ロケット

るつぺる

みずしぶき

 引っ越しが決まった。うまれてから十五年住んだ町を私は離れる。思い出が多すぎる。そしてそれが今一番輝いている。それを手放すのかと思うと悔しかったり辛かったりした。フジとは中学で知り合った。だから時間にしてみれば人生の五ぶんのイチしかないわけだけれどなんというか濃かった。過去形になるのは私が少しでもこの辛さから逃れようとする表れだろう。私の引っ越しが決まってフジとは口をきかなくなった。

「仲直りしなよ」そう言ったのは西木ニシキ。フジと私の共通の友人だった。このままだと後悔するよと西木は言う。そんなことはわかっていた。けれど私とフジは近すぎた。だからこそ西木には悪いが二人にしかわからない感情だとおもう。少なくとも私はだけれど。なので事態は一向に変わらぬまま日々が流れていった。

 トワコも西木と同じで私とフジの今の関係を心配してフジのほうに色々言ってくれているらしい。トワコからは聞こえのいい慰めの言葉をもらった。正直辛くなるので勘弁してよと思ってしまう自分が嫌で仕方なかった。フジがどう思っているかなんて誰かに聞かなくても私にはわかったから。私が引っ越しなんてしなければ、どうにかしてここに残る方法はないのか、頭の中ではいつだって焦っていた。家に帰れば来る日の準備を進める両親の前で何くわぬ顔の私。幼い頃からわがままを言わない、手のかからぬ子と言われてきた私。それはたぶんほめ言葉じゃなくて、そんな自分がこの期に及んで憎かった。同じ学校、同じ教室。すぐそこにフジがいて、なのになにも届かない。遠かった。あと数ヶ月もすれば私たちは仲良く卒業できたのに。だからフジも許せないんだろう。


 入学式に遅刻してきたバカ。それがアイツだった。やらかしてるのにやたらと明るく、笑ってなんでもすませるようなふざけたヤツだったけどそれを許されるのがフジだった。私はどちらかというと群れるのが苦手で、だからフジみたいな人気者とは合わないと自分では思っていた。キッカケは些細なもので入学してからひと月経った後の新入生合宿。私はフジと同じ班にされてめちゃくちゃ嫌だった。そこには他にも何人かいたけれどフジを警戒するあまり結局フジのことが好きになってた私だった。合宿では何故かペットボトルロケットを作らされて、それが全然飛ばなくて二人で大笑いした。学年があがって西木やトワコとも仲良くなって四人で遊ぶことが増えて、振り返ると泣けてくる。引っ越しまであと二日。


 その日の授業が終わったあと、西木とトワコに呼び出された。ほんとにこのままでいいのかと何度も聞かれた。二人はさみしいとか言ってちょっと泣いてくれたりもして、それを自分たちは伝えられるけれどフジとはこのままになっちゃうよ、いいのって。よくないよ。よくないけど私にはもうどうしていいのかわからない。明日が最後の登校日。フジの姿は見えなかった。一日がすごく長く感じた。

 

 いよいよの日。正直驚いた。フジはともかく西木もトワコも学校に来てなかった。愛想尽かされちゃったか。でもツラいなあ。ちょっとキツいかも。最悪だ。

「ねえ? 外見て あれ何?」

 誰かが言った。

「あれって富士川じゃね?」

 フジ?

「何やってんのアイツら」

 グラウンドに三人がいる。私は窓を開けた。


「おーーいい 聞いとけよ 私はめちゃくちゃ怒ってんだからなーー!」


 ごめん。


「待っても待ってもさーー もう待ちくたびれたよーーーッ」


 ごめん、ごめん。


「だからもうこれでゼッコーなーーーーッ さん にぃ いちッ ファイヤーーーーッ」


 勢いよく何かが飛んだ。水を撒き散らしながら。フジ、だめだよそれは。


「お前ら何泣いてんだよ! 私らゼッコーしてんだぞ! 怒れ! キレれ!」

「お前が一番泣いてんじゃん!」


 私もだよ。


「やっべ! 先生来たッ 点火!」

「逃げろーーーーッ!」

 水飛沫をあげながらロケットは飛んでいく。窓の向こうと内側で泣き腫らした目が笑いあっていた。

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ロケット るつぺる @pefnk

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