴に挿し込むと、鍵はあっさりと開いた。



 ヨークは檻の鉄扉を開き、少女に声をかけた。



「ほら、出ろよ」



「なるほど?


 檻から出さないと、触れられませんからね?


 ただ、言っておきますけど、


 ヘタなことをしたら私の売値が……」



「じゃあな」



 何か言っている少女に、ヨークは背を向けた。



「えっ?」



 ヨークは少女を置いて、猫車の外へと出た。



「ちょ、ちょっと……!」



 ヨークの背後から、少女の声がした。



 少女はヨークを追って、外へ出てきたようだ。



 ヨークは少女へと振り向いた。



 なんとなく、彼女のつま先に視線が行った。



 小さなサンダルを履いている。



 親指と人差し指の間に紐を挟む、変わった形状をしていた。



 歩きにくそうだ。



 長旅は大変だろうな。



 ヨークはぼんやりと、そう考えた。



 そのとき。



 少女の視線が、商人の死体に向いた。



 気付いてしまったらしい。




「っ……」



 顔をひきつらせた少女は、死体を見ないよう、まっすぐにヨークの瞳を見た。



「俺がやったんじゃねえからな?」



「見れば分かります」



 地面に転がる死体は、無惨に荒れ果てていた。



 女の方などは、元の容姿すらわからない。



 ぐちゃぐちゃの傷は、人の手で再現しようとすれば、相当の労力が必要だろう。



「あの……」



「何だ?」



「あなたはいったい……どうするつもりなのですか」



「王都に行く。


 ああ、王都は知ってるか?


 ここから北東に有る……」



「そうでは無く……私をどうするのかと聞いているのです」



「別に。


 檻から出られたんだから、


 好きに生きれば良いだろ?」



 ヨークは再び少女に背を向けた。



「ま、待ちなさい!」



 離れていくヨークを、少女が呼び止めた。



 ヨークは面倒くさそうに足を止めた。



「何だ? 耳女」



「耳女ではありません。ミツキです」



「そうか。俺はヨークだ。それで?」



「あなたはいったい何を考えて……」



「…………?」



 ヨークには、ミツキが何を言いたいのか、理解出来なかった。



 なので、少し黙って考えることにした。



 そして、ヨークなりに結論を出した。



「ああ……悪かった」



「えっ」



「また魔獣に襲われるかもしれないからな」



 死にかけたばかりで、1人になるのは心細いのだろう。



 ヨークはそう結論付けた。



「近くの村まで連れて行ってやる。行くぞ」



「待って下さい」



「まだ何か有るのか? ウンコか?」



「違います!」



「何だよ?」



「私を売れば、大金が手に入る。


 そう思わないのですか?」



「気色悪い」



 ヨークは見るからに、不機嫌な顔になった。




「きしょ……?」



 ミツキは少し目を見開いて、ヨークを見ていた。



 目の前の少年を、計りかねている様子だった。



「とっととウンコ済ませて来い。


 日が暮れちまう」



「違いますってば!?」



 特に大便を排出するということもなく、2人は歩き出した。



 1時間ほど歩くと、最寄の町へたどり着いた。



 小さな町だが、ヨークの村よりは遥かに大きい。



「じゃあな」



 ヨークは足を止め、ミツキにそう言った。



 町の中なら、魔獣に襲われることも無いだろう。



 自分の役目は果たした。



 そう考えていた。



 元々役目など無い……ということには気付けなかった。



 ヨークは歩行を再開した。



 まだ日は高い。



 このまま、次の町まで行く予定だった。



「……どちらへ?」



 ミツキはヨークの隣を歩きながら、声をかけてきた。



「言わなかったか?


 俺は王都に行く。


 まだ日は高いからな。


 今日中に、次の町までは行ってみるつもりだ」



「王都で何を?」



「冒険者になる」



「そうですか。


 あの……。


 私も御一緒させて下さい」



「王都に行きたいのか?」



「あなたのパーティに入りたいのです」



「お前も冒険者になりたいのか?」



「いいえ。ですが……。


 助けていただいた事への


 恩返しをさせて下さい」



「いらねえ」



「えっ?」



「迷宮で死なれても面倒だし。じゃあな」



 ヨークは足を早めた。



「待ってくだしあ!」



 ミツキは負けじと早足になった。



「しつけー……」



 ヨークはうんざりとした顔を、ミツキへと向けた。



「月狼族は、恩を返さないと死ぬのです!」



「嘘だろ?」



「はい。いいえ。本当です」



「なんで死ぬんだよ」



「オキテ的なやつだと思います」



「テキトーだなオイ」



「バッサリ自害されたく無ければ、


 私を連れていきなさい。


 さあ、異文化を尊重するのです」



 ミツキは、すまし顔の上から目線で、そう言った。



「脅迫かよ」



「……そんなに嫌なのですか?


 私と行くのが」



 ミツキの耳と尻尾が、しょんぼりと垂れた。



 わざわざ連れていってやる義理も義務も無い。



 無いのだが……。



 ヨークはそれを見て、少し気の毒に思った。



(う~ん……元々仲間は欲しかったが……。


 こいつちょっと頭おかしい感じなんだよな。


 ラビュリントスに連れて行って、


 だいじょうぶなんだろうか……?)



「お前、レベルは?」



「はて? レベルとは何ですか?」



「何って、クラスのレベルだよ。神の加護だ」



「何かと思えば。


 私は誇り高き月狼族です。


 下賎な邪神の加護など、


 受け入れるはずも無いでしょう?」



「家に帰れ」



「ああっ……待って……!」




 ミツキに加護を得させることに決まった。




 2人は町の神殿に向かった。



 当然だが、そこはハインス村の神殿よりも、作りがしっかりしていた。



 ヨークが寄付金を払い、ミツキのための聖水を貰った。



 予想外の手痛い出費だったが、なんとか元を取るしか無い。



 聖水を飲むことで、ミツキは無事に、加護を授かることが出来た。



___________________________



ミツキ=タカマガハラ



クラス 聖騎士 レベル1



スキル 収納 レベル1



ユニークスキル 癒し手


 効果 触れた相手の傷病や呪いを回復させる


  追加効果1 相手への思いやりにより効果上昇


  追加効果2 ???



___________________________




 用が済むと、2人は神殿を出た。



 次の町を目指すため、町の出口へと歩いた。



「うぅ……私の純潔が……」



「変な言い方するな。


 加護も無しに迷宮に潜るなんて、


 自殺行為なんだからな?」



「屈辱です。カノッサです」



(……はぁ。置き去りにしてやろうか)



 ヨークは内心で毒づいた。



(けど、放っといたら死にそうなんだよな。コイツ)



 容姿のせいもあるのだろうか。



 ヨークはミツキを見ていて、あまり生活感のようなものを感じられなかった。



 そんなミツキが、1人で逞しく生きていけるのか。



 ヨークには疑問だった。



「良いから行くぞ。早く王都に着きたい」



「その前に。ヨーク」



「何だよ?」



「王都に着く前に、


 私の主人になりなさい」



「主人?」



「はい。


 見ての通り、私は奴隷です。


 この奴隷の首輪は、簡単には外せません。


 首輪が悪用されることが無いよう、


 ヨークを主人として


 登録しておきたいのです」



「悪用?」



「はい。


 これは主人が、


 奴隷に命令するための物です。


 元々は、私を捕まえた商人が、


 主人として登録されていました。


 ですが彼女は、魔獣に襲われて亡くなりました。


 今、私の主人の座は、空白になっています。


 そして、主人の居ない奴隷を


 自分のモノにするのは容易い。


 そうならないよう、


 予防としてあなたを主人としておきたいのです」



「首輪を外す方法は無いのか?」



「わかりません」



「ん~」



 ヨークは考えるようなそぶりを見せ、腰の剣に手を伸ばした。



 それから抜刀し、剣が地面と水平になるように構えた。



「ヨーク?」



 ミツキがヨークの意図を尋ねようとした、そのとき……。



「ふっ!」



 ヨークは思い切り、首輪に斬りつけた。



 刃が首輪を強く叩いた。



「ひぎゃっ!」



 衝撃を受け、ミツキは倒れた。



 不幸中の幸いで、刃は彼女の肌には触れなかったようだ。



 とはいえ、全くの無傷とはいえない。



「殺す気ですか!?」



 首の痛みに耐えながら、ミツキは怒鳴った。



「いや。首輪を斬れないかなって。


 やっぱ、魔術師じゃダメだな。


 悪い」



「…………」



「それじゃあ主人の登録ってやつをやるか」



「ちょっと考えさせて下さい」



「ナンデ?」



 言うまでもなく、首周りは人体の急所だ。



 眼前の無鉄砲な男に自分の運命を託すことに、ミツキは後悔を覚えはじめていた。



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