その17「貴族とメイドと黒い翼」




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ヨーク=ブラッドロード



クラス 魔術師 レベル152



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 ヨークは20体ほどのスライムを撃破した。



 指輪のおかげで、EXPの全てはヨークとミツキに集まっていた。



 通りすがりの冒険者に、EXPを横取りされることは無かった。



「スライム様、ありがとうございます」



 漲るEXPに感謝し、ヨークは頭を下げた。



「そろそろ止めにしましょう」



 ミツキが言った。



「この勢いだと


 絶滅させてしまいそうですからね」



「そうだな」



 ヨークは頷いた。



「当時の俺には、


 自然への敬意が足りなかった」



「魔獣が自然なのかは、


 怪しいところがありますが」



 魔獣は例外無く、人間への敵意を持つ。



 そして、死んでも死体すら残さない。



 通常の動植物の列からは、外れた存在だった。



 人々はそんな存在すら、生きるための糧にしてしまう。



 逞しかった。



「……宿に帰るか」



 魔術の杖を背負い、ヨークが言った。



「はい。明日はどうしますか」



「ん……。


 1回バジルたちと


 話した方が良いと思うんだよな」



「そうですか。


 …………」



 ミツキは無表情になり、黙った。



 微妙な雰囲気の変化が、ヨークにも伝わってきた。



「いや。


 やっぱ急ぐことでもねーな、


 今日はスライム狩るだけだったからな。


 明日は1層全体を


 回ってみようぜ」



「はい。楽しみですね」



 ミツキは微笑んだ。



「ああ」




 ……。




 ヨークたちは、宿屋に帰還した。



 夕食は、宿屋1階の食堂で済ませた。



 料理はサトーズの奥さんが作っているらしい。



 味はそれなりだった。



 食事が終わると、2人は寝室に引っ込んだ。



 雑談し、風呂も済ませたら夜中になった。



 それぞれが、自分のベッドの上に寝転がった。



 ヨークのベッドは部屋の奥側、ミツキのは手前側だった。



「灯り消すぞ」



「はい」



 ヨークは魔導灯のスイッチを押した。



 部屋の中が、一気に暗くなった。



 初めて王都の宿で眠る。



 そう思うと、ヨークはわくわくした。



 目が冴えてしまった。



「……なあ」



 眠れないと思ったヨークは、ミツキに声をかけた。



「何ですか?


 ごしゅ……ヨーク」



「今日は色々あったなぁ」



「そうですね。


 ヨークが爆破されたり」



「あれは驚いた。


 まあ、負けたのは悔しかったが、


 今日は楽しかったよ」



(負けじゃないのに……)



 ミツキはそう思っていたが、ヨーク本人が納得していたので、口には出さなかった。



 それで、そっけない感じで、こう言った。



「そうですか」



「ああ。最近ずっと楽しい。


 俺、村に居た時、


 バジルに負けたんだよ。


 だから、バジルと戦うってなったらさ、


 もっとビビるかと思ってたんだよな。


 ……平気だったな」



「お強くなられたのですね」



「感謝してる」



「はい?」



 ミツキには、ヨークの言葉の意味がわからなかった。



 ミツキが何かを問いかける前に、ヨークはミツキに背を向けた。



「お休み」



「はい。お休みなさい」



 2人は眠った。



 そして、夜が明けた。




 ……。




 その日バジルたちは、冒険者ギルドを訪れていた。



 迷宮で入手した魔石を、換金するためだった。



 バニはバジルたちから離れ、カウンターに向かった。



 そして、魔石が入った袋をテーブル上に置いた。



「換金お願いします」



「はい。少々お待ち下さい」



 受付嬢のユッケが、魔石を運んでいこうとしたとき……。



「バニ」



 ギルド長のザンボが、バニに声をかけた。



 ザンボの性別は男で、青い肌を見れば魔族だと分かる。



 冒険者あがりだが、すらりとした体格で、左目に眼帯をしていた。



 長い黒髪は、うなじより少し下の位置でまとめられている。



 組織の長として、それなりに小綺麗な服装をしていた。



「ギルド長」



 珍しく表に出てきたザンボを、ユッケは意外そうに見た。



「なんですか?」



 バニがザンボに尋ねた。



「ちょっと上で話良いか?」



「私だけですか?」



「全員だ」



「分かりました」



 バニは、仲間たちの方へと振り返った。



 そして、3人に声をかけた。



「皆、ちょっと」



「ン?」



 キュレーと会話をしていたバジルが、バニの方を向いた。



「ギルド長が用事ですって。


 2階に行くわよ」



「タリィな……」



 ギルドに所属している以上、無視をするわけにはいかない。



 一行は2階に上がり、応接室へと入った。



 4人は、応接室の長いソファに腰かけ、ギルド長と向かい合った。



「それで?」



 面倒くさそうに、バジルが尋ねた。



 ザンボが口を開いた。



「今が貴族連中の、


 社交シーズンだってのは知ってるか?」



「いや」



 バジルたちは、丸1年を、王都で過ごしていた。



 だが、迷宮の攻略に邁進していたので、王都の事情にそこまで詳しいわけでも無かった。



「それが?」



「今、国中の貴族が、


 この国の王都に集まって来てる。


 加えて、


 今は成人式の季節だ」



「……嫌な予感しかしねぇな」



 バジルはダルそうに言った。



 絶対に面倒を押し付けられる。



 それがわかっていたからだ。



「そう言うな。


 先日成人式を終えた貴族が、


 迷宮に潜りたいという話が有ってな。


 お前たちには、


 そのうちの1人の護衛を頼みたい」



「なんで俺たちなンだ?


 ボンボンのお守りなンざ、


 その辺のザコにやらせりゃあ良いだろうがよ」



「それはだな……」



 ザンボが何かを言いかけた、そのとき。



「いけません! お嬢様!」



 応接室の外から、若い女の声が聞こえた。



 直後、扉が開いた。



 2人の少女が、応接室へと入ってきた。



「まだかギルド長! 待ちくたびれたぞ!」



 そう言った少女の顔が、バジルたちの方へと向いた。



 少女は身なりが良い。



 胸の前に、豪華な首飾りが見える。



 貴族のようだった。



 だが、貴族らしからぬ、軽装の金属鎧を身にまとっていた。



 腰には、細い片刃の剣を帯びていた。



 長い黒髪を後頭部でまとめていて、目は青い。



 人族だった。



「おお……!」



 バジルたちの姿を認めた少女は、感激するような声を上げた。



「お前たちが私の仲間か。


 よろしく頼む」



「仲間だァ?」



 勝手な決めつけをしてきた少女を、バジルは睨んだ。



「あ~……」



 ザンボは雲行きの悪さを、見なかったことにして言った。



「バジル。彼女が依頼人だ」



「うん」



 何が楽しいのか、依頼人の少女は、笑顔で頷いた。



 そして名乗った。



「私はフルーレ=メイルブーケ。


 メイルブーケ迷宮伯家の次女だ」



「メイルブーケ……。


 大物じゃねえか」



「大物か。


 父をそう言ってもらえるとは、誇らしいな。


 それで、彼女は専属メイドのエルだ」



 フルーレは、後ろに控えたメイドに視線をやった。



 エルは、銀髪を肩の辺りで切り揃えた、赤い瞳の少女だった。



 体には、標準的なメイド服を身にまとっていた。



 年齢はフルーレと同年代に見える。



「はじめまして。エルと申します」



 エルは一礼した。



 貴族のメイドというだけあって、その所作は洗練されていた。



「ああ……」



 その時、バジルは初めてエルの容姿を見た。



「…………っ!」



 バジルの目が見開かれた。



 エルの首周りには、奴隷の首輪が有った。



 そして背中からは、蝙蝠のような黒い羽が生えていた。



 黒翼族。



 エルは第3種族だった。



「バジル」



 驚きを隠せないバジルに、ドスが声をかけた。



「……分かってる」



「あの、何か粗相をいたしましたでしょうか?」



 エルは不安そうにバジルを見た。



「いや。


 お前は何も悪くねぇ。


 ただ、聞きたいことが有る」



「何だ何だ?


 私を放って


 何を盛り上がっているんだ?」



「大事な話だ。


 ちょっと黙っててもらえるか?」



「むぅ……」



 バジルにそう言われると、フルーレは不満そうに黙った。



「いったい何のお話でしょうか?」



「歳は?」



「えっ? 私の年齢ですか?」



「答えてくれ」



「はい。先日、


 成人を迎えさせていただきました」



「1個下か。


 ……名字は?」



 バジルは質問を重ねた。



「ありません。


 私は捨て子でしたので」



「捨て子?」



「はい。


 大神殿の前に捨てられていたそうです」



「親は分からねえのか?」



「はい」



「探そうとは思わねーのか?」



「蝙蝠の羽は目立ちます。


 もし同族が王都に居れば、


 すぐに噂として聞こえてくることでしょう。


 ですが、そのようなことはありませんでしたから。


 もう……王都には居ないのだと思います」



「……そうか。


 奴隷やってンのか?」



「はい。物心つく前に、


 フルーレ様に


 奴隷として買い与えられました」



「ずっと王都に居ンのか?」



「はい。その通りです。


 お仕えするフルーレ様のお屋敷が、


 王都にございますから」



「チッ……」



 バジルは舌打ちをすると、表情に怒りを滲ませた。



「グシューの野郎……!


 舐めやがって……!」



「あの……?」



 不機嫌さを隠さないバジルを見て、エルは戸惑った様子だった。



 それを見て、キュレーがバジルに声をかけた。



「バジルくん」



 キュレーの声を聞くと、我に返ったかのように、バジルは怒りを収めた。



「……悪い。こっちの話だ。


 手間ァ取らせた。


 悪かったな」



「いえ。お役に立てたのであれば幸いです」



「さて……お次はそっちだな」



 バジルはフルーレに視線を向け直した。



「やっとか。仲間たちを紹介してくれ」



「待てよ。


 まだ受けるとは言ってねぇ」



「報酬は弾むぞ。


 断る理由は無いだろう?」



「どうして俺たちなンだ?


 冒険者なんざ、


 他に腐るほど居るだろうがよ」



「年が近いからだ」



「……は?」



「あまり、年を取ったオジサンのパーティは、嫌だった。


 出来れば同い年が良いし、


 女子が居るパーティの方が良い。


 だが、ギルド長が堅物で、


 新米冒険者には私を任せられんと言ってな。


 それでたった1年で


 レベル30にまで到達したお前たちが、


 選ばれたというわけだ」



(お花畑かよ……)



「……ギルド長、断って良いか?」



 バジルは、露骨に嫌そうな顔をして、ザンボにそう言った。



「何故だ!?」



 そんなことを言われるとは、思ってもみなかったのか。



 フルーレが驚きの声を上げた。



「何故ってお前、忙しいンだよ。俺たちは」



「そうなのか? ギルド長」



「いえ。ちっとも」



「テメェ……!」



 バジルの殺気がザンボへと向かった。



 だが、ギルド長には、修羅場を乗り越えてきた経験が有る。



 ルーキーに気圧されるようなことは無かった。



「落ち着けよバジル。


 これはお前たちにとっても


 良い話だと思うぜ?」



「どこが良い話だよ」



「貴族様の依頼だ。報酬が良い。


 金が有れば、


 高価な魔導器も買える。


 ガッツリ装備を整えたら、


 迷宮探索も楽になる。


 そうだろ?」



「……その報酬ってのは幾らなンだよ」



 一理有ると思ったバジルは、そう質問した。



「ああ。それなら……」



 フルーレは、報酬の額を口にした。



「受けます」



 反対する者は居なかった。



 満場一致だった。



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