その2の1「再会と宴会」




 バジルたちが旅立ってから、5ヶ月ほどが経過した。



 ヨークは、村を守る自警団に入団していた。



 村の自警団とは、ただの警察組織では無い。



 人を襲う魔獣と戦う、危険な仕事だ。



 ヨークは成人式の日に、村の大人になった。



 成人した以上、働かねばならない。



 孤児であるヨークには、継ぐべき家業は無かった。



 とはいえ、ヨークは孤児だが、嫌われ者では無い。



 もし望めば、雇ってくれる所も有っただろう。



 頑張れば、1から畑を作ることも、不可能では無かった。



 だがヨークは、自警団の道を選んだ。



 魔獣と戦うという点において、自警団は、王都の冒険者と同じだ。



 諦めたはずの夢が、燻っているのかもしれなかった。



 ある日……。



 彼は自警団の仲間と共に、村から少し離れた平原に居た。



「ヨーク! そっち行ったぞ!」



 がっしりとした体躯の、紫髪の、髭面の男が、ヨークに声をかけた。



 その男、ドンツは、自警団のリーダーだ。



 魔獣の居場所を、察知するスキルを持っている。



 彼はそのスキルを活かして、仲間たちに指示を飛ばしていた。



 ドンツの言葉通り、魔獣がヨークに向かった。



「はい……!」



 ヨークは、古びた長剣を持って、魔獣と対峙した。



 その剣は、自警団所有の、安物の剣だった。



「ぐるるるっ!」



 ヨークと対する魔獣は、赤狼という名の狼。



 名の通り、真っ赤な体毛を生やしていた。



 最も弱い魔獣のうちの1体だが、獰猛で、鋭い牙を持っている。



 村の子供程度であれば、容易に噛み殺してしまう。



 魔獣全てに言えることだが、人間への殺意が強い。



 野放しにしておくことは、出来なかった。



「はあっ!」



 ヨークは赤狼の隙を見つけ、斬り込んだ。



 赤狼は、ルーキーにとっては侮りがたい相手だ。



 だが、ヨークには剣才が有る。



 クラスの加護も有る。



 5ヶ月の実戦経験も有った。



 赤狼は、ヨークの敵では無かった。



 ヨークは一刀で、赤狼を両断した。



 命を絶たれ、赤狼の体が消え失せた。



 魔獣は死体を残さない。



 死体の代わりに、小さな石だけが残された。



 魔力を持つ石、魔石だ。



 狼を仕留めた直後、ヨークは自身の体に、少し力が漲ったような気がした。



 クラスの『レベル』が上がったのだと、ヨークは気付いた。



 加護を得た者は、魔獣を倒して得られる力で、クラスのレベルを上げることが出来る。



 そうすることで強くなれる。



 それが世界の理だった。



「…………」



 ヨークは目を閉じた。



 そうすることで人々は、自身のクラスレベルやスキルを確認出来る。



 成人式の日に水晶球を用いるのは、自分がスキルを知るためでは無い。



 スキルを隠さずに教えることで、群れの仲間として認められる。



 そういう意味の有る儀式だった。




______________________________




ヨーク=ブラッドロード



クラス 戦士 レベル4



______________________________






「あ……」



 ヨークは軽く息を漏らした。



 ヨークは自身のクラスレベルが、4になったことを知った。



「どうした? 怪我でもしたか?」



 ドンツと、他の仲間たちも、ヨークに近付いてきた。



 辺りに魔獣の気配は、無くなっていた。



 ドンツが警戒を解いているということは、今日の仕事は終わったのだろう。



「いえ。レベルが上がったみたいで」



 ヨークは淡々と答えたつもりだったが、多少の嬉しさが、声から滲み出ていた。



 剣を持つ男なら、レベルが上がるのは嬉しいものだ。



「おお! そいつはめでたい!」



 仲間の1人がそう言った。



 次に、ドンツが口を開いた。



「今夜は宴会だな!」



「宴会って、大げさな……」



 ヨークはそう言ったが、口の端には微笑みが見られた。



「気にすんな。俺たちが飲みたいだけだ」



「でしょうね」



 村で宴会が開かれるのは、珍しいことでは無い。



 小さな村だ。



 都会ほどの娯楽も無い。



 楽しみは限られていた。



 ドンツに限らず、村人たちは宴会が好きだった。



「…………」



 ドンツは赤狼が落とした魔石を、拾い上げた。



「お前の取り分だ」



 ドンツは魔石を、ヨークに放った。



 魔石の分配は、ドンツの目分量、つまり気分で決まった。



 公平でも厳格でも無い。



 だが、それほど人気が有るモノでも無いので、彼のやり方に文句は出ない。



「どうも」



 ヨークは魔石を受け止めた。



(ちょっとでも、レベルを上げないとな)



 魔石の使い道は、2つ。



 売るか、それとも砕くか。



 魔石を砕くことで、魔獣を倒した時に得られるのと同質の力が、石から放出されるらしい。



 レベルを上げたいのであれば、売るよりも砕いた方が良い。



 村の近辺で取れる魔石など、どうせ大した額にはならない。



 魔石の品質は、それを落とす魔獣の力に比例する。



 最弱の赤狼は、落とす石も最弱だった。



 特に金が欲しいわけでもないヨークは、魔石を砕くことにした。



 ヨークは魔石を拭って綺麗にすると、口に放り込んだ。



 そしてガリガリと噛み砕き、飲み込んだ。



 その方が、普通に砕くより、効き目が良いという噂だった。



「ん……」



 魔獣を倒した時ほどでは無いが、ヨークは自分の中に、力が流れ込んでくるのを感じた。



「なあ、ヨーク」



 魔石を食べ終わったヨークに、ドンツが声をかけた。



「はい?」



「お前、自分のスキルを1回も使ったこと無いよな?」



「まあ」



「1度くらい、使ってみようとか思わんのか?」



「そりゃ、少しは思いますけどね。


 …………危ないスキルかもしれませんから」



「まぁなぁ」



 弱いだけの、つまらないスキルなら良い。



 だが、『敵強化』という字面は、いかにも物騒だった。



 下手を打てば、犠牲者が出る可能性も有る。



 あまり無理強いすることは出来ない。



 ドンツはヨークの言い分に頷き、おとなしく引き下がった。



「村に戻りましょう」



「そうだな」




 ……。




 ヨークと自警団一行は、村に戻っていった。



 すると、村の入口の辺りに、人だかりが出来ているのが見えた。



「何だ……?」



 ヨークは騒ぎの正体を確かめようと、人だかりに近付いていった。



「おっ、ヨークじゃないか」



 ヨークに気付いた村の男が、彼に声をかけた。



「見ろよ。バジル達が帰ってきたんだ」



「…………!」



 ヨークは首を素早く振り、人だかりの中心を見た。



 そこには、旅立っていった幼馴染たちの姿が有った。



 いっときの帰郷というわけか。



 ヨークは声をかけるべきか迷った。



 そのとき、バジルが一瞬ヨークを見た。



「…………」



 そして、すぐに視線を外し、村の人たちと話し始めた。



 ヨークはなんとなく、話しかける気が無くなってしまった。



 それで視線を、別の方向へと向けた。 



 バニがヨークに視線を送っていたが、ヨークは気付かなかった。



「こりゃ、今夜は宴会だな」 



 ヨークの隣に立つ男が、楽しそうに言った。




 ……。




 夜になった。



 村の広場で、宴会が始まっていた。



 広場の中央では、大きな焚き火が焚かれていた。



 主役はもちろん、帰ってきたバジルたちだ。



 ヨークがレベル4になったという話は、もっと大きな話題にかき消された。



 ヨークは丘の上から、遠巻きに宴会場を眺めた。



 なんとなく、異物になったような気分だった。



 ヨークの手には、酒が入ったコップが有った。



 既に、成人の儀式を通過している。



 酒が飲める年齢だった。



 ヨークは寂しい気分で、酒を口に含んだ。



 酒の苦味が、ヨークの舌に広がった。



「にが……」



(けど……変だな……。


 今は……苦いのも嫌じゃない)



「ヨーク」



 少女の声が聞こえた。



 いつの間にか、バニがヨークの隣に立っていた。



「何だ?」



「何だって……。


 幼馴染が帰って来たのよ? 声くらいかけなさいよ」



「目は合った」



「いつよ?」



「お前たちが帰ってきた時だよ」



「嘘つき」



「…………嘘じゃねえよ。合ったよ。バジルと」



「……私とも合わせなさいよ」



「どうぞ」



 ヨークはバニへと向き直った。



 そして彼女と視線を合わせた。



「よろしい」



 バニは微笑んだ。



「…………」



 ヨークは笑えなかった。



「バジルのこと、まだ怒ってるの?」



「怒っては無い」



 ただの怒りなら、苦労は無い。



 バジルを1発ぶん殴る。



 それで向こうが怒ったら、殴り返されるだろう。



 それで済むだけの話だった。



 これほどモヤモヤとする必要は無い。




「……そう。


 …………どうしてた?」



「別に。何も無いよ。そっちは?」



「けっこう大変」



「都会はそうか」



「都会っていうか、冒険者がね」



「迷宮の魔獣は手ごわいか?」



「それも有るけど。


 冒険者って……思ってたより自由じゃないみたい」



「楽しくないのか?」



「まあ、それなり」



「それなら良いが」



「うん」



 2人は少しずつ、5ヶ月という隙間を埋めようとしていた。



 だが……。



「ヨーク」



 そのときヨークの名を呼んだのは、バニでは無かった。



 いつの間にか、ヨークたちの近くに、バジルの姿が有った。



 ヨークの意識は完全に、バニからバジルへと吸い取られた。



「…………」



 バニは不機嫌そうな視線を、バジルへと向けた。



「バジル……」



 ヨークはバジルの名を呼んだ。



「声かけてこいよ」



 バジルがそう言った。



 ヨークはバジルの表情をうかがった。



 笑ってはいない。



 あの日、2人の間には、しこりが出来たはずだった。



 今のバジルは、そのことをどう思っているのか。



 ヨークには分からなかった。



 こいつは……何のつもりなのか。



「寂しかったか?」



 感動の再会というわけにはいかない。



 ヨークは薄ら笑いを浮かべた。



 嫌な顔をしている。



 ヨークはそれを自覚していた。



「レベル4になったらしいな?」



「それがどうした?」



 置いていった自分のレベルが、気になるのか。



 ヨークは責めるような声音を、隠せなかった。



「自分は強くなった。そう思ってンじゃねぇのか?」



「何が言いたい?」



「俺のレベルは、17だ」



 バジルの短い言葉が、ヨークの鼓膜を大きく揺らした。



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