その5の1「クラスチェンジとレベルダウン」



「魔術を? どうして?」



 ヨークの唐突な申し出に、アネスが疑問符を浮かべた。



「この辺、スライムが多いだろ?


 それで……。


 弱点とか突けたら良いかなって」



「あぁ……なるほど。


 昨日の大きなスライムを見て、


 そう思っちゃったんだね」



「まぁ……」



「止めておいた方が良いと思うよ」



「どうして?」



「まず、魔術師になったら、


 剣士として必要な能力が


 大きく下がってしまう。


 一般に、


 魔術師が戦士並に剣を使いこなすには、


 三倍のレベルが必要だと言われているの。


 あなたたちは、


 赤狼なんかと戦うことの方が


 多いでしょう?


 スライムは、


 あまり森から出てこないもの。


 そのまま剣士としての腕を磨いた方が、


 活躍出来ると思うよ」



「けど……」



「2つ目」



 アネスは指を2本立てた。



「クラスチェンジをすると、


 レベルが大きく下がってしまうの」



「えっ?」



「知らなかった?」



「ああ」



 ヨークにとって、それは初耳だった。



 この村で、誰かがクラスチェンジした記憶は無い。



 クラスチェンジというものが、一応は存在する。



 魔術を使いたいと思うまでは、その程度の認識しか無かった。



「なかなかクラスチェンジをする人が居ないのは、


 これが理由。


 ヨーくんの今のレベルは、4だったよね?」



「ああ」



(本当は5だけど、誤差だよな)



「クラスチェンジしたら、


 2か1にまで、レベルが下がっちゃうと思う。


 頑張って上げたレベルが


 下がっちゃうのは嫌でしょう?」



「それでも……」



 デメリットが有るということは理解した。



 だが、『敵強化』の可能性を追求するために、ヨークは魔術が欲しかった。



「3つ目」



 アネスは3本指を立てた。



「まだ有んの?」



「有んのです」



 アネスは腰に手を当て、胸を張った。



 ヨークを諦めさせるため、威圧しているのかもしれなかった。



 だが……。



 地味な神官服姿だが、意外と有る。



 目の保養になる。



 ヨークには、その程度にしか感じるものは無かった。



「3つ目は、装備の問題。


 ……昨日、ヨボおじいちゃんが、


 杖を構えるのを見たでしょ?」



「ああ」



「魔術が十分な威力を発揮するには、


 杖の力が必要なの。


 けど、杖は剣より高くてね。


 あなたのために、


 新しい杖を買うだけの余裕は、


 村には無い。


 これがあなたが戦士を続けた方が良い理由」



「杖……」



「ヨーくん?」



「えっと……ありがとう。


 参考になったよ。それじゃ」



 がっかりとした気持ちを隠し、ヨークはアネスに背を向けた。



 その後。



 ヨークは自警団の仲間とともに、仕事をこなした。



 日が沈むと、神殿の食堂で夕食を食べ、神殿内に有る自室へと戻った。



 粗末なベッドに寝転がる。



 ヨークが物心ついた頃には有ったベッドだ。



 部屋には最低限の家具しか無い。



 本棚には、ボロボロの古本が大量に並べられている。



 昔は本というのは高価だったらしい。



 だが、魔導印刷技術のおかげで、現代の本は高級品では無い。



 二束三文の代物だった。



 石積みの壁に開けられた窓は小さい。



 ヨークの部屋からは、金の匂いが一切しなかった。



(杖……か。


 今使ってる剣だって、借り物なのに……)



 ヨークは、自警団の給金が入った袋を掲げた。



 硬質の音が鳴るが、その中に、金貨は1枚も入ってはいなかった。



(これっぽっちじゃ……どうしようもねえよなぁ)



 そう思ってしまった。



 その時、硬い音がした。



 ごとり、と。



 重い物が落ちる音だ。



「……?」



 ヨークはベッドから体を起こし、音が聞こえた方を見た。



 出入り口の扉の方だ。



 棒状の何かが、落ちているのが見えた。



 ヨークはベッドから下り、棒状の物体に近付いた。



「これはまさか……。


 魔術の杖……?」



 そこに有ったのは、金属製の杖だった。



 その先端には、赤く光る石がはめられていた。



 石の正体は魔石だろう。



 ヨークの目にはそう見えた。



 杖の傍には、透明な小瓶も見えた。



 瓶の中には、どろりとした液体が入っているのが見えた。



 液体も、魔石のように、赤い色をしていた。



「こっちは……薬か?


 どうしてこんな所に……。


 まさか、アネスさん?」



 彼女の贈り物だろうか。



 ヨークはそう考えた。



 杖が欲しいという話は、アネス以外にはしていない。



 他の人たちは知らないはずだった。



 村の人たちはお喋りだ。



 聞き耳をたてられて、噂になってしまった可能性も有るが……。



 もしそうだとしても、他の人たちが、自分に高い杖を贈ってくれるとも思えない。



 そんなお金も無いだろう。



 それに、杖が欲しいと思ってから、たいした時間も経っていない。



 行商人がやって来た記憶も無かった。



 ヨークの話を聞いて杖を仕入れるなど、困難に思われた。



(神殿の備品か?


 それなら話してくれても良さそうなもんだけど)



「直接聞いてみるか」



 ヨークは杖と小瓶を拾った。



 そして部屋を出て、アネスの個室に向かった。



「アネスさん」



 ヨークはノックも無しに、部屋の扉を開けた。



「ヨーくん」



 アネスは着替え中だった。



 神官服から、ゆったりとした私服に着替える途中。



 下着姿になっていた。



 だがアネスは、ヨークに肌を見られても、動じる様子も無かった。



「ちょっと待ってね」



「ああ」



 ヨークはアネスの着替えが終わるのを待った。



 ヨークも年頃だ。



 アネスの肌に、何も思わないわけでも無い。



 だが、成人したヨークを未だに子供扱いしているのは、アネスの方だ。



 いまさら女の扱いをする気分にも、ならなかった。



「なぁに? ヨーくん」



 着替えが終わり、アネスがヨークの方へ寄ってきた。



「これを見て欲しいんだけど……」



 ヨークは、手に持った杖と瓶を、アネスに見せた。



「それ……杖?


 それにこっちの瓶は……。


 これ、マジックポーションみたい。


 いったいどうしたの?」



 アネスには心当たりが無い様子だ。



 嘘をついているようにも見えなかった。



「誰かが俺の部屋に


 置いていったんだ。


 アネスさんかもと思ったけど、


 違うのか?」



「私はそんなことしないよ。


 この村に魔術の杖は、


 1本しか無かったはず。


 その杖は、ヨボおじいちゃんの物とは違う。


 いったい誰が……」



 結局……。



 杖を置いていった者が誰なのかはわからなかった。



 不可解だ。



 実に不可解だ。



 不可解だが、チャンスだ。



 ヨークはそう考えた。



「俺、この杖で魔術師になりたい」



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