その5の2





「この杖が有ったら


 魔術師になれるんだろ?


 けど……。


 俺がこんな高い物持ってたら、


 盗んだと思われるかも。


 だいじょうぶかな?」



「…………。


 杖は私が見つけたことにしましょう。


 それをあなたに貸したことにする」



「良いのか?」



「それが一番


 波風が立たないと思うの」



「ありがとう」



「ただ、この杖を落として困ってる人が、


 居るかもしれない。


 持ち主が困ってるって分かったら、


 杖は返さないとダメだよ?」



「……ああ」



 普通の落とし物なら、自分の部屋に現れるはずが無い。



 ただの落とし物では有って欲しく無い。



 落とし主なんて、あらわれないで欲しい。



 ヨークは内心でそう願った。



「俺を……魔術師にして欲しい」



「本当に良いの?」



「頼む」



「それじゃあ、聖水を持ってくるね」



 アネスは聖水の保管庫に向かった。



 保管庫には、大神殿から送られてきた聖水が、保管されている。



 聖水は悪用も出来るので、神官以外が扱うのは禁止されていた。



 ヨークはアネスの部屋に、留まって待った。



 村の神殿は、それほど広くは無い。



 アネスはすぐに、小瓶を持って帰ってきた。



「この聖水を飲めば、


 あなたは魔術師になれる。


 けど……レベルは失われる」



「分かってる」



「……どうぞ」



 ヨークはアネスから、聖水を受け取った。



 そして、迷い無く飲みこんだ。



「ぐ……!」



 聖水を飲み干した直後、ヨークはうずくまった。



 全身を、熱い痛みが襲っていた。



「ぐううううううぅぅぅっ!」



 ヨークは、自身の体を抱くようにして呻いた。



「ヨーくん!?」



 アネスはヨークの隣にしゃがみ込み、彼の背中に触った。



「大丈夫……」



 幸いなことに、痛みはすぐに収まった。



「ちょっと……痛かっただけ……」



 痛みは消えたが、鮮烈な痛みの記憶は有った。



 ヨークの内面には、少しの混乱が残っていた。



 だが、ヨークはアネスを安心させようと、微笑んでみせた。



「クラスチェンジって痛いんだ?」



「アネスさんも知らなかった?」



「うん。この村でクラスチェンジする人なんて居なかったし」



「新発見だ」



 ヨークは表情筋を使ってふざけてみせた。



「心配させないの。もう……」



 アネスはヨークを睨んだが、その口元には余裕が戻っていた。



「ごめん」



「ちゃんと魔術師にはなれた?」



「ええと……」




______________________________




ヨーク=ブラッドロード



クラス 魔術師 レベル2



______________________________





「なれた。レベルは2になっちまったけど」



「ドンツさんには


 ちゃんと話さないとダメだよ?


 お世話になってるんだからね」



「分かった」



 自警団の仲間なのだから、当然だろう。



 ヨークはそう考えた。



「明日会ったら話すよ。


 っていうか、クラスチェンジする前に、


 話しとくべきだったかも」



「そうかも。それと……」



 アネスは自分の本棚に向かった。



 そして、古びた本を一冊手に取った。



「はい。これ」



 アネスは大きな本を、ヨークに渡そうとした。



「それは?」



「魔術の教本」



「ちゃんと瞑想して、


 魔術の練習をしないと、


 呪文は身に付かないんだからね」



「ありがとう」



 ヨークは本を受け取り、片手で胸に引き寄せた。



「頑張るよ。俺」



 ヨークは自室に戻った。



 そして、さっそく本を開くと、勉強を始めた。



 ヨークが最初の魔術を習得するのに、一晩もかからなかった。



 少し石壁を焦がしてしまったのは、アネスには内緒だった。




 ……。




 翌日。



 ヨークたちはいつものように、自警団の仕事で村を出ていた。



 村の南に有る崖の近くで、自警団は魔獣と戦った。



「そっちは崖だ! 気をつけろよ!」



「はい!」



 崖の近くに立つヨークに、赤狼が向かっていった。



_______________



赤狼 レベル1


_______________




(良し……!)



 ヨークは魔術の杖を、赤狼に向けた。



 覚えたばかりの魔術を、お見舞いしてやるつもりだった。



「炎矢!」



 ヨークは初歩的な攻撃呪文を唱えた。



 炎の矢が、狼へと向かった。



 だが、ヨークの魔術は、赤狼には当たらなかった。



 直撃する寸前、赤狼は左に跳躍していた。



(避けられた……!?)



 自分が外したのでは無い。



 狙いは正確だったのに、回避された。



 ヨークにはそう思えた。



(魔獣って、呪文避けるのかよ……!?)



 新たな発見を、噛みしめる暇も無かった。



 狼がヨークに迫っていた。



「くっ!」



 ヨークは杖を地面に転がし、腰の剣に持ち替えた。



 そして、狼を迎撃しようとした。



 ……体が重くなっている。



 ヨークはそう思わずにはいられなかった。



 戦士でレベル1だった時よりも鈍い。



 いつものような、俊敏な回避が出来ないヨークを、狼が押し倒した。



 狼はそのまま、鋭い牙を、ヨークへと突き入れようとした。



 ヨークは咄嗟に剣を使い、狼の噛み付きを防いだ。



 狼の牙がヨークの剣を噛んだ。



「このっ……!」



(レベル2の魔術師だと、レベル1の赤狼にも苦戦するのか……!?)



「こんな所でっ!」



 ヨークは狼の体を蹴り上げた。



 狼が浮いた。



 浮いた狼の体は、倒れたヨークの頭側へと向かった。



 南。



 そこには崖が有った。



 狼の体が、崖に放り出された。



(やった……!)



 ヨークは勝ちを確信した。



 そして、閃いた。



(『敵強化』! 『戦力評価』!)



 ヨークは心中でスキル名を念じた。



 狼の体が輝いた。



_______________



赤狼 レベル4


_______________




 強化された狼は、そもまま崖下へと落ちていった。



 ヨークは深い谷底を見下ろした。



(死んだ……よな?)



 そう考えて、ヨークは目を閉じた。



______________________________




ヨーク=ブラッドロード



クラス 魔術師 レベル3



______________________________





(レベルが上がってる。


 ……良かった。


 この距離でも、


 EXPは吸えたみたいだな)



「ヨーク、大丈夫か?」



 ヨークを心配して、ドンツが駆け寄ってきた。



「はい。ちょっと苦戦しましたけど」



「魔術師になんかなるからだ」



 クラスチェンジのことは、出発前に話してあった。



 ドンツはヨークのクラスチェンジに疑問を呈したが、怒りはしなかった。



「姉ちゃんに杖を貰って、嬉しかったのかもしれねーけどよ」



「嬉しかったっていうか……。


 ラージスライムを倒したいんです」



「主-ヌシ-か?」



「えっ?」



 予想もしない問いが、ドンツの口から出た。



「どういうことですか?」



 ヨークは尋ね返した。



「『森の主』を倒して、『親の仇』を取りたい。違うのかよ?」



「それは……」



(知らなかったな。


 ……森の主って、スライムだったのか)




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