その6「飛躍と失敗」



 ヨークは親の仇というものに、あまり関心が無かった。



 顔も知らない親。



 どうやら自分が物心つく前に、死んだらしい。



 その仇と言われても、あまりピンと来なかった。



 だが、ドンツを誤解させたままの方が、話がしやすいかもしれないと思った。



「ドンツさんは、主について何か知ってますか?」



 誤解を正さないまま、ヨークは尋ねた。



「別に。


 特別なことは知っちゃいねえよ。


 家よりもでかい、スライムの化け物。


 それくらい、お前だって知ってるだろ?」



「はい。まあ」



(知らなかったけど)



「ドンツさんは反対ですか?


 俺が主を、


 倒したいって言ったら」



「いや。


 親の仇を取りたいってのを、


 他人の俺が止められるかよ。


 けどな、


 それで自警団の仕事を


 疎かにされちゃ困るぜ。


 それに、


 簡単に死ぬような真似をされても困る。


 お前はこの自警団の、


 有望な若手なんだからな」



「言われなくても、


 死ぬつもりは有りませんよ」



「そうは言うがな……。


 お前、今日危なかったろ」



「そうですね。


 自分が思ってた以上に、


 弱くなってました」



「大丈夫かよ?」



「はい。


 さっき、レベルが3まで戻ったんで。


 戦士でレベルが1だった頃くらいには、


 戦えると思います」



「なら良いけどよ」



「心配御無用です」



 ヨークは不敵な笑みを浮かべてみせた。



「言ったなコイツ」



 ドンツはヨークの頭に手を伸ばした。



 そして彼の銀髪を、ぐしゃぐしゃと撫でた。



「ははは」



 ヨークは笑った。



「帰るか」



「はい」



 自警団一行は、村へと足を向けた。



 ヨークは歩きながら考えた。



「…………」



 ヨークの思考は、先程の戦いに向けられていた。



(相手がレベル4でも、


 崖から落としたら殺せた。


 頭を使うんだ。


 工夫次第で、


 俺はもっともっと強くなれる)




 ……。




 それからヨークは、魔術師のクラスでも赤狼と戦えるよう、体を慣らした。



 やがて十分に、赤狼と戦えるという自信がついた。



 ある日の夜。



 ヨークは崖を利用したレベル上げを、試してみることにした。



 彼は10本ほどのロープを持って、家を抜け出した。



 そして、村を遠く離れて、赤狼を探した。



 赤狼を見つけると、死なせないように狩り、生け捕りにした。



 何体も赤狼を倒し、動けないように縛る。



 レベル3の魔術師には大変な作業だったが、やり遂げた。



 その後、赤狼の群れを引きずって、崖に向かった。



 崖に到着し、ヨークは遥か下方を見下ろした。



 底は見えない。



 ただ真っ暗な闇だけが見えた。



 命を飲み込む深淵が、口を広げている。



 深夜の雰囲気のせいもあり、ヨークはそのような印象を覚えた。



 この場にやって来たのは、闇を楽しむためでは無い。



 ヨークはすぐに、縛り上げた赤狼へ向き直った。



「ぐるるぅ……!」



 赤狼たちは、殺意に満ちた目を、ヨークへと向けていた。



 その殺意が、形を成すことは無い。



 無力だった。



(弱いもの苛めは好きじゃないが……)



「強くなるって決めたんだ。悪いな」



 ヨークは、脚を縛った狼を1体、崖へと放り投げた。



 そして、高速でスキル名を唱えた。



「『敵強化』『戦力評価』」




_______________



赤狼 レベル5


_______________





 レベル5にまで強化された狼が、崖を落下していった。



 少しの間を置いて、ヨークは目を閉じた。




______________________________




ヨーク=ブラッドロード



クラス 魔術師 レベル4



______________________________





 レベルが上がったことで、狼の死が確信できた。



 ヨークは無傷のまま、強化された赤狼を倒すことに成功していた。



(やった……!


 このやり方は正解だ……!)



 自分の作戦がうまく行ったと知り、ヨークの心に活力が湧いた。



(どんどん行くぞ)



 ヨークは同様のやり方で、赤狼を倒していった。




______________________________




ヨーク=ブラッドロード



クラス 魔術師 レベル10



______________________________





 数分後。



 ヨークのレベルは10にまで上昇していた。



(レベル10……あっという間だったな。


 この方法を続けていたら、


 バジルにも追いつけそうだ。


 これなら……魔術師になる必要も無かったかな?)



 捕獲した赤狼は、残り1匹になっていた。



(今日はコイツで最後か)



 ヨークは最後の1匹を、崖へと放り投げた。



「『敵強化』『戦力評価』」



 これは、繰り返しの作業の終端。



 ヨークはそう思っていた。



_______________________



赤狼 レベル12 耐性 炎(大) 弱点 雷


_______________________





(耐性……?)



 ヨークの意識下で、見慣れない情報が見えた。



 今までの『戦力評価』では見えなかった情報だ。



(また『戦力評価』がレベルアップしたのか?)



 ヨークは確認のため、崖から少し離れ、目を閉じた。



(今のステータスは……)





______________________________




ヨーク=ブラッドロード



クラス 魔術師 レベル10




サブスキル 戦力評価 レベル3


 効果 対象の名称、レベルを判別する


  追加効果1 対象のスキル、所有EXPを判別する


   追加効果2 魔獣の耐性を判別する



______________________________





ヨーク

(やっぱり、サブスキルのレベルが上がってるな)



 ヨークはのんびりとした気持ちで、そう考えた。



 だが……。



「っ……! 待てよ……!?」



 彼はそのとき、嫌なことに気付いてしまった。



(クラスレベルが上がってない……! 10のままだ……!)



 今までは、自分よりレベルが2高い魔獣を倒した時は、確実にレベルが上がっていた。



 それが、今回は上がっていない。



(レベル10になって、必要なEXPが激増したのか?


 いや……)



 音が聞こえた。



 石が転がる音、そして、狼の吠え声。



 ヨークは崖へと振り返った。



 崖の端で、血塗れの赤狼が、ヨークを睨んでいた。



 赤狼は、生きていた。



 生きてヨークへと、殺意を向けていた。



(死なないのか……!?


 レベル12の赤狼は……崖から落ちても死なない……!)



 ヨークは自分の計画が、早くも破綻したことを知った。



 だが、残念に思っている暇は無かった。



 まずは眼前の驚異を、倒さなくてはならない



 生き延びるために。



 赤狼のレベルは、ヨークよりも2高い。



 さらに、ヨークのクラスは、貧弱な魔術師。



 戦士で言えば、レベル3か4程度の身体能力しか無かった。



「っ……!


 死にかけの狼に負けられるか!」



 赤狼は、無傷では無い。



 見るからに弱っていた。



 ヨークは恐れを閉じ込めた。



 最初から、逃げることは許されていない。



 自分が強化した魔獣を、野に放つことは許されない。



 それに、魔術師の脚で走っても、逃げられるとも思えない。



 死ぬか殺すかだ。



 狼が動き出した。



(……魔術だ。


 魔術師の剣じゃ、


 レベル12の赤狼には勝てない。


 赤狼は素早い……だが、


 範囲の大きい呪文なら……!)



 ヨークは杖を狼へと向けた。



 そして、呪文を唱えた。



「炎嵐!」



 炎嵐は、赤破や炎矢といった魔術よりも、魔力の消費が大きい。



 その代わり、広い範囲への攻撃が可能だった。



 狼の脚力でも、回避しきれるものでは無い。



 炎の渦が、狼を包み込んだ。



 だが狼は、炎を突破して向かってきた。



 減速は無い。



(あれの直撃を受けて平気なのか!?


 見た目ほど弱って無かった……?


 …………違う!)



 そのときヨークは、致命的な事実に気付いてしまった。



(『炎耐性』大!)



 それは、成長した『戦力評価』が教えてくれた情報だった。



(こいつには、炎が殆ど効かないんだ!


 思い出せ……! こいつの弱点は……!)



 雷。



 その答えが出た瞬間に、ヨークは押し倒された。



 ヨークの肩に、赤狼の牙が食い込んだ。



「ぐううううっ!」



 ヨークは怯まずに、杖先を赤狼に向けた。



「穿雷!」



 ヨークの杖から、雷が放たれた。



 雷は狼を直撃した。



 狼と密着していたヨークも、その余波を受けた。



「がああっ!」



 自身の雷の威力で、ヨークは呻いた。



 狼は、魔石を残して消滅した。



 弱っていたとはいえ、一撃で赤狼を仕留められた。



 弱点というだけのことはあったようだ。



「はぁ……はぁ……」



 ヨークは痛みに耐えて、立ち上がった。



 その肩からは、血が流れていた。



「痛ぇな……クソが……。


 ん……」



 ヨークは違和感を覚え、血まみれの肩を見た。



 そこには赤狼の牙が、1本だけ残っていた。



(牙……。


 ドロップアイテムってやつか)



 魔獣は死後に、自身の体の一部を残すことが有る。



 それらはドロップアイテムと呼ばれ、貴重な資源として重宝された。



(赤狼のドロップじゃ、大した価値はねえが……)



「俺が勝った……。貰っとく……」



 ヨークは牙を、ポケットに入れた。



 牙を抜いた傷口からは、血が流れ続けていた。



(あぁ……。


 痛ぇ……)



 ヨークは傷の応急処置を済ませると、ふらふらと村へと歩いていった。



______________________________




ヨーク=ブラッドロード



クラス 魔術師 レベル11



______________________________





 ヨークは神殿に帰宅した。



 正面から礼拝堂に入ると、アネスの姿が有った。



 普段は寝ている時間だ。



 ヨークの不在に気付き、心配していた様子だった。



「ただいま……」



「ヨーくん。今までどこに……」



 そう言って、アネスはヨークの怪我に気付いた。



「ヨーくん!?」



 アネスは顔色を変え、ヨークに駆け寄った。



「ごめん……。


 ちょっと……しくじった……」



 ヨークの全身が、倒れていった。




 ……。




「ん……」



 次に目覚めた時、ヨークの目に、見慣れた天井が映った。



「気がついた?」



 ヨークのベッドの脇に、アネスの姿が有った。



「うん……」



 ヨークは肩に意識を移した。



 少し痛むが、傷は塞がっている様子だった。



「治癒術を使ったから、怪我はもう大丈夫」



「ありがとう」



「ごめんなさいは?」



「ごめん……」



「いったい何したの?」



「赤狼狩り。


 途中までは順調だったんだけど、


 最後でちょっとしくった」



「どうして1人で行ったの?」



「パーティだと、


 レベル上げの効率が悪いんだ。


 周りにEXPを吸われるから」



「そんなにレベルが大事?」



「大事だよ。


 どんだけ奇麗事や


 建前を並べたってさ……。


 レベルが高い奴は、


 低い奴を笑うんだよ。


 それが当然の権利だって、


 心の底では皆思ってる」



「そんなことないよ」



「……どうかな?」



「…………。


 これで懲りたでしょ?


 もう無茶なことしちゃダメだよ?」



 アネスはそう言い残し、部屋から出ていった。



「…………」



 ヨークはベッドの上から、アネスが去った扉を見た。



「ごめん。


 それは無理だ」



 たとえ危険でも、男が1度決めた道だ。



 引き返すことは無い。



 そう思っていた。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る