その8「勝利と旅立ち」




(この大きさ……レベル……やばい……!)



 目の前のスライムは、これまでの敵とは格が違う。



 深く考えなくても、それは明らかだった。



 スライムは、跳躍して飛びかかることしか出来ない。



 その跳躍距離は、スライムの強さに比例する。



 ヨークには、経験からそれが分かっていた。



 ならば、森のヌシの跳躍距離は、どれほどか。



 ヨークとスライムの間の距離は、15メートルも無かった。



(ここは奴の射程圏内……!)



 不味い。



 ヨークは即座に、スライムに背を向けた。



 走って距離を取ろうとする。



 そのとき、スライムが高く跳んだ。



 ヨークの体に、スライムの影が被さった。



(死……!?)



 巨体が落ちてきた。



 近くの樹木ごと、ヨークの居た場所が押しつぶされた。



 そして……。





「刑場戦火-ケイジョウセンカ-」





 ヨークは唱えた。



 地面より下の位置に、ヨークの姿が有った。



 深い穴の底から、杖を真上に向けていた。



 ヨークは潰される寸前、大陥穽の魔術で、地下に逃れていた。



 彼の口に、マジックポーションの瓶が見えた。



 消耗していたヨークの魔力が、全快していた。



 これでありったけ撃てる。



 ヨークの杖から、火矢が放たれた。



 1つ、2つ、3つ……止まらない。



 炎矢の呪文をヨークなりに改良した、切り札となる呪文だった。



 弱点属性による猛攻が、森のヌシを襲った。



 炎を一撃くらうごとに、スライムの体が弾け飛んでいった。



「はぁ……はぁ……」



 全ての魔力を吐き出し、ヨークの息があがっていた。



 ヨークの魔力が尽きた時、ヌシの姿は残ってはいなかった。



 切り札の呪文は、スライムを完全に絶息させていた。



「いてっ」



 上から大きな魔石が落ちてきて、ヨークの頭を打った。



 落とさないよう左手に持つと、ずっしりとした重みが有った。



(クラスチェンジして良かった……。


 魔術師じゃ無かったら、死んでたな。


 ドンツさんの話だと、


 親父はこいつに殺されたらしいけど……。


 仇討ったって実感、あんまりねーな。


 まあ、仕方ないか。


 顔も知らん親父だからな)





______________________________




ヨーク=ブラッドロード



クラス 魔術師 レベル46



スキル 敵強化 レベル2


 効果 敵のレベルを上昇させる



  追加スキル 部位強化


   効果 敵の一部分だけを強化する



  追加スキル 強化解除


   効果 強化を解除する




______________________________





 仇を取った実感は無くとも、ヨークには満足感が有った。



 強敵に勝ち、強くなったという実感だった。



(レベルは上がった……。


 それに、『敵強化』も……)



 『敵強化』スキルのレベルは、ずっと1のままだった。



 それがようやく、2に上がっていた。



(今は、それで十分だ)




 ……。




 ヨークがスキルを授かってから、1年が経過した。



 また、成人式の日がやって来た。



 神殿に住むヨークは、成人式の飾り付けを手伝ったりもした。



 村のみんなが神殿に集まり、儀式が始まった。



 16歳の少年少女が、加護を授かっていった。



 特にレアスキルが騒がれるようなことも無い。



 普通の成人式だった。



 儀式はすぐに終わった。



 そろそろ解散しようかというところで、ヨークは新成人たちに声をかけた。



「聞いてくれ」



 突然に声を出したヨークに、村人たちの視線が集まった。



「俺は王都に行って、冒険者になる。


 誰か、俺とパーティを組まないか?


 後悔はさせないつもりだ」



「後悔ってヨークさん……」



 ヨークの後に口を開いたのは、新成人の一人のタガだった。



「自分がどう言われてるか、知らないんですか?」



「知ってるさ。それで、どうする?


 俺と来るか、来ないのか」



「……遠慮しておきます」



「分かった」



 ヨークについて行こうとする者は、1人も居なかった。



 ヨークはすんなりと引き下がった。



 元々、村を出て冒険者になろうと考える若者は少ない。



 彼らを誘ったのは、旅立ちを宣言するついでのようなものだった。



 村の人たちは、ヨークが旅立つということを知らなかった。



 一つ屋根の下に住む、アネスでさえも。



「ヨーくん!」



 アネスは血相を変えて、ヨークに詰め寄った。



「冒険者になるってどういうこと!?」



「言葉の通りだよ」



「そんなの、聞いてない」



 そう言ったアネスの表情は、年相応よりもさらに幼く見えた。



「言って無いからな」



「どうして?」



「アネスさんも……俺のスキルが外れだって思ってるんだろ?」



「えっ……?」



「だから、言わなかった。


 …………今までありがとう。


 アネスお姉ちゃん」



 ヨークはアネスに背を向けた。



 昔はアネスのことを、お姉ちゃんと読んでいた。



 気恥ずかしかったのか、いつの間にか呼ばなくなった。



「ヨーくん……!」



 立ち去るヨークの背に、アネスの声が触れた。



 ヨークは振り返らず、早足で神殿を出た。



 そして、神殿の外に用意してあった旅支度を背負い、村の外へ出た。



「ヨーク!」



 村の外で、男の声が、ヨークを呼び止めた。



 ヨークは立ち止まり、声の方へと振り返った。



 ドンツの姿が見えた。



「ドンツさん」



「お前さ、あんな言い方……。


 アネスちゃんを泣かせんなって、


 言ったじゃねえかよ」



「…………」



「去年のこと、まだ拗ねてんのか?


 馬鹿にされてイラつくのは分かる。


 けど、いつまでも引きずって、


 女泣かせてんじゃねえよ」



「違います」



 ドンツの言葉を、ヨークははっきりと否定した。



「……?」



「もう引きずってません。ただ……。


 ああでも言わないと、


 独りでは行かせてもらえないと思ったので」



「アネスちゃんは、お前のこと大切に思ってる」



「かもしれませんね。


 …………けど、だからこそ、


 あれくらい突き放さないと、


 独りで王都になんて行かせてくれませんから。


 冒険者っていう、


 子供からの夢を叶えたいんです。


 俺は……ラビュリントスに行きます」



「……そうか。


 アネスちゃんのこと、


 嫌いになったわけじゃねえんだな?」



「はい」



「それなら良いさ。


 1年に1回くらいは帰って来いよ」



「はい」



「行って来い」



「はい。


 その前に……ちょっと赤狼を狩っていきませんか?」



「良いかもな。俺たちには」



「はい」



 2人で平野を歩いた。



 町が有る方角へ。



 いつもなら、自警団の仲間が居る。



 2人きりというのは初めてかもしれないと、ヨークは思った。



 1体の赤狼を発見するのに、たいした時間はかからなかった。



「おっ、居たな」



 赤狼を見て、ドンツが言った。



「ドンツさん」



「ん?」



「これから起きることは、


 皆には内緒にして下さい」



「何だよ?」



 赤狼が、2人に気付いた。



 駆けてくる。



 ヨークは狼に、手のひらを向けた。



 そして、唱えた。



「『敵強化』」




_____________



赤狼 レベル38


_____________




 赤狼の体が、輝いた。



 強化が成功した証だった。



 速度を増した狼が、ヨークへと突進してきた。




「ッ!?」



 今までにない速度で動く赤狼を見て、ドンツは青ざめた。



 ヨークは抜刀すると、平然と前に出た。



 レベル1の赤狼を相手にするかのように、ヨークは強化された赤狼を斬り捨てた。



「ヨーク……スキルを使ったのか?」



「はい」



 ヨークは肯定した。



「敵を強くすると、


 得られるEXP……力も増えるんですよ」



「初耳だ」



「秘密にしておきたかったんです。


 手のひら返されても、嬉しく無いので」



「ひねくれてんなぁ」



「レベルを確認してみて下さい」



「おう……」




______________________________




ドンツ=ヘビハン



クラス 戦士 レベル36



______________________________






「レベル36……!?」



 レベルが一気に、倍以上になっている。



 ドンツは驚きの声を上げた。



「村を……アネスさんのことを、


 よろしくお願いします」



「頼まれるまでもねえよ。


 俺は村の自警団だからな」



「はい」



「お前に自警団を継いで欲しかったが……」



「すいません」



「お前の器には、村は小さすぎたみたいだ。


 夢を叶えてこい」



「はい。行って来ます」



「本当に……お世話になりました」



 ヨークは深く頭を下げた。



 そして、背を向けて去っていった。



 ドンツはヨークの姿が消えるまで見守った。



(いつでも帰ってこいよ。


 お前は大切な、


 村の仲間なんだから)




______________________________




ヨーク=ブラッドロード



クラス 魔術師 レベル128



SP ???+1421



______________________________




 1人になると、ヨークは立ち止まった。



 そして、ポケットに手を入れた。



 そこから取り出したのは、お手製の首飾りだった。



 赤い牙を、マガタマの形に加工したものだった。



 それを首にかけると、ヨークは再び歩き始めた。




 ……。




 ヨークはひたすらに、王都への道を進んでいった。



 しばらくのあいだ、旅は平坦だった。



 だがあるとき、遠目に動くものが見えた。



(人……?


 いや……魔獣か……!?)



 血の気配を感じ、ヨークは駆けた。



 近寄ると、猫車が見えた。



 車を曳く猫は、逃げ去ったらしく、姿が無い。



 問題は、その猫車の傍だった。



(人が食われてるのか……!)



 女が緑色の狼に、食われているのが見えた。



 既に息はしていないようだ。



 格好を見るに、商人らしい。



 ヨークの位置からは、彼女の顔までは見えなかった。



 その隣に、男の死体が有った。



 男の肌は青い。魔族のようだ。



 それなりの体格で、近くには剣が落ちていた。



 軽装だが、防具も身につけていた。



 護衛のようだった。



 雇い主である商人を、守れずに死んだらしい。



 商人と同様に、狼に食われていた。



(ひでえな……)



 ヨークが死体を見たのは、初めてのことでは無い。



 だが、魔獣に食い荒らされた死体は初めて見た。



 所詮は他人だが、ヨークは嫌な気分になった。



 魔獣が立てる咀嚼音は、酷く不快だった。



(迷宮に潜ったら、こんなことも良く有るんだろうか……)



 そう考えると、怯んでばかりはいられなかった。



 根性を見せなくてはならない。



 ヨークは魔獣へと近付いた。



「ぐるる……」



 狼たちは、ヨークに気付いたようだ。



 死体から口を離し、ヨークを睨んだ。



 食事よりも、人への殺意を優先する。



 それが魔獣という生き物だ。



(『戦力評価』)



 ヨークは気持ちを切り替えて、冷静にスキル名を唱えた。



_____________



緑狼 レベル6


緑狼 レベル6


緑狼 レベル6


_____________





 ヨークは狼たちのレベルを認識した。



(レベル6が3体か。


 半年前の俺ならやられてたな。


 だが……)



 ヨークは剣を持ち、前に出た。



 狼が、ヨークに飛びかかった。



 ヨークはあっさりと、狼を切り捨てた。



 レベル差が開きすぎている。



 3対1だろうが、何も問題は無かった。



(もう怖くは無い)



 ヨークはまず、狼が残した魔石を回収した。



 そして、商人の持ち物らしい猫車を見た。



(さて……。


 一応、あの中も確認しておくか)



 ヨークは猫車に踏み入った。



 そして……。



「人……?」



 ヨークは呟いた。



「…………」



 猫車の中には、1つの檻が有った。



 そして、檻の中には、1人の少女の姿が有った。



 月の女神のようなその美貌に、ヨークは一瞬見惚れた。



「……かみさま?」



 少女の腰の後ろで、銀色の尻尾が揺れた。




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