その2の2



「…………!」



(じゅう……なな……)



 ヨークは心の中で、バジルのレベルを呟いた。



 ヨークとのレベル差は、4倍以上。



 王都に行った者と、村に残った者。



 その両者で、それほどの差が出来てしまうのか。



 置いていかれたことの惨めさが、数字にまで表れたように思えた。



 レベル差という現実に、ヨークの心が揺さぶれられた。



「それで?」



 ヨークは、内心の動揺を隠して言った。



 声は震えていないだろうか。



 いつもどおり、振る舞えているだろうか。



 ヨークには分からなかった。



 ただ、バニが心配そうに、ヨークの方を見ていた。



「それで……だと?」



 バジルの眉根に力がこもった。



「まだ分からねぇのか? 格の違いが」



「ねえ、バジル。酔ってるの?」



 バニが眉をひそめて言った。



「まだだ。


 まだ、少ししか飲ンでねぇ」



 そう言うバジルの耳は、赤みを帯びていた。



「まだまだ酒は有るだろ。


 とっとと皆の所に戻ったらどうだ?」



「そういう態度だ」



「あ?」



「今くらい……認めたらどうなンだよ。


 俺はとっくに……お前よりも


 遥か高みに居るっていうのに」



「お前は何を求めてんだよ。俺に」



「俺と戦え」



「な……!」



 バジルの言葉に、バニが驚きを見せた。



 ヨークの心中に、驚きは無かった。



 ただ闘志が湧いていた。



「分かった」



 ヨークは頷いた。



「それでお前の気が済むのなら、戦ってやる」




 ……。




 2人は、広場の中央へ移動した。



 バジルは、ヨークと喧嘩をするということを、村人たちに伝えた。



 村人たちは、それをすんなりと受け入れた。



 2人が喧嘩をするのは、これが初めてでは無い。



 前回は、ヨークが勝った。



 今回はどうなるのか。



 村の男たちは、それを楽しそうに語り合った。



 ヨークとバジルは、村の皆が見守る中で、剣を構えた。



「真剣を使うのか?」



 村人の1人が、意外そうに言った。



 2人とも、実戦用の剣を装備していた。



 ヨークの剣は、自警団の仕事に、ふだん使っているものだ。



 対するバジルの剣に、ヨークは見覚えがなかった。



 きっと王都で買ったモノだろう。



「大丈夫か?」



「加減くらいするだろ」



「……そうだよな?」



 村人たちは少しざわめいたが、じきに落ち着きを取り戻した。



「来い」



 バジルは言葉でヨークを誘った。



 短気なバジルは、普段は自分から攻める。



 受けに回るのは、珍しいことだった。



「何のつもりだ?」



 らしくないバジルの様子に、ヨークは疑問の声を上げた。



「お前の一撃を、正面から捻じ伏せる。


 それこそが……。


 誰が見ても分かる、完全勝利だ」



「そうかよ」



 挑発を受けて、逃げることはできない。



 ヨークはバジルの誘いに、乗ることに決めた。



「行くぜっ!」



 剣の腕は、自分が上だ。



 ヨークはそう思っていた。



 バジルの受けは甘い。



 自分なら崩せると思った。



 隙を見つけたつもりになって、ヨークはバジルへと斬り込んだ。



 だが……。



「……ッ!」



 バジルの後の先の一撃は、ヨークの予想よりも、遥かに速かった。



 隙を突いたつもりのヨークの剣は、たやすく弾き飛ばされた。



 剣を失い、ヨークは素手になった。



「ふっ!」



 そしてヨークの腹に、バジルの拳が突き刺さった。



 今までのバジルには無い、重い一撃だった。



「ぐ……あぁ……っ」



 知らない一撃を受け、ヨークは悶え苦しんた。



 そして、うつ伏せに倒れた。



 観衆の中には、その苦しそうな様子に、顔をしかめる者も居た。



「ヨーク……」



 バニもまた、表情を歪め、ヨークの醜態を見ていた。



「……………………」



 言葉を発することもできず、ヨークは地面で震えた。



「ヨーク」



 バジルは、倒れたヨークを見下ろした。



「スキルを使うまでもねえ。


 これが今の、俺とお前との差だ」



「…………」



「参りましたって言えよ」



「あ……?」



「言葉で負けを認めろ。そう言ってンだ」



「……………………」



 死んでも嫌だ。


 ヨークはそう思った。



「言え」



 バジルは足を上げた。


 そして、ヨークの肩甲骨の辺りを踏みつけた。



「ぐ……あっ……」



 ヨークは呻いた。



 だが、いくら苦しんでも、負けを認めることは無かった。



「言え」



 バジルは少しずつ、脚に力をこめていく。



「ぐうっ……!」



 ヨークの肩甲骨が、みしりと音を立てた。



 そのとき。



「何やってんだい! このバカ!」



 怒鳴り声が響いた。



 バジルの母、ジゼルの声だった。



 バジルの脚の力が緩んだ。



 バジルの顔が、成人前の子供のようになった。



「友達を踏みつけて! 何のつもりだい!」



 ジゼルは怒鳴りながら、バジルに詰め寄った。



 産みの親の迫力に、バジルは後ずさった。



 ヨークの背中が自由になった。



 踏みつけられた痛みは、まだ残っていた。



「カーチャン。これは……。


 男の世界なンだ。


 男として、格ってヤツを……」



「男?


 あんたの言う男ってのは、


 随分と肝っ玉が小さい生き物なんだね」



「っ……」



「止めてくれ。おばさん」



 ヨークはそう言って、よろよろと立ち上がった。



「大丈夫かい? ヨークちゃん」



「良いんだ。


 俺は負けて……弱かったんだから……。


 …………。


 参りました。バジルさん」



 少しの躊躇の後、ヨークは頭を下げた。



 一対一の喧嘩なら、負けを認めるつもりは無かった。



 骨を踏み砕かれても構わなかった。



 だが、庇われた。



 そうなってはもう、意地を張るのも虚しくなってしまう。



 負けた。



 男の喧嘩に負けたのだ。



 そう思ってしまった。



「……これで良いですか?」



「あ、ああ……」



 弱ったヨークの様子に、バジルは一瞬つらそうな顔を見せた。



 頭を下げたヨークには、バジルの顔は見えなかった。



 バジルは歪んだ表情を、すぐに真顔に戻した。



「やっと、分かったかよ」



「……失礼します」



 ヨークは慇懃に言って、剣を拾った。



 そしてバジルに背を向けて、ふらふらと立ち去っていった。



「ヨークちゃん……。


 私ゃ、自分が情けないよ」



 そう漏らす母に対し、バジルは何も言えなかった。



「……………………」



 宴会という空気では無くなっていた。




 ……。




「…………」



 傷ついたヨークは、村の外へと出た。



 そして、考えながら歩いた。



 喧嘩に使った剣を、ずるずると引きずりながら。



 剣先が微かに、地面を削っていった。



(負けた……。どうしてだ……?


 レベルに差が有ったのはどうしてだ?


 俺が村に残ったからか?


 …………残った?


 馬鹿言え。置いていかれたんだろう?


 俺が置いていかれたのは……


 『敵強化』……。役立たずのスキル……)




(本当に?)




(俺はこのスキルを、一度も使っちゃいねえ。


 敵を強くするスキルなんて……


 一つ間違えたら……災難が起きるかもしれない……。


 村の皆を巻き込むかも……。


 そう思って……。


 …………。


 だけどそれは……口実だったんじゃないか?


 俺は……怖かった。


 使わなければ……本当の事は知らずにいられる。


 俺は……自分のスキルが


 本当にゴミかどうかなんて


 知りたくなかった。


 『答え』を……見たくなかった)



「らしくもねえ」



 ヨークは苦笑しながら、そう吐き捨てた。



(皆に笑われて、臆病になったんだ。


 俺は……!)



「グゥゥ!」



 ヨークの前に、赤狼が現れた。



 狼はヨークに、殺意を向けていた。



 つまり、『敵』だ。



 『敵』が現れた。



 現れてくれた。



 そう思えた。



(たとえ怖くても……!


 『答え』を見なきゃ……前になんか進めねえ……!)



 ヨークは手の平を、『敵』へと向けた。



 そして、口を動かし、喉を震わせた。



「『敵強化』ッ!!!」



 ヨークのスキル名が、夜の平野に響いた。




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