その7「ラージとヒュージ」





「焦ってんのか?」



 自警団での索敵中に、ドンツが言った。



「何の話ですか?」



 ヨークはそう尋ね返した。



「バジルのことだよ」



「焦って無いです。


 急いでますけど」



「アネスちゃんを、泣かせたらしいな?」



「……チクったのか」



「反省してねえな? お前」



「反省ならしてますよ。


 次はヘマしない。


 もっと上手くやります」



「お前なぁ……。


 アネスちゃん泣かせんなって言ってんだよ。


 分かんねえかなぁ」



 ドンツは頭をかき、ヨークから離れていった。



「…………」



 ドンツとの距離ができると、ヨークは小さく呟いた。



「女泣かせんなとか言ってたら、


 強くなれねえだろ?」



(けど……。


 次のやり方は、


 もう少し考える必要が有る)



 ヘマが続いている。



 2度、大怪我をした。



 1度目は、死にかけた。



 ヨークも死にたいわけでは無い。



 アネスを泣かせたいわけでも無い。



 ヘマをした以上は、行動を改めなくてはならないとは思う。



 だがそれは、リスクを完全に排除するという意味では無かった。



 自分の可能性を試さないくらいなら、死んだ方がマシだ。



 そう思っていた。



 やり方への反省は有るが、生き方への反省は無かった。



 ……その日の深夜。



 ヨークは懲りずに家を抜け出した。



 そして、村の南西に有る森に向かった。



 彼は魔術師のクラスで赤狼を狩ることに、限界を感じていた。



 他の魔獣を探すつもりだった。



 ヨークは真夜中の森をさまよった。



 やがてヨークは、グリーンスライムと遭遇した。



(スライムか……。


 崖の件で脱線したが、


 クラスを変えたのは、


 スライムの弱点を突くためだった。


 …………赤狼以外の魔獣に、


 『敵強化』を使ったことは無かったな。


 ……慎重に試していこう)



(『敵強化』『戦力評価』)



 ヨークはスキルを発動させた。




_________________________



グリーンスライム レベル4


 耐性 斬撃 刺突 打撃 水 風 土


  弱点 炎


_________________________




 ヨークは控えめにスライムを強化すると、そのレベルを見た。




(耐性がやけに多いな……。


 弱点は1つ。


 動きは……?)



 ヨークは、スライムの挙動を見守った。



 知性が低くとも、魔獣である以上、人間への殺意を持っている。



 スライムはズルズルと地面を這い、ヨークへと向かってきていた。



 ヨークを捕食するつもりらしかった。



(レベル1の時より、少しだけ速くなった感じか?)



 スライムは、元々動きが遅い。



 強化を受けても、素早くなったようには見えなかった。



 ヨークはそのまま、スライムの動きを見守った。



「っ!」



 距離が詰まると、スライムはヨークに飛びかかってきた。



 ヨークは即座に後ろに下がり、飛びかかりを回避した。



 それからさらに後ろに下がり、飛びかかりが来ない距離まで退避した。



 赤狼の攻撃と違い、かなりの余裕をもって回避することが出来た。



(レベル1の時よりは速いんだろうが……。


 赤狼より遥かに遅いし、


 動きもワンパターンみたいだな)



 距離をとって少し待ってみたが、新たに攻撃が来る気配も無い。



 スライムには、人のような知性は無い。



 切り札を隠すようなことはしない。



 スライムは飛びかかり以外の攻撃手段を、持っていない様子だった。



 ……これ以上の観察は無意味か。



 ヨークはそう考えると、杖をスライムへと向けた。



「赤破」



 爆炎が、スライムを襲った。



 その呪文は、特に全力というわけでも無い。



 だが、その呪文の一撃で、スライムは焼失した。



(レベル4のスライムなら一撃か。


 次はレベル5で行くか。


 一つずつ上げて、


 様子を見るとしよう)



 ヨークは十分な距離を置くことを念頭に置き、スライム狩りを開始した。




_________________________



グリーンスライム レベル11


_________________________





「赤破」



 レベル11のスライムが、ヨークの呪文1発で焼失した。



(一撃……か……?


 弱点を突いたとはいえ……俺と同じレベルなのに……)



 これならいくらでも狩れそうだ。



 あっけなく消えたスライムを見て、ヨークはそう考えた。



 だが、上手く行き過ぎて、落とし穴が有るような気もしていた。



「…………」



(今日はここまでにしておくか)



 情報無しで突っ走るのは危険だ。



 人から話を聞いた方が良い。



 そう思ったヨークは、一旦引き返すことにした。



 部屋に戻り、眠った。



 ……翌日。



 ヨークは自警団の見回り中に、ドンツに話しかけた。



「スライムって弱いんですかね?」



「どうしたいきなり?」



「素朴な疑問というやつですよ」



「素朴て」



「どうなんです?」



「嫌な相手だと思うぜ。


 斬っても突いても中々死なねえし、


 飛びつかれたら、


 引き剥がすのも一苦労だ。


 赤狼と戦ってる方が気楽だな。


 向こうは斬れば死ぬしよ」



(そうなのか……)



「俺は赤狼の方がつらい気がするんですけどね。素早くて……」



「魔術師だとそうだろうな。


 魔術師はスライムの、


 天敵みたいなもんだからな」



「天敵……ですか」



「ああ。


 逆に、素早い狼は


 魔術師の天敵なのかもしれねえな」



「なるほど。


 たとえばですけど……」



「ん?」



「前に村に来たスライム……。


 あいつを倒すには、


 レベルがいくつ有れば良いと思いますか?」



「3くらいじゃねえの?」



「そんな低くて良いんですか?」



「あいつは図体ばっかりでかくて、


 動きが鈍いからな。


 ジャンプが届かない距離から、


 弱点の魔術を連発すれば、


 倒せると思うぞ。


 まあ、ジャンプ力自体は


 普通のスライムより有るから、


 そこは注意が必要だが」



「なるほど」



「おっ、赤狼が来るぞ」



「はい」



 ヨークは抜刀し、前に出た。



 両手で剣を持ち、左上から右下へと振った。



 ヨークの斬撃が赤狼を狩った。



 一撃で赤狼は絶命した。



 その見事な一刀に、ドンツは困惑した様子を見せた。



「お前……魔術師だったよな? レベル3の」



「そうですけど?」




 ……。




 その夜も、ヨークは森へ向かった。



 ヨークはスライムを見つけると、杖をスライムに向けた。



「大陥穽」



 ヨークは新呪文を唱えた。



 スライム狩りのために、身につけた呪文だった。



 ヨークの呪文によって、スライムの直下に大穴が出現した。



 スライムは穴底に墜落した。



 ヨークは穴の底を見下ろした。



 スライムはもぞもぞと動くだけで、為す術無い様子だった。



 魔獣狩りに最も重要なのは、地の利を活かすことだ。



 ヨークはこれまでの経験から、そう確信していた。



(『敵強化』『戦力評価』)




_________________________



グリーンスライム レベル13


_________________________






「炎獄柱」



 ヨークは、強力な炎の呪文を唱えた。



 落とし穴の底から、炎の柱が立ち上った。



 スライムは焼失した。



 穴底に魔石が残ったが、ヨークは欲しがらなかった。




______________________________




ヨーク=ブラッドロード



クラス 魔術師 レベル12



______________________________





 ヨークが目を閉じると、レベルが上がっているのが確認できた。



(良し……)



 このやり方は良い。



 そう感じたヨークは、同じ方法でスライムを狩っていった。





______________________________




ヨーク=ブラッドロード



クラス 魔術師 レベル16



______________________________





 森に入ってから1時間ほどで、ヨークのレベルは5上昇していた。



(やっと、あの時のバジルと同じくらいか。


 けど、まだだ。


 バジルはあの時よりも、


 ずっと強くなってるはず)



 痛い目に遭わされたが、ヨークはバジルのことを、高く評価していた。



 前のまま、足踏みなどしているはずが無い。



 そう確信していた。



(それに、魔術師が戦士との喧嘩に勝つには、


 3倍のレベルが要る。


 もっと……もっと強くなってやる)




 ……そのとき。


 木々が揺れる音がした。




「……?」



 ヨークは音がした方へと進んだ。



 木の間を抜け、少し開けた場所へ出た。



「……!」





_____________________




グリーンラージスライム レベル6


グリーンラージスライム レベル6


グリーンラージスライム レベル6


グリーンラージスライム レベル6


グリーンラージスライム レベル6


グリーンラージスライム レベル6



_____________________




 そこには、高さ2メートルを超えるスライムが、6体も群れをなしてした。



(ラージ! しかも6体……!)



 ヨークの気持ちが昂ぶった。



 闘争心と恐怖が、混じり合ったような気持ちだった。



 それを自覚したヨークは、大きく息を吸うことにした。



 ヨークの肺が、空気で満ちた。



 心が少し落ち着いた。



(焦るな……。


 俺は魔術師……。


 スライム種の天敵なんだから……)



 ヨークは、ヨボがスライムを倒した時のことを思い出した。



 今のヨークは、彼よりもレベルが高い。



 やれる。



 やれない理由が無い。



 そう自分を奮い立たせて、杖を構えた。



(『敵強化』『戦力評価』)




_____________________



グリーンラージスライム レベル18


グリーンラージスライム レベル6


グリーンラージスライム レベル6


グリーンラージスライム レベル6


グリーンラージスライム レベル6


グリーンラージスライム レベル6


_____________________





 ヨークは6体のうちの1体だけを、スキルで強化した。



「大陥穽!」



 あらかじめ決めておいた作戦通り、落とし穴で足場を奪った。



 そして、本命の攻撃呪文をはなった。



「炎獄柱! 二連!」



 念の為、ヨークは連発式で呪文をはなった。



 2度の炎が、スライムが居た位置を、襲うことになった。



 強化されたスライムは、1度目の攻撃で消失した。



 何も居ない穴を、2度目の炎が焼いた。



______________________________




ヨーク=ブラッドロード



クラス 魔術師 レベル17



______________________________





(よし……!)



 ヨークはレベルの上昇を確認した。



(何の問題も無い。


 このまま6体とも……っ!?)



 そのときスライムは、ヨークが予想しない動きに出た。



 残ったスライムは5体。



 4体が正方形を作り、1体を囲むように並んでいた。



 中央のスライムへと、周囲のスライムがジャンプした。



 そして、スライムが光に包まれた。



「何だ……っ!?」



 光が収まった。


 そして……。



「な……!」



(こいつはまさか……!)



 ヨークの眼前に、高さ8メートルは有る、巨大なスライムの姿が出現していた。



(森の主か……!?)



 村の家々より背の高い化け物を見て、ヨークはそう考えた。



「『戦力評価』!」



 ヨークはスキルを発動し、スライムのレベルを確認した。



_____________________



グリーンヒュージスライム レベル48


_____________________




(レベル48……!?)



 それはヨークにとって、前代未聞のレベルだった。



「嘘だろ……」



 ヨークは杖を落とさないよう、ぎゅっと握りしめた。



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