後日談その2:彼と彼女のラブコメはまだこれからだ――とかいうアレ的な
「依人くん、大切なお話があります」
三月にも入ってしばらく、冬の気配も遠ざかり始めて、春がそろそろと顔を覗かせるようになった頃合い。休日、お昼のこと。
依人がつくった焼きそばを綺麗に平らげたほとりが、そんな意味深な切り出しをした。
「え」
ダイニングデスクを挟むようにして、向かいに座ったほとりが依人を見つめている。
――別れ話か?
と、正式に付き合ってもいないのにそんなことを考えて死にそうになる依人。
「覚えていますか、私の書いた『世界で二番目にしあわせなラブコメ』を」
だが、別れ話(だから付き合ってない)ではないことを理解して、依人は正気に戻る。
そして、色んな意味で忘れるわけがない――ほとりが生み出したあのラブコメを。
『世界で二番目にしあわせなラブコメ』の主人公とヒロインである大地とさよりは、ほとりと依人に非常によく似ている。
性別を初めとして違う所も多いのだが、性格やら気質やら喋り方やら境遇やら、本人たちが作中でやっていることまでだいぶ似ている。
キャラについてはほとりがそのまま自分と依人をモデルにしたらしいので似ているのは当たり前で、そしてストーリーに関しても現実での自身の体験を元にしたらしいので、まぁそりゃ似てるだろう、という感じなのだが。
問題は、ラストのあたりにてほとりが直接参考にできる現実体験が途切れた、ということである。
ちょうどそれは、依人がほとりとすれ違って距離を置いていたポイントとリンクしており、だからこそ、あの時ほとりが書いたソレを読んだ依人の心はああも激しく揺さぶられた。
今の依人の胸中にあるこの大切なナニカは、そうでなければ得られなかったものだろう。
しかし。――しかし、である。
それはそれとして、あのラストは中々に強烈だった。
あの日、依人はほとりと別れて自宅に戻ってから、読むのを中断していたアレを最後まで読み切った。
そして計五回リアルに叫んだ。
まず、ドア越しに大地から強い想いをぶつけられて、幾度かの熱い対話ののち、ようやく再び心を開いたさよりがドアを開けた瞬間、大地に押し倒された所で一回目。
それまでは一人称が私で常に敬語口調というラブコメラノベ男主人公には珍しい特徴を備えながらも、基本的なムーブとしてはテンプレ的なラノベ主人公の範疇に収まっていた大地が、少女漫画の肉食ヒーローばりのオオカミに急変してさよりの唇を奪い服を脱がせにかかった所で二回目。
だが、ここまではまだ良かった。
ラノベ系のラブコメとしては中々特異で過激なラストシーンだったものの、ボーイミーツガールから始まった二人が結ばれるという王道的結末。
ラブコメラノベの一巻としては少し性急すぎる気もするが、綺麗なまとまり方。
一番の問題は、このあとに始まったエピローグである。
正式に交際を開始した大地とさよりはそのまま仲睦まじく高校生活を送り、何事もなく卒業、その直後にさよりの妊娠が発覚、責任を取った大地はさよりと結婚。約一年後、大地の漫画家としての稼ぎで慎ましく暮らす二人の元に第一子が産まれる。このあたりで真実の愛を見つけてきた大地の姉が帰還する。さよりの助けを借りて最高のラブコメ漫画を描けるように成長した大地のラブコメ力を姉が認め、今後も大地はさよりと共に漫画を描いていくことになる。そしてその翌年に第二子が産まれ、大地とさよりのつくるラブコメ漫画がアニメ化して超絶大ヒット。国内でも有数のラブコメとして知れ渡るようになる。それまで慎ましく暮らしていた彼と彼女の家族は立派な一戸建てを購入して引っ越す。ここで第三子が生まれ、第一子が幼稚園に入学――などなどなどなど。
それからも、大地&さより&子どもたちの人生が淡々と描かれ、エピローグのラスト、七人の子供たち&その孫たちに囲まれて二人一緒に老衰していき、最期に大地が『私たちのつくったラブコメは世界で二番目にしあわせなものでしたね。だって一番は私たちの人生ですから』とか何とか良い感じの名言感を醸して言いながら、二人が息を引き取るところまでしっかりと描いて終わった。――かような怒涛の展開が、A4コピー用紙4枚分(文庫本換算だと8ページ)にほとんど改行すらなくギッシリと詰め込まれており、それを読む間に『おい』『おい』『おい』と依人が計三回突っ込みの叫びを上げた。そして二人が微笑み合いながら息を引き取ったシーンで泣いた。
……いや泣いたけどさ。
――いや、ちょっと待て、と。そう突っ込まざるを得ない。
ジャ〇プの打ち切り回でももうちょっと慎み深くないか、と言いたくなるくらいの高速過ぎる人生の畳み方。
その後日、『どうしてこうなった』と依人がほとりに尋ねれば、こんな回答があった。
Q1:どうして大地はラノベ主人公にあるまじき男らしさを発動してさよりを押し倒してしまったのですか?
A:ラストシーンをどうしようかと悩んでいた時、依人くんに相談できず、水瀬さんに相談してみたら『押し倒しちゃえば?』と言われて、アリだと思ったので押し倒しました。
Q2:どうしてエピローグで二人の人生の全てを描いてしまったのですか?
A:あの原稿はライトノベルの一巻を想定して書いたものですが、あの時点では続編を書くかどうかハッキリせず、しかしあの二人には最後の最期までしあわせでいて欲しかったので、しあわせにしました。
――という訳である。
そして今、そんな『世界で二番目にしあわせなラブコメ』について大切な話がある、とほとりは言った。
「実は、作家としての私を担当して下さっている方のお友達に、ライトノベルの編集をしている方がいて、そのご縁を使わせて頂き『世界で二番目にしあわせなラブコメ』に目を通してもらったのですが」
「……プロの編集さんに見せたってこと?」
「はい。ただ、全体的に改稿してから見せたんです。以前、あれを最後まで読んでくださった依人くんから頂いたアドバイスを元に、改稿した原稿を」
確かに色々言った。ラブコメのラノベ男主人公としてならもう少し口調を一般的なものにした方がいいとか、ラストシーンとエピローグは流石に違和感があったとか、などなど。
「そうして見て頂いた原稿に非常に良い評価を頂きまして、良かったら書籍にしてウチから出版してみないか、と言われまして」
「――え」
「しかし、アレは絶対に私ひとりでは完成させることができなかった原稿です。ですので、出版をして、仮に続編を書くとなっても、依人くんのご協力が不可欠でしょう。私は……、実際にああしてラブコメを執筆してみて強く実感しましたが、まだまだ母が持っていたラブコメ力には遠く及んでいません」
「ラブコメ力……」
「私が最高の形で『世界一しあわせなラブコメ』の続きを書くためには、もっと大きなラブコメ力が必要です。そして、実際に自身の書いたラブコメを世に出す、という行為は、私のラブコメ力を鍛える上で非常に稀有な経験になると思っています。これは大変なことも多くて、私ひとりでは決してやることができないでしょう。しかし私は、やってみたいと思っています」
だから――と、ほとりが依人を見据える。まっすぐと、どこまでも純粋な瞳で。
「依人くんに、これからはもっともっと協力して頂きたいのです」
依人の答えは――――まぁ、わざわざ語るまでもないだろう。
了
ラブコメは神秘的~ひとりぼっちな彼女と一緒にラブコメを作ることになったひとりぼっちな彼の日常《ラブコメ》~ 青井かいか @aoshitake
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